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第七話 揺らぐ絆 — Fragile Bond
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夜を共にしたあの日から数日。互いの距離はますます近づいたはずだった。
時間があれば、どちらかの部屋を訪ねては身体を寄せ合い、言葉にならない安らぎを確かめ合った。陽翔の不安も、悠真の孤独も、重なり合う温もりの中ではいったん溶ける――そんな日々が続いていた。
ある休日の午後、陽翔は「たまには外でゆっくりしよう」と言ってきた。街をぶらつき、カフェに寄り、本屋で互いに気になった本を手に取る。肩が触れるほど近い距離を自然に保ちながら、何気ない会話を交わす。穏やかで、まるで恋人同士のような時間だった。
そのとき、不意に声がかかった。
「……悠真?」
振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。落ち着いた雰囲気に笑みを浮かべた彼に、悠真が目を見開く。
「……瑛司? 久しぶりだな」
「ああ、同窓会以来か」
「そういえば、そうだな。あの、クソつまらなかった同窓会」
「言ってやるなよ。幹事の孝史が泣くぞ」
二人は笑い合い、数年ぶりの再会を喜ぶように言葉を交わしている。
しかし悠真はすぐに陽翔が会話から取り残されていることに気づき、瑛司を紹介する。
「大学の同級生でさ。ゼミが一緒だったんだ」
悠真が言うと、瑛司は柔らかな笑みで頷く。互いに近況を伝え合う声は楽しげで、懐かしさがにじんでいた。
――その光景が、陽翔には胸の奥をざらつかせた。
悠真の表情が、どこか自分に見せる顔とは違っているように感じてしまう。大人びた落ち着きのある瑛司と並ぶ姿が、不意に「釣り合っている」ように見えてしまい、喉が渇く。
別れ際、瑛司が「またゆっくり飲みにでも行こう」と声をかけると、悠真は「そうだな」と自然に笑って応じた。その笑みが胸に突き刺さる。
歩き出したあと、陽翔はつい吐き捨てるように言った。
「……ああいう人のほうが、悠真には似合うんじゃないの」
悠真が驚いた顔を向ける。
「何を言ってるんだ」
「俺なんかより、ちゃんとした大人のほうが――」
「陽翔」悠真の声が鋭く遮った。「……信じられないなら、一緒にいる意味はないだろ」
突き放すような言葉に、陽翔の心が一気に揺らいだ。
*******
部屋に戻るなり、陽翔の抑え込んでいた不安と焦りが一気に溢れ出した。
「なぁ……俺を見てろよ。他のやつなんか見なくていい」
声は掠れて、ほとんど懇願のようだった。だが次の瞬間には衝動が勝り、陽翔は悠真の肩を強く押し、ベッドに倒れ込ませていた。
「陽翔、やめ――」
逃れようとする手を掴み、身動きを封じる。陽翔の瞳は必死で、けれどどこか怯えた獣のように揺れていた。
「俺だけを見ろよ……! なぁ、そうだろ?」
押しつけるような言葉。乱れた呼吸。重なり合う体温。
だが悠真は、鋭く息を呑むと叫んだ。
「やめろ!」
声は荒々しく、室内に響いた。陽翔の手を必死に振りほどき、起き上がる。
「……何をしてるんだ、お前は!」
睨みつける瞳には怒りだけでなく、深い悲しみが混ざっている。その表情を直視できず、陽翔はただ唇を噛みしめる。
「俺は……っ、悠真が誰かに奪われるのが怖いんだ」
「だからって、こんなことしていいと思ったのか」
悠真の声が低く震えた。
「体さえ繋げば気持ちも繋がるとでも思ったのか?」
突き刺さるような言葉に、陽翔の喉が凍りつく。
「それだけ俺を軽んじてるのか……? ……俺は、お前にとってそんなに軽い存在なのか」
静かな怒りと哀しみをにじませる声が、陽翔の胸を深く抉った。
陽翔は慌てて首を振る。
「ちがう、ちがうんだ……! そんなつもりじゃ――」
「じゃあ何だ! 俺には伝わらない。お前のその必死さは、ただの不安と独占欲にしか見えない!」
悠真は吐き捨てるように言うと、視線を逸らした。その横顔は苦しげで、怒りの奥にある失望が隠しきれなかった。
陽翔は言葉を探すが、喉が詰まって声にならない。ただ震える唇からかすれた呼吸が漏れるばかりだ。
「……もういい」
