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零章 第四部『加速と収束の戦場』
七十六話 「RD事変 其の七十五 『冷美なる糾弾① 返すべき借り』」
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「今すぐ敵を排除します。出撃許可をいただきたい!」
眼鏡をかけたスーツ姿の長身の男が、相変わらず冴えない顔をしている青髪の男に詰め寄っていた。
一見すれば事務方の人間が、その青髪の男、ハブシェンメッツに文句を言っている光景に見えるが、詰め寄っているのはロー・アンギャルの隊長、ヤーピレ・リヒトラッシュ上級大尉である。
リヒトラッシュの髪は、雪のように真っ白。これは老化ではなく、雪の中でも擬態できる彼ら狩猟民族の特徴であり、ルシアではルシアンブロンドと同じく希少な存在とされている。ちなみに目の色は透き通ったライムグリーンで、瑞々しい山の新緑を彷彿させた。
眼鏡も普通のものとは違い、利き目である右目部分だけゴーグルのように異様に膨れ上がっており、なおかつ不透明である。この眼鏡にはキューパス・カイヤナイトが仕込まれていて、必要に応じて常時発動できるようになっている。使用時はレンズも透明になる特注物だ。
こうした装備は異様に見えるが、目に負担をかけやすいリヒトラッシュにとっては強制的に目を休められるので、真面目な性格の彼にはありがたいものである。
リヒトラッシュは完全な肉体派ではないので、ほっそりとした印象であるも、今こうしてハブシェンメッツに詰め寄っているさまは、まさに狩人の迫力に満ちていた。
その迫力を一方的に受ける羽目になったハブシェンメッツは、困ったように髪の毛を引っ張っているだけである。何を言ってもまともな返事が返ってこず、「うーん…そうだね…」とか、「あー、うん」とかを繰り返すだけだ。
そのはっきりしない態度に、リヒトラッシュは苛立つ。
「青風位、許可を!! やつを仕留める許可を!!」
「ヤープ、落ち着け。今は無理だ」
彼に反論したのはハブシェンメッツではなかった。リヒトラッシュと同級のもう一人の雪騎将、ゾバーク・ミルゲン上級大尉である。ホウサンオーの足止めを終えた彼らは撤退。基地内に戻っていたのだ。
自分から注意が逸れ、ほっとした顔をするハブシェンメッツに、ゾバークは首を傾げる。
(こいつが本当にさっきの指揮官か?)
改めて見たハブシェンメッツは、嘘偽りなく超絶に冴えない男であった。もし道すがら出会ったら、確実に意識しないレベルに存在感がない。これならば、近所の世間話好きのおばちゃんのほうが、よっぽど存在感があるだろう。
それも仕方がない。
現在、ハブシェンメッツは【電源が落ちていた】。
最後の詰めの段階でつまずいてしまい、やる気がかなり減退しているようである。加えて、アピュラトリスの奪還という名目を、それがまだ不完全であっても成し遂げたため、自分の中ではすでにお役目御免という感じなのである。
必死にアルザリ・ナムが服を引っ張って注意しているが、すでにギャンブルで負けた時のような廃人顔になっている。いわゆる【死んだ魚の目】である。
たしかにこの男は「全勝の男」であるのだが、何事にも始まりと終わりがあるものである。表が裏になれば、また表になる運命。今のハブシェンメッツは、再び駄目人間に舞い戻っていた。スイッチが切れたのだから、こればかりはどうにもできない。
リヒトラッシュも、ハブシェンメッツの駄目な様子を感じ取り、会話の相手をゾバークに移す。
「なぜ無理だ。撃ち落とす自信はある」
「また部下が死ぬぞ」
「相手も一人。ならば私一人で十分だ」
「それが冷静じゃねえって言ってんだよ」
ゾバークは、リヒトラッシュが感情的になっていることを見抜いていた。
膠着状態になってから、すでに二十分弱。事態は一向に変わっていない。制圧を担当する部隊指揮官としては、焦って当然である。しかし、彼が感情的になる理由はもう一つある。
(部下を殺されてキレてやがる。この激情家め)
ゾバークは、リヒトラッシュの性格をよく知っていた。
彼は普段冷静な男であり、任務中は感情を表に出さない。だが、表に出さないだけであり、実際は激情家であるとゾバークは考えている。リヒトラッシュの民族は仲間を大切にする。狩りの仲間は家族同然なのだ。これは軍属になってからも変わっていない。
どんな理由であれ、部下が大勢死んだ。さきほどの攻撃で、優秀なスナイパーが二十人は死んでいる。この大きな被害にヤープ(リヒトラッシュの愛称)がキレているのだ。それを同僚かつ同階級のゾバークが抑えている構図である。
雪騎将を止められるのは、同格以上の雪騎将しかいない。誇り高い武人であるため、それが理解できる同等の者でしか対応できないのだ。
「お前も油断すると、俺と同じ目に遭うぜ」
ゾバークは自分の喉と肩に触れて、少しだけ真面目な声で諭す。
ゾバークには、ホウサンオーにやられた傷が生々しく残っている。今は服で見えないが、身体には大きな裂傷が残っており、喉元にもまだ穴があいている。彼の頑強な肉体によって致命傷にはなっていないが、頑丈な彼にしてみれば、稀にみる相当な大怪我である。
しかも彼のブルースカルド〈青の兵士〉は大破寸前。応急処置はなされているが、本格的な修理をするには本国に戻る必要がある。これはミタカも同じであり、彼のブルー・シェリノ〈青の夢人花〉も動かすことはできない状態であった。
ちなみにミタカは、右手首が重傷なために集中治療にあたっているので不在だ。二人がかりとはいえ、ホウサンオーの腕を切り落とすほどの若き逸材。天帝の命令で、治療が終わるまでは動くことを禁じられていた。
そのミタカも、素直に敗戦を受け入れているわけではない。戦場では冷静な態度であったが、それは生き残るための擬態。本心は、悔しくて悔しくてたまらないのだ。
雪騎将が、天帝の御前で負けたのだ。
それが悔しくないはずはない。彼らにとって、天帝とはすべて。自身そのものであり、自分を生かしめている天威そのもの。それを傷つけて苦しまない雪騎将はいない。
「思った以上に犠牲が出ている。自分で言うのもなんだが、俺が生き残ったのも奇跡に近い」
「なればこそ、奪還しなくては意味がない。犠牲以上の戦果を挙げるのが、我々の責務のはずだ」
リヒトラッシュは強硬姿勢を崩さない。これらの犠牲は、すべて制圧のため。アピュラトリス奪還のためである。制圧が完了しなければ、すべてが無駄なのである。
「今出ていってもやられる。結果は目に見えているだろう」
「我々の実力を疑うのか。撃ち落とせばいいだけだ」
「まだ煙が晴れていない。状況が良くないと言っている。お前でもリスクが高いはずだ」
「あなたにそのようなことを言われようとは、心外だ。自分はいつでも好きな時に出ていくではないか」
それを言われるとゾバークも耳が痛い。こういうときは、むしろゾバークが無鉄砲に出ていくことが多いものであるから。
だが、少なくともゾバークは、今のリヒトラッシュよりも正確に状況を把握していた。ゾバークは思い出すように喉元をさすりながら、リヒトラッシュを諫める。
「あいつらはヤバい。実際に戦ってみてわかった。普通のやつらじゃねえ。隊長だって、まだ戦っているんだぜ。信じられるか?」
この二十分間、上ではジャラガンとガガーランドが、いまだ戦い続けている。まったくの互角で殴り合っている。武人ならば、この意味を知ってしかるべきである。
強すぎる。
相手の格が、数段上なのだ。少なくともホウサンオーとガガーランドは、普通の雪騎将では束になっても敵わないレベルに達している。対抗できるのはジャラガンやラナーのような、一部の特殊な人間に限られていた。
ゾバークたちが負けたのは、偶然でもなんでもない。単なる実力である。実力で雪騎将を押し切る力を彼らは持っているのだ。それは厳然たる事実である。
「ムカつくけどよ、事実は受け入れるぜ」
ゾバークは武人である。ルシア騎士として天帝の御前で負けることは最大の恥辱であるも、相手の強さを受け入れられないほど愚か者ではない。
むしろ単機でルシア騎士団を相手にしようとしたホウサンオーを、尊敬すらしている。いかに実力があろうと、それはやはり自殺行為なのだ。相手は死を厭わずに勝負にきている。ならば、こちらも同等以上の覚悟がないとやられてしまうのだ。
「たしかにあなたの意見には同意する。ただし、特殊な個体以外は、対抗できないレベルではないはずだ」
「そりゃそうだが…さすがに空の上じゃな」
「拳では無理だ。だが、銃ならばできる」
銃という存在は、真の武人からすれば玩具のようなものである。しかし、どのような物にも使い道があるものだ。
銃の利点は、当然ながら射程が長いこと。
