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第三話 君の声で眠れる — Sleep to Your Voice
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新幹線のドアが閉まる音を見送ったあの日から、碧の時間の流れは少し変わった。
まだ数日しか経っていないのに、隣に涼介がいない夜は、思っていた以上に静かだった。
けれど、スマホの画面に「着いたよ」と届いたメッセージと、ほどなくしてかかってきた通話で、その不安はすぐに和らいだ。
「荷解きはだいたい終わった。思ったより荷物少なくて、すぐ片付いたよ」
画面越しの涼介の部屋は、すでに整えられていた。段ボールもほとんど片付いていて、シンプルな棚と机が置かれているだけ。きれい好きな性格が表れていて、碧は思わず笑ってしまった。
いろんな小物をつい集めてしまう癖のある碧とは大違いだ。
「やっぱり几帳面だね」
「そう? でも仕事は全然慣れなくて……今日も新しい資料作ってたら、昼飯食べ忘れた」
「え、食べ忘れたの!? もう、体壊すよ」
「大丈夫。今こうして碧の声聞いたら、急に腹減ってきた」
涼介がそう笑うから、叱るはずだった碧の胸は、むしろ甘く満たされていった。
「食べるものはあるの?」
「適当に作るよ。材料はある」
「まあ、自炊が一番健康的だよね」
◆
それからの日々は、規則正しく繰り返された。
朝は「おはよう」の短いLINE。
昼休みには「これから会議」「頑張ってね」と互いに一言だけ送り合う。
そして夜、寝る前には必ずビデオ通話をするのが日課になった。
「今日は外食?それとも自炊?」
「自炊。簡単に焼き魚と味噌汁だけど」
「えらい。……ちょっと痩せたんじゃない?」
「画面越しに分かる? でも心配しなくていい。忙しいけど元気だから」
仕事で疲れているはずなのに、涼介はどんな日も欠かさず連絡をくれる。
その誠実さに触れるたびに、碧は胸がいっぱいになった。
「無理しなくていいよ。休めるときは休んで」
「無理じゃない。話したくて連絡してるんだ」
その言葉を聞くだけで、一日の終わりが甘く救われる。
「……正直、声聞かないと眠れない」
「それ、俺もかも…」
笑い合いながらも、通話を切るのが惜しくて、互いに黙ったまま数分が過ぎた。
遠く離れているのに、画面越しの沈黙が不思議と心地よかった。
◆
一方、東京に残った碧の生活も変わらず忙しかった。
碧が働くデザイン事務所では新しい案件が重なり、連日遅くまで仕事が続く。
同僚と資料を整理していたとき、ふとした雑談が耳に残った。
「俺さ、来年あたり独立しようと思ってるんだ」
「え、そうなの?」
「まあ、まだ準備中だけどな」
碧は驚きつつも、「すごいね」と笑って答えた。
その時は深く考えなかったけれど、その言葉は小さな棘のように心に残った。
同僚は同じ年齢。
その彼が、独立して自分の事務所を構える。
フリーランスだから、自宅で開業するにしても、勇気のいる行動だ。
碧の周りでは、他にも独立したというデザイナーやライターの話を聞くことが多かった。
◆
仕事を終えて帰宅する途中、駅前のコンビニで見慣れた横顔を見かけた。
背の高い青年と、その隣を歩く少し小柄な青年。
小柄な青年の横顔を見て、碧の胸に、ふっと懐かしい記憶が蘇る。
「……湊?」
呼びかけると、振り返ったのは大学四年のときに家庭教師をしていた教え子だった。
「先生!」
明るい声に駆け寄ってきた湊の隣には、幼なじみの陽真が一緒にいた。
家庭教師をしていたときに、彼がよく遊びに来ていたから二人セットで覚えている。
「偶然だな。どこか出かけてたの?」
「大学の帰りなんです。陽真も同じ大学に入ったから」
「そうなんだ。昔から本当に二人は仲がいいね」
碧が言うと、二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「先生、こういうのは腐れ縁っていうんだと思う」
