『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「琴礼泉 制圧」編

402話 「ご褒美」

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 翌日。

 朝早々、火乃呼が例の『自己批判』について文句を言ってきた。


「ぜってー意味ねぇし。あれ意味ねぇし!」

「お前の性格を直すために、みんなが協力してくれているんだぞ。ありがたく思え」

「ただの苛めだろう! 凹むだけだぞ!」

「自分の立ち位置を理解するために反省は必要だ。潔く受け入れろ」

「本当かぁ?」

「疑っているようだな。ならば証拠を見せてやる。おい、サリータ!」

「はいっ!」


 ちょうどサリータがいたので呼び寄せる。

 彼女はすでに後ろ手を組んで直立不動の姿勢だ。

 それが習慣になっているので自然とそうなるのだろう。


「昨日の鍛錬はなんだ! すぐにへばりおって! 足腰が弱いにも程があるぞ!」

「申し訳ありません!」

「謝るだけなら猿でもできる! 太ももの筋力が足りんのだ! だから踏ん張れなくなる! ここだ、ここ! わかるか!」

「あふっ!」

「少し触ったくらいで過敏に反応するな! ここは常にがっしりと構えていろ! ぐいぐいっ! ほら、我慢だ!」

「あふふっ…は、はいぃ!! が、我慢…しまふぅう!」

「足がしっかりしても体幹が弱ければ意味がない! こら、胸を張り出すな! もみもみ! もっと腰を落とせ!」

「ふひぃっ! は、はい! 申し訳ありまへぇん!!」

「軸をちゃんと維持しろ! お前が倒れたら後ろのやつらが苦労するんだぞ! このまま一分間維持!」

「はぃい! ふーーー! ふーーー! はぁはぁ!」


 アンシュラオンが身体を押すのをサリータが耐える訓練を行う。いわゆる体幹を鍛えるトレーニングだ。

 だが、手がいろいろな箇所に潜り込むので、そのたびに彼女から変な声が漏れていた。


「ラストスパートだ! いくぞ! ぐいぐいぐいぐいぐいっ」

「おっおっおっおっおっ!!」

「なんだその声は! 気合を入れんか!」

「はぃいいいい! はーーーはーーーはーーー!」

「よし、終わりだ」

「かはぁ! はぁー! はーー!」


 手を離すとサリータから力が抜け、がくんと床に膝をつく。


「まだまだ駄目だ! これでサナを守れるのか!? 左腕猿将を倒したのは、お前だけの力じゃないんだ! 思い上がるなよ!」

「は、はいぃい! 肝に銘じます!」

「どうだ、火乃呼。人は慢心することなく反省しながら強くなるものだ。わかったか?」

「…いや、これなんか違くねえか?」


 火乃呼の目の前には顔を紅潮させ、震えながら『笑っている』サリータがいる。

 アンシュラオンになじられ、いじられ、叩かれ、指導されることに悦びを抱いているのだ。

 それだけならば体育会系ということで済むのだが、どう見ても『性的に興奮』している様子が見て取れる。


「こいつの趣味だって! マゾなんだよ!」

「まだわからんのか。そもそもお前には従順さが足りないんだ」

「自我が強いほうが個性があっていいに決まってるだろうが」

「馬鹿者。従順であることは女性にとって最大の美徳だ。そして、人の話に耳を傾けることができるからこそ成長も早くなるのだ。サナが良い見本だ」

「あれは特殊な事例だろう。あいつはおかしいぞ」

「おかしいとか言うな。天才なだけだ。ふむ、そうだな…ホロロさん、ちょっと来て」

「はい」

「ゴロンして」

「はい」

「力を抜いて全部を委ねて」

「はい」


 アンシュラオンに命じられたホロロが、その場で寝転がって全身の力を抜く。

 触ってみると、猫のようにまったく抵抗がないふにゃふにゃの状態である。


「見ろ、この完全なる自己放棄を。身も心もすべてをオレに委ねているからこそ可能な芸当だ」

「はぁはぁ…はぁはぁ……」

「そいつも興奮してるじゃねえか!」


 サリータ同様、いや、それ以上にホロロの顔は紅潮し、目もとろんとしている。

 小刻みに震えているようだが、その理由も性的興奮を覚えているからにほかならない。


「なんなんだ、ここは! 変なやつしかいないじゃねぇか!」

「変なやつの代表格のお前が言うな。で、今後のお前の改善案だが、【全裸にして大量の樹液を塗りたくったうえで、木に拘束して一晩放置】を考えているんだが、それでいいか?」

