【完結】ある神父の恋

真守 輪

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恋心

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 日曜のミサが終わった後に、俺とアニエスが会うのは、いつの間にか習慣になっていた。
 街のカフェに行ったり、森の中を散策したり、彼女と二人で過ごす時間は、あっというまに過ぎてしまう。
 俺たちが出逢って、もうどれくらいの月日がたつのだろう。

「1年よ!」
 すぐさま彼女が答える。
「初めて逢ったのは、司祭館だったわ」
「そうだっけ。教会だと思ってたよ」
「わたしが一人でいる時に、凉太朗が話しかけてくれたのは教会よ」
「ああ、そうか。ご両親からアニエスを紹介されたのが、司祭館だったっけ」
「両親からは、よく凉太朗のことを聞いていたから、まるで、ずっと前から知っていたかのようだったの」
 俺のほうがすっかり忘れてしまっていたことまで、彼女は、まるで昨日のことのように覚えていた。

 こういうのをなんというんだっけ。
 なんとかの法則とか……。
 50歳の人間にとっての10年間は、5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになるらしい。
 子供のころには、どんなことでもワクワクしたりドキドキしたりするのに、大人になるとそんな感動も薄くなってしまうから、時間が短く感じられる……というわけか。
 彼女は、5歳じゃないけど、俺たちの年齢差は、たぶん親子ほどもある。
 でも、俺は彼女の父親ではない。


「それから、毎週、日曜日には教会に通ったわ。凉太朗に会いたくて!」
 ハシバミ色の大きな眼が、まっすぐに俺を見つめる。
 彼女は、いつも真剣だった。
 俺たちの言葉のひとつひとつ。
 こうして会う瞬間と瞬間をまるで宝物のように、大切にしている。
 俺は、こんな女性に会ったことがなかった。
 純粋でまっすぐで……どんなことに対しても一生懸命で、それは彼女の若さなんだろうか。
 ただ、その純粋さが、ときおり、危うくも思えた。

「凉太朗は、愛情というものをどう考えているの?」
 真摯な眼差しを向けられて俺は、たじろいだ。
 彼女のこんな性急なやりとりには、俺のほうがドキドキさせられてしまう。
「それは……広義的な解釈で?」
 俺は、わざと気がつかぬふりをしてみた。
 男としては、いささか不作法だったかもしれない。

「違うわ。狭義的によ。わたしが聞いてるのは恋愛のことよ」
 真面目なアニエスは、当然のごとく引き下がらなかった。
 俺は、自分の意気地のなさに、いささか恥ずかしくなってしまう。
 いたたまれなくなって、ついには、笑ってごまかすという男としては、最低な行動に出てしまった。
 笑われて彼女は、びっくりしたような顔をしている。

 ごめんね。アニエス。
 きみの言いたいことは、本当はよく分かっているんだ。
 コーヒーのカップを引き寄せながら、俺は言葉に詰まった。
 俺たちの考えは、よく似ていることもあれば、正反対のこともある。
 さまざまな角度から切り込んでくる彼女の言葉には、いつも驚かされてしまう。
 独創的なアイデア。自由な発想力。
 こんなに気が合う友達って他にいないんじゃないかと思う。
 年齢や性別。生まれた国さえも、違うのに。

 ふいに言葉が途切れてしまった時、俺の両肩の天使が目の前をすうっと飛んだ。
「……俺が」
 彼らがあの背中の翼で飛ぶという姿を見たのは、初めてだった。
 セキレイは、おどけて、よく俺の肩の上を飛び回ったりすることはある。それは、曲技団のような動きで遊んでいるだけだ。
 まして、フクロウがこの翼で飛ぶなんて……。
 他の人間には見えていないはずなのに、なぜか彼女は、大きく目を見開いている。
 もしかしたら、見えなくても気配を感じることはあるのだろうか。
 俺は、深く息を吸い込み、吐き出しながら言いかけて止めてしまった言葉を口にした。

「俺が『神父』でなければ……アニエスに、恋していたかもしれないね」
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