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『翠清山の激闘』編
231話 「炬乃未の想い その2『目覚めし能力』」
しおりを挟むサナは補助具による腕力強化、左篭手による防御強化、切れ味抜群の脇差に加えて陣羽織を手に入れる。
陣羽織にはレッグガードと、額を守る鉢金も付属しているので、基本的な箇所はすべて守ることができるだろう。
そして、続いてマキの番になる。
「マキさんには、この『六鉄功華』をお渡しいたします」
炬乃未が、赤い篭手を取り出す。
全体的な色合いは赤だが、所々にメノウのような斑模様があるのが特徴的だ。
先端には尖った牙の部分があり、打撃と同時に刺突ダメージも与えることを想定しているようだ。
サナの『護了黒洲の篭手』が防御専用だとすれば、こちらは完全に攻撃型の造りをしている。
「ついに完成したのね」
「はい」
「マキさんは知っていたの? そういえば、アズ・アクスに何度か通っていたよね」
「ええ、私に合う金属を一緒に探してもらっていたのよ。いくつもサンプルを作ってもらって本当に感謝しているわ。でも、私が見た時とは素材が少し違うような気がするわね」
「お気づきになりましたか。実はつい先日のことなのですが、マキさんの合金を作っている最中、わたくしに【特殊な能力】があることが判明いたしました。この合金はその力によって生まれたものです」
「それってまさか、ディムレガンの姉妹だけに与えられた特別な力のこと!?」
「おそらくはそうだと思います」
「姉の火乃呼さんは、デアンカ・ギースの原石すら加工できる『焔紅』っていう特殊な炎を使えるんだよね? じゃあ、炬乃未さんは? 今の話を聞いていると素材のほうに影響を与えるものなの?」
「はい。まさに『金属の変質』だったのです。わたくしの『炎の血』を吸収した金属は、どんな金属とも融合し、特性が強化されることがわかりました」
炬乃未は鍛冶師として復活するために、何も考えず、がむしゃらに火を出し、槌を叩きつけ、ひたすら合金を作っていた。
彼女の気迫は凄まじく、手の平から出血してもかまわず叩く日が続いていた。アンシュラオンたちがのんびりしている間も、ずっと努力を続けていたのだ。
そんな時である。
噴き出した血が金属に降りかかってしまったのだが、それによって大きな変化が生じた。
「ディムレガンは、血そのものが高温なんだよね? 鍛冶をする時は燃え盛って灼熱になるとか聞いたよ。それで『焼きを入れる』らしいね」
「通常は手から伝わる熱で十分なのですが、場合によっては血そのものを炎にして打つ場合がございます。素材の品質が良ければ良いほど多量の血を使うのです」
「生産数が少ないわけだ。文字通り、自らの血肉を使ってくれているんだからね。本当にありがたいよ」
ディムレガンは、燃え盛った血液を鍛冶に使用する。
高温の息を吹きかけたり、手で熱を与えたり、より強い力を行使する場合は血そのものを炎にして金属に刺激を与える。
ただし、それらの熱や炎は金属の質を高めるために使われるのであって、金属そのものを変質させるわけではない。
それと比べて炬乃未の能力は、『金属そのものを別の金属に作り変えてしまう』点に大きな違いがある。
「狙って同じものを作れるの?」
「成功する場合としない場合がありますので、もしかしたら何かしらの法則があるのかもしれません。ですが、マキさんの篭手に使用したものは何度やっても成功しますので、今後も修理やスペアを作ることは可能です」
「この能力は他人には秘密にしたほうがいいかも。もちろんオレも口外は絶対にしないよ」
「わたくしもそう思いました。漏れぬように気をつけたいと思います」
(これは相当すごい能力だぞ。炬乃未さんしか作れない金属の中にすごいものがあった場合、まさに金の卵を産むニワトリだ。こんなのが知れ渡ったら誘拐されちゃうよ!)
ちょうどハングラスとの会話でレアメタルが出てきたため、まさにタイムリーな話題である。
今は誰もが資源が欲しいのだ。
ソブカのようなマフィアや犯罪組織は、どんな手段を使っても手に入れようとするはずだ。しかも女性なので、よりいっそうの危機意識が必要だろう。
「でも、長年鍛冶師をやっているんだから、そのことは炬乃未さんも知っていたんだよね?」
「もちろん知っておりますし、昔から何度も同じようなことをしていたのですが、今までは血が降りかかっても反応がありませんでした」
「ああ、そうか。だから自分には特殊な力は無いと言っていたんだね」
「だからこそ不思議なのです。なぜか急に能力が目覚めたようでして…理由がわからずに自分でも困惑しております」
「『恋』を知ったせいじゃないかしら?」
「なっ…お母さん! からかわないでよ!」
「あら、失礼。でも、何かがきっかけになって能力が目覚めることは多いのよ。火乃呼だって『怒り』がきっかけになって力に目覚めたのですものね。あなたの場合は、どう考えてもアンシュラオンさんのおかげよ」
「それは…そうなんだけど…こんなところで言わなくても…」
「炬乃未さん!」
「は、はい!」
「手がこんなに傷だらけになっても、オレたちのために武具を作ってくれていたんだね。やっぱりオレの見立ては間違っていなかった。君は素晴らしい素質を持った鍛冶師だよ! 何よりも君の心が美しいのが素敵だ。作った武具に気品と情熱が宿っている。すごくいいよ!」
「あ、ありがとう……ございます。ううう! だ、駄目…ですぅ。そんなに握ったら…駄目なんですぅう!」
「今日は尻尾を触っていないよ?」
「うううっ…!!」
「じゃあ、お尻なら触ってもいいかな?」
「お尻はもっと駄目なんですぅ! ぺちぺちぺちぺちっ!」
「こら、アンシュラオン君。今は私の武具の話をしているのよ。苛めちゃ駄目じゃない」
「苛めているつもりはないんだけど…やましい気持ちがなくても責められるなんて、オレはどうすればいいの?」
尻を触ろうとしていた気がしないでもないが、それくらいはやましい気持ちのうちに入らないのだろう。さすがである。
「あなたは女性への愛が強すぎるの。少し抑えないといけないわよ」
「そんなこと言われてもなぁ。それで、この素材は何なの? メノウみたいに色が混じっているよね?」
「マキさんの特殊な能力を封じるためには、どうしても鉄を使わねばなりませんでした。鉄は合金の素材として一般的ですが、通常のやり方では鉄の特性が半減してしまうようなのです」
「合金といってもさまざまな種類があるしね。一般的がゆえに扱いが難しいのはわかるよ。かといって不純物が多い鉄や半端な鋼じゃ、補助術式で強化しても、マキさんの腕力だと耐久性に問題が出るしね…」
「その通りでございます。そのせいでしばらくは、なかなか満足のいくものが出来ませんでした。ですが、わたくしの能力で『六つの鉄』を融合して作った合金ならば、強度を維持しながら鉄の特性を残すことができたのです」
「六つも使っているの? だから六鉄なのか」
「はい。他の鉱物を含んださまざまな状態の鉄を一定の割合で組み合わせた時だけ、この素材が生まれるのです。その点に関しては細かい話になりますので、まずは実際にはめてみてください。わたくしも興味がございます」
「ええ、わかったわ」
マキが『六鉄功華』をはめる。
彼女の腕にぴったりとはまった篭手は、装備した瞬間から今までのものとは次元が違うことがわかった。
「力が溢れてくるみたい。でも今のところ、あの能力は刺激されていないわ。封印されているというよりは…自然に収まっている感じがするわね」
「よかったです。無事機能しているようですね。ですが、山に遠出するのですから、もし何かあれば致命的です。ここで何度か実験してみましょう。心苦しいですが、失敗したときのために家畜をご用意しました」
炬乃未はすでにマキから能力の詳細を聞いているため、暴走した鉄を押し付けるための家畜、老いて現役を退いた馬が用意されていた。
マキの鉄化能力は『生きている生物』でないと効果がない。相手の生体磁気を吸収しつつ増殖するからだ。そのあたりに呪縛を感じてしまう。
(命を助けてくれた先生には申し訳ないけど、本当に忌々しい能力なのよね。まさに他者を殺すためだけに存在しているような力だもの。でも、いつまでも逃げちゃいけない。炬乃未さんが作ってくれた新しい力を信じるわ)
マキが戦気を出して鉄化能力を発動させる。
普通の鉄製の篭手の場合は、植え付けられた細胞が『同属』と誤認するのか、能力は発動されない。
それが六鉄功華の場合は―――
「っ…」
どくんとマキの中で鉄化能力が動いている感覚が走る。
一瞬失敗したのかと戸惑ったが、身体が勝手に鉄化するといった現象までは起きなかった。
「マキさん、大丈夫ですか?」
「…たぶん…大丈夫よ。ただ、微妙に反応しているわ。でも…暴走しているわけじゃない? 『安定』しているの? この剣、ちょっと借りるわね」
マキが試し切り用の普通の武器を手に取り、自身の足を切ってみる。
血が出てもいいと思って強く叩いたのだが、肌はガキンと刃を弾いた。
「す、すごいわ、これ! 炬乃未さん、すごいわ!!」
「ど、どうなりましたか?」
「この素材は私の能力を完全に封じるんじゃなくて、ある一定のところでブレーキをかけて抑えてくれるみたいなの。鉄化しても一部分、たぶん筋肉の表面くらいで止まっているから、防御性能だけが上がることになるのよ!」
「なるほど、興味深い現象ですね。身体に異変はありませんか?」
「今のところは問題なさそうだけど…」
「たしかマキさんの能力は、戦気や生体磁気を爆発的に吸収することで増殖するんだよね。その状態で本気の戦気は出せる?」
「やってみるわ」
アンシュラオンに促されて、マキが戦気を最大出力で放出。
相変わらず美しい真紅の力が湧き出る。
「今までと変わらないみたい。ちょっとだけ目減りしているくらいかしら?」
「それくらいで済んでいるなら問題ないね。ただ、能力を同時に扱うことになるから、鉄化のほうに生体磁気が食われているのかもしれない。じゃあ、逆にその状態から鉄化能力だけを抑えられる?」
「やってみるわ。篭手が抑えるイメージを持って…」
マキが心を集中させて、自分の中にある鉄の細胞に意識を向ける。
すると、少しずつ鉄は引いていき、元の状態に戻った。
「はぁはぁ…上手く抑えられたわ。どうやら完全に鉄化していないみたいね。これならば元の細胞に戻せそうよ」
「水銀みたいな状態なのかな? 引き続き能力を抑えたまま全力の戦気を維持してみて」
「はぁああああ! うっ…また鉄がちょっと刺激されて…増殖しちゃう…!」
「そこは気合だよ! 根性だ! 諦めないでコントロールして!」
「わ、わかったわ!! はぁあああああああああ!!」
「いいよ、その調子だ」
マキは四苦八苦しながらも、全力の戦気を放ちつつ鉄化の制御に成功する。
だが、しばらくすると汗が噴き出してきて、制御が不安定になった。
「はぁはぁ…これは難しいわね」
「マキさんの長所は『爆発力』だけど、その反面、戦気の細かいコントロールは苦手なんだよね。そのせいで波動円も長くは伸ばせないし、長続きしない。体力はあっても【持久力がない】んだ」
「ええ、その通りよ。だから私の攻撃の大半は打撃なの。直接相手に戦気を叩きつければ、無駄になった分もダメージになるわ」
「でも、それが通用するのも今の階級までだ。次のステージに行くためには、もっと緻密な制御が必要になる」
マキの課題は、ハプリマンとの戦いでも如実に表れていた。
肉体的には優れているので耐久力とスタミナ自体はあるのだが、技が荒々しいため無駄と消耗が多く、全力戦闘における継戦能力はあまり高くはない。
それを高い攻撃力で補ってはいるものの、相手が回避や防御、あるいは妨害に優れた武人の場合、長期戦になって次第に劣勢に陥ってしまう。
たとえるのならば、エネルギー効率の悪い馬力の高いエンジンを積んでいるようなものだ。パワーはあるが、それだけ多くガソリンを使ってしまう欠点がある。
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