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第九話 離れない約束 — Promise We Can’t Escape
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残業を終えた夜気は、春の名残をひとつも残していなかった。
マンションの自動ドアを抜け、静かな廊下を歩く。鍵束の触れ合う音だけがやけに大きい。五週間。数えないようにしても、体は日付を覚えるらしい。ポケットの中のスマホは黙ったままなのに、掌にはまだ震えが残っていた。
曲がり角を過ぎたとき、うずくまる影が見えた。廊下の非常灯に照らされる横顔。
「……陽翔?」
顔を上げた彼は、目の縁を赤くして笑った。
「やっと、帰ってきた」
酒の匂いが、夜の冷たさを押しのけて届く。
「どうしてここに」
「会いたかったから」
「酔ってるだろ」
「少しだけ。……少しじゃなかった。ごめん。でも、酔ってないと来られなかった」
子どもみたいに正直な言い方に、苦笑がこぼれそうになるのを飲み込む。鍵を回し、腕を貸して部屋に入れた。
灯りをつけると、陽翔は素直にソファに座った。手を伸ばすと、くったりと肩が俺に凭れる。
「水、飲めるか」
「うん」
ペットボトルのキャップを開けて手渡すと、ごくごくと喉を鳴らして飲む。
「……はぁ。生き返る」
「無茶をするな」
「無茶しないと、来られなかったんだよ」
「来なくてよかっただろ」
「よくない」
まっすぐにこちらを見つめる黒目に、冗談の逃げ道がない。
「仕事は」
「今は仕事の話はしたくない」
乾いた笑いが落ちる。
ゆっくりと俺のシャツの裾を摘まむ。
「俺の“戻る場所”が、どこにもない感じがする。だから、ここに来た」
胸の奥が疼いた。
「……頭を冷やそうって言ったのは、俺だ」
「知ってる」
「簡単に戻れない」
「知ってる。でも」
陽翔は俺の手首を、子どものような力加減で握った。
「今夜だけでいいから、遠くに行かないで」
ため息をひとつ、深く吐いた。
「シャワー浴びろ。少し身体が冷えてる」
「一緒に入る?」
「調子に乗るな」
笑い合う。笑えたことに、自分がいちばん驚いていた。
湯気の向こうで、シャワーの音が一定のリズムを刻む。キッチンに立ち、生姜とはちみつで湯を作った。湯気に顔を近づけると、あの夜の匂いがする。テーブルに置いた瞬間、バスルームの扉が開き、濡れた髪の陽翔が現れた。
「……作ってくれたの?」
「飲め。身体が温まる」
「ありがと」
マグを両手で包み込む仕草が、いつかの雨夜と重なる。
「俺、料理は得意だけど、こういうのは作ってもらうほうが効く」
「分かってる」
ほんの少しの沈黙。マグを置いた陽翔が、テーブル越しに身を乗り出した。
「悠真」
名前を呼ばれるだけで、背骨が熱を持つ。
「お願い。……離れないって、言って」
避け続けていた言葉が、目の前に置かれる。
「陽翔」
「うん」
「俺は——」
言葉の出口を塞ぐように、陽翔の唇が触れた。浅く、確かめるみたいなキス。拒む余地はいくらでもあったのに、体は先に覚えていた温度に拾われる。
長い空白に火がつく音がした。背に回った腕に引き寄せられ、ソファのクッションが沈む。髪を拭き切れていない甘い湿り気が、頬を滑って喉元で弾ける。
唇を離して、陽翔は俺を見る。
「いやなら、しない。この間みたいに、悠真を悲しませたくないから…」
陽翔の指先がわずかに震えていた。
「……あの夜、俺、自分でも怖かった。嫌われるって思った。なのに止まれなくて……本当に最低だった」
苦笑とも泣き笑いともつかない表情が、月明かりに浮かぶ。
「だから今日は、ちゃんと……大事にしたい」
そんな目で見つめるのは卑怯だ。
まるで捨てられかけた子猫のように。
そして、捨てられるのを恐れるように、陽翔の瞳は潤んでいる。
やっぱり逃げられない…。
俺自身の気持ちも、陽翔に捕らわれている。
泣きそうな顔の陽翔に、俺は自分から唇を重ねた。
驚いたように陽翔の気配がして、すぐに貪るような深さで応えられる。
