8 / 10
第八話 声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark
しおりを挟む
悠真は、未読のまま溜まっていくメッセージをただ眺めていた。
「会いたい」「ちゃんと話したい」――陽翔から届く言葉の数々は、彼の心を強く揺さぶるのに、返信できる気力が湧いてこない。
一ヶ月前、自分が送った「少し頭を冷やそう」という短いLINE。その一文が、二人の間に冷たい境界線を引いたままだった。
無理に押し倒されかけたあの夜。
陽翔の手の重みと、自分の声を荒げてしまった記憶が蘇るたび、胸が痛む。
――あれほど必死に縋りついてくるのは、彼の不安の裏返しだと分かっている。
分かっているけれど、だからこそ、年上の自分が冷静にならなければいけない。
「これで正解なんだ…」
お互いに頭を冷やす方がいい。
酒に酔った勢いで付き合いだした関係。
今ここで、ちゃんと関係を見直した方がいいだろう。
悠真は、溜息を落としながらスマートフォンを裏返した。
「俺まで揺らいだら、駄目なんだ」
誰に言うでもなく呟いて、デスクの上に放り出す。
◆
その頃、陽翔は撮影現場にいた。
まぶしいライトに照らされ、スタイリストに衣装を直される。
「次、もう少し顎を上げて! そう、いいね!」
カメラマンの声に反射的に身体が動く。
仕事は順調に増えていた。広告、雑誌、ブランドのキャンペーン――一つこなせば次が決まる。
眩しいフラッシュに目を細めるたび、ふと悠真の横顔を思い出す。
「いいね、その笑顔!」とカメラマンの声が響いても、心の奥では空洞が広がっていく。
つくられた笑みと本当の笑みの違いを、自分自身が一番知っていた。
本来なら誇らしいはずなのに、胸の奥は虚ろだった。
ポーズを決めながら、頭の片隅ではただひとりの姿を探している。
――悠真、見てる?
そんなわけがないと分かっていても、視線を求めてしまう自分がいる。
「HARUTO、疲れてる? 集中して」
注意され、はっとした。
笑顔を作り直す。だが、心はどこか上の空だった。
――悠真のいない世界なんて、味気なくてさみしくて仕方がない。
◆
会社の昼休み。
悠真は同僚の女子社員が読んでいたファッション誌に、ふと目を止めた。
「それ……」
表紙を飾っていたのは、陽翔だった。
真新しいスーツに身を包み、都会のビル街を背景に涼やかに微笑んでいる。
知っている顔のはずなのに、まるで別人のように洗練されていた。
「先輩も気になるんですか? 今、このHARUTOってモデルが一推しなんですよ。次世代スターって騒がれてて」
弾む声で語られる言葉に、悠真はうまく笑えなかった。
誌面をめくれば、さらに華やかなカットが並んでいる。
現場で無邪気に笑っていた陽翔とも、部屋で拗ねながら抱きついてきた陽翔とも違う――完璧に作られた「HARUTO」という人物。
(……もう、別の世界の人間みたいだ)
たった一ヶ月。会っていないだけで、ここまで遠くなるのか。
胸の奥で、何かがすうっと冷えていく。
パタン、と雑誌を閉じた音がやけに大きく響いた。
周囲の笑い声や会話は遠のき、まるで水の底から聞こえるようにぼやけていく。
手のひらに残る光沢紙の冷たさが、陽翔との距離をそのまま突きつけてくるようだった。
(これでいい…これで良かったんだ。やっぱり俺がいない方が陽翔は…)
◆
陽翔もまた、雑誌を手に取った瞬間に、自分が「HARUTO」として消費されていくのを実感していた。
誰もが称賛の目を向ける。けれど、その視線の中に悠真のものはない。
撮影が終わって控室に戻ると、スマホの画面をすぐに確認するのが習慣になっていた。
新しい通知。
〈既読にならない……〉
指が震える。何度も送った「会いたい」のメッセージは、未だ開かれずに並んでいる。
会わなくなってしばらくの間は、既読がついていたのに。
最近は、既読もつかない。
「……どうしたら、届くんだよ」
独り言が零れる。