剣ほど強力ではなく、拳ほど多様でもないが、銃には犠牲を少なくできるという最大の魅力がある。しかも弾丸は、痛みを感じない使い捨ての道具。銃とは、利便性を追及することで生き残ってきた【知武】なのである。だからこそリヒトラッシュにもプライドがあった。
「外したら死ぬぞ。相手は甘くねえ」
狙う以上、静止しなければならない。その弾道を通って反撃の一発が来れば、リヒトラッシュは避けられない。それがスナイパーの最大の弱点なのだ。あれだけの威力が直撃すれば、ブルーナイトであっても一撃で落ちる可能性が高い。それはリヒトラッシュの死を意味する。
「獲物を仕留めるには、一発あれば十分。だが、失敗すれば死ぬのも当然のこと」
狩人に与えられる余裕は、いつだって一発のみ。獲物とて、生き残るために全力で向かってくる。最初の一発を外したせいで反撃を許し、噛み殺された猟師も数多くいる。そんなことは狩人にとって当たり前の鉄の掟なのである。
殺すか殺されるか。
それは、互いの生存をかけた戦い。リヒトラッシュは、武人同士の意地の張り合いというものに興味はないが、狩人の掟ならば理解できる。
「相手の武装はどう見るよ? 俺でも知っているが、あれは光学兵器ってやつだろう? お前のライフルで勝ち目はあるのか?」
「たしかに、まだルシアでも実装されていない武装だ。今までの敵の様子を見るに、すべてが最新鋭のものをそろえてきている。やつらの技術力は、我々以上かもしれん。だが、それはあまり重要ではない」
リヒトラッシュは、自身がそうであるからこそ、かつてガガーランドが言った言葉を紡ぐ。
「いかなる武器も、使い手が未熟では意味がない。重要なことは、相手が凄腕だということだ。私が保証しよう。相手は間違いなく一級品のスナイパーだ」
「おいおい、何の気休めにもなっていないぞ」
「だからこそ、私が戦うのだ。銃の借りは、銃で返す。やつに弾丸をぶち込み、それで報復とする。それができるのも私だけだ」
「まったく、頑固者め。何を言っても聞きやしない」
「あなたほどではない」
ゾバークが呆れれば、リヒトラッシュも言い返す。言葉は攻撃的だが、声には互いへの尊敬の念が宿っている。両者に性格上の共通点は少ないが、雪が彼らを強烈に結び付けているのだ。
互いに雪に惹かれた者同士。
天威によって集まった仲間。
戦友。同志であるから。
ゾバークも、リヒトラッシュの腕には全幅の信頼を置いている。今のルシア軍に、彼以上のスナイパーはいないだろう。その彼が、簡単に負けるとも思えない。本当は勝負をさせてやりたいというのが、ゾバークの本心である。
「まあ、俺たちがどうこう言おうと、あいつが動かないことにはな…」
ゾバークは、腰掛けてぐったりしている腑抜けた(いつもの姿の)ハブシェンメッツを見る。あれが自分たちに大口を叩いた男かと思うと、わが目を疑いたくなるのも当然だろう。
「最悪は独断で出る。相討ちでも倒せればいい。安心しろ。殺すまでは殺されない」
「おいおい、そりゃさすがに…」
―――「なるほど、それはまずい」
まったく安心できない台詞を吐くリヒトラッシュを、ゾバークが必死に止めようとした時、背後から声がした。
その男は、にこにこと笑いながら静かに歩いてきた。
その姿に、ぎょっとするゾバークとリヒトラッシュ。男そのものよりも、まったく気配がなかったことに驚いたのだ。話に夢中になっていたとはいえ、二人は雪騎将である。一流の武人の背後を簡単に取ってしまうのだから、驚くのも仕方がないだろう。
しかし、その男は密偵でも戦士でもなければ、ましてや武人でもなかった。
「イルビリコフ…」
ゾバークは背後から近寄ってきた男、青空位のイルビリコフを凝視する。
イルビリコフは、今回派遣された戦術士では最高位の存在であり、序列ならば青風位のハブシェンメッツよりも上である。本来ならば、彼が陣頭指揮を執るはずであったのだが、その序列は天帝によって無視されてしまった。
血や階級を重視するルシアでは、分を過ぎる行動はよしとされない。絶対の統制こそが重要視されるからだ。今回のことは特例であり、これが天帝の言葉でなければ絶対に通らない【無理】であった。
なればこそ、さぞやイルビリコフは悔しい思いをしているに違いない。新参者かつ、勤務態度も悪いハブシェンメッツに、怒り狂っているに違いない。
と思うのは、イルビリコフを知らない者の勝手な想像である。
「やだな。私のことは、イーちゃんと呼んでくれって言っただろう」
「それは無理だ」
「どうして!?」
イルビリコフは、さも驚いた表情で聞き返す。
が、そんなことは当然である。
「五十のオッサンに、ちゃん付けは無理だろう」
今の発言だけ聞けば愛想の良い上司のように映るが、イルビリコフは五十のオッサン、ゾバークよりも年上である。
言ってしまえば、ある日突然部長が「これからは、ちゃん付けで呼んでくれ」と言うようなもの。どれだけちゃん付けが似合っても、部下には呼びにくいのに加え、それがオッサンだった日には泣けてくる。
よって、ゾバークにその選択肢はない。
「酷い! 私はこんなにも職場の空気を良くしようと努力しているのに、少しも協調しないなんて酷い男だ!」
「どっちが酷い!! お前の顔のほうが酷いだろうが!! どこのヤクザ屋だ、お前は!」
イルビリコフは声こそ優しげであるが、その顔は完全にどこぞのヤクザである。しかもチンピラといった様相ではなく、若頭と呼んでもよさそうな年季の入った顔である。
それが笑うとさらに怖い。まるでこれから抗争相手を潰しにいくかのような残忍な笑みとなる。その証拠に、かつてイルビリコフは迷子の子供を助けたことがあるが、治安局に連れていったら、イルビリコフが兵士に囲まれたという苦い経験(トラウマ)がある。
「気にしているのに!! 好きでこんな顔になったわけじゃないよ! 母さんが悪いんだ! いや、違う。チビたちは普通の顔なのに、私だけ違う顔…。まさか私は不義の子なのでは…」
イルビリコフには多くの弟妹がいるが、そのどれもが普通の顔である。なぜか長男の彼だけが強面なのだ。それが意味することを深読みし、イルビリコフは苦悩する。
「うおお、うおおおお!」
「うるさい! 何しに来たんだ、あんたは!」
強面で叫ばれると、さらに酷い顔になる。べつにゾバークも、外見で人を判断する男ではないものの、あまりのギャップに毎回こうなってしまうのである。
「空位!! 出撃の許可をいただきたい! あなたの命令ならば、気兼ねなく出ることができる!」
ゾバークには面倒な客でも、リヒトラッシュには違った。ハブシェンメッツの上司である彼は、実質上の指揮官のようなもの。彼の許可があれば何ら問題はない。
のだが、イルビリコフにもできないことはある。
「陛下がお定めになられた以上、覆せるのは陛下のみだ。これはどうにもならない」
「やれる自信はあるのです」
「相討ちでは困るよ。陛下が哀しまれるだろう? どれだけ陛下が、君たちを愛しているか忘れたのか」
「それは…」
その言葉には、リヒトラッシュもうつむくしかない。
雪騎将とは、ただの称号ではない。
ルシア天帝にとっては、わが身のごとき存在なのである。骨であり肉であり、血なのである。天帝という巨大な力を持つがゆえに、孤独となってしまった存在には、真に信頼できる騎士が一人でも多く必要なのである。
雪騎将の任命の際に、天帝は自らの血を分け与える。両者が家族であり、身内であり、自分自身であることを示すために、天帝自らナイフで指を切り、血を入れた祝福のワインを飲ませるのだ。
血の国にとって、これ以上の待遇は存在しない。
これ以上の名誉は存在しない。
その雪騎将が死ねば、ザフキエルは嘆くだろう。人前では動じなくても、心の底では哭くのだ。大切な身体の一部を失ったことを悔やむのだ。
雪騎将の家族が死ねば、彼もまた悼む。喜びがあれば、当人は笑わないものの祝いを贈る。祝ってくれる家族がいる場合、誕生日が近ければ激戦区には送らない。むしろ、できれば休暇を与える。血の国家ルシアでは、血縁同士の集まりは重要視されるからだ。
かつて天帝の寵愛を受けた雪騎将が死んだ時、彼は一週間も瞑想室に閉じこもり、静かに祈りを捧げ続けた。その者は、移民二世であった。だが、それがなんだというのだ。同じ血を分けた者に、ルシア純血種も移民も関係ない。
ザフキエルとは、そういう男である。
だからこそ雪騎将は、絶対の忠誠を誓うのだ。雪騎将にとっても、天帝とは自分そのものなのだから。それゆえに当然、リヒトラッシュが死ねばザフキエルは哀しむだろう。最高のスナイパーを失ったと嘆くだろう。
自分自身の血を失ったと。
そのことに思い至り、リヒトラッシュは胸が切り裂かれたように、心が痛む。
