六歳差の誓い — Six Years Apart, One Promise

梵天丸

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第八話 声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark

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 悠真は、未読のまま溜まっていくメッセージをただ眺めていた。
「会いたい」「ちゃんと話したい」――陽翔から届く言葉の数々は、彼の心を強く揺さぶるのに、返信できる気力が湧いてこない。
 一ヶ月前、自分が送った「少し頭を冷やそう」という短いLINE。その一文が、二人の間に冷たい境界線を引いたままだった。

 無理に押し倒されかけたあの夜。
 陽翔の手の重みと、自分の声を荒げてしまった記憶が蘇るたび、胸が痛む。
 ――あれほど必死に縋りついてくるのは、彼の不安の裏返しだと分かっている。
 分かっているけれど、だからこそ、年上の自分が冷静にならなければいけない。

「これで正解なんだ…」

 お互いに頭を冷やす方がいい。
 酒に酔った勢いで付き合いだした関係。
 今ここで、ちゃんと関係を見直した方がいいだろう。

 悠真は、溜息を落としながらスマートフォンを裏返した。

「俺まで揺らいだら、駄目なんだ」

 誰に言うでもなく呟いて、デスクの上に放り出す。



 その頃、陽翔は撮影現場にいた。
 まぶしいライトに照らされ、スタイリストに衣装を直される。

「次、もう少し顎を上げて! そう、いいね!」

 カメラマンの声に反射的に身体が動く。

 仕事は順調に増えていた。広告、雑誌、ブランドのキャンペーン――一つこなせば次が決まる。

 眩しいフラッシュに目を細めるたび、ふと悠真の横顔を思い出す。
 「いいね、その笑顔!」とカメラマンの声が響いても、心の奥では空洞が広がっていく。
 つくられた笑みと本当の笑みの違いを、自分自身が一番知っていた。

 本来なら誇らしいはずなのに、胸の奥は虚ろだった。
 ポーズを決めながら、頭の片隅ではただひとりの姿を探している。

――悠真、見てる?

 そんなわけがないと分かっていても、視線を求めてしまう自分がいる。

「HARUTO、疲れてる? 集中して」

 注意され、はっとした。
 笑顔を作り直す。だが、心はどこか上の空だった。

――悠真のいない世界なんて、味気なくてさみしくて仕方がない。



 会社の昼休み。
 悠真は同僚の女子社員が読んでいたファッション誌に、ふと目を止めた。

「それ……」

 表紙を飾っていたのは、陽翔だった。

 真新しいスーツに身を包み、都会のビル街を背景に涼やかに微笑んでいる。
 知っている顔のはずなのに、まるで別人のように洗練されていた。

「先輩も気になるんですか? 今、このHARUTOってモデルが一推しなんですよ。次世代スターって騒がれてて」

 弾む声で語られる言葉に、悠真はうまく笑えなかった。

 誌面をめくれば、さらに華やかなカットが並んでいる。
 現場で無邪気に笑っていた陽翔とも、部屋で拗ねながら抱きついてきた陽翔とも違う――完璧に作られた「HARUTO」という人物。

(……もう、別の世界の人間みたいだ)

 たった一ヶ月。会っていないだけで、ここまで遠くなるのか。

 胸の奥で、何かがすうっと冷えていく。

 パタン、と雑誌を閉じた音がやけに大きく響いた。
 周囲の笑い声や会話は遠のき、まるで水の底から聞こえるようにぼやけていく。
 手のひらに残る光沢紙の冷たさが、陽翔との距離をそのまま突きつけてくるようだった。

(これでいい…これで良かったんだ。やっぱり俺がいない方が陽翔は…)



 陽翔もまた、雑誌を手に取った瞬間に、自分が「HARUTO」として消費されていくのを実感していた。
 誰もが称賛の目を向ける。けれど、その視線の中に悠真のものはない。
 撮影が終わって控室に戻ると、スマホの画面をすぐに確認するのが習慣になっていた。

 新しい通知。

〈既読にならない……〉

 指が震える。何度も送った「会いたい」のメッセージは、未だ開かれずに並んでいる。
 会わなくなってしばらくの間は、既読がついていたのに。
 最近は、既読もつかない。

「……どうしたら、届くんだよ」

 独り言が零れる。
 誰かに奪われるのが怖い。けれど、一番遠ざかっているのは自分かもしれない――そんな矛盾に、陽翔の胸は押し潰されそうだった。



 夜。
 悠真は帰宅後、部屋の電気をつけないままソファに腰を下ろした。
 カーテンの隙間から差し込む街灯の光に、スマホの画面だけが青白く浮かぶ。

 また、陽翔からのメッセージ。
「会いたい」「仕事のこともちゃんと話したい」「もう一度、やり直したい」

 きっとそんな言葉が並んでいるんだろう。
 けれども、悠真はもう陽翔からのメッセージを開かなくなっていた。
 心が動かないわけじゃない。むしろ、読むたびに苦しくて仕方がなくなるからだ。

 ――だが、考えてしまう。
 自分が彼の傍にいていいのか。
 彼はもう、モデルとして羽ばたこうとしている。
 足を引っ張る存在になってはいけない。

 指先が、返信ボタンにかかる。けれど押せない。
 既読をつけてしまえば、何かを決断しなければならなくなる。

 ソファに沈み込み、額を押さえる。

「……このまま、終わってしまうのかもしれないな」

 ――それがいいのかもしれない。

 かすかな声が闇に溶けた。



 同じ頃、陽翔はベッドの上で膝を抱えていた。
 暗い天井を見つめながら、何度もスクロールしては既読のつかないトーク画面を眺める。
 胸の奥に渦巻くのは、不安と後悔、そして拭いきれない焦燥。

「悠真……頼むから、離れていかないでくれ」

 誰にも届かない祈りを呟き、瞼を閉じる。
 次に目を開けたとき、もう返事が来ている奇跡を願いながら。

 その同じ夜、別々の部屋で、互いに相手の名を呟いていた。
 けれどその声は届かず、ただ違う闇に溶けていく。
 同じ温度で震えているはずなのに、手を伸ばすことさえ叶わないまま――。





 それぞれの部屋で、遠ざかる背中を追いかけることしかできない二人。
 その距離は、少しずつ、しかし確実に広がっていった。

********

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」をベースに作成した物です。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」はこちら⇒ https://youtu.be/j0kISv8HMYc
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