十二英雄伝

ぷるっと企画

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零章 『世界が分かれた日』

六話 「RD事変 其の五 『ジン・アズマ』」

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 ユニサンたちの制圧は順調に進んでいた。相手の意識は地上に向いており、多くの兵士たちが最下層に近い場所は安全だと思い込んでいたからだ。

 地下二十五階、二十四階は資源や物資置き場とともに兵士たちの宿舎や訓練場があった。本来ならば苦労しそうな階層であるがマレンの出した偽情報、「別の隊がこれから訓練場で銃火器を使用するので各員は宿舎内で待機するように」という命令におとなしく従っている。その後、武器庫を含む施設にロックをかけたので、ここはほぼ素通りできた。

 地下二十三階から十八階までは上部からの敵を通さないための強力な防壁があり、さまざまな警備トラップが存在していた。もしそれが作動していれば通り抜けることは不可能だったに違いない。改めて制御室を制圧できたことに安堵していた。

(今のところは気づかれていないか)
 敵兵がいるブロックも多かったが、マレンの隔壁操作によって不自然ではない程度にユニサンたちの姿は隠され、死角を狙って迅速に行動していた。さらにはオンギョウジたちの隠行術を使って気配も絶っている。

 それでも遭遇してしまった相手は騒がれる前に一瞬で消すも、このエリアでの戦闘はできる限りの避ける必要がある。相手に気づかれれば司令室側から緊急コードを使われて強制的に隔壁を操作される可能性があるからだ。

 警備システムは独立しているので、作動すればそちらもかなり厄介だ。なにせこちらは侵入者、相手のホームでの戦いなのだ。油断は禁物である。

 これまでは順調であった。地下十階にある司令室さえ制圧してしまえば、あとは完全隔離することも可能であるし警備システムを使って強制的に排除することも可能だ。

 施設の多くにはガトリングガンや致死性ガスなどの装備が整えられているので、閉じこめられた室内でそれが作動すれば、彼らは一瞬で全滅である。マレンの情報では、軍事エリアに配置されている兵士はおよそ六千あまり。その数でさえ簡単に消してしまえるだけのトラップがここにはある。

 ただし、それはあくまで誰にも気づかれずに制圧できた場合である。ユニサンも楽観視していたわけではない。こうして上手く物事が進むときは得てして大きな障害に出会うものだと経験上知っているからだ。

 そして、それは現実となった。

 ユニサンたちが地下十五階の格納庫の制圧に乗り出そうとしたとき、最初にロキN9が【その存在】に気がついた。ロキN9は密偵としての資質を強化された存在であり、索敵や尾行、トラップ解除などの能力に長けていた。彼が注意を発し、ユニサンも意識を上の階層に向ける。

(なんだこれは)
 ユニサンもそれが放つ異様な波動を感じるに至る。何か強い意思、あるいは意念のようなものが近づいてくる。しかも速い。猛烈な速度でこちらに近づいてきていた。

「マレン、上の階はどうなっている!」
 明らかに異常事態であった。マレンに上の階層の監視カメラの映像をチェックするように命令すると、数秒もしないうちに報告が入る。

「補足しました。相手はおそらく一人です」
 おそらくと言ったのは、監視カメラのスロー映像でもわずかにしか捉えられない速度だからだ。その人物はこの地下に向かって全速力で駆けてくる。真っ直ぐに何のためらいもなく最短距離で。

 このアピュラトリスでそこまで急いで行動する者はいない。まず間違いなく敵の勢力である。

(気づかれたか)
 ユニサンは最悪の状況を想定する。

 ここから司令室まで残り五階層。相手が全力で潰しに来れば消耗戦となる。そうなれば圧倒的に不利だ。万一に備えて他の策もあるが、このアピュラトリスを制圧できないことはステージの大幅な遅れを意味した。