「陛下…! 私が短慮であったのです! あなたの信頼を裏切るところでした!!」
自分が迎え入れられたときを思い出す。ド田舎から来た汚い身なりの狩人に対して、天帝は一度たりとも馬鹿にしたような態度は取らなかった。
わかる。わかるのだ。
周囲の官僚たちは、心の中で不快な感情を抱いていることが。それと比べて、天帝と、その身体である雪騎将たちは、一瞬たりとも誰も侮らなかった。それどころか、これから家族になるであろうリヒトラッシュを、心から迎え入れてくれた。
リヒトラッシュは、その雪の中にある温かさを思い出し、むせび泣く。
それにイルビリコフも頷く。
「うんうん、わかればいいよ。陛下の御心は、温かいよね。外側から見れば冷たく見えるけど、中はとても温かい。あれこそルシアの心だ」
だからこそ、とイルビリコフは言う。
「陛下が人前でお笑いになるなど、滅多にないこと。あんなに愉快そうな陛下は、初めて見たかもしれない。だから、その【興】を台無しにしたくないんだ」
イルビリコフは、この戦いを興と称した。
たしかに命をかけた戦いなれど、面白みのあるものであることは間違いない事実。普段笑わない主が笑ったのならば、なおさらのこと。この興は、何としても興で終わらせないといけないのである。
「死ぬのならば、楽しく死んでくれ。陛下がお笑いになるように、清々しく」
後悔なく死ぬのならば、ルシア天帝は咎めたりはしないだろう。全力を出し、すべてを出しきり、そのうえで死ぬのならば天帝は嘆くことはない。
しかし、最初から相打ちを狙う戦いでは、天帝は笑わない。最期の瞬間までルシア騎士として誇り高くあってこそ、天帝は雪騎将を誇りに思うだろう。
それが【絆】だからである。
「申し訳ない。少し熱くなっていたようだ」
リヒトラッシュは、ようやく冷静さを取り戻す。
銃を持って獲物に狙いをつける時はひどく冷静なのに、普段はその中に宿る熱さを制御しきれないのだ。だが、それもまたリヒトラッシュの魅力である。ザフキエルもまた、彼のそういうところを気に入っている。だからこそイルビリコフを送ったのだ。
「いやいや、雪騎将はそうあってくれたほうがいい。それを諌めるのが我々の仕事だからね。しかしその様子だと、やはり彼は許可を出していないのか」
「奇妙な男だよ、あいつは。凄いのか愚図なのかわからねぇな。俺やミタカに指示を出していたときは、やたら迫力があったが…今は別人だ」
「まあ、それは同意見だけど、騎士も戦術士も結果がすべてさ。彼は結果を出した」
イルビリコフは、ゾバークが語るハブシェンメッツの人物評に同意しつつも、ルシアでは結果がすべてであることを強調する。ルシア帝国は、血統主義と成果主義を見事に使い分けているからこそ、この短期間でここまで巨大な国家になれたのだから。
たしかに最後につまづいて、少しばかり損害を出してしまったが、制圧までの過程は十分悪くないものだった。むしろ、その奇抜な発想力はイルビリコフにはないものである。その柔軟さ、意外性は、凝り固まったルシアにとって有益になるだろう。
「そうそう、諸君らにとって朗報かはわからないが、ダマスカス側も動くらしい。それに乗ずれば現状も打破できると思うよ」
「いまさらか? あいつらに何ができる」
「たしかに質では我々に劣るが、ここがルシアではなくダマスカスということを忘れないほうがいい。これは重要なことだ」
イルビリコフの見た目はヤクザ屋であるが、これでも青空位である。彼の持ち味はハブシェンメッツとはだいぶ異なるものの、戦術士としての腕は確かだ。そのイルビリコフは、ダマスカスがこのまま終わるとは思っていないようだ。
ダマスカス軍が動けば、ルシアの負担が分担される。二機の一方を引き付けてもらえることは、ルシアにとっては朗報だといえる。少しは動きやすくなるだろう。
「それならチャンスだろう。なぜ俺たちは動かない? 煙が問題か?」
「それもあるが、ほかに理由があるからさ」
「ほかの理由? 何だそりゃ?」
「すぐにわかるよ。おーい、ハブちゃん。例のもの持ってきたよ」
イルビリコフは、手に持っていた書類を頭の上に掲げてハブシェンメッツを呼ぶ。何を言っても気だるそうにしていたハブシェンメッツであるが、その声には敏感に反応。
「こりゃ、イーちゃん先輩。わざわざどうも」
「私とハブちゃんの仲じゃないか。気にすることはない」
冬眠明けの獣のように、のそりと簡易ソファーから立ち上がったハブシェンメッツが、イルビリコフを出迎えて書類を受け取る。
強面を見て、どうやら少しだけスイッチが入ったらしい。というよりは、この作戦には自分の命がかかっていることを思い出したらしい。イルビリコフの顔は、さすがの威力である。
「…なるほど。これならば可能性はありそうですね」
ハブシェンメッツは、目をこすりながら書類に目を通す。それでいながらも真剣な表情である。これにはそれだけ重要なことが書いてあるのだ。
「大丈夫? ちゃんとスイッチは入った? 賭けに負けたらお互いに破産だよ」
「はは、大丈夫。ちゃんと勝ちますよ」
ギャンブルではほとんど勝っていないのに、なぜか強気なハブシェンメッツ。負けても取り戻せばいい、それがギャンブル狂の思考パターンなのだ。
「それにしても、ハブちゃんの才能はすごいね。見事だよ」
「はあ、そうですかね?」
「謙遜することはない。十分さ」
「それで給料が上がればいいんですが…」
ハブシェンメッツは、髪の毛を引っ張りながらイルビリコフの言葉に応える。
実際、ここまで挽回したにもかかわらず、ハブシェンメッツには凄いことをしたという実感がない。やり手の棋士と少し良い勝負をした、という感覚でしかないのだ。
だが、普通の戦術士であったら、すでに雪騎将の中に死者が出ていた可能性もある。最低限の犠牲でここまでやったのだから、評価されてもいいだろう。
といっても、ハブシェンメッツの頭の中には借金のことしかない。どんなに評価されても、金にならなければ意味がないのだ。この戦いに負けても死ぬし、勝っても金が入らねば死ぬのだ。まさに人生八方塞がりである。自業自得だが。
「で、そいつは何だよ」
ゾバークは、イルビリコフが持ってきた書類に興味を示す。わざわざ紙にして送り届けるなど、正直無駄に思えたからだ。現に、ほとんどの連絡は通信で行っているので必要性がないだろう。
しかしながら、これだけは書類で届けなければならない理由があった。
「現在の状況では、我々に勝ち目がないんだ。それはわかるだろう?」
「なんでだ?」
「転移現象だよ。あれをやられると、こちらは動けない」
イルビリコフがゾバークに説明したのは、ずっと連盟側を苦しめているラーバーン側の転移である。この後出しじゃんけんをやられると、どんな優秀な戦術士でも勝つことは不可能である。
「もしや、打開策ができたのですか?」
それにはリヒトラッシュも反応する。彼の部下がやられたのも転移による奇襲が原因である。その恐ろしさは身にしみている。
「詳しくは言えない。どこで盗聴されているかわからないからね。常に油断はしないように…っと」
「―――あっ」
イルビリコフはそう言うと、ハブシェンメッツから書類を取り上げて、ライターで燃やしてしまった。
「相手は、かなり特殊な方法で情報を盗んでいる。おそらくは、ダイバーだけではないだろう。重要機密の中には、通信していない独立の媒体もあるからね。それすら乗っ取られるのは、どう考えてもおかしい」
「間諜がいるってことかよ?」
「それは当然だろうね。ダイバーだって、何の準備もなく侵入はできない。こちらでは、それのあぶり出しも同時にやっている」
ルイセ・コノがいかに優れたダイバーでも、ユニサンたちを使って媒介を設置しなければ侵入はできなかった。それと同じく、多くの情報を盗み出すには、それなりの人の手が必要である。
ルシアの監査院は、恐ろしく優秀である。帝国三大権威の一つであり、天帝とすら並ぶ強力な組織である。本来ならば、即座に間者をあぶり出しているところだが、ここがダマスカスであるところが災いしている。
「ダマスカスは規制が厳しいんだ。緊急時とはいえ、勝手に動くことはできない。相当動きが制限されているらしい」
「こっちが指揮権を取ったはずだぜ」
「それはあくまで軍事面でだ。他国で、しかも五大国家の一国での諜報活動は、相手もかなり神経質になる。ついつい忘れがちだけど、ダマスカスという国は、れっきとした強国なんだよ」
たまたま奇襲を受けて後手に回っているが、守っていたのがルシア軍でも、彼らと大差ない結果になっていただろう。また、経済面のみならず、諜報面でもダマスカスは弱くない。彼らの密偵はルシアに劣らず優秀である。
ここがダマスカス国内である以上、ルシアも好き勝手できない。その結果、間諜のあぶり出しも進んではいない。あくまで、ルシアの監査院が、であるが。
