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第10話 ひとつになる夜 — The Night We Become One
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秋の夕暮れは、昼間の喧騒をひとつずつ飲み込むように静かに落ちていく。
講義を終え、大学の門を出るとき、桐谷湊は隣を歩く朝倉陽真を見上げた。
数日前の騒動の影はまだ薄く残っている。
けれど、並んで歩いているだけで胸が温かくなることも確かだった。
連絡が取れないことから不穏を察知して、駆けつけてくれた陽真。
陽真はあの日以来、ずっと湊に気を遣っていた。
彩香が先輩を唆したことが原因で、湊を危険な目に遭わせてしまったと。
だけど湊は、陽真が駆けつけてくれたことが嬉しかった。
その気持ちを、どう伝えればいいのか…考え続けて。
そして湊は、一つの結論に達した。
守ってもらってばかりじゃなくて、自分からも歩み寄りたいと思った。
「……ねえ、今日、寄っていかない?」
勇気を振り絞って口にすると、陽真が目を丸くした。
「湊の家に?」
「うん。……別に特別なことじゃなくてもいい。ただ、一緒にいたいんだ」
その声に、陽真は柔らかく笑い、頷いた。
「じゃあ、寄っていく」
◆
湊の部屋。机の上には参考書が広がり、窓の外からは虫の声が細く届いていた。
二人は並んでノートを開き、他愛ない会話を交わす。けれど、ページをめくる指先が少し震えるのを湊は自覚していた。心の準備はできているはずなのに、いざ陽真を前にすると、緊張が全身を支配する。
「もう、気持ちは落ち着いたか?」と陽真が気遣うように問う。
「うん。……陽真がそばにいてくれるから」
湊は視線を下げ、声を少し落とした。
「陽真、ずっとあの時のこと気にしてるでしょ?陽真は悪くないんだから、もう気にしないで」
「でも、俺のせいで…」
「陽真のせいじゃない。そんなふうに思わないでよ」
「ありがとう…」
「先輩から告白されたときから、ずっと思ってた。僕は、陽真じゃないと駄目だって」
「湊…」
机の下で膝が触れた。その小さな接触でさえ、身体が熱を持つ。
湊は意を決して、陽真の手に自分の手を重ねた。陽真の指先がぴくりと震えるのが伝わる。
「いいよ、陽真なら…」
陽真が戸惑うように目を細める。
「……湊、無理はしなくていいんだ」
「無理じゃない」
湊は、顔を上げた。震えを押し殺して、真っ直ぐに陽真の瞳を見つめる。
「僕が望んでる。……陽真と、もっと深く繋がりたい」
言葉の先は、自ら寄せた唇で塞いだ。
初めて自分から触れた唇は、少しだけ戸惑うように固かったけれど、すぐに柔らかく応じてくれる。
最初は触れるだけだったキスが、どちらからともなく角度を変え、熱を帯びていく。
軽く開かれた唇の隙間から、陽真の戸惑いと、そして同じくらいの熱を持った息が流れ込んできて、湊の思考を蕩かした。
◆
どちらが先に立ち上がったのか、覚えていない。気づけば、ベッドの縁に座る陽真の膝に手を置き、見下ろす形になっていた。
驚いたように見上げてくる陽真の肩を、湊はそっと押す。シーツが微かに音を立てて、陽真の身体がゆっくりと沈んだ。
「……ほんとにいいのか?」
陽真の声は、切実な響きを帯びていた。
「いい。怖くない。……陽真だから」
その答えに、陽真の瞳が深く、甘い熱を宿す。
覆いかぶさるようにして、再び唇が重なった。今度はもう、ためらいはない。何度も角度を変えては啄むようなキスから、舌を求める深いものへと変わっていく。
指先が頬から首筋へ、そして鎖骨の窪みを辿り、シャツのボタンへと伸びる。一つ、また一つと外れていくたびに、顕になる陽真の肌の熱が、静かな部屋の空気を震わせた。
陽真の手が湊の背中に回り、Tシャツの裾から滑り込んでくる。素肌に触れた掌の熱さに、湊の身体がびくりと跳ねた。
「大丈夫か?」
耳元で囁く声は掠れていて、湊の緊張を解かすように優しい。こくりと頷くと、陽真はゆっくりと湊の背中を撫でた。恐怖はなく、ただ大きな安心だけが広がっていく。
耳にかかる息、首筋に落ちるキス、その一つ一つに心臓が大きく跳ねるのに、不思議と心は凪いでいた。
「湊……好きだ」
「……僕も。ずっと、前から、好き」
途切れ途切れの囁きと吐息が混ざり合い、互いの肌の熱が一つに溶けていく。
初めての感覚。初めて触れる場所、初めて触れられる場所。