「は?」

「一応当人の意見も訊きたいと思ってな。どうだ?」

「いやいやいや! 完全にとち狂ってやがるじゃねえか!? それに何の意味があるんだよ!?」

「独りでは何もできない無力感を与えてやることで、より素直にさせるのだ。ここには大型の虫型魔獣もいるし、食いつきもよさそうだ。這いずられる気色悪さを味わうといい」

「ちょっ!? そんなの誰だって無力になるだろうが!? 意味ねーよ! マジでさ! 頼むからやめろよ!」

「やめてください、だろうが。ちゃんと敬語を使え。だが、拘束は意味があると思うぞ?」

「あるわけねぇだろう!」

「ったく、文句ばかりだな。ちょっとついてこい」

「今度はどこに行くんだよ…」


 コテージは複数あり、宿泊用(風呂付き)、訓練用、工作用(アンシュラオンがいろいろ作る部屋)等々に分かれている。

 アンシュラオンに連れられて訓練用のコテージの扉を開くと、中にはユキネがいた。


「ユキネさん、どう?」

「はぁはぁ…す、すごいわ…これ。本当に何もできなくて…ああああ! わ、わたし、おかしくなっちゃいそう…!」


 ユキネはなぜか拘束具に包まれており、身動きが取れない状態にあった。

 拘束具もラーバンサーが使っている全身を覆うものではなく、どちらかといえば、いくつもの帯を重ねた『プレイ用』のものだ。

 そのため柔肌がぎゅっと縛られて、ひどく官能的に見える。

 事実、彼女の白い肌は真っ赤に紅潮していた。


「…え? こいつ、何かやらかしたのか?」


 火乃呼が唖然とした表情でユキネを凝視。

 が、ユキネは笑顔を浮かべ―――


「これは…はぁはぁ! ご、ご褒美で……うはぁああああああああ!」

「―――っ!?」

「こんなに全力で抵抗しているのに何もできないわ!! す、すごい! アンシュラオンさん、すごいわああああああ! はーーふーーーはーーーー!」


 ユキネが全力で戦気を放出するも、拘束具はびくともしない。

 それもそのはず。アンシュラオンの戦気で強化しつつ、さらに遠隔操作で強弱をつけて締め付けている特別製である。

 ユキネどころか、マキでさえ外すのは無理だろう。


「はぁはぁ! 私って虫けらね! 何にもできない無力な女…いいえ、雌豚よ! はぁあああ! もっと締め付けてぇえええ! あはぁああ! そこ! それ、いぃいいい! ぐひー! う、動けないわぁぁああ! 手も足も拘束されて―――あはああああ!」