「たぶんそれも、相手の思惑なんだと思う」
「こっちの縄張り争いを利用するってやり方か。ふざけた野郎だ」
「利口だよ。そして、周到だ。おかげで全部が後手に回っている。そういうことで、こうやってこそこそやるしかない。そうでいながら結果を求められるんだから、やっていられないものだよ」
「あんたらも大変だな」
「騎士ほどじゃないと思うね。喉に穴があいていて、よくしゃべられるものだと感心しているよ」
ゾバークの喉は完治しているわけではない。医療用テープで塞いでいるが、まだ穴があいている。その状態で普通にしゃべられるだけでも驚異である。
「こんなもん、放っておけばくっつく」
「それが理解しがたいんだよね…。普通なら入院だよ」
これはホウサンオーの技のキレが良すぎたことも一つの要因。あのビルのように、斬られたにもかかわらず落ちてこないほどに、彼の一撃は鋭かったのだ。それは剣にとどまらず、彼が使うすべての技にいえることである。
その結果、傷口が綺麗で、治りも早い。これくらいの損傷ならば、ゾバークならば数日で完治するだろう。
「何はともあれ、転移はなんとかする。完全に防ぐことはできないが、予防線くらいは張ってみせる」
「そうしてもらえると助かるぜ」
「任せておいてよ。ねえ、ハブちゃん?」
「…ええ、そうですね」
ハブシェンメッツは、元気なく頷く。周りの者は、まだスイッチが入っていないのだと思っていたが、実は違った。
(まだ全部読んでいなかった…とは言えないね)
やる気がない時のハブシェンメッツの鈍さを侮ってはいけない。
ちんたら読んでいたら、あっさりとイルビリコフに書類を燃やされ、結局最後のほうは読めなかった。が、そんなことは言えないので、とりあえず理解したことにしておく。どうせ対処するとすれば、法則院である。その時になれば、勝手にやってくれるだろう。
「私は、ダマスカスとの間を受け持つとしよう。引き続き、指揮は頼むよ」
「やるだけやってみますよ」
「それじゃ、がんばって」
「あっ、イーちゃん先輩。あの煙って、何だと思います?」
イルビリコフが出て行こうとする間際で、ハブシェンメッツが少しだけ引き止める。せっかく会えたのだから聞いておこうと思ったのだ。
「検査結果は出たのだろう?」
「ええ、一応ただの煙幕だったのですが…」
化学成分は至って普通の煙幕である。しかし、なぜか彼らは上空から攻撃を続けることができる。その謎が解けないので苦戦しているのだ。
「さあ、私は化学者ではないからな。わかるわけもないが…」
イルビリコフは自分が指揮官ではないこともあって、あまり積極的にこの問題について考えないようにしていた。自分の意見が強すぎると、それを行わない相手に嫌悪感を抱いてしまうからだ。
ハブシェンメッツを選んだのは、ルシア天帝である。ならば、その意思を最大限尊重するのが、青空位としての責務である。先輩面して、あれこれと意見したくなかったのだ。
ただし、それは思考を止めるという意味ではない。全体を見つめることで、局所的なことに囚われないという意図もある。
そして、その結果言えることがあるとすれば―――
「相手はマジシャンだ。見破ってやろうなんて思って臨んだら、勝てるものも勝てない。現実的に考えて、どうすればそれが可能なのかを考えてみるほうが簡単じゃないか?」
「それじゃ、私は行くよ」
そう言うと、イルビリコフはさっさと出て行ってしまった。
ただでさえ、イルビリコフを差し置いたハブシェンメッツを快く思わない人間が多いうえに、現場に指揮官が二人いれば混乱を招く。これもイルビリコフなりの気の遣い方であった。
(相変わらず凄い人だ)
ハブシェンメッツは、イルビリコフを素直にそう思う。
彼は何事も飾ることをしない。上から押し付けることもないし、変に媚びたりもしない。ただし、ただ実直というわけでもない。人にも物事にも常に自然体で臨む男であった。
普通ならば、ハブシェンメッツのような人材を預けられれば、あまりの使えなさにさじを投げるところであるが、彼は見放さなかった。その才能を見抜いていたわけではない。今日この日になるまで、ハブシェンメッツの確変した実力は知らなかった。
それでも兄貴のように、叔父貴のように面倒をみてくれている。それは駄目人間のハブシェンメッツからすれば、まさに仏のような人物に見えるのだ。
しかもイルビリコフに借金までしている。そして返すあてもない。この男、最低である。そのぶんだけ、イルビリコフの偉大さがわかるというものだろう。上司としては最高の人物である。
「マジシャン…か。マジシャン…マジシャン」
ハブシェンメッツは、イルビリコフの言葉を何度も口にする。
たしかにラーバーンのやり方は変則的である。言ってしまえば、奇術に近い。それをすべて見破ろうなどとしても、少なくともこの短期間では無理があるだろう。ならば、最初から考えを放棄するのも一つの考え方であった。
「やはり空位の言うように、現実的に考えたほうがよさそうだね」
「原理は簡単ってことですかね? ううん、何でしょう…」
アルザリ・ナムも、イルビリコフの言葉を考えていた。しかし、現実的に空に浮かぶ方法は、なかなか浮かばない。
「アルナム、君が空に浮かぶとしたらどうやる?」
「何かしらの揚力がないと無理ですね。当たり前ですけど」
「そうだ。しかし、特別な神機でもない限り、あの高度で連続して揚力を維持するのは不可能だ」
現在の世界では、揚力に対して制限が設けられている。これは女神が施したものといわれており、一定の高度に達すると力を失ってしまう現象が発生する。
ミサイルも例外ではなく、長時間燃料を使う長い射程のものは維持できない。途中で規制に引っかかってしまい、墜落してしまうからだ。これによって、長距離ミサイルというものは世界には存在しない。できないのである。
唯一の例外は神機。単独飛行が可能なウネア・ミクのカンタラ・ディナや、シルバー・ザ・ホワイトナイトの専用ブースターのようなもの。しかし、これは相当な例外に属するものである。その例外を、簡単に二機も用意できるとは思えない。
「そういえば、人が浮いていましたが…」
アルザリ・ナムが思い出したもの。これがもう一つの例外に属する。
ケマラミアのように精霊の力を借りた場合。これは自然法則の一部なので規制の対象にはならない。純朴な精霊の助力を得られるほど、心が澄んでいることになるからだ。これは動物や虫も同じで、人間以外のものは空を飛ぶことができる。無害だからだ。
この規制は、あくまで星に害悪を及ぼす可能性のある、人間の所業に対して発動するものなのだ。その境目が人間にはわからないので、実際にやってみながら、可能性を一つずつ潰していくしかないのが現状である。
(例外が多すぎる。だから迷うんだ)
この戦場には、明らかに今までの常識を覆すものばかりが登場している。だから、目の前のことも超常現象の一つに考えてしまう。だが、そんなことを考えていれば、答えが出るのは何十年も先になってしまうだろう。
「駄目だな。まったく浮かばない」
ハブシェンメッツの頭は、ぐちゃぐちゃである。そんな状況で何かが浮かぶわけもなく、あっさりと降参する。もっと根気が必要である、この男。しかし、こういうときに頼りになる者、常識人がすぐ隣にいるのが彼の幸運であった。
「煙が固ければ、乗れるんですけどね。普段は煙だけど、泡立てれば固まるとか。ムースとか生クリームみたいに固まれば…」
「………」
「え? なんですか? そりゃ、自分でも馬鹿げているとは思いますが…。そんなことで機体が浮くわけもないですし」
ハブシェンメッツの見開いた視線を受けて、アルザリ・ナムも気まずい気分になる。
アルザリ・ナムが思い出したのは、前に見た石鹸のCMである。
液体なのに泡立てるともっちりとして、固形石鹸を持ち上げるくらいになる、というもの。アルザリ・ナムは、そんなにもっちりさせる意味がわからなかったので興味がなかったが、そういうこともあるのだという記憶だけが残った。
あるいは生クリーム。固まれば多少の重みがあるイチゴだって乗せることができる。結局のところ、空を飛ぶのはほぼ不可能なのだから、残った可能性といえば【乗る】という単純な原理。足場があれば、誰だって【空に立つ】ことができるのだから。
ただそれだけ。しかし、そのあまりに単純な原理は、ハブシェンメッツに強烈な電撃を与えた。
「リヒトラッシュ上級大尉、出撃の準備だ! 急いでくれ! すぐに動く」
「了解した!!」
リヒトラッシュは、何がハブシェンメッツを動かしたのか理解できなかったが、せっかく訪れたチャンスを逃すまいと即座に行動。部隊編成に戻った。
そしてハブシェンメッツは、アルザリ・ナムに振り返り、興奮した口調で褒め称える!