誰かに奪われるのが怖い。けれど、一番遠ざかっているのは自分かもしれない――そんな矛盾に、陽翔の胸は押し潰されそうだった。
◆
夜。
悠真は帰宅後、部屋の電気をつけないままソファに腰を下ろした。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光に、スマホの画面だけが青白く浮かぶ。
また、陽翔からのメッセージ。
「会いたい」「仕事のこともちゃんと話したい」「もう一度、やり直したい」
きっとそんな言葉が並んでいるんだろう。
けれども、悠真はもう陽翔からのメッセージを開かなくなっていた。
心が動かないわけじゃない。むしろ、読むたびに苦しくて仕方がなくなるからだ。
――だが、考えてしまう。
自分が彼の傍にいていいのか。
彼はもう、モデルとして羽ばたこうとしている。
足を引っ張る存在になってはいけない。
指先が、返信ボタンにかかる。けれど押せない。
既読をつけてしまえば、何かを決断しなければならなくなる。
ソファに沈み込み、額を押さえる。
「……このまま、終わってしまうのかもしれないな」
――それがいいのかもしれない。
かすかな声が闇に溶けた。
◆
同じ頃、陽翔はベッドの上で膝を抱えていた。
暗い天井を見つめながら、何度もスクロールしては既読のつかないトーク画面を眺める。
胸の奥に渦巻くのは、不安と後悔、そして拭いきれない焦燥。
「悠真……頼むから、離れていかないでくれ」
誰にも届かない祈りを呟き、瞼を閉じる。
次に目を開けたとき、もう返事が来ている奇跡を願いながら。
その同じ夜、別々の部屋で、互いに相手の名を呟いていた。
けれどその声は届かず、ただ違う闇に溶けていく。
同じ温度で震えているはずなのに、手を伸ばすことさえ叶わないまま――。
◆
それぞれの部屋で、遠ざかる背中を追いかけることしかできない二人。
その距離は、少しずつ、しかし確実に広がっていった。
********
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」をベースに作成した物です。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」はこちら⇒ https://youtu.be/j0kISv8HMYc
「会いたい」「ちゃんと話したい」――陽翔から届く言葉の数々は、彼の心を強く揺さぶるのに、返信できる気力が湧いてこない。
一ヶ月前、自分が送った「少し頭を冷やそう」という短いLINE。その一文が、二人の間に冷たい境界線を引いたままだった。
無理に押し倒されかけたあの夜。
陽翔の手の重みと、自分の声を荒げてしまった記憶が蘇るたび、胸が痛む。
――あれほど必死に縋りついてくるのは、彼の不安の裏返しだと分かっている。
分かっているけれど、だからこそ、年上の自分が冷静にならなければいけない。
「これで正解なんだ…」
お互いに頭を冷やす方がいい。
酒に酔った勢いで付き合いだした関係。
今ここで、ちゃんと関係を見直した方がいいだろう。
悠真は、溜息を落としながらスマートフォンを裏返した。
「俺まで揺らいだら、駄目なんだ」
誰に言うでもなく呟いて、デスクの上に放り出す。
◆
その頃、陽翔は撮影現場にいた。
まぶしいライトに照らされ、スタイリストに衣装を直される。
「次、もう少し顎を上げて! そう、いいね!」
カメラマンの声に反射的に身体が動く。
仕事は順調に増えていた。広告、雑誌、ブランドのキャンペーン――一つこなせば次が決まる。
眩しいフラッシュに目を細めるたび、ふと悠真の横顔を思い出す。
「いいね、その笑顔!」とカメラマンの声が響いても、心の奥では空洞が広がっていく。
つくられた笑みと本当の笑みの違いを、自分自身が一番知っていた。
本来なら誇らしいはずなのに、胸の奥は虚ろだった。
ポーズを決めながら、頭の片隅ではただひとりの姿を探している。
――悠真、見てる?