悠真は小さく吐き捨て、立ち上がった。背を向けたまま、「もう帰る」とだけ告げる。
ドアが閉まる音が響いた後、部屋には静寂だけが残った。
その場に取り残された陽翔は、両手を見つめて震える。
――俺は、何をしているんだ。
***********
数日後。陽翔は大規模な撮影に臨んでいた。新人ながらも期待をかけられた現場。だが心のざわめきは消えず、表情もポーズも決まらない。何度もシャッターが止まり、カメラマンの苛立つ声が響いた。
「集中しろ! 今が大事な時期だって分かってるのか」
陽翔は「すみません」と小さく頭を下げるしかなかった。
その夜は悠真と会う約束があったが、画面に打ち込んだのはたった一言。
《ごめん、今日は無理》
送信ボタンを押す手が震えた。
***********
後日、悠真は仕事帰りにふとスタジオ近くを通りかかった。建物の前で、先日スタジオで会った女性モデルに声をかけられる。
「あれ、陽翔くんの知り合いの方ですよね?」
「はい、そうですが…」
「この前、陽翔くん大変そうだったんです。何かあったんですか?」
まさか嫉妬されて押し倒され、あげくに喧嘩したとは言えず、悠真はとぼけて問い返した。
「いや…よく分かりませんが…あいつ、何したんですか?」
「集中できてないって怒られてて。でも、すごく期待されてるんですよ。あの子、ほんとに絵になるのに…本当に何があったんだろう…」
彼女は首をかしげながら、悠真の前から立ち去っていった。
悠真はしばらく立ち尽くした。胸の奥が締めつけられる。
――陽翔には、俺なんかより広い未来がある。
彼は今、大事な時期を迎えているのに、自分のせいで迷わせているのではないか。
「距離を置いたほうがいいのかもしれない」
そんな考えが静かに芽生える。別れるわけではない。だが、このまま隣にいることで彼の可能性を潰してしまうのではないかという恐れが、じわじわと心を侵食していく。
夜道を歩きながら、悠真はふと立ち止まった。
見上げた空には雲間から覗く月。
「……本当に、離れるなんて、俺にできるのか」
その呟きは、誰にも届かず夜に溶けていった。
****************
今回のお話は、YouTubeで配信している楽曲「揺らぐ絆 — Fragile Bond」をベースに作成しています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「揺らぐ絆 — Fragile Bond」はこちらから⇒ https://youtu.be/Cu5xKcg6ifQ
時間があれば、どちらかの部屋を訪ねては身体を寄せ合い、言葉にならない安らぎを確かめ合った。陽翔の不安も、悠真の孤独も、重なり合う温もりの中ではいったん溶ける――そんな日々が続いていた。
ある休日の午後、陽翔は「たまには外でゆっくりしよう」と言ってきた。街をぶらつき、カフェに寄り、本屋で互いに気になった本を手に取る。肩が触れるほど近い距離を自然に保ちながら、何気ない会話を交わす。穏やかで、まるで恋人同士のような時間だった。
そのとき、不意に声がかかった。
「……悠真?」
振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。落ち着いた雰囲気に笑みを浮かべた彼に、悠真が目を見開く。
「……瑛司? 久しぶりだな」
「ああ、同窓会以来か」
「そういえば、そうだな。あの、クソつまらなかった同窓会」
「言ってやるなよ。幹事の孝史が泣くぞ」
二人は笑い合い、数年ぶりの再会を喜ぶように言葉を交わしている。
しかし悠真はすぐに陽翔が会話から取り残されていることに気づき、瑛司を紹介する。
「大学の同級生でさ。ゼミが一緒だったんだ」
悠真が言うと、瑛司は柔らかな笑みで頷く。互いに近況を伝え合う声は楽しげで、懐かしさがにじんでいた。
――その光景が、陽翔には胸の奥をざらつかせた。
悠真の表情が、どこか自分に見せる顔とは違っているように感じてしまう。大人びた落ち着きのある瑛司と並ぶ姿が、不意に「釣り合っている」ように見えてしまい、喉が渇く。
別れ際、瑛司が「またゆっくり飲みにでも行こう」と声をかけると、悠真は「そうだな」と自然に笑って応じた。その笑みが胸に突き刺さる。
歩き出したあと、陽翔はつい吐き捨てるように言った。