「アルナム、勝てるよ! これはイケる! 君はすごい!」
「まさか、真に受けたんじゃ…」
完全に思いつきかつ、小学生が考えそうなアイデアである。それを真に受けた上司に対してどう接してよいのかわからず、アルザリ・ナムは引きつった笑顔を浮かべる。
「君は戦術以外の才能が凄い! 素晴らしい発想力だ! 君がいてよかった!」
「なにか、すごく罵倒されている気がするのですが…」
アルザリ・ナムが非常に複雑な気持ちの中、ルシア軍が再始動する。
「今すぐ敵を排除します。出撃許可をいただきたい!」
眼鏡をかけたスーツ姿の長身の男が、相変わらず冴えない顔をしている青髪の男に詰め寄っていた。
一見すれば事務方の人間が、その青髪の男、ハブシェンメッツに文句を言っている光景に見えるが、詰め寄っているのはロー・アンギャルの隊長、ヤーピレ・リヒトラッシュ上級大尉である。
リヒトラッシュの髪は、雪のように真っ白。これは老化ではなく、雪の中でも擬態できる彼ら狩猟民族の特徴であり、ルシアではルシアンブロンドと同じく希少な存在とされている。ちなみに目の色は透き通ったライムグリーンで、瑞々しい山の新緑を彷彿させた。
眼鏡も普通のものとは違い、利き目である右目部分だけゴーグルのように異様に膨れ上がっており、なおかつ不透明である。この眼鏡にはキューパス・カイヤナイトが仕込まれていて、必要に応じて常時発動できるようになっている。使用時はレンズも透明になる特注物だ。
こうした装備は異様に見えるが、目に負担をかけやすいリヒトラッシュにとっては強制的に目を休められるので、真面目な性格の彼にはありがたいものである。
リヒトラッシュは完全な肉体派ではないので、ほっそりとした印象であるも、今こうしてハブシェンメッツに詰め寄っているさまは、まさに狩人の迫力に満ちていた。
その迫力を一方的に受ける羽目になったハブシェンメッツは、困ったように髪の毛を引っ張っているだけである。何を言ってもまともな返事が返ってこず、「うーん…そうだね…」とか、「あー、うん」とかを繰り返すだけだ。
そのはっきりしない態度に、リヒトラッシュは苛立つ。
「青風位、許可を!! やつを仕留める許可を!!」
「ヤープ、落ち着け。今は無理だ」
彼に反論したのはハブシェンメッツではなかった。リヒトラッシュと同級のもう一人の雪騎将、ゾバーク・ミルゲン上級大尉である。ホウサンオーの足止めを終えた彼らは撤退。基地内に戻っていたのだ。
自分から注意が逸れ、ほっとした顔をするハブシェンメッツに、ゾバークは首を傾げる。
(こいつが本当にさっきの指揮官か?)
改めて見たハブシェンメッツは、嘘偽りなく超絶に冴えない男であった。もし道すがら出会ったら、確実に意識しないレベルに存在感がない。これならば、近所の世間話好きのおばちゃんのほうが、よっぽど存在感があるだろう。
それも仕方がない。
現在、ハブシェンメッツは【電源が落ちていた】。
最後の詰めの段階でつまずいてしまい、やる気がかなり減退しているようである。加えて、アピュラトリスの奪還という名目を、それがまだ不完全であっても成し遂げたため、自分の中ではすでにお役目御免という感じなのである。
必死にアルザリ・ナムが服を引っ張って注意しているが、すでにギャンブルで負けた時のような廃人顔になっている。いわゆる【死んだ魚の目】である。
たしかにこの男は「全勝の男」であるのだが、何事にも始まりと終わりがあるものである。表が裏になれば、また表になる運命。今のハブシェンメッツは、再び駄目人間に舞い戻っていた。スイッチが切れたのだから、こればかりはどうにもできない。
リヒトラッシュも、ハブシェンメッツの駄目な様子を感じ取り、会話の相手をゾバークに移す。
「なぜ無理だ。撃ち落とす自信はある」
「また部下が死ぬぞ」
「相手も一人。ならば私一人で十分だ」
「それが冷静じゃねえって言ってんだよ」
ゾバークは、リヒトラッシュが感情的になっていることを見抜いていた。
膠着状態になってから、すでに二十分弱。事態は一向に変わっていない。制圧を担当する部隊指揮官としては、焦って当然である。しかし、彼が感情的になる理由はもう一つある。
(部下を殺されてキレてやがる。この激情家め)
ゾバークは、リヒトラッシュの性格をよく知っていた。
彼は普段冷静な男であり、任務中は感情を表に出さない。だが、表に出さないだけであり、実際は激情家であるとゾバークは考えている。リヒトラッシュの民族は仲間を大切にする。狩りの仲間は家族同然なのだ。これは軍属になってからも変わっていない。
どんな理由であれ、部下が大勢死んだ。さきほどの攻撃で、優秀なスナイパーが二十人は死んでいる。この大きな被害にヤープ(リヒトラッシュの愛称)がキレているのだ。それを同僚かつ同階級のゾバークが抑えている構図である。
雪騎将を止められるのは、同格以上の雪騎将しかいない。誇り高い武人であるため、それが理解できる同等の者でしか対応できないのだ。
「お前も油断すると、俺と同じ目に遭うぜ」
ゾバークは自分の喉と肩に触れて、少しだけ真面目な声で諭す。
ゾバークには、ホウサンオーにやられた傷が生々しく残っている。今は服で見えないが、身体には大きな裂傷が残っており、喉元にもまだ穴があいている。彼の頑強な肉体によって致命傷にはなっていないが、頑丈な彼にしてみれば、稀にみる相当な大怪我である。
しかも彼のブルースカルド〈青の兵士〉は大破寸前。応急処置はなされているが、本格的な修理をするには本国に戻る必要がある。これはミタカも同じであり、彼のブルー・シェリノ〈青の夢人花〉も動かすことはできない状態であった。
ちなみにミタカは、右手首が重傷なために集中治療にあたっているので不在だ。二人がかりとはいえ、ホウサンオーの腕を切り落とすほどの若き逸材。天帝の命令で、治療が終わるまでは動くことを禁じられていた。
そのミタカも、素直に敗戦を受け入れているわけではない。戦場では冷静な態度であったが、それは生き残るための擬態。本心は、悔しくて悔しくてたまらないのだ。
雪騎将が、天帝の御前で負けたのだ。
それが悔しくないはずはない。彼らにとって、天帝とはすべて。自身そのものであり、自分を生かしめている天威そのもの。それを傷つけて苦しまない雪騎将はいない。
「思った以上に犠牲が出ている。自分で言うのもなんだが、俺が生き残ったのも奇跡に近い」
「なればこそ、奪還しなくては意味がない。犠牲以上の戦果を挙げるのが、我々の責務のはずだ」
リヒトラッシュは強硬姿勢を崩さない。これらの犠牲は、すべて制圧のため。アピュラトリス奪還のためである。制圧が完了しなければ、すべてが無駄なのである。
「今出ていってもやられる。結果は目に見えているだろう」
「我々の実力を疑うのか。撃ち落とせばいいだけだ」
「まだ煙が晴れていない。状況が良くないと言っている。お前でもリスクが高いはずだ」
「あなたにそのようなことを言われようとは、心外だ。自分はいつでも好きな時に出ていくではないか」
それを言われるとゾバークも耳が痛い。こういうときは、むしろゾバークが無鉄砲に出ていくことが多いものであるから。
だが、少なくともゾバークは、今のリヒトラッシュよりも正確に状況を把握していた。ゾバークは思い出すように喉元をさすりながら、リヒトラッシュを諫める。
「あいつらはヤバい。実際に戦ってみてわかった。普通のやつらじゃねえ。隊長だって、まだ戦っているんだぜ。信じられるか?」
この二十分間、上ではジャラガンとガガーランドが、いまだ戦い続けている。まったくの互角で殴り合っている。武人ならば、この意味を知ってしかるべきである。
強すぎる。
相手の格が、数段上なのだ。少なくともホウサンオーとガガーランドは、普通の雪騎将では束になっても敵わないレベルに達している。対抗できるのはジャラガンやラナーのような、一部の特殊な人間に限られていた。
ゾバークたちが負けたのは、偶然でもなんでもない。単なる実力である。実力で雪騎将を押し切る力を彼らは持っているのだ。それは厳然たる事実である。
「ムカつくけどよ、事実は受け入れるぜ」
ゾバークは武人である。ルシア騎士として天帝の御前で負けることは最大の恥辱であるも、相手の強さを受け入れられないほど愚か者ではない。
むしろ単機でルシア騎士団を相手にしようとしたホウサンオーを、尊敬すらしている。いかに実力があろうと、それはやはり自殺行為なのだ。相手は死を厭わずに勝負にきている。ならば、こちらも同等以上の覚悟がないとやられてしまうのだ。
「たしかにあなたの意見には同意する。ただし、特殊な個体以外は、対抗できないレベルではないはずだ」
「そりゃそうだが…さすがに空の上じゃな」
「拳では無理だ。だが、銃ならばできる」
銃という存在は、真の武人からすれば玩具のようなものである。しかし、どのような物にも使い道があるものだ。
銃の利点は、当然ながら射程が長いこと。
