【完結】ある神父の恋

真守 輪

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神託

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 彼らとの付き合いは、俺が神父になりたいと思うよりも昔のことだ。
 親に連れられて、教会に行く頃には、すでに彼らは、俺の肩の上にとまっていたように思う。
 子供の頃の俺は、病気がちで、入退院を繰り返していたこともあって、同世代の友達がいなかった。
 そんな時に、話相手になってくれたのが、彼らだ。

 イマジナリーフレンドは、幼少期の間だけに見える架空の友人だという。
 現実の対人関係を学ぶ過程で自然消滅してしまうのが、当たり前なのだろうが、彼らは、今も俺の肩の上にいる。
 それが、良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
 俺は、内気で社会性の低い子供だった。
 一人きりで出かけては、絵ばっかり描いて過ごしていた。その趣味が高じて、今では、個展を開くこともある。
 念のために、医師やカウンセラーの診断を受けたが、俺のメンタルもフィジカルも安定しているらしい。
 俺自身がその架空性を意識しているわけだし、現実生活の障害になっているわけでもないから……ということだ。

 セキレイは、ときどき姿を変えて、俺をからかって遊んでいる。俺の子供の頃の姿。背中には羽根がある。
 さながら、イタズラな守護天使。
 残念ながらキリスト教の聖書には、個人に守護天使がついているかについては、言及がない。
 イスラム教では、キラマン・カティンと呼ばれる守護天使がいる。仏教なら、倶生神だ。
 人が生まれた時から、その両肩にいて、すべての人間の善行や悪行などを記録して、神に報告するのだという。

 ともかく昔から俺は、人には見えないものが見えたり聞こえたりしていた。
 ただの妄想にしては、なかなかに現実的で、時には俺を疲れさせてしまう。
 彼らは、おしゃべりなくせに、肝心なことは何一つ語ろうとはしないという厄介な存在だ。

 俺は、幽霊や宇宙人に関しては、ニュートラルでいたいと思う。
 完全に否定する気もないが、肯定して、それに縛られるのはイヤだ。
 もっとも、イヤだとは言いながらも、今もこうして、彼らと会話しているあたり……すでに縛られているのかもしれない。
 まあ、妄想でも、現実でも、いいじゃないかと思う。
 医師の検査ミスということもあり得る可能性だ。
 そもそも、天使(それとも妖怪だろうか)が見えるなどと、人に言えることでもない。それならば、黙っているのが得策だろう。

 ――リョータロウ。キミってば、つまんない男だよね。
「つまらない……って、こうしてセキレイと会話しているだけで、十分、ユーモアな男だと自覚しているけど」
 俺は、髪に櫛を入れながら言う。
 男の朝の身支度には時間なんて、たいしてかかりはしない。必要なのは、清潔感だ。

 ――よく聞くがよいぞ。ヨハネス! 
「ああ、どっちの話も聞いてるよ」
 鏡の中の自分をチェックしながら俺は、二人に調子よく応えた。

 ――ステキなことがあるんだよ。
「さっき、フクロウが言ってたことか。あんまり、興味はないんだけど……」
 ――本当に、つまんないね。リョータロウ。
「司祭になる……ってとこまでは、ありがたかったけど、恋なんて、今の俺には関係のない話だしね」
 彼らは、不思議な予兆めいたことを告げてくれることがある。
 良いこともあれば、悪いこともあった。
 以前は、頑なに耳を塞いでいたけど、最近では、そのどちらも楽しんでいる。
 なぜかっていうと、この世界に起こることは、良いことも悪いことも、すべては繋がっているからだ。

 ――確かに、この未熟者には、そうであろうな。
 フクロウが言うと、セキレイは、羽根をばたつかせた。
「未熟者にも分かるように、説明してくれよ」
 俺がそう言うと、珍しくフクロウがにやりと笑ったような気がした。
 フクロウが笑うなんてこと、現実にはあり得ないことだ。だけど、俺が見ているものが、現実だとは言い切れない。

 ――ヨハネス……そなたは恋をするのだ。
「さっき、聞いたよ」
 まあ、確かに俺だって、恋もしたことがある。
 だから、これから先、そういった気持ちを持たないなんてことは『絶対にない』とは言い切れないだろう。
 ……なんといっても未熟者だからね。
 ただ、神父になりたいと思った時から、生涯独身でいるのは当たり前のことだ。そんなわけで今の俺は、恋愛とか家庭とか、そういったものからは、遠く離れたところにいる。
 それが寂しくないか? と聞かれたら、寂しい時もあるだろう。
 でも、独身であることのほうが、フットワークがいいのだ。
 自分の望むことに没頭できるのも独りであるからこそ、できる。
 独身制の戒律は、合理的だと思う。『神と人のため』に司祭は、ここに『ある』のだ。

 ――いや、ちょっと、違うな。恋をされるんだ。
 俺が、興味を示さないせいか、セキレイが言い直した。
 ――きみより、ずっと年下の女の子だよ。
「年下の?」
 神学校に、若い女性はいない。

 ――たった今、生まれたばかりだよ。
 生まれたばかりの赤ちゃんが恋?
 でも、どこかで新しい命が産まれたことは、おめでたいことだ。
「すばらしいね。小さな命の誕生だ」
 俺は、素直にそう思った。
 ――そう、すばらしいことだ。
 フクロウが、首を回しながら答える。

「きっと、可愛い赤ちゃんだろうね」
「可愛いわけではない」
 続けて、フクロウが断言した。
 可愛くない赤ちゃんなんて、いるんだろうか。

 ――可愛いとは違うよ。魂の輝きがとても美しいんだ。
 反対側から答えたのは、セキレイ。
「この世に生を受けた魂が美しいのは、当然だろう?」
 ――リョータロウ。内面の美しさは、外面に現れるものだよ。
「ちょっと、待ってくれ。それじゃあ、可愛くなくて、美しい赤ちゃんがいるってのか?」
 少し、混乱してきた。
 生まれたばかりの赤ちゃんが、美しいとかあるんだろうか。

 ――でも、出逢うのは何年も先のことだよ。リョータロウ。
 ――きっと、忘れているだろうな。そなたは忘れっぽい。ヨハネス。
 ――赤ちゃんの顔なんて、時間がたてば、変わっちゃうもんだしね。
 やっぱり俺は、自分のイマジナリーフレンドにからかわれているらしい。
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