「そんなことされたら…手加減できなくなる」
「手加減なんて、しなくていい」
その言葉が引き金になった。
今度は陽翔が獣のように唇を重ねてきた。すぐに舌が唇を割って入り、口腔内を蹂躙するようにかき回す。五週間の空白を埋めるみたいに、角度を変えては何度も深く求められた。
「んっ、ぅ、…はぁっ…んっ…」
シャツのボタンが、引きちぎられるように弾け飛んだ。
指の腹が焦るように肌をなぞるたび、忘れていたはずの回路が次々と焼き切れるような熱で通電する。思い出してしまう。体は馬鹿正直によく知っている、互いの息の止め方と戻し方を。
ソファから寝室へ、もつれるように移動する。どちらからともなく服を剥ぎ取っていく。床に散らばる衣類を気にする余裕もない。ベッドに倒れ込むと、サイドの常夜灯が汗で濡れた肌の輪郭だけを鈍く照らした。
強く抱き寄せられ、体の奥を押し広げられる。
痛みに眉が寄ると、陽翔がすぐに動きを止めた。
「……痛い?」
「少し……でも」
「でも?」
「離れるほうが、もっと痛い」
そう答えると、陽翔の目が熱に揺れて、再びゆっくりと沈んでくる。
痛みと快感がせめぎ合うたび、五週間の空白が音を立てて埋まっていくようだった。
触れて、離れて、また触れる。
久しぶりの距離は、どこから埋めればいいのか分からないまま、最短距離で交わっていく。
陽翔の指が、俺の体の馴染んだ場所を確かめるように、けれど前よりずっと大胆になぞった。
びくりと体が跳ねるたびに、低い声で名前を呼ばれる。その声に煽られ、自分でも知らなかった声が漏れた。
「悠真、見て」
言われるままに視線を合わせる。陽翔の瞳には、熱と不安と、どうしようもない愛着がどろりと混ざり合っていた。汗で額に張り付いた前髪の下で、必死に何かを堪えている顔。
「俺から——二度と離れないって、約束して?」
息が詰まる。喉が勝手にひくついた。陽翔の指が、俺の熱を持った入り口をなぶりながら、答えを待っている。
「今、言って。……言ってくれたら、俺、ぜんぶ信じられるから」
思考の前を、体が走った。
「……離れない」
声に出して、初めて自分がどれほどその言葉を待っていたかを知る。陽翔の表情が一瞬にしてほどけ、安堵のため息とともに、熱が一気に押し寄せた。準備もそこそこに、彼の熱がゆっくりと体をこじ開けてくる。
「……っ、はると…」
「悠真、大丈夫。ここにいるから」
埋め尽くされる感覚に、背中が弓なりにしなる。痛いのに、気持ちがいい。空白だった体の芯に、陽翔という存在が満ちていく。残りの夜は、理性の置き場を失っていった。
深く沈められるたびに、シーツを握りしめた。陽翔は、俺の反応を確かめるように、わざと浅く引いては、また奥を突く。
「悠真、ここ、好きだろ」
囁き声が脳を痺れさせる。否定できず、喘ぎ声で応えるしかなかった。幾度も深く沈み、幾度も浮上する。互いの境界をなぞり、塗り替え、ふたたび確かめ直す。名を呼ぶ声が重なった瞬間、長い不在がまとめて胸の奥で弾けた。
世界が白く反転して、気づけば陽翔の肩に爪の跡を残していた。
乱れた呼吸の合間に、陽翔が笑う。
「——聞いたからね」
「何を」
「“離れない”って。今の、録音しておきたいくらい」
「物証がないと不安か」
「うん。不安。……だから、もう一回言って」
わがままな年下の言い方なのに、泣きそうな目だった。
「分かったよ」
額を寄せて、同じ空気を一度分け合ってから、ゆっくりと。
「離れない。俺からは」
「じゃあ、俺も。——離れない」
指を絡める。小指同士が、子どもの頃の約束みたいに熱くなった。
やがて、静けさが戻る。
常夜灯の淡い輪の外、窓の向こうで遠い車の音が通り過ぎる。陽翔は隣で仰向けのまま、天井を見ていた。
「さっき、ソファのとこで言いかけたことがある」
「何だ」
「“弟”はとっくに卒業した、って。あのとき言えなかったから、今、ちゃんと言う」
横を向き、俺の頬にキスを落とす。
「俺は、悠真を“並ぶ相手”だと思ってる。守られる側でも、見上げるだけでもない。——並ぶ。だから、離れないで」
胸が鋭く突かれる。嬉しいのに、痛い。