剣ほど強力ではなく、拳ほど多様でもないが、銃には犠牲を少なくできるという最大の魅力がある。しかも弾丸は、痛みを感じない使い捨ての道具。銃とは、利便性を追及することで生き残ってきた【知武】なのである。だからこそリヒトラッシュにもプライドがあった。
「外したら死ぬぞ。相手は甘くねえ」
狙う以上、静止しなければならない。その弾道を通って反撃の一発が来れば、リヒトラッシュは避けられない。それがスナイパーの最大の弱点なのだ。あれだけの威力が直撃すれば、ブルーナイトであっても一撃で落ちる可能性が高い。それはリヒトラッシュの死を意味する。
「獲物を仕留めるには、一発あれば十分。だが、失敗すれば死ぬのも当然のこと」
狩人に与えられる余裕は、いつだって一発のみ。獲物とて、生き残るために全力で向かってくる。最初の一発を外したせいで反撃を許し、噛み殺された猟師も数多くいる。そんなことは狩人にとって当たり前の鉄の掟なのである。
殺すか殺されるか。
それは、互いの生存をかけた戦い。リヒトラッシュは、武人同士の意地の張り合いというものに興味はないが、狩人の掟ならば理解できる。
「相手の武装はどう見るよ? 俺でも知っているが、あれは光学兵器ってやつだろう? お前のライフルで勝ち目はあるのか?」
「たしかに、まだルシアでも実装されていない武装だ。今までの敵の様子を見るに、すべてが最新鋭のものをそろえてきている。やつらの技術力は、我々以上かもしれん。だが、それはあまり重要ではない」
リヒトラッシュは、自身がそうであるからこそ、かつてガガーランドが言った言葉を紡ぐ。
「いかなる武器も、使い手が未熟では意味がない。重要なことは、相手が凄腕だということだ。私が保証しよう。相手は間違いなく一級品のスナイパーだ」
「おいおい、何の気休めにもなっていないぞ」
「だからこそ、私が戦うのだ。銃の借りは、銃で返す。やつに弾丸をぶち込み、それで報復とする。それができるのも私だけだ」
「まったく、頑固者め。何を言っても聞きやしない」
「あなたほどではない」
ゾバークが呆れれば、リヒトラッシュも言い返す。言葉は攻撃的だが、声には互いへの尊敬の念が宿っている。両者に性格上の共通点は少ないが、雪が彼らを強烈に結び付けているのだ。
互いに雪に惹かれた者同士。
天威によって集まった仲間。
戦友。同志であるから。
ゾバークも、リヒトラッシュの腕には全幅の信頼を置いている。今のルシア軍に、彼以上のスナイパーはいないだろう。その彼が、簡単に負けるとも思えない。本当は勝負をさせてやりたいというのが、ゾバークの本心である。
「まあ、俺たちがどうこう言おうと、あいつが動かないことにはな…」
ゾバークは、腰掛けてぐったりしている腑抜けた(いつもの姿の)ハブシェンメッツを見る。あれが自分たちに大口を叩いた男かと思うと、わが目を疑いたくなるのも当然だろう。
「最悪は独断で出る。相討ちでも倒せればいい。安心しろ。殺すまでは殺されない」
「おいおい、そりゃさすがに…」
―――「なるほど、それはまずい」
まったく安心できない台詞を吐くリヒトラッシュを、ゾバークが必死に止めようとした時、背後から声がした。
その男は、にこにこと笑いながら静かに歩いてきた。
その姿に、ぎょっとするゾバークとリヒトラッシュ。男そのものよりも、まったく気配がなかったことに驚いたのだ。話に夢中になっていたとはいえ、二人は雪騎将である。一流の武人の背後を簡単に取ってしまうのだから、驚くのも仕方がないだろう。
しかし、その男は密偵でも戦士でもなければ、ましてや武人でもなかった。
「イルビリコフ…」
ゾバークは背後から近寄ってきた男、青空位のイルビリコフを凝視する。
イルビリコフは、今回派遣された戦術士では最高位の存在であり、序列ならば青風位のハブシェンメッツよりも上である。本来ならば、彼が陣頭指揮を執るはずであったのだが、その序列は天帝によって無視されてしまった。
血や階級を重視するルシアでは、分を過ぎる行動はよしとされない。絶対の統制こそが重要視されるからだ。今回のことは特例であり、これが天帝の言葉でなければ絶対に通らない【無理】であった。
なればこそ、さぞやイルビリコフは悔しい思いをしているに違いない。新参者かつ、勤務態度も悪いハブシェンメッツに、怒り狂っているに違いない。
と思うのは、イルビリコフを知らない者の勝手な想像である。
「やだな。私のことは、イーちゃんと呼んでくれって言っただろう」
「それは無理だ」
「どうして!?」
イルビリコフは、さも驚いた表情で聞き返す。
が、そんなことは当然である。
「五十のオッサンに、ちゃん付けは無理だろう」
今の発言だけ聞けば愛想の良い上司のように映るが、イルビリコフは五十のオッサン、ゾバークよりも年上である。
言ってしまえば、ある日突然部長が「これからは、ちゃん付けで呼んでくれ」と言うようなもの。どれだけちゃん付けが似合っても、部下には呼びにくいのに加え、それがオッサンだった日には泣けてくる。
よって、ゾバークにその選択肢はない。
「酷い! 私はこんなにも職場の空気を良くしようと努力しているのに、少しも協調しないなんて酷い男だ!」
「どっちが酷い!! お前の顔のほうが酷いだろうが!! どこのヤクザ屋だ、お前は!」
イルビリコフは声こそ優しげであるが、その顔は完全にどこぞのヤクザである。しかもチンピラといった様相ではなく、若頭と呼んでもよさそうな年季の入った顔である。
それが笑うとさらに怖い。まるでこれから抗争相手を潰しにいくかのような残忍な笑みとなる。その証拠に、かつてイルビリコフは迷子の子供を助けたことがあるが、治安局に連れていったら、イルビリコフが兵士に囲まれたという苦い経験(トラウマ)がある。
「気にしているのに!! 好きでこんな顔になったわけじゃないよ! 母さんが悪いんだ! いや、違う。チビたちは普通の顔なのに、私だけ違う顔…。まさか私は不義の子なのでは…」
イルビリコフには多くの弟妹がいるが、そのどれもが普通の顔である。なぜか長男の彼だけが強面なのだ。それが意味することを深読みし、イルビリコフは苦悩する。
「うおお、うおおおお!」
「うるさい! 何しに来たんだ、あんたは!」
強面で叫ばれると、さらに酷い顔になる。べつにゾバークも、外見で人を判断する男ではないものの、あまりのギャップに毎回こうなってしまうのである。
「空位!! 出撃の許可をいただきたい! あなたの命令ならば、気兼ねなく出ることができる!」
ゾバークには面倒な客でも、リヒトラッシュには違った。ハブシェンメッツの上司である彼は、実質上の指揮官のようなもの。彼の許可があれば何ら問題はない。
のだが、イルビリコフにもできないことはある。
「陛下がお定めになられた以上、覆せるのは陛下のみだ。これはどうにもならない」
「やれる自信はあるのです」
「相討ちでは困るよ。陛下が哀しまれるだろう? どれだけ陛下が、君たちを愛しているか忘れたのか」
「それは…」
その言葉には、リヒトラッシュもうつむくしかない。
雪騎将とは、ただの称号ではない。
ルシア天帝にとっては、わが身のごとき存在なのである。骨であり肉であり、血なのである。天帝という巨大な力を持つがゆえに、孤独となってしまった存在には、真に信頼できる騎士が一人でも多く必要なのである。
雪騎将の任命の際に、天帝は自らの血を分け与える。両者が家族であり、身内であり、自分自身であることを示すために、天帝自らナイフで指を切り、血を入れた祝福のワインを飲ませるのだ。
血の国にとって、これ以上の待遇は存在しない。
これ以上の名誉は存在しない。
その雪騎将が死ねば、ザフキエルは嘆くだろう。人前では動じなくても、心の底では哭くのだ。大切な身体の一部を失ったことを悔やむのだ。
雪騎将の家族が死ねば、彼もまた悼む。喜びがあれば、当人は笑わないものの祝いを贈る。祝ってくれる家族がいる場合、誕生日が近ければ激戦区には送らない。むしろ、できれば休暇を与える。血の国家ルシアでは、血縁同士の集まりは重要視されるからだ。
かつて天帝の寵愛を受けた雪騎将が死んだ時、彼は一週間も瞑想室に閉じこもり、静かに祈りを捧げ続けた。その者は、移民二世であった。だが、それがなんだというのだ。同じ血を分けた者に、ルシア純血種も移民も関係ない。
ザフキエルとは、そういう男である。
だからこそ雪騎将は、絶対の忠誠を誓うのだ。雪騎将にとっても、天帝とは自分そのものなのだから。それゆえに当然、リヒトラッシュが死ねばザフキエルは哀しむだろう。最高のスナイパーを失ったと嘆くだろう。
自分自身の血を失ったと。
そのことに思い至り、リヒトラッシュは胸が切り裂かれたように、心が痛む。
「陛下…! 私が短慮であったのです! あなたの信頼を裏切るところでした!!」
自分が迎え入れられたときを思い出す。ド田舎から来た汚い身なりの狩人に対して、天帝は一度たりとも馬鹿にしたような態度は取らなかった。
わかる。わかるのだ。