「おい、酷いな」
二人は言い争いをしながらも、とても息が合っているように見えた。
碧と涼介のような恋人同士ではない、幼なじみの関係。
それでも、いつも一緒にいられる二人が羨ましくて、碧は少し胸を締めつけられた。
「また連絡しますね!」
「うん、頑張って」
短いやり取りをして別れたあと、碧は思わずスマホを取り出して涼介に「今から帰る」とメッセージを送った。
◆
夜。いつもの通話。
「今日は何してた?」
「仕事でバタバタ。帰りに、昔家庭教師してた子に偶然会ってさ」
「へえ、そんなこともあるんだな」
涼介の声を聞くだけで、不思議と一日の疲れが和らぐ。
「会えないのは寂しいけど……声聞いてると安心する」
「俺もだよ。むしろ会えない分、もっと好きになってる」
まっすぐに告げられて、碧は照れ隠しのように笑った。
寂しさよりも、愛しさの方が大きい。
画面越しの涼介の笑顔に、改めてそう実感した。
◆
新幹線に乗って涼介が福岡へと旅立ってから、一週間。
まだ「遠距離恋愛」という言葉の実感は薄い。
むしろ、互いに無理をしてでも連絡を取り合う日々が、二人の絆を確かにしていた。
通話を終えたあと、暗くなった画面を見つめる。
耳の奥には、まだ涼介の声が残っていた。
──会えないのに、不安にならないのはどうしてだろう。
きっと、涼介が毎日欠かさず連絡をくれるから。
その誠実さが、遠距離という言葉の不安をかき消してくれている。
この日々が、少しでも長く続けばいい。そう願いながら、碧は眠りに落ちた。
──君の声の残響で、今日も眠れる。
碧は微笑みながら、静かに目を閉じた。
*************
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「君の声で眠れる — Sleep to Your Voice」をベースに作成したものです。良かったら楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「君の声で眠れる — Sleep to Your Voice」はこちら⇒ https://youtu.be/yCTnpcwaltQ
まだ数日しか経っていないのに、隣に涼介がいない夜は、思っていた以上に静かだった。
けれど、スマホの画面に「着いたよ」と届いたメッセージと、ほどなくしてかかってきた通話で、その不安はすぐに和らいだ。
「荷解きはだいたい終わった。思ったより荷物少なくて、すぐ片付いたよ」
画面越しの涼介の部屋は、すでに整えられていた。段ボールもほとんど片付いていて、シンプルな棚と机が置かれているだけ。きれい好きな性格が表れていて、碧は思わず笑ってしまった。
いろんな小物をつい集めてしまう癖のある碧とは大違いだ。
「やっぱり几帳面だね」
「そう? でも仕事は全然慣れなくて……今日も新しい資料作ってたら、昼飯食べ忘れた」
「え、食べ忘れたの!? もう、体壊すよ」
「大丈夫。今こうして碧の声聞いたら、急に腹減ってきた」
涼介がそう笑うから、叱るはずだった碧の胸は、むしろ甘く満たされていった。
「食べるものはあるの?」
「適当に作るよ。材料はある」
「まあ、自炊が一番健康的だよね」
◆
それからの日々は、規則正しく繰り返された。
朝は「おはよう」の短いLINE。
昼休みには「これから会議」「頑張ってね」と互いに一言だけ送り合う。
そして夜、寝る前には必ずビデオ通話をするのが日課になった。
「今日は外食?それとも自炊?」
「自炊。簡単に焼き魚と味噌汁だけど」
「えらい。……ちょっと痩せたんじゃない?」
「画面越しに分かる? でも心配しなくていい。忙しいけど元気だから」
仕事で疲れているはずなのに、涼介はどんな日も欠かさず連絡をくれる。
その誠実さに触れるたびに、碧は胸がいっぱいになった。
「無理しなくていいよ。休めるときは休んで」
「無理じゃない。話したくて連絡してるんだ」
その言葉を聞くだけで、一日の終わりが甘く救われる。
「……正直、声聞かないと眠れない」
「それ、俺もかも…」