「……俺で、いいのか」
問うと、陽翔は即答した。
「いいじゃない。俺が選んだ、俺の人だから」
怖いくらい迷いがない。あの夜、彼が見せた暴走の影は、今はもう見当たらない。代わりに、選び取る強さだけがある。
けれど、胸の奥に小さな棘は残っていた。
“本当に、俺でいいのか”。
それを見透かしたみたいに、陽翔が起き上がってベッドサイドのマグを手に取り、残った生姜湯をひと口飲んだ。
「俺さ、明日の朝、撮影なんだ」
「そうか」
「それで——終わったら、ここに来てもいい?」
間を置く。
さっき交わした約束の温度が、まだ指先に残っている。
「……来い」
答えると、陽翔はほっと笑った。
布団に潜り直し、肩と肩を触れさせる。息が整っていくたび、眠りが近づく。
まぶたが落ちかけたところで、陽翔がもう一度だけ囁いた。
「ねぇ、もう一回だけ」
「……何だ」
「約束。言葉にして。俺から——二度と離れないって」
少し笑って、天井を見たまま口にする。
「俺は、陽翔から二度と離れない。約束する」
布団の中の指が、きゅっと握り返す。
「……聞いた。ありがとう。やっと眠れる」
静かな寝息が肩に落ちるまで、しばらくかかった。
眠りかけの意識の底で、ひとつだけ確かなことがある。
約束は、熱に浮かされた勢いじゃない。俺の言葉だ。
それでも——
どこかで小さな不安はまだ暴れている。彼の世界は広がっていく。俺は、その隣に並び続けられるのか。
暗闇に問いを投げる。返事の代わりに、陽翔の寝息が静かに返ってきた。
夜が深まる。
逃れられない熱のあとに残るのは、確かに触れた温度と、口にした約束と、まだ名のない怖さ。
陽翔の寝顔を横目に、胸の奥がきゅっと縮む。
こんなにも必死に自分を求めてくれるのに、
いつか彼がもっと遠い世界へ行ってしまうのでは――
そんな考えが、どうしても頭の隅に残る。
その不安ごと抱きしめるように、俺は彼の指を握り直した。
それでも、今夜だけは——指を離さず、眠る。
***********
今回のお話「離れない約束 — Promise We Can’t Escape」は、YouTubeの楽曲をもとに作成されています。良かったら曲のほうも聞いてみてくださいね♫
「離れない約束 — Promise We Can’t Escape」はこちら⇒ https://youtu.be/6Utc1RkOhck
マンションの自動ドアを抜け、静かな廊下を歩く。鍵束の触れ合う音だけがやけに大きい。五週間。数えないようにしても、体は日付を覚えるらしい。ポケットの中のスマホは黙ったままなのに、掌にはまだ震えが残っていた。
曲がり角を過ぎたとき、うずくまる影が見えた。廊下の非常灯に照らされる横顔。
「……陽翔?」
顔を上げた彼は、目の縁を赤くして笑った。
「やっと、帰ってきた」
酒の匂いが、夜の冷たさを押しのけて届く。
「どうしてここに」
「会いたかったから」
「酔ってるだろ」
「少しだけ。……少しじゃなかった。ごめん。でも、酔ってないと来られなかった」
子どもみたいに正直な言い方に、苦笑がこぼれそうになるのを飲み込む。鍵を回し、腕を貸して部屋に入れた。
灯りをつけると、陽翔は素直にソファに座った。手を伸ばすと、くったりと肩が俺に凭れる。
「水、飲めるか」
「うん」
ペットボトルのキャップを開けて手渡すと、ごくごくと喉を鳴らして飲む。
「……はぁ。生き返る」
「無茶をするな」
「無茶しないと、来られなかったんだよ」
「来なくてよかっただろ」
「よくない」
まっすぐにこちらを見つめる黒目に、冗談の逃げ道がない。
「仕事は」
「今は仕事の話はしたくない」
乾いた笑いが落ちる。
ゆっくりと俺のシャツの裾を摘まむ。
「俺の“戻る場所”が、どこにもない感じがする。だから、ここに来た」
胸の奥が疼いた。
「……頭を冷やそうって言ったのは、俺だ」
「知ってる」
「簡単に戻れない」
「知ってる。でも」
陽翔は俺の手首を、子どものような力加減で握った。
「今夜だけでいいから、遠くに行かないで」
ため息をひとつ、深く吐いた。
