『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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『翠清山の激闘』編

265話 「人喰い熊狩り その2『ハンターの戦い方』」

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 夜。

 太陽が落ちてあたりが暗闇に包まれ、木々によって月明りも遮断された黒い世界で、静かに蠢く者たちがいた。

 五メートル以上の大きな厚みのある身体に、強靭な牙顎と鋭い爪を持つ危険な魔獣、『レザダッガ・ベア〈人喰地猟穴熊〉』である。


―――――――――――――――――――――――
名前 :レザダッガ・ベア〈人喰地猟穴熊〉

レベル:50/55
HP :1670/1670
BP :520/520

統率:D   体力: B
知力:E   精神: E
魔力:D   攻撃: C
魅力:F   防御: D
工作:D   命中: E
隠密:D   回避: E

☆総合: 第四級 根絶級魔獣

異名:森の人喰い熊
種族:魔獣
属性:土、岩
異能:人喰い強化、集団行動、嚙み砕き、ベアクロー、超嗅覚、穴掘り、囲い込み、執着心
―――――――――――――――――――――――


 熊型魔獣の特性通り、体力が高く耐久力に優れているうえ、攻撃力も持ち合わせる強い魔獣だ。

 以前森で戦った同じ根絶級の『レッガウトジャガー〈山森狩蛇大虎〉』を攻撃型から耐久型にしたような数値であることから、紛れもなく強敵であることがわかる。

 それが集団で動くのだから、遭遇したら最初に犠牲になった傭兵のようになすすべがない。

 しかもこのデータは通常種のものであり、人を食えば食うほど能力値に加算されていく『人喰い強化』スキルも持っている。

 個体によっては、この三割増しから五割増しに強化されているものもいるだろう。

 今見えるレザダッガ・ベアの数は、およそ七頭。

 一つの巣穴には、それぞれ四十頭の個体がいると推測され、一度の狩りで三つのグループ、約二十頭が外に出ることがわかっている。

 残りは巣穴で待機しているが、数匹は必ず見張りとして周囲に散る慎重さを併せ持つ厄介な習性を持っていた。

 ハンターQが調べた通り、かなり頭が良い魔獣といえる。


「…くんくん」


 先頭を進んでいた一頭の熊が、大勢の人間の臭いを嗅ぎ取る。

 彼らは人喰いばかりが目立つが、普段は『穴掘り』で地中に埋まっている虫型魔獣を食料にすることもあるため、嗅覚がかなり発達している。

 臭いの先には大きめの掘っ立て小屋があり、その中に何十人もの人間がいることを確認。

 人間は器用で、数日で大きな建物を作る光景も見ていたので、熊たちは突然小屋が出来たことに違和感を覚えない。

 それよりは武器の臭いがするかどうかが重要だ。

 最近は人間も強い反撃をしてくるため、それを学んだ熊は、比較的武器の臭いがしない野営地ばかりを狙っていた。

 人間側も一枚岩ではないので、喧嘩や自暴自棄で居場所を失った者たちが、残念ながら彼らの餌食になってしまう。

 グランハムも第三階層の調査と、定期的に押し寄せる魔獣たちの駆除に手を焼いて対応できていなかったこともあり、熊はさらに大胆になっていった。

 今回も武器の臭いが少ないことを感じ取ると、ずんずんと進んで小屋を取り囲む。


「………」


 熊同士が軽く見つめ合い、一頭が大きな身体で壁に体当たり。

 掘っ立て小屋は、ただ木で打ち付けただけの壁なので、いとも簡単に破壊されてしまう。

 そこから熊が侵入。

 のっそのっそと余裕の態度で中に入ると、そこには人間たちがいた。


 しかし、いたにはいたが、それは―――『人型の肉の塊』


 汚いシャツや靴下等、何日も洗っていないがゆえに臭いがびっしり染み付いたものが、魔獣の肉詰め人形に着せられている状態だった。

 男が多い場所だ。こんな汚いものならば、いくらでも用意できるのが哀しい。

 肉は肉なので熊としては問題ないのだが、彼らが狙っていたのは『生きている人間』だ。

 死んだ人間は保存食にはなるが、真の意味で彼らの栄養にはならない。生きたまま喰らうことで、よりスキルが活性化するのである。

 だが、この場にいる人間が、黙ってそんなことをさせるわけがない。

 彼らは人間の中でも、とりわけ魔獣退治に長けた『ハンター』なのである。

 熊が怪しい気配を察知して小屋から出ようとするが、もう遅い。


 地下からボンという音がしたと同時に、小屋が―――ズズズズズッ


 一気に地面に沈み込み、熊三頭が『落とし穴』にはまった。

 この小屋自体がトラップだったのである。

 他の熊はそれを見て、助けるか逃げるか迷っている。

 仲間意識が強い魔獣なので、できることならば助けることも考える知能はあるのだ。

 しかし、ハンター相手にその隙は致命的だ。

 直後、熊の足元にいくつもの玉が投げ入れられ、もくもくと大量の煙が出てきた。

 単純に『煙玉』という道具だが、これには刺激臭が出る薬品が仕込まれており、相手の嗅覚を麻痺させることができる。

 一度塩酸等の臭いを嗅いだ人ならばわかると思うが、耐えきれないほどの―――目と鼻の痛み!