「……ああいう人のほうが、悠真には似合うんじゃないの」
悠真が驚いた顔を向ける。
「何を言ってるんだ」
「俺なんかより、ちゃんとした大人のほうが――」
「陽翔」悠真の声が鋭く遮った。「……信じられないなら、一緒にいる意味はないだろ」
突き放すような言葉に、陽翔の心が一気に揺らいだ。
*******
部屋に戻るなり、陽翔の抑え込んでいた不安と焦りが一気に溢れ出した。
「なぁ……俺を見てろよ。他のやつなんか見なくていい」
声は掠れて、ほとんど懇願のようだった。だが次の瞬間には衝動が勝り、陽翔は悠真の肩を強く押し、ベッドに倒れ込ませていた。
「陽翔、やめ――」
逃れようとする手を掴み、身動きを封じる。陽翔の瞳は必死で、けれどどこか怯えた獣のように揺れていた。
「俺だけを見ろよ……! なぁ、そうだろ?」
押しつけるような言葉。乱れた呼吸。重なり合う体温。
だが悠真は、鋭く息を呑むと叫んだ。
「やめろ!」
声は荒々しく、室内に響いた。陽翔の手を必死に振りほどき、起き上がる。
「……何をしてるんだ、お前は!」
睨みつける瞳には怒りだけでなく、深い悲しみが混ざっている。その表情を直視できず、陽翔はただ唇を噛みしめる。
「俺は……っ、悠真が誰かに奪われるのが怖いんだ」
「だからって、こんなことしていいと思ったのか」
悠真の声が低く震えた。
「体さえ繋げば気持ちも繋がるとでも思ったのか?」
突き刺さるような言葉に、陽翔の喉が凍りつく。
「それだけ俺を軽んじてるのか……? ……俺は、お前にとってそんなに軽い存在なのか」
静かな怒りと哀しみをにじませる声が、陽翔の胸を深く抉った。
陽翔は慌てて首を振る。
「ちがう、ちがうんだ……! そんなつもりじゃ――」
「じゃあ何だ! 俺には伝わらない。お前のその必死さは、ただの不安と独占欲にしか見えない!」
悠真は吐き捨てるように言うと、視線を逸らした。その横顔は苦しげで、怒りの奥にある失望が隠しきれなかった。
陽翔は言葉を探すが、喉が詰まって声にならない。ただ震える唇からかすれた呼吸が漏れるばかりだ。
「……もういい」
悠真は小さく吐き捨て、立ち上がった。背を向けたまま、「もう帰る」とだけ告げる。
ドアが閉まる音が響いた後、部屋には静寂だけが残った。
その場に取り残された陽翔は、両手を見つめて震える。
――俺は、何をしているんだ。
***********
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陽翔は「すみません」と小さく頭を下げるしかなかった。
その夜は悠真と会う約束があったが、画面に打ち込んだのはたった一言。
《ごめん、今日は無理》
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後日、悠真は仕事帰りにふとスタジオ近くを通りかかった。建物の前で、先日スタジオで会った女性モデルに声をかけられる。
「あれ、陽翔くんの知り合いの方ですよね?」
「はい、そうですが…」
「この前、陽翔くん大変そうだったんです。何かあったんですか?」
まさか嫉妬されて押し倒され、あげくに喧嘩したとは言えず、悠真はとぼけて問い返した。
「いや…よく分かりませんが…あいつ、何したんですか?」
「集中できてないって怒られてて。でも、すごく期待されてるんですよ。あの子、ほんとに絵になるのに…本当に何があったんだろう…」
彼女は首をかしげながら、悠真の前から立ち去っていった。
悠真はしばらく立ち尽くした。胸の奥が締めつけられる。
――陽翔には、俺なんかより広い未来がある。
彼は今、大事な時期を迎えているのに、自分のせいで迷わせているのではないか。
「距離を置いたほうがいいのかもしれない」
そんな考えが静かに芽生える。別れるわけではない。だが、このまま隣にいることで彼の可能性を潰してしまうのではないかという恐れが、じわじわと心を侵食していく。
夜道を歩きながら、悠真はふと立ち止まった。
見上げた空には雲間から覗く月。
「……本当に、離れるなんて、俺にできるのか」
その呟きは、誰にも届かず夜に溶けていった。
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