「シャワー浴びろ。少し身体が冷えてる」
「一緒に入る?」
「調子に乗るな」
笑い合う。笑えたことに、自分がいちばん驚いていた。
湯気の向こうで、シャワーの音が一定のリズムを刻む。キッチンに立ち、生姜とはちみつで湯を作った。湯気に顔を近づけると、あの夜の匂いがする。テーブルに置いた瞬間、バスルームの扉が開き、濡れた髪の陽翔が現れた。
「……作ってくれたの?」
「飲め。身体が温まる」
「ありがと」
マグを両手で包み込む仕草が、いつかの雨夜と重なる。
「俺、料理は得意だけど、こういうのは作ってもらうほうが効く」
「分かってる」
ほんの少しの沈黙。マグを置いた陽翔が、テーブル越しに身を乗り出した。
「悠真」
名前を呼ばれるだけで、背骨が熱を持つ。
「お願い。……離れないって、言って」
避け続けていた言葉が、目の前に置かれる。
「陽翔」
「うん」
「俺は——」
言葉の出口を塞ぐように、陽翔の唇が触れた。浅く、確かめるみたいなキス。拒む余地はいくらでもあったのに、体は先に覚えていた温度に拾われる。
長い空白に火がつく音がした。背に回った腕に引き寄せられ、ソファのクッションが沈む。髪を拭き切れていない甘い湿り気が、頬を滑って喉元で弾ける。
唇を離して、陽翔は俺を見る。
「いやなら、しない。この間みたいに、悠真を悲しませたくないから…」
陽翔の指先がわずかに震えていた。
「……あの夜、俺、自分でも怖かった。嫌われるって思った。なのに止まれなくて……本当に最低だった」
苦笑とも泣き笑いともつかない表情が、月明かりに浮かぶ。
「だから今日は、ちゃんと……大事にしたい」
そんな目で見つめるのは卑怯だ。
まるで捨てられかけた子猫のように。
そして、捨てられるのを恐れるように、陽翔の瞳は潤んでいる。
やっぱり逃げられない…。
俺自身の気持ちも、陽翔に捕らわれている。
泣きそうな顔の陽翔に、俺は自分から唇を重ねた。
驚いたように陽翔の気配がして、すぐに貪るような深さで応えられる。
「そんなことされたら…手加減できなくなる」
「手加減なんて、しなくていい」
その言葉が引き金になった。
今度は陽翔が獣のように唇を重ねてきた。すぐに舌が唇を割って入り、口腔内を蹂躙するようにかき回す。五週間の空白を埋めるみたいに、角度を変えては何度も深く求められた。
「んっ、ぅ、…はぁっ…んっ…」
シャツのボタンが、引きちぎられるように弾け飛んだ。
指の腹が焦るように肌をなぞるたび、忘れていたはずの回路が次々と焼き切れるような熱で通電する。思い出してしまう。体は馬鹿正直によく知っている、互いの息の止め方と戻し方を。
ソファから寝室へ、もつれるように移動する。どちらからともなく服を剥ぎ取っていく。床に散らばる衣類を気にする余裕もない。ベッドに倒れ込むと、サイドの常夜灯が汗で濡れた肌の輪郭だけを鈍く照らした。
強く抱き寄せられ、体の奥を押し広げられる。
痛みに眉が寄ると、陽翔がすぐに動きを止めた。
「……痛い?」
「少し……でも」
「でも?」
「離れるほうが、もっと痛い」
そう答えると、陽翔の目が熱に揺れて、再びゆっくりと沈んでくる。
痛みと快感がせめぎ合うたび、五週間の空白が音を立てて埋まっていくようだった。
触れて、離れて、また触れる。
久しぶりの距離は、どこから埋めればいいのか分からないまま、最短距離で交わっていく。
陽翔の指が、俺の体の馴染んだ場所を確かめるように、けれど前よりずっと大胆になぞった。
びくりと体が跳ねるたびに、低い声で名前を呼ばれる。その声に煽られ、自分でも知らなかった声が漏れた。
「悠真、見て」
言われるままに視線を合わせる。陽翔の瞳には、熱と不安と、どうしようもない愛着がどろりと混ざり合っていた。汗で額に張り付いた前髪の下で、必死に何かを堪えている顔。
「俺から——二度と離れないって、約束して?」
息が詰まる。喉が勝手にひくついた。陽翔の指が、俺の熱を持った入り口をなぶりながら、答えを待っている。
「今、言って。……言ってくれたら、俺、ぜんぶ信じられるから」
思考の前を、体が走った。
「……離れない」