「他の兵に動きはなし。動いているのは一人だけです。データに該当者はおりません」
 マレンが参照しているのはアピュラトリスのデータの中でも軍関係者に限られている。それ以上のデータを閲覧しようとすれば【塔の管理者】に気づかれる恐れもあるので控えていた。

 こちらだけではなく電子戦でも激しいやりとりが行われている。ルイセ・コノの作戦が成功するまではマレンも最低限の支援しかできない。

「傭兵か?」
 軍関係者にリストがないことでユニサンは傭兵かと勘ぐったが、オンギョウジが否定する。

「アピュラトリスに傭兵は配備されぬ。部外者を入れるほど甘くはなかろう」
 一流と呼ばれる傭兵団の力は各国の精鋭騎士団に遜色ない。さらに傭兵は単独で腕を磨く人間も多く、名はまったく知られていなくても凄腕の人間も野にはごろごろといる。

 が、この最重要機密の固まりであるアピュラトリスにおいては部外者、特に外国人の立ち入りは厳しく制限されている。軍隊関係者においても同じである。

 唯一例外があるとすれば【電池】くらいだろう。今日は替えの電池も来る日である。ただし、電池がこれほど速く動くとは思えないし、ユニサンたちの情報でも電池は【一般人の女】であることがわかっていた。その可能性はないだろう。

 一人で向かってくる相手。正体はわからないが、ユニサンには【危険信号】が出ていた。この相手は強い、危険だと本能が感じている。そうした状況でユニサンの判断は迅速だった。

「オンギョウジ、お前たちは護衛のロキとともに最上階にまで一気に昇れ。マレン、最短ルートは?」
「地下八階層に地上一階への直通階段があります。セキュリティはこちらで解除できます」
 通常はロックされているが、緊急時のためにこうした通路はアピュラトリス内にいくつか存在する。地上の階層に出てしまえばエレベーターも使える。最上階に向かうのはそう難しくはない。

「俺とN6、N8以外のロキは、こちらが敵を引きつけたと同時に司令室を目指せ」
 ロキN5、N7、N9は司令室の制圧。ロキN1から4はオンギョウジたちと最上階。これが現段階でのベストと判断する。

「接触までおよそ二十秒!」
 マレンから警告が入る。

 その時にはすでに十五階の制圧は諦め、ユニサンたちは上の階へと駆け出していた。こうなれば発見されても仕方がない。一秒でも早く制圧しなければならないのだ。

 ユニサンたちも全力で駆け抜ける。途中警備兵に出会ったが、彼らのレベルではユニサンたちの姿を正確に視認することはできず、オンギョウジたちの幻覚の術で一時しのぎをするに留める。

 もし彼ら警備兵が錯覚だと思ってくれれば御の字であるが、どのみちもうすぐ戦闘が始まる。そうなれば相手側に知られるのは間違いないだろう。もはや手段を選んでいられない。早く、何より早く。時間が大切なのだ。

「接触まで五秒!」
「こちらから仕掛ける! オンギョウジたちはそのまま走れ!」
 前衛のユニサンとロキN6とN8は相手が現れた瞬間に攻撃を開始する予定であった。そこで仕留められれば問題は最小限に抑えられるはずである。

「接触まで一秒!」
 警告と同時にユニサンは飛び出していた。自分がぶつかって盾になり、その間に周りのロキが攻撃すればいい。そう思っていた。

 だが、相手が現れたのは予想外の場所であった。

(いない…!?)
 強い意思は間違いなく存在するはずだった。しかし目の前には階段だけがある。突撃しようとしていたユニサンは完全に出鼻をくじかれる。

「天井だ!」
 ロキN9が叫ぶ。

 ユニサンが上を見上げたとき、そこにいた男、ジン・アズマはすでに跳躍し、戦闘態勢であった。MGが通れるように設計された、十五メートルはあろうかという螺旋階段の天井を大地の代わりとし、思い切り【下に跳躍】する。