周囲の官僚たちは、心の中で不快な感情を抱いていることが。それと比べて、天帝と、その身体である雪騎将たちは、一瞬たりとも誰も侮らなかった。それどころか、これから家族になるであろうリヒトラッシュを、心から迎え入れてくれた。
リヒトラッシュは、その雪の中にある温かさを思い出し、むせび泣く。
それにイルビリコフも頷く。
「うんうん、わかればいいよ。陛下の御心は、温かいよね。外側から見れば冷たく見えるけど、中はとても温かい。あれこそルシアの心だ」
だからこそ、とイルビリコフは言う。
「陛下が人前でお笑いになるなど、滅多にないこと。あんなに愉快そうな陛下は、初めて見たかもしれない。だから、その【興】を台無しにしたくないんだ」
イルビリコフは、この戦いを興と称した。
たしかに命をかけた戦いなれど、面白みのあるものであることは間違いない事実。普段笑わない主が笑ったのならば、なおさらのこと。この興は、何としても興で終わらせないといけないのである。
「死ぬのならば、楽しく死んでくれ。陛下がお笑いになるように、清々しく」
後悔なく死ぬのならば、ルシア天帝は咎めたりはしないだろう。全力を出し、すべてを出しきり、そのうえで死ぬのならば天帝は嘆くことはない。
しかし、最初から相打ちを狙う戦いでは、天帝は笑わない。最期の瞬間までルシア騎士として誇り高くあってこそ、天帝は雪騎将を誇りに思うだろう。
それが【絆】だからである。
「申し訳ない。少し熱くなっていたようだ」
リヒトラッシュは、ようやく冷静さを取り戻す。
銃を持って獲物に狙いをつける時はひどく冷静なのに、普段はその中に宿る熱さを制御しきれないのだ。だが、それもまたリヒトラッシュの魅力である。ザフキエルもまた、彼のそういうところを気に入っている。だからこそイルビリコフを送ったのだ。
「いやいや、雪騎将はそうあってくれたほうがいい。それを諌めるのが我々の仕事だからね。しかしその様子だと、やはり彼は許可を出していないのか」
「奇妙な男だよ、あいつは。凄いのか愚図なのかわからねぇな。俺やミタカに指示を出していたときは、やたら迫力があったが…今は別人だ」
「まあ、それは同意見だけど、騎士も戦術士も結果がすべてさ。彼は結果を出した」
イルビリコフは、ゾバークが語るハブシェンメッツの人物評に同意しつつも、ルシアでは結果がすべてであることを強調する。ルシア帝国は、血統主義と成果主義を見事に使い分けているからこそ、この短期間でここまで巨大な国家になれたのだから。
たしかに最後につまづいて、少しばかり損害を出してしまったが、制圧までの過程は十分悪くないものだった。むしろ、その奇抜な発想力はイルビリコフにはないものである。その柔軟さ、意外性は、凝り固まったルシアにとって有益になるだろう。
「そうそう、諸君らにとって朗報かはわからないが、ダマスカス側も動くらしい。それに乗ずれば現状も打破できると思うよ」
「いまさらか? あいつらに何ができる」
「たしかに質では我々に劣るが、ここがルシアではなくダマスカスということを忘れないほうがいい。これは重要なことだ」
イルビリコフの見た目はヤクザ屋であるが、これでも青空位である。彼の持ち味はハブシェンメッツとはだいぶ異なるものの、戦術士としての腕は確かだ。そのイルビリコフは、ダマスカスがこのまま終わるとは思っていないようだ。
ダマスカス軍が動けば、ルシアの負担が分担される。二機の一方を引き付けてもらえることは、ルシアにとっては朗報だといえる。少しは動きやすくなるだろう。
「それならチャンスだろう。なぜ俺たちは動かない? 煙が問題か?」
「それもあるが、ほかに理由があるからさ」
「ほかの理由? 何だそりゃ?」
「すぐにわかるよ。おーい、ハブちゃん。例のもの持ってきたよ」
イルビリコフは、手に持っていた書類を頭の上に掲げてハブシェンメッツを呼ぶ。何を言っても気だるそうにしていたハブシェンメッツであるが、その声には敏感に反応。
「こりゃ、イーちゃん先輩。わざわざどうも」
「私とハブちゃんの仲じゃないか。気にすることはない」
冬眠明けの獣のように、のそりと簡易ソファーから立ち上がったハブシェンメッツが、イルビリコフを出迎えて書類を受け取る。
強面を見て、どうやら少しだけスイッチが入ったらしい。というよりは、この作戦には自分の命がかかっていることを思い出したらしい。イルビリコフの顔は、さすがの威力である。
「…なるほど。これならば可能性はありそうですね」
ハブシェンメッツは、目をこすりながら書類に目を通す。それでいながらも真剣な表情である。これにはそれだけ重要なことが書いてあるのだ。
「大丈夫? ちゃんとスイッチは入った? 賭けに負けたらお互いに破産だよ」
「はは、大丈夫。ちゃんと勝ちますよ」
ギャンブルではほとんど勝っていないのに、なぜか強気なハブシェンメッツ。負けても取り戻せばいい、それがギャンブル狂の思考パターンなのだ。
「それにしても、ハブちゃんの才能はすごいね。見事だよ」
「はあ、そうですかね?」
「謙遜することはない。十分さ」
「それで給料が上がればいいんですが…」
ハブシェンメッツは、髪の毛を引っ張りながらイルビリコフの言葉に応える。
実際、ここまで挽回したにもかかわらず、ハブシェンメッツには凄いことをしたという実感がない。やり手の棋士と少し良い勝負をした、という感覚でしかないのだ。
だが、普通の戦術士であったら、すでに雪騎将の中に死者が出ていた可能性もある。最低限の犠牲でここまでやったのだから、評価されてもいいだろう。
といっても、ハブシェンメッツの頭の中には借金のことしかない。どんなに評価されても、金にならなければ意味がないのだ。この戦いに負けても死ぬし、勝っても金が入らねば死ぬのだ。まさに人生八方塞がりである。自業自得だが。
「で、そいつは何だよ」
ゾバークは、イルビリコフが持ってきた書類に興味を示す。わざわざ紙にして送り届けるなど、正直無駄に思えたからだ。現に、ほとんどの連絡は通信で行っているので必要性がないだろう。
しかしながら、これだけは書類で届けなければならない理由があった。
「現在の状況では、我々に勝ち目がないんだ。それはわかるだろう?」
「なんでだ?」
「転移現象だよ。あれをやられると、こちらは動けない」
イルビリコフがゾバークに説明したのは、ずっと連盟側を苦しめているラーバーン側の転移である。この後出しじゃんけんをやられると、どんな優秀な戦術士でも勝つことは不可能である。
「もしや、打開策ができたのですか?」
それにはリヒトラッシュも反応する。彼の部下がやられたのも転移による奇襲が原因である。その恐ろしさは身にしみている。
「詳しくは言えない。どこで盗聴されているかわからないからね。常に油断はしないように…っと」
「―――あっ」
イルビリコフはそう言うと、ハブシェンメッツから書類を取り上げて、ライターで燃やしてしまった。
「相手は、かなり特殊な方法で情報を盗んでいる。おそらくは、ダイバーだけではないだろう。重要機密の中には、通信していない独立の媒体もあるからね。それすら乗っ取られるのは、どう考えてもおかしい」
「間諜がいるってことかよ?」
「それは当然だろうね。ダイバーだって、何の準備もなく侵入はできない。こちらでは、それのあぶり出しも同時にやっている」
ルイセ・コノがいかに優れたダイバーでも、ユニサンたちを使って媒介を設置しなければ侵入はできなかった。それと同じく、多くの情報を盗み出すには、それなりの人の手が必要である。
ルシアの監査院は、恐ろしく優秀である。帝国三大権威の一つであり、天帝とすら並ぶ強力な組織である。本来ならば、即座に間者をあぶり出しているところだが、ここがダマスカスであるところが災いしている。
「ダマスカスは規制が厳しいんだ。緊急時とはいえ、勝手に動くことはできない。相当動きが制限されているらしい」
「こっちが指揮権を取ったはずだぜ」
「それはあくまで軍事面でだ。他国で、しかも五大国家の一国での諜報活動は、相手もかなり神経質になる。ついつい忘れがちだけど、ダマスカスという国は、れっきとした強国なんだよ」
たまたま奇襲を受けて後手に回っているが、守っていたのがルシア軍でも、彼らと大差ない結果になっていただろう。また、経済面のみならず、諜報面でもダマスカスは弱くない。彼らの密偵はルシアに劣らず優秀である。
ここがダマスカス国内である以上、ルシアも好き勝手できない。その結果、間諜のあぶり出しも進んではいない。あくまで、ルシアの監査院が、であるが。
「たぶんそれも、相手の思惑なんだと思う」
「こっちの縄張り争いを利用するってやり方か。ふざけた野郎だ」
「利口だよ。そして、周到だ。おかげで全部が後手に回っている。そういうことで、こうやってこそこそやるしかない。そうでいながら結果を求められるんだから、やっていられないものだよ」
「あんたらも大変だな」
「騎士ほどじゃないと思うね。喉に穴があいていて、よくしゃべられるものだと感心しているよ」