「―――ッ!?!?」


 あの大きな身体をしたレザダッガ・ベアが、思わずひっくり返り、のたうち回っているではないか。

 鼻が良いのが災いし、彼らは完全に動けないでいた。

 そこにギリギリと強い力で弦を引っ張る音が聴こえ、解き放たれた矢が熊の脇腹、一番筋肉が付いていない箇所を狙って突き刺さる。

 矢は小気味よく放たれ続け、あっという間に腹が矢だらけになる。

 ただし、それだけで死ぬほどやわな生物ではない。刺さるには刺さったが到底致命傷ではなかった。


「よし、これで十数秒は動けんやろ。檻を入れてくれや」


 が、矢を放ったバンダナの男の言う通り、なぜか熊の動きは徐々に悪くなり、その場で静止するまでになる。

 その間に木の上に用意されていた対魔獣用の檻が落下。

 この檻はジュエル付きの特別性で、落下と同時に地面に突き刺さり、地面をすくうように格子が閉じられる仕組みになっており、そのまま倒れた熊を捕獲完了。

 これによって三頭が落とし穴に落下、四頭が檻に閉じ込められることになった。

 四頭の熊は少しずつ動けるようになっていたが、すでに周囲には数十人のハンターが出現。

 木々の上からは矢や銃で狙いをつけ、大地に降り立った者たちも、全員が対魔獣用の武具を身に付けていた。


「こうなっちまえば人喰い熊だろうが怖くない! ボコって終わりだぜ!」


 穴から這い上がろうとする熊たちにも煙玉を投げ込み、視覚と嗅覚を潰してから銃撃の嵐。

 大納魔射津も投げ入れ、そのたびに熊たちの身体が欠損していく。

 檻に入った熊に対しても、格子の隙間から銃撃や矢を撃ち込み、一方的に攻撃を仕掛ける。

 熊は放出系の技を持たないため、抵抗することができない。


「他のグループが来るぞー!」


 ここで同じ巣穴の違う熊のグループが接近してくる。

 大量の人間と武器の臭いに警戒しているようだが、仲間の様子を確認しにきたのだろう。

 このまま逃がすと巣に情報を持ち帰るおそれがあった。


「私がおびき出します。手筈通りに」


 両目を眼帯で覆っている青年が、新しい熊のグループに向かっていきつつ、直前で方向転換して違うルートに誘う。

 生きた人間の臭いに釣られて、熊たちが青年を追い始めた。

 このあたりは所詮、動物の知能だ。仲間のことも気になるが、獲物が逃げると追いかけたくなる野生本能の誘惑には勝てない。

 熊の速度はかなり速く、以前の傭兵たちはあっという間に追いつかれてしまった。

 しかし、青年は木々を避けながら華麗なステップで逃げる。

 両目が塞がっているはずなのに、まったくハンデを感じさせない動きだ。

 それも当然。彼はもとより『盲人』である。

 目が見えない彼にとって闇の中は日常と同じ。木々も波動円と『聴力』によって判別が可能だ。

 そして、深い茂みに飛び込むと、熊もそれを追って飛び込んだ。

 次の瞬間、ツルで作ったいくつもの丸い輪に熊が引っ掛かり、空中で急停止。

 どんなに頑強な身体をしていても、行動を制限し、体重を支えるくらいならば植物でも可能だ。

 ただ、熊も馬鹿ではないので、爪でツルを切って脱出を図る。

 しかし、ドスンと地面に降り立った時には、さらなる罠が発動していた。

 二つの刃が―――ガッシャン!

 熊の足に『トラバサミ』が食い込んで離さない。


「グルルッ! グウッ!」


 熊は暴れ回るが、これは魔獣用のトラバサミなので、大きさも強度も人間用のものとは比べ物にならない。

 しっかりと鎖で補強もされているため、いくら彼らとて簡単に引きちぎることは難しいのだ。

 そこに青年が戻ってくる。

 青年は両手に、羽が付いたナイフを何十本も持っており、それを一斉に投擲。

 ナイフは風を切って迫り、熊の目に―――突き刺さる!


「グルルッ!?!」

「少し外れましたか? では、もう一度」


 目元には当たったが、頑強な骨に守られているようで、普通の魔獣のように一発で抉れはしなかったようだ。

 が、それならば何度もやればいいだけだ。

 青年がさらに大量の投げナイフを取り出すと、すべて投擲。

 ナイフはさきほど刺さったナイフに引き寄せられるように、すべてが目に殺到して完全に光を奪う。

 熊はいきなりの暗闇とトラバサミによる行動制限でパニックに陥り、これでもかと暴れるが、その分だけ足の肉が抉られてダメージを負う。

 そこに援軍のハンターたちが駆けつけると、一斉に銃を構えた。


「脚の付け根を狙え!」


 対魔獣用の大型ライフルで、熊の足を滅多撃ち。

 そこにまた煙玉を放り込んで熊を無力化し、容赦せずにどんどん銃弾を撃ち込んでいった。

 熊は次第に弱っていくが、ここで油断しないのが熟練したハンターだ。


「今だ! 『爆破槍』を打ち込め!!」


 何人ものハンターが長い槍を持ってくる。

 先端が菱形の一般的な槍に見えるが、突き刺すと先端が外れて―――ドカーーンッ!