そのたびに緊張で強ばる身体を、陽真は根気強く、優しい愛撫で解きほぐしてくれる。
待ってくれるその優しさに応えたくて、湊も震える腕を陽真の首に回した。
◆
やがて、二人の呼吸は短く、熱く重なり、高鳴る鼓動が部屋に響くようだった。
繋がる瞬間、湊の身体を微かな痛みが貫く。けれど、息を詰めた湊の額に陽真が唇を寄せ、「ごめん」と囁いた声が、不安を掻き消していく。
「大丈夫……陽真、だから…」
その言葉が合図だったかのように、陽真はゆっくりと動き始めた。痛みや不安よりも、愛する人と一つになっているという圧倒的な幸福感が、湊の全身を満たしていく。
熱に溶かされるようなのに、胸の奥は不思議と静かだった。
「陽真とだから、大丈夫」——その事実だけが、確かな光のように湊を支えていた。
全てが静かに収まったあと、シーツの中で汗ばんだまま寄り添いながら、湊は小さく呟いた。
「ねえ、これからも……ずっと一緒にいられるかな」
幸福の絶頂にいるからこそ、ふと過る小さな不安。陽真はそんな湊の髪を優しく撫で、迷いなく答える。
「当たり前だ。俺は湊とこれからもずっと一緒にいる。……何があっても」
額と額を合わせ、汗の味のする、優しいキスをもう一度交わした。
◆
夜の風が窓を叩く。外の世界は変わらず続いていく。
けれど、この部屋の中には、今生まれたばかりの二人だけの静かで満ち足りた時間が流れていた。
互いの体温を確かめ合いながら、目を閉じる。
確かな安心と溶けるような甘さの中で、二人の物語は、静かに新しい幕を開けた。
——これからもずっと。
窓の外で風が鳴り、夜は深まっていく。けれど湊の耳に残ったのは、隣で眠りかけた陽真の静かな呼吸だけだった。
<完>
************
今回のお話で、陽真×湊編の「初恋リフレイン ― Melody of First Love」は完結しました!ご愛読いただき、ありがとうございました!
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「ひとつになる夜 — The Night We Become One」とリンクしています。良かったら楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「ひとつになる夜 — The Night We Become One」⇒
講義を終え、大学の門を出るとき、桐谷湊は隣を歩く朝倉陽真を見上げた。
数日前の騒動の影はまだ薄く残っている。
けれど、並んで歩いているだけで胸が温かくなることも確かだった。
連絡が取れないことから不穏を察知して、駆けつけてくれた陽真。
陽真はあの日以来、ずっと湊に気を遣っていた。
彩香が先輩を唆したことが原因で、湊を危険な目に遭わせてしまったと。
だけど湊は、陽真が駆けつけてくれたことが嬉しかった。
その気持ちを、どう伝えればいいのか…考え続けて。
そして湊は、一つの結論に達した。
守ってもらってばかりじゃなくて、自分からも歩み寄りたいと思った。
「……ねえ、今日、寄っていかない?」
勇気を振り絞って口にすると、陽真が目を丸くした。
「湊の家に?」
「うん。……別に特別なことじゃなくてもいい。ただ、一緒にいたいんだ」
その声に、陽真は柔らかく笑い、頷いた。
「じゃあ、寄っていく」
◆
湊の部屋。机の上には参考書が広がり、窓の外からは虫の声が細く届いていた。
二人は並んでノートを開き、他愛ない会話を交わす。けれど、ページをめくる指先が少し震えるのを湊は自覚していた。心の準備はできているはずなのに、いざ陽真を前にすると、緊張が全身を支配する。
「もう、気持ちは落ち着いたか?」と陽真が気遣うように問う。
「うん。……陽真がそばにいてくれるから」
湊は視線を下げ、声を少し落とした。
「陽真、ずっとあの時のこと気にしてるでしょ?陽真は悪くないんだから、もう気にしないで」
「でも、俺のせいで…」
「陽真のせいじゃない。そんなふうに思わないでよ」
「ありがとう…」
「先輩から告白されたときから、ずっと思ってた。僕は、陽真じゃないと駄目だって」
「湊…」
机の下で膝が触れた。その小さな接触でさえ、身体が熱を持つ。
湊は意を決して、陽真の手に自分の手を重ねた。陽真の指先がぴくりと震えるのが伝わる。
「いいよ、陽真なら…」
陽真が戸惑うように目を細める。
「……湊、無理はしなくていいんだ」