ゾバークの喉は完治しているわけではない。医療用テープで塞いでいるが、まだ穴があいている。その状態で普通にしゃべられるだけでも驚異である。
「こんなもん、放っておけばくっつく」
「それが理解しがたいんだよね…。普通なら入院だよ」
これはホウサンオーの技のキレが良すぎたことも一つの要因。あのビルのように、斬られたにもかかわらず落ちてこないほどに、彼の一撃は鋭かったのだ。それは剣にとどまらず、彼が使うすべての技にいえることである。
その結果、傷口が綺麗で、治りも早い。これくらいの損傷ならば、ゾバークならば数日で完治するだろう。
「何はともあれ、転移はなんとかする。完全に防ぐことはできないが、予防線くらいは張ってみせる」
「そうしてもらえると助かるぜ」
「任せておいてよ。ねえ、ハブちゃん?」
「…ええ、そうですね」
ハブシェンメッツは、元気なく頷く。周りの者は、まだスイッチが入っていないのだと思っていたが、実は違った。
(まだ全部読んでいなかった…とは言えないね)
やる気がない時のハブシェンメッツの鈍さを侮ってはいけない。
ちんたら読んでいたら、あっさりとイルビリコフに書類を燃やされ、結局最後のほうは読めなかった。が、そんなことは言えないので、とりあえず理解したことにしておく。どうせ対処するとすれば、法則院である。その時になれば、勝手にやってくれるだろう。
「私は、ダマスカスとの間を受け持つとしよう。引き続き、指揮は頼むよ」
「やるだけやってみますよ」
「それじゃ、がんばって」
「あっ、イーちゃん先輩。あの煙って、何だと思います?」
イルビリコフが出て行こうとする間際で、ハブシェンメッツが少しだけ引き止める。せっかく会えたのだから聞いておこうと思ったのだ。
「検査結果は出たのだろう?」
「ええ、一応ただの煙幕だったのですが…」
化学成分は至って普通の煙幕である。しかし、なぜか彼らは上空から攻撃を続けることができる。その謎が解けないので苦戦しているのだ。
「さあ、私は化学者ではないからな。わかるわけもないが…」
イルビリコフは自分が指揮官ではないこともあって、あまり積極的にこの問題について考えないようにしていた。自分の意見が強すぎると、それを行わない相手に嫌悪感を抱いてしまうからだ。
ハブシェンメッツを選んだのは、ルシア天帝である。ならば、その意思を最大限尊重するのが、青空位としての責務である。先輩面して、あれこれと意見したくなかったのだ。
ただし、それは思考を止めるという意味ではない。全体を見つめることで、局所的なことに囚われないという意図もある。
そして、その結果言えることがあるとすれば―――
「相手はマジシャンだ。見破ってやろうなんて思って臨んだら、勝てるものも勝てない。現実的に考えて、どうすればそれが可能なのかを考えてみるほうが簡単じゃないか?」
「それじゃ、私は行くよ」
そう言うと、イルビリコフはさっさと出て行ってしまった。
ただでさえ、イルビリコフを差し置いたハブシェンメッツを快く思わない人間が多いうえに、現場に指揮官が二人いれば混乱を招く。これもイルビリコフなりの気の遣い方であった。
(相変わらず凄い人だ)
ハブシェンメッツは、イルビリコフを素直にそう思う。
彼は何事も飾ることをしない。上から押し付けることもないし、変に媚びたりもしない。ただし、ただ実直というわけでもない。人にも物事にも常に自然体で臨む男であった。
普通ならば、ハブシェンメッツのような人材を預けられれば、あまりの使えなさにさじを投げるところであるが、彼は見放さなかった。その才能を見抜いていたわけではない。今日この日になるまで、ハブシェンメッツの確変した実力は知らなかった。
それでも兄貴のように、叔父貴のように面倒をみてくれている。それは駄目人間のハブシェンメッツからすれば、まさに仏のような人物に見えるのだ。
しかもイルビリコフに借金までしている。そして返すあてもない。この男、最低である。そのぶんだけ、イルビリコフの偉大さがわかるというものだろう。上司としては最高の人物である。
「マジシャン…か。マジシャン…マジシャン」
ハブシェンメッツは、イルビリコフの言葉を何度も口にする。
たしかにラーバーンのやり方は変則的である。言ってしまえば、奇術に近い。それをすべて見破ろうなどとしても、少なくともこの短期間では無理があるだろう。ならば、最初から考えを放棄するのも一つの考え方であった。
「やはり空位の言うように、現実的に考えたほうがよさそうだね」
「原理は簡単ってことですかね? ううん、何でしょう…」
アルザリ・ナムも、イルビリコフの言葉を考えていた。しかし、現実的に空に浮かぶ方法は、なかなか浮かばない。
「アルナム、君が空に浮かぶとしたらどうやる?」
「何かしらの揚力がないと無理ですね。当たり前ですけど」
「そうだ。しかし、特別な神機でもない限り、あの高度で連続して揚力を維持するのは不可能だ」
現在の世界では、揚力に対して制限が設けられている。これは女神が施したものといわれており、一定の高度に達すると力を失ってしまう現象が発生する。
ミサイルも例外ではなく、長時間燃料を使う長い射程のものは維持できない。途中で規制に引っかかってしまい、墜落してしまうからだ。これによって、長距離ミサイルというものは世界には存在しない。できないのである。
唯一の例外は神機。単独飛行が可能なウネア・ミクのカンタラ・ディナや、シルバー・ザ・ホワイトナイトの専用ブースターのようなもの。しかし、これは相当な例外に属するものである。その例外を、簡単に二機も用意できるとは思えない。
「そういえば、人が浮いていましたが…」
アルザリ・ナムが思い出したもの。これがもう一つの例外に属する。
ケマラミアのように精霊の力を借りた場合。これは自然法則の一部なので規制の対象にはならない。純朴な精霊の助力を得られるほど、心が澄んでいることになるからだ。これは動物や虫も同じで、人間以外のものは空を飛ぶことができる。無害だからだ。
この規制は、あくまで星に害悪を及ぼす可能性のある、人間の所業に対して発動するものなのだ。その境目が人間にはわからないので、実際にやってみながら、可能性を一つずつ潰していくしかないのが現状である。
(例外が多すぎる。だから迷うんだ)
この戦場には、明らかに今までの常識を覆すものばかりが登場している。だから、目の前のことも超常現象の一つに考えてしまう。だが、そんなことを考えていれば、答えが出るのは何十年も先になってしまうだろう。
「駄目だな。まったく浮かばない」
ハブシェンメッツの頭は、ぐちゃぐちゃである。そんな状況で何かが浮かぶわけもなく、あっさりと降参する。もっと根気が必要である、この男。しかし、こういうときに頼りになる者、常識人がすぐ隣にいるのが彼の幸運であった。
「煙が固ければ、乗れるんですけどね。普段は煙だけど、泡立てれば固まるとか。ムースとか生クリームみたいに固まれば…」
「………」
「え? なんですか? そりゃ、自分でも馬鹿げているとは思いますが…。そんなことで機体が浮くわけもないですし」
ハブシェンメッツの見開いた視線を受けて、アルザリ・ナムも気まずい気分になる。
アルザリ・ナムが思い出したのは、前に見た石鹸のCMである。
液体なのに泡立てるともっちりとして、固形石鹸を持ち上げるくらいになる、というもの。アルザリ・ナムは、そんなにもっちりさせる意味がわからなかったので興味がなかったが、そういうこともあるのだという記憶だけが残った。
あるいは生クリーム。固まれば多少の重みがあるイチゴだって乗せることができる。結局のところ、空を飛ぶのはほぼ不可能なのだから、残った可能性といえば【乗る】という単純な原理。足場があれば、誰だって【空に立つ】ことができるのだから。
ただそれだけ。しかし、そのあまりに単純な原理は、ハブシェンメッツに強烈な電撃を与えた。
「リヒトラッシュ上級大尉、出撃の準備だ! 急いでくれ! すぐに動く」
「了解した!!」
リヒトラッシュは、何がハブシェンメッツを動かしたのか理解できなかったが、せっかく訪れたチャンスを逃すまいと即座に行動。部隊編成に戻った。
そしてハブシェンメッツは、アルザリ・ナムに振り返り、興奮した口調で褒め称える!
「アルナム、勝てるよ! これはイケる! 君はすごい!」
「まさか、真に受けたんじゃ…」
完全に思いつきかつ、小学生が考えそうなアイデアである。それを真に受けた上司に対してどう接してよいのかわからず、アルザリ・ナムは引きつった笑顔を浮かべる。
「君は戦術以外の才能が凄い! 素晴らしい発想力だ! 君がいてよかった!」
「なにか、すごく罵倒されている気がするのですが…」
アルザリ・ナムが非常に複雑な気持ちの中、ルシア軍が再始動する。
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