笑い合いながらも、通話を切るのが惜しくて、互いに黙ったまま数分が過ぎた。
遠く離れているのに、画面越しの沈黙が不思議と心地よかった。
◆
一方、東京に残った碧の生活も変わらず忙しかった。
碧が働くデザイン事務所では新しい案件が重なり、連日遅くまで仕事が続く。
同僚と資料を整理していたとき、ふとした雑談が耳に残った。
「俺さ、来年あたり独立しようと思ってるんだ」
「え、そうなの?」
「まあ、まだ準備中だけどな」
碧は驚きつつも、「すごいね」と笑って答えた。
その時は深く考えなかったけれど、その言葉は小さな棘のように心に残った。
同僚は同じ年齢。
その彼が、独立して自分の事務所を構える。
フリーランスだから、自宅で開業するにしても、勇気のいる行動だ。
碧の周りでは、他にも独立したというデザイナーやライターの話を聞くことが多かった。
◆
仕事を終えて帰宅する途中、駅前のコンビニで見慣れた横顔を見かけた。
背の高い青年と、その隣を歩く少し小柄な青年。
小柄な青年の横顔を見て、碧の胸に、ふっと懐かしい記憶が蘇る。
「……湊?」
呼びかけると、振り返ったのは大学四年のときに家庭教師をしていた教え子だった。
「先生!」
明るい声に駆け寄ってきた湊の隣には、幼なじみの陽真が一緒にいた。
家庭教師をしていたときに、彼がよく遊びに来ていたから二人セットで覚えている。
「偶然だな。どこか出かけてたの?」
「大学の帰りなんです。陽真も同じ大学に入ったから」
「そうなんだ。昔から本当に二人は仲がいいね」
碧が言うと、二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「先生、こういうのは腐れ縁っていうんだと思う」
「おい、酷いな」
二人は言い争いをしながらも、とても息が合っているように見えた。
碧と涼介のような恋人同士ではない、幼なじみの関係。
それでも、いつも一緒にいられる二人が羨ましくて、碧は少し胸を締めつけられた。
「また連絡しますね!」
「うん、頑張って」
短いやり取りをして別れたあと、碧は思わずスマホを取り出して涼介に「今から帰る」とメッセージを送った。
◆
夜。いつもの通話。
「今日は何してた?」
「仕事でバタバタ。帰りに、昔家庭教師してた子に偶然会ってさ」
「へえ、そんなこともあるんだな」
涼介の声を聞くだけで、不思議と一日の疲れが和らぐ。
「会えないのは寂しいけど……声聞いてると安心する」
「俺もだよ。むしろ会えない分、もっと好きになってる」
まっすぐに告げられて、碧は照れ隠しのように笑った。
寂しさよりも、愛しさの方が大きい。
画面越しの涼介の笑顔に、改めてそう実感した。
◆
新幹線に乗って涼介が福岡へと旅立ってから、一週間。
まだ「遠距離恋愛」という言葉の実感は薄い。
むしろ、互いに無理をしてでも連絡を取り合う日々が、二人の絆を確かにしていた。
通話を終えたあと、暗くなった画面を見つめる。
耳の奥には、まだ涼介の声が残っていた。
──会えないのに、不安にならないのはどうしてだろう。
きっと、涼介が毎日欠かさず連絡をくれるから。
その誠実さが、遠距離という言葉の不安をかき消してくれている。
この日々が、少しでも長く続けばいい。そう願いながら、碧は眠りに落ちた。
──君の声の残響で、今日も眠れる。
碧は微笑みながら、静かに目を閉じた。
*************
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「君の声で眠れる — Sleep to Your Voice」をベースに作成したものです。良かったら楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「君の声で眠れる — Sleep to Your Voice」はこちら⇒ https://youtu.be/yCTnpcwaltQ
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