「無理じゃない」
湊は、顔を上げた。震えを押し殺して、真っ直ぐに陽真の瞳を見つめる。
「僕が望んでる。……陽真と、もっと深く繋がりたい」
言葉の先は、自ら寄せた唇で塞いだ。
初めて自分から触れた唇は、少しだけ戸惑うように固かったけれど、すぐに柔らかく応じてくれる。
最初は触れるだけだったキスが、どちらからともなく角度を変え、熱を帯びていく。
軽く開かれた唇の隙間から、陽真の戸惑いと、そして同じくらいの熱を持った息が流れ込んできて、湊の思考を蕩かした。
◆
どちらが先に立ち上がったのか、覚えていない。気づけば、ベッドの縁に座る陽真の膝に手を置き、見下ろす形になっていた。
驚いたように見上げてくる陽真の肩を、湊はそっと押す。シーツが微かに音を立てて、陽真の身体がゆっくりと沈んだ。
「……ほんとにいいのか?」
陽真の声は、切実な響きを帯びていた。
「いい。怖くない。……陽真だから」
その答えに、陽真の瞳が深く、甘い熱を宿す。
覆いかぶさるようにして、再び唇が重なった。今度はもう、ためらいはない。何度も角度を変えては啄むようなキスから、舌を求める深いものへと変わっていく。
指先が頬から首筋へ、そして鎖骨の窪みを辿り、シャツのボタンへと伸びる。一つ、また一つと外れていくたびに、顕になる陽真の肌の熱が、静かな部屋の空気を震わせた。
陽真の手が湊の背中に回り、Tシャツの裾から滑り込んでくる。素肌に触れた掌の熱さに、湊の身体がびくりと跳ねた。
「大丈夫か?」
耳元で囁く声は掠れていて、湊の緊張を解かすように優しい。こくりと頷くと、陽真はゆっくりと湊の背中を撫でた。恐怖はなく、ただ大きな安心だけが広がっていく。
耳にかかる息、首筋に落ちるキス、その一つ一つに心臓が大きく跳ねるのに、不思議と心は凪いでいた。
「湊……好きだ」
「……僕も。ずっと、前から、好き」
途切れ途切れの囁きと吐息が混ざり合い、互いの肌の熱が一つに溶けていく。
初めての感覚。初めて触れる場所、初めて触れられる場所。
そのたびに緊張で強ばる身体を、陽真は根気強く、優しい愛撫で解きほぐしてくれる。
待ってくれるその優しさに応えたくて、湊も震える腕を陽真の首に回した。
◆
やがて、二人の呼吸は短く、熱く重なり、高鳴る鼓動が部屋に響くようだった。
繋がる瞬間、湊の身体を微かな痛みが貫く。けれど、息を詰めた湊の額に陽真が唇を寄せ、「ごめん」と囁いた声が、不安を掻き消していく。
「大丈夫……陽真、だから…」
その言葉が合図だったかのように、陽真はゆっくりと動き始めた。痛みや不安よりも、愛する人と一つになっているという圧倒的な幸福感が、湊の全身を満たしていく。
熱に溶かされるようなのに、胸の奥は不思議と静かだった。
「陽真とだから、大丈夫」——その事実だけが、確かな光のように湊を支えていた。
全てが静かに収まったあと、シーツの中で汗ばんだまま寄り添いながら、湊は小さく呟いた。
「ねえ、これからも……ずっと一緒にいられるかな」
幸福の絶頂にいるからこそ、ふと過る小さな不安。陽真はそんな湊の髪を優しく撫で、迷いなく答える。
「当たり前だ。俺は湊とこれからもずっと一緒にいる。……何があっても」
額と額を合わせ、汗の味のする、優しいキスをもう一度交わした。
◆
夜の風が窓を叩く。外の世界は変わらず続いていく。
けれど、この部屋の中には、今生まれたばかりの二人だけの静かで満ち足りた時間が流れていた。
互いの体温を確かめ合いながら、目を閉じる。
確かな安心と溶けるような甘さの中で、二人の物語は、静かに新しい幕を開けた。
——これからもずっと。
窓の外で風が鳴り、夜は深まっていく。けれど湊の耳に残ったのは、隣で眠りかけた陽真の静かな呼吸だけだった。
<完>
************
今回のお話で、陽真×湊編の「初恋リフレイン ― Melody of First Love」は完結しました!ご愛読いただき、ありがとうございました!
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「ひとつになる夜 — The Night We Become One」とリンクしています。良かったら楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
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