 右手には黒刀【真断(また)ち】。
 回転し、きりもみ状態で下にいるユニサンたちに向かってきた。

「散開!」
 弾丸の速度で突っ込んできたアズマに対してユニサンたちはギリギリで回避運動に移り、各自バラバラになりながら距離を取った。

 ユニサンたちは強力な武人である。回避運動を取りながらも相手の着地位置を確認し、すぐに反撃に移れるように構えていた。

 しかし、アズマが地面に着地した瞬間には、すでにその場にはいなかった。電光の速度で着地と同時に地面を蹴り、やや逃げ遅れて一番近くにいた結界師に刀を横薙ぎに払っていた。刀の速度は向かってきた時以上の速度。必殺の一撃が結界師の首を狙った。

「ロキ!」
 ユニサンが叫ぶ前から護衛のロキN1が結界師の前に出ていた。両腕に戦気を展開して自身を肉の盾とする。

 刃が腕と激突。腕に宿った戦気を切断し、ミシミシとめり込みながら骨にまで到達する。ロキの練った戦気の質はかなり上質のものであった。それすら切り裂くすさまじい一撃である。

 だが、そこで止まる。N1は戦士タイプ、それも結界師を守る専用の防御主体型として調整されていた。肉体そのものの力も通常のロキよりも数段強い。

 アズマは切断が無理だと判断するとロキN1の腕を蹴って距離を取り、改めて敵の姿を見回す。

(仮面の戦士たちに坊主の群れか)
 さすがのアズマも予想していなかった姿だ。こうした集団はカルト色の強い宗教団体を彷彿させるが、その見た目の奥底にある波動はまったくの別物であった。

 より純粋で、より強い。

 アズマは一瞬にして目の前の敵の力量を見極めた。強い。すさまじく強い。袈裟を羽織った坊主たちの動きはさほどではないが、おそらく術者だろう。術は戦闘補助や特殊なものが多く油断はできない相手だ。

 そうした相手を見て、アズマは笑った。

(俺の相手に相応しい)
 わかる。わかるのだ。彼らから発せられるオーラは並ではない。その質が、その想いが静かであってもひしひしと伝わってくる。

 彼らは死ぬことを怖れていない。
 相手を殺すことをためらわない。

 それは戦場においても滅多に出会うことのできないものである。兵士であっても人間だ。迷い、苦しむ。心のどこかでは良心との葛藤がある。だが、目の前の相手はそこを超越している。

 特に仮面をつけていない男、ユニサンから発せられる隠しきれない敵意と怒りの波動はアズマを十分に喜ばせるほどのものであった。

 あの目。
 心の奥底から敵を憎む目。
 それを隠そうとしながらも、隠すことを恥じる目。
 一度解き放てばすべてを破壊できることがわかっている目。

 【人を殺せる者】の目だ。

(素晴らしい。来た甲斐があるというものだ)
 アズマは打ち震える。急速に戦いへの意識が高揚し、魂が燃えていくのを感じている。これほどの高揚感は久しく味わったことがない。

 ユニサンとロキ二人はアズマに向かって突進する。そして同時にオンギョウジたちも走り出す。別行動をしようとしていることはアズマにもすぐにわかった。

(…ん?)
 アズマは目の前の敵を警戒しつつも、走る坊主の一人に妙な【既視感】を覚えた。その男、オンギョウジから発せられるオーラもまた他を圧倒してはいるが、それ以外の何か、頭の隅に引っかかるものを覚えたのだ。
 
(あの男、どこかで…)
 だが、悠長にしている暇はない。目の前にはユニサンたちが迫っている。所詮は僧侶にすぎない。こちらに攻撃を仕掛けないのならば放っておけばよいだろう。アズマはオンギョウジたちを無視し、刀を構えて迎撃の態勢を取る。

 ユニサンたちの先手はロキN8だった。アズマに向かって短銃を発砲。散弾だ。

「たかが銃などと!」

 かつての偉大なる剣王は言った。

 【剣は銃よりも強し】。

 銃器の類はたしかに人類にとって革命であった。弱い者であっても簡単に相手を倒せるようになった。だが、所詮は紛い物の力。磨き、強められた本物の武人の力には遠く及ばない。