「ひぃいいいい! なんだこいつ! やばいって! 頭ヤバいって!」

「だからお前が言うな。当人の希望なんだから仕方ないだろう」


 ユキネが左腕猿将を討伐した際に希望したご褒美が、これである。

 人の趣味はそれぞれであり、何をご褒美とするかもまったく違うものだと思い知る。

 ただ、それに巻き込まれた災難な人物もいた。


「ちょ、ちょっと! どうしてあたしまで縛られるのさ!」


 なぜか同じく縛られているベ・ヴェルが叫ぶ。

 それをとろけたユキネが、うっとりとした表情で見つめる。


「どう? いいでしょ? これ、最高よね」

「仲間に思われるじゃないか! やめておくれよ!」

「これは鍛錬なのよ。心と身体を鍛える…ね。はぁはぁ…押さえつけて! アンシュラオンさん、もっと押さえつけて!」

「はい、これでいい?」

「うぐふふふふふふふふふっ!! いひひひひひっ! これよ、これ! はぁはぁ…! すごぉーーい!」


 アンシュラオンがユキネの頭を床に押しつけると、身体をよじらせて尻を振る。

 当人はもう完全にあっちの世界にイッているようで、とても満足そうだ。

 が、それを見せられている火乃呼とベ・ヴェルは、引きつった表情を浮かべていた。

 そっちの趣味がない人間からすれば、地獄でしかないだろう。


「じゃ、オレたちはこれで」

「あたしは解放しておくれよ!」

「修行だと思って諦めろ。一応、今までよりも強い戦気が出せたら外れるようには設定してある。がんばれよ」

「待つさねぇえええええええええ! せめてこいつの隣だけはやめてぇえええええ!」


 泣き叫ぶベ・ヴェルを無視して、二人はコテージを出る。

 若干の沈黙ののち、アンシュラオンが頷く。


「…というわけだ。わかったな?」

「何がだよ!? ますます変態の巣窟になっただけじゃねぇか!」

「欲望のままに生きることも大切だ。我慢ばかりしていたら爆発するからな。オレは女性たちの願望を叶えることも男の責務だと思っている」

「願望ねぇ…」

「そういえば、お前にとっての『褒美』とは何だ? 何かされて嬉しいことはあるか?」

「嬉しいこと……うーん…。どうせ鍛冶しかやらないからな…」


 職人や専門家の大半は、仕事自体が趣味になっていることが多い。そうなると、なかなか気分転換ができないものである。

 火乃呼も生粋の鍛冶師であり、鍛冶以外にはまったく興味がないようだ。


「そうだと思って『工場こうば』を作ってみた。撤収した琴礼泉の工場をそのまま移植しただけだし、道具やジュエルも豊富じゃない。あくまで間に合わせだが、最低限の鍛冶はできるだろう」

「本当か!? やったぜ!」

「ただし、作るものはこちらが指定する。そして、これが一番大事だが、しばらく炸加と烽螺の下で働け」

「はぁぁああ!? オレが!? あの雑魚たちの下で!? ありえねぇー!!」

「異論は認めない。あの二人にはオレから伝えておくから、ちゃんと言うことを聞けよ。じゃあな」


 それだけ言うと、アンシュラオンは去っていった。

 まったくもって何がしたいのかわからないが、ここではあの男の命令が絶対だ。逆らっても無駄だろう。

 なまじ逆らうと再び小百合たちの玩具にされるので、ここはぐっと堪える。

 が、こうやって堪えることができるようになっただけ、彼女も変わり始めているのだ。




  ∞†∞†∞




 琴礼泉を離れてから五日が経過。

 いまだ魔獣側に大きな動きはなく、それによってアンシュラオンたちも、わずかな移動と待機を繰り返すことになる。

 緊張感と緊迫感が続く一方で、準備を万端にできるメリットもあった。

 火乃呼も少しずつ慣れ始め、鍛冶をする余裕も生まれてきた。

 アンシュラオンが特別に用意したコテージは、他のものよりやや大きく頑強で、仮の鍛冶場として機能することができる。

 吐き出す煙も外側に展開した命気がすべて吸い取ってしまうため、隠密行動中も鍛冶が可能になっているのだ。


「ったくよ、なんでおれが下働きをしなくちゃならねぇんだ」


 ぶつくさ言いながらも、火乃呼は久々の鍛冶を堪能していた。

 琴礼泉を離れる直前まで叩いていたので、さして時間は経っていないが、当たり前のように毎日打っている職人からすれば、五日はかなり長いのである。

 しかも打っているのは、変哲もない剣や槍。

 使っている鉱物も、以前アンシュラオンが装甲車を作るために大量に仕入れた、質の悪い武具を適当に溶かした鉄塊だ。

 いわばそこらの店で売っている『一般武具』であり、彼女のような一流の刀匠がやる仕事ではない。


「てめぇらもサボってんじゃねえぞ、こら!」

「は、はい! がんばります!」

「俺は分野が違うんだけどな…」

「とやかく抜かすな! 千本打てって言われてんだから、さっさとやるぞ!」


 炸加と烽螺も鍛冶場で作業しているものの、アンシュラオンが命じたような立場にはなっておらず、やはり火乃呼が威張り散らしている。

 こればかりは仕方ない。『あの火乃呼』にディムレガンの若い男たちが指示できるわけがないのだ。

 とはいえ、何も収穫がないわけではない。


「なんだてめぇ、いちいち測ってんのか?」

「は、はい。心配なので…」


 鍛冶師は医者のように専門分野を決めるまではすべての鍛冶を一度は経験するため、一通りの作業ができるようになっている。

 が、やはり専門外だ。

 防具職人である炸加が打った剣は、当然ながら質が悪い。手際も悪く見栄えも悪い。

 ただ、彼は心配性で几帳面な性格から、きっかりと定められた通りに計算して作っているので、ばらつきが極めて少ない。


(そういや、親父も毎回測ってたな)


 杷地火の特徴は安定性にある。千本打っても同じ規格で、なおかつ一定の品質で打てることが強みだ。

 それを高いレベルでこなせるからこそ、彼は筆頭鍛冶師なのである。

 炸加は杷地火の超下位互換ではあるが、基本に忠実である点は同じだ。


「おれもやってみるか」


 何気なく火乃呼も同じようにやってみると、案外楽なことに気づいた。

 これも当たり前だが、大量に生産する場合は規格が統一されているほうが効率的なのだ。

 やることが決まっていれば調子の波に左右されないで済み、品質も安定してくるのは道理だろう。


(親父はずっとこんな単調なことをやっていたんだな…)