声に出して、初めて自分がどれほどその言葉を待っていたかを知る。陽翔の表情が一瞬にしてほどけ、安堵のため息とともに、熱が一気に押し寄せた。準備もそこそこに、彼の熱がゆっくりと体をこじ開けてくる。
「……っ、はると…」
「悠真、大丈夫。ここにいるから」
埋め尽くされる感覚に、背中が弓なりにしなる。痛いのに、気持ちがいい。空白だった体の芯に、陽翔という存在が満ちていく。残りの夜は、理性の置き場を失っていった。
深く沈められるたびに、シーツを握りしめた。陽翔は、俺の反応を確かめるように、わざと浅く引いては、また奥を突く。
「悠真、ここ、好きだろ」
囁き声が脳を痺れさせる。否定できず、喘ぎ声で応えるしかなかった。幾度も深く沈み、幾度も浮上する。互いの境界をなぞり、塗り替え、ふたたび確かめ直す。名を呼ぶ声が重なった瞬間、長い不在がまとめて胸の奥で弾けた。
世界が白く反転して、気づけば陽翔の肩に爪の跡を残していた。
乱れた呼吸の合間に、陽翔が笑う。
「——聞いたからね」
「何を」
「“離れない”って。今の、録音しておきたいくらい」
「物証がないと不安か」
「うん。不安。……だから、もう一回言って」
わがままな年下の言い方なのに、泣きそうな目だった。
「分かったよ」
額を寄せて、同じ空気を一度分け合ってから、ゆっくりと。
「離れない。俺からは」
「じゃあ、俺も。——離れない」
指を絡める。小指同士が、子どもの頃の約束みたいに熱くなった。
やがて、静けさが戻る。
常夜灯の淡い輪の外、窓の向こうで遠い車の音が通り過ぎる。陽翔は隣で仰向けのまま、天井を見ていた。
「さっき、ソファのとこで言いかけたことがある」
「何だ」
「“弟”はとっくに卒業した、って。あのとき言えなかったから、今、ちゃんと言う」
横を向き、俺の頬にキスを落とす。
「俺は、悠真を“並ぶ相手”だと思ってる。守られる側でも、見上げるだけでもない。——並ぶ。だから、離れないで」
胸が鋭く突かれる。嬉しいのに、痛い。
「……俺で、いいのか」
問うと、陽翔は即答した。
「いいじゃない。俺が選んだ、俺の人だから」
怖いくらい迷いがない。あの夜、彼が見せた暴走の影は、今はもう見当たらない。代わりに、選び取る強さだけがある。
けれど、胸の奥に小さな棘は残っていた。
“本当に、俺でいいのか”。
それを見透かしたみたいに、陽翔が起き上がってベッドサイドのマグを手に取り、残った生姜湯をひと口飲んだ。
「俺さ、明日の朝、撮影なんだ」
「そうか」
「それで——終わったら、ここに来てもいい?」
間を置く。
さっき交わした約束の温度が、まだ指先に残っている。
「……来い」
答えると、陽翔はほっと笑った。
布団に潜り直し、肩と肩を触れさせる。息が整っていくたび、眠りが近づく。
まぶたが落ちかけたところで、陽翔がもう一度だけ囁いた。
「ねぇ、もう一回だけ」
「……何だ」
「約束。言葉にして。俺から——二度と離れないって」
少し笑って、天井を見たまま口にする。
「俺は、陽翔から二度と離れない。約束する」
布団の中の指が、きゅっと握り返す。
「……聞いた。ありがとう。やっと眠れる」
静かな寝息が肩に落ちるまで、しばらくかかった。
眠りかけの意識の底で、ひとつだけ確かなことがある。
約束は、熱に浮かされた勢いじゃない。俺の言葉だ。
それでも——
どこかで小さな不安はまだ暴れている。彼の世界は広がっていく。俺は、その隣に並び続けられるのか。
暗闇に問いを投げる。返事の代わりに、陽翔の寝息が静かに返ってきた。
夜が深まる。
逃れられない熱のあとに残るのは、確かに触れた温度と、口にした約束と、まだ名のない怖さ。
陽翔の寝顔を横目に、胸の奥がきゅっと縮む。
こんなにも必死に自分を求めてくれるのに、
いつか彼がもっと遠い世界へ行ってしまうのでは――
そんな考えが、どうしても頭の隅に残る。
その不安ごと抱きしめるように、俺は彼の指を握り直した。
それでも、今夜だけは——指を離さず、眠る。
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