 剣は銃よりも強い。拳は銃よりも強い。それこそが武人の誇りであり生きざまである。これは武人の中の共通認識である。当然、アズマもそう確信している。剣だけに生き、剣だけに捧げた武人の魂が銃などに負けることはありえないのだ。

「ふんっ!」
 散弾を避けることもなく切り払い、吹き飛ばした。いくつか身体に当たったが、すべて防御用の戦気が防いだ。所詮この程度である。

 が、その一瞬に相手の姿が消えていた。たった一瞬。刀と散弾がぶつかった瞬間である。戦いにおいて相手を見失うことはもっとも避けたいことだ。防御にしても攻撃のタイミングを計らねばならないからだ。

(どこだ…!)
 アズマが消えた相手の気配を探ろうとするも、すでにロキN6が剣を持って向かってきていた。ロキN6の一撃をアズマは受け止める。

 激しい衝撃。一瞬だが押されたことに驚く。

(この俺を圧すか!)
 込められた剣撃の威力はアズマに劣らない鋭いものだった。かろうじて切り払うも圧力で一度後退せざるをえない。

 剣王技【剛斬】。集めた剣気をそのまま刃に宿し、一気に叩きつける力技である。体重を乗せて叩きつけるので切り払うのが非常に難しい技だ。これを一点に集中して球状にして放てば剣衝の上位技【剣衝波(けんしょうは)】となる。

 さらに迫り来るロキN6に対してアズマは反撃を試みたかった。この相手は強い。背を見せればやられる。だが、即座にアズマは全力で横に跳ぶ。考えて跳んだのではない。危険を察知した身体が勝手に動いたのだ。それは本能が成せる業であった。

 もしあの場に留まっていれば死んでいた。その予感は見事に当たった。消えたロキN8が【アズマの影から現れて】、足に短剣を突き立てようとしていたのだ。

 暗殺術の一つ【影隠(かげかくれ)】である。足を刺されて動きが止まったところにロキN6に攻撃された映像を思い浮かべるだけで冷や汗が浮かぶ。おそらく致命傷を負っていただろう。

 しかし、今のアズマには命拾いに安堵する暇もない。体勢を崩したところに今度はユニサンが飛び込んでいたからだ。すでに避けることを想定して動いていたのだろう。必殺の間合いである。

「ぬんっ!」
 ユニサンはアズマに向かって右拳を放つ。

 覇王技【虎破(こは)】である。タイガーブレイクとも呼ばれ、簡単に言えばストレートパンチ、直突き、正拳突きと呼ばれるシンプルなものだ。覇王技においては基礎の技として知られている。

 しかしだ。基本となるものこそ最強である。この虎破を極めたものが最強の覇王技である【覇王拳(はおうけん)】にもなるのだ。ただのパンチ。されど最強の資質が込められた拳である。

「はっ!!!!」
 アズマは完全に避けられないことを悟り、全身から防御の戦気を放出した。迫り来る拳に対しては刀の柄を当て衝撃を吸収し、身体をひねり直撃を避ける。

 アズマは吹き飛ばされたが、宙で回転して音もなく着地した。芯を外したためにダメージはほぼないようであった。

(強い)
 それは両者が同時に思ったことである。

 ユニサンたち三人の攻撃は見事だった。暗殺者であるN8の動き、N6の剣技、ユニサンの迷いのない判断力と拳の一撃。普通の武人ならばどれも避けきれず、呆気なく死んでいたものだ。

 だが、それをアズマは避けたのだ。元からある才能に加え、戦場で培った経験と勘。すべてが実戦によって編み出された動きに隙はない。剣を攻撃だけではなく回避にも使えるあたり、非常に器用な武人であることもわかった。

 この男は強い。そうユニサンが警戒を強めるが、アズマも同様に相手の強さを認めていた。

 剣には自信があった。結界師を守ったロキに剣を防がれた時にはアズマにも一瞬動揺が走ったくらいだ。さらにあの連携攻撃である。楽勝ではない。アズマも死ぬ気で避けたのだ。

 結果的に培った技が身を助けたにすぎない。本来ならば、あの状況にならないように動かねばならないのだ。それができないほど相手が強い。

「追わなくていいのか?」
 オンギョウジたちが上の階層に到達したことをマレンから確認し、ユニサンはアズマに問いかける。それを知ってか知らずか、おそらくまったく興味がなかったのであろう。アズマは正直に答えた。

「興味があるのは強き意思を持つ者だけ。こんな塔など、どうなろうと知ったことか」
 ユニサンには意外な言葉ではなかった。一瞬ではあるが交えた際、アズマから発せられたのはどちらかといえば自分側の波動、何物にも屈しない強い精神力だったからだ。

 アズマにとっては富などに興味はない。富で武を磨くことはできないからだ。ある意味では今のダマスカスを軽蔑もしている。だからこその共感なのかもしれない。

 しかし、両者が似ていたとしても戦いは避けられない。

(まだ地上には知られていないか)
 ユニサンにとってアズマがこうした人間であったことは好都合だ。他に知られてしまう前に迅速に倒してしまえばよいのだ。こちらは三人。十分に勝機はある。

「全力でいけ!」
 ユニサンとロキの二人の戦気が一気に増大する。赤々と燃え上がった戦気は美しくもあり、実に洗練されていた。

「相手にとって不足なし!」
 アズマも黒刀を構えて真っ向勝負の構え。

 先手はユニサンたち。今度は短剣を持ち、再びN8が飛び込む。

(二度は見失わぬよ)
 アズマには動きが見えていた。速いがこうした相手とは何度も交えてきた。エルダー・パワーには忍者もいる。彼らとの模擬戦は柔軟性を養うための訓練になった。

 アズマは動きを読んで斬りかかろうとするが、今度もまた困惑することになる。N8の姿が増えて見えた。それどころか八つに分かれた。

(分け身! しかも八つ)
 武人には大きく分けて【三つの因子】がある。戦士、剣士、術者のそれである。ただ、この三つの中間に【暗殺者】と呼ばれる因子が存在する。

 正式に命名されているわけではないが、かつての偉大なる者の中にこうした因子を強く持っていた者がおり、それを強く受け継いだ者を暗殺者あるいは忍者と呼んでいる。

 正確には戦士の中でもより身軽な因子と、ある程度の剣士の資質を備えた者がこれに該当する。いうなれば軽度の【ハイブリッド】である。

 そして、彼ら特有の技の一つがこれ、【分身】である。一説によれば自身の戦気を分けて写し身を作るといわれており、気配だけで見分けるのが非常に困難な技であった。

 戦士や剣士でも使う人間はいるが、やはり稀である。ちなみに通常は二つ、三つ以上出せれば一流だといわれている。それが八つとなれば見極めは困難。引いてはやられる。暗殺者相手に騙し合いをしていても埒が明かない。

 アズマは真っ直ぐ前進し刃を振るう。二体を切り裂いたが、それらは見事に幻であった。それも承知の上だ。周囲を分身に囲まれながらもさらに進む。

 すでにロキN6は剣気を【風気(ふうき)】に換えていた。それを放つと剣衝は幾多の風の刃へと変わってアズマに襲いかかる。【風衝・五閃】である。今度は五閃であったがその分だけ威力は増していた。

(やってくれる!)
 こちらも五閃放てれば一流である。しかも一つ一つの威力は風気を剣に溜めて斬りかかる【風威斬(ふういざん)】に匹敵していた。それが同時に襲いかかってくるのだから恐ろしいことだ。

 アズマは走る軌道を直角に変え、追尾して襲いかかる風の刃に向かって横薙ぎの一閃を放った。剣王技【広紡(こうぼう)・風月(ふうげつ)】。風衝・五