そんなわけがないと分かっていても、視線を求めてしまう自分がいる。
「HARUTO、疲れてる? 集中して」
注意され、はっとした。
笑顔を作り直す。だが、心はどこか上の空だった。
――悠真のいない世界なんて、味気なくてさみしくて仕方がない。
◆
会社の昼休み。
悠真は同僚の女子社員が読んでいたファッション誌に、ふと目を止めた。
「それ……」
表紙を飾っていたのは、陽翔だった。
真新しいスーツに身を包み、都会のビル街を背景に涼やかに微笑んでいる。
知っている顔のはずなのに、まるで別人のように洗練されていた。
「先輩も気になるんですか? 今、このHARUTOってモデルが一推しなんですよ。次世代スターって騒がれてて」
弾む声で語られる言葉に、悠真はうまく笑えなかった。
誌面をめくれば、さらに華やかなカットが並んでいる。
現場で無邪気に笑っていた陽翔とも、部屋で拗ねながら抱きついてきた陽翔とも違う――完璧に作られた「HARUTO」という人物。
(……もう、別の世界の人間みたいだ)
たった一ヶ月。会っていないだけで、ここまで遠くなるのか。
胸の奥で、何かがすうっと冷えていく。
パタン、と雑誌を閉じた音がやけに大きく響いた。
周囲の笑い声や会話は遠のき、まるで水の底から聞こえるようにぼやけていく。
手のひらに残る光沢紙の冷たさが、陽翔との距離をそのまま突きつけてくるようだった。
(これでいい…これで良かったんだ。やっぱり俺がいない方が陽翔は…)
◆
陽翔もまた、雑誌を手に取った瞬間に、自分が「HARUTO」として消費されていくのを実感していた。
誰もが称賛の目を向ける。けれど、その視線の中に悠真のものはない。
撮影が終わって控室に戻ると、スマホの画面をすぐに確認するのが習慣になっていた。
新しい通知。
〈既読にならない……〉
指が震える。何度も送った「会いたい」のメッセージは、未だ開かれずに並んでいる。
会わなくなってしばらくの間は、既読がついていたのに。
最近は、既読もつかない。
「……どうしたら、届くんだよ」
独り言が零れる。
誰かに奪われるのが怖い。けれど、一番遠ざかっているのは自分かもしれない――そんな矛盾に、陽翔の胸は押し潰されそうだった。
◆
夜。
悠真は帰宅後、部屋の電気をつけないままソファに腰を下ろした。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光に、スマホの画面だけが青白く浮かぶ。
また、陽翔からのメッセージ。
「会いたい」「仕事のこともちゃんと話したい」「もう一度、やり直したい」
きっとそんな言葉が並んでいるんだろう。
けれども、悠真はもう陽翔からのメッセージを開かなくなっていた。
心が動かないわけじゃない。むしろ、読むたびに苦しくて仕方がなくなるからだ。
――だが、考えてしまう。
自分が彼の傍にいていいのか。
彼はもう、モデルとして羽ばたこうとしている。
足を引っ張る存在になってはいけない。
指先が、返信ボタンにかかる。けれど押せない。
既読をつけてしまえば、何かを決断しなければならなくなる。
ソファに沈み込み、額を押さえる。
「……このまま、終わってしまうのかもしれないな」
――それがいいのかもしれない。
かすかな声が闇に溶けた。
◆
同じ頃、陽翔はベッドの上で膝を抱えていた。
暗い天井を見つめながら、何度もスクロールしては既読のつかないトーク画面を眺める。
胸の奥に渦巻くのは、不安と後悔、そして拭いきれない焦燥。
「悠真……頼むから、離れていかないでくれ」
誰にも届かない祈りを呟き、瞼を閉じる。
次に目を開けたとき、もう返事が来ている奇跡を願いながら。
その同じ夜、別々の部屋で、互いに相手の名を呟いていた。
けれどその声は届かず、ただ違う闇に溶けていく。
同じ温度で震えているはずなのに、手を伸ばすことさえ叶わないまま――。
◆
それぞれの部屋で、遠ざかる背中を追いかけることしかできない二人。
その距離は、少しずつ、しかし確実に広がっていった。
********
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」をベースに作成した物です。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「声は闇に溶けて — Vanishing Into the Dark」はこちら⇒ https://youtu.be/j0kISv8HMYc
1
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
かえり、みち
真田晃
BL
エセ関西弁の幼馴染みと、歩いて帰る。
明るいコイツのお陰で、外灯の少ない真っ暗な田舎道も怖くなかった。
なのに、何故だろう。
何処か懐かしさを感じてしまう。
コイツとはいつも一緒に帰っているのに。大切な何かを、俺は──忘れてしまっている、のか?
第一章:シリアスver.
第二章:コミカルver.
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