 火乃呼は好き勝手武器を作り、気に入った作品の中で売れそうなものだけを店に出す。

 それゆえに年間数本出せれば多いほうとなるので、気づくとあまり本数を打たなくなっていた。

 だから数をこなす仕事も珍しく感じてしまい、妙にソワソワした感覚を抱いていた。


(なんだこれ? 単調だけど悪くない…って感じか。へっ、昔は炬乃未と馬鹿みたいに鍛冶をやりまくってたな。何もわからないから感覚だけでさ。そのうち親父が作った武器を持ち出して、真似てみたりしたな)


 子供の頃は、ただただ夢中だった。

 鍛冶が楽しくて、それ以外のことを考えたことはなかった。

 こうしてさまざまな意味でハピ・クジュネからも離れたことで、なんだか心も軽い。

 ライザックと無理に付き合うこともなく、店の売り上げを考える必要もない。金持ちや剣豪の評価も気にしないでいい。

 周りが雑魚すぎることもあり、他の鍛冶師と比べることもない自由な空間だ。


(ああ、鍛冶って楽しいよな)


 気分よく打っていると、いつの間にか周囲は薄暗くなっており、目の前には何百本もの武器が並ぶことになった。

 ただし、その八割以上は火乃呼が打ったものである。


「なんだてめぇら、二人で五十もいってねぇじゃねえか。たるみやがってよ。なめてんのか? ああ?」

「いや…火乃呼さんが凄いんだと思います…」

「だな。普通にやべぇだろう」

「おお、やってるな!」


 そこにアンシュラオンがやってきた。

 ずかずかと工場に入り、おもむろに火乃呼が作った剣を取る。

 そして、炸加が作った剣を宙に投げると、火乃呼の剣で切り裂く。

 まるで熱したナイフでバターを切るように、軽々と真っ二つにしてしまった。


「悪くない。及第点だな。よし、今日はもう上がっていいぞ。火乃呼は風呂に入ったら掃除を忘れるなよ」


 火乃呼が作った剣と槍を十数本ほど回収し、アンシュラオンは帰っていった。

 その様子を炸加と烽螺は呆然と見送る。


「相変わらず一方的なんだよな」

「器が違うんだよ。僕たちとは考え方も振る舞いも違いすぎる」

「単純に横柄なだけな気がするけど…って、火乃呼さん、どうかしたのか?」

「…うるせぇ、話しかけるな」

「顔が赤いような…血の使いすぎですか?」

「話しかけるなって言ってんだろう!」

「ひっ!」


 火乃呼が急に立ち上がり、工場を出て行ってしまった。

 それに対しても男二人は、何が起こったのかわからず呆然としているが、外に出た火乃呼の顔は、太陽が落ちた森の中でもわかるほどに赤かった。


(なんだよ…くそ! いきなり褒めやがって! 不意打ちやめろよ!)


 ぞわぞわと強烈な『悦び』が湧き上がってくる。

 それはどうやっても止められず、胸から全身に広がり、最後は頭の中に流入して猛烈な熱さになる。


(あいつ、一本じゃなくて何本も持っていきやがった! あの時は出来損ないとか言いやがったのに、ちくしょう!!)


 アンシュラオンは、武に関しては嘘をつかない。

 良いものは良い。悪いものは悪いとはっきりと言う。

 そんな彼がわざわざ選んで持っていったのだから、十分な価値があると認めた証拠だ。(実際、炸加と烽螺の武器には見向きもしていない)


(おれにはわかる。まだ隠れているけど、あいつの才能はそこらの剣豪の比じゃねえ。マジで化け物だ。おれが…あいつに相応しい剣を作るんだ。卍蛍よりも遥かに遥かに優れた武器を作って…また褒めてもらえれば……はぅうううう! な、なんだ、このゾクゾクは!? こんな感覚は初めてだ! くうう、気色悪ぃいいい!)


 想像するだけで熱量はさらに上がり、脳内がとろけていく。

 その顔は、昼間見たサリータやホロロ、ユキネのものとそっくりであった。

 鍛冶師にとっての最大のご褒美とは、絶対強者に認めてもらうこと。

 それに勝る悦びは存在しない。

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