 穂先に大納魔射津が仕込まれている対魔獣用の『爆破槍』であった。

 大型魔獣を仕留める際、たとえば以前砂場で見かけた『ハブスモーキー〈砂喰鳥賊〉』などを倒すにはうってつけの武器といえる。

 ただし、大納魔射津自体が高いうえに槍に加工されているので、お値段も高額な使い捨ての術式武具である。


「経費はハピ・クジュネが出す! 遠慮せずにどんどん使え!」

「うひょー、たまんねー! 他人の金でやる狩りは最高だな!」

「本当だぜ。こんなに羽振りの良い依頼主なら大歓迎だ!」


 金が無いからギリギリの戦いを演じるのであって、万全の状態で優れた道具があれば、人間は強い! ハンターは強い!

 こうして熊たちはボロボロになって、ついに絶命。


「人喰い熊だと怖れられても、魔獣は魔獣。生物である以上は殺せるんだよな」

「小屋のほうも片付いたようだぜ。そろそろ戻るか」

「おい、あんちゃん。戻ろうぜ」

「先に行ってください」

「何をしているんだ?」

「目を取っているんです」

「目? 魔獣の目かい?」

「はい。これをね…こうすると。ほら、取れた。それをここに…」

「うっ…!」


 青年が眼帯を取ると、そこには真っ暗な空洞が二つあった。目が見えないどころではない。眼そのものがないのだ。

 そして、青年は奪い取った熊の目玉を自身の空洞にはめ込む。


「やはり少し大きいでしょうか? きついな…」

「な、なに…してんだい」

「目を獲るまでが私のハントです。アンシュラオンさんも問題ないとおっしゃっておられましたよ」

「…そ、そうかい。ひ、人の趣味はそれぞれだからな…」


 倒した魔獣の素材を剥ぐのはハンターならば誰しもやることだが、青年が発する狂気に熟練のハンターすら怯えていた。

 彼の名は、『目奪いのジュザ』。

 殺した獲物の目だけを剥ぎ取り、他の部分はそのままにする狂人ハンターの一人である。たまに人間も殺して目を奪うが、一応ハンターが本職だ。

 見ての通り腕はいいので、アンシュラオンもすぐに討伐隊に入れたほどである。


(あの人の瞳も欲しいけど…絶対に無理ですよね。誰よりも獰猛で怖ろしく、誰よりも美しい。あの人は私の理想そのものだ)


 目は見えないが、その分だけ感覚で相手をイメージできる。

 ジュザが感じたアンシュラオンは、血の瞳をした筆舌に尽くしがたいほどの美しく強大な魔獣そのもの。

 その波動を感じ取った瞬間、ジュザは思わず意識を失ったほどである。


「あの人についていけば、もっといろいろな目が手に入るかな。今度は猿の目が欲しいですね」


 強者は強者を知る。

 彼がアンシュラオンに魅了され、即座に忠誠を誓ったことも頷ける話だ。


「こっちは終わったで」


 ハンターたちが小屋に戻ると、すべての熊が死んでいた。

 中にはあまり外傷がないのに死んでいる個体もいる。


「すごいな。こんな巨体にも『毒』が効くのか」

「強毒を持った蛇型魔獣のもんや。本当なら一発で即死するレベルなんやけど、こんなに使うなんて生命力強すぎやで」


 矢の先には、肉すら溶かすほどの強い毒が塗られていた。

 射られた熊が動けなくなったのは、そのせいである。

 だが、毒を使うのはハンターとして珍しいことではない。それをどうやって相手に注入するかが重要なのだ。

 それができるほどの弓の使い手が、このバンダナの男。

 飄々とした優男に見えるが、一流の『猟師』として名を馳せているブルーハンターの一人、『郷弓ごうきゅうのアラキタ』である。

 ブシル村からグラス・ギース間にある小さな集落で生まれ、ごくごく浅い場所ではあるが、火怨山の麓の森で猟師の父親とともに弓の腕を磨いていた人物だ。

 銃火器の普及で弓矢そのものが減ったこともあるが、弓にはしっかり戦気が乗っており貫通弾以上の威力を出せる。このレベルになると、取り回しが面倒な銃よりも弓のほうが便利なのだ。

 ただし、そのためには『戦気の集中維持』という高等技術が必要になり、彼はこの点が非常に優れていた。

 弓矢の扱いだけならば、おそらく北部一の使い手だろう。


「もっと狩って、アンシュラオンさんに褒めてもらうんや。楽しみやな」


 そんなアラキタも、アンシュラオンにはぞっこんだ。

 傭兵とハンターの戦い方の違いが、たったこれだけの戦闘からでもわかったことだろう。

 ここはハンターたちの仕事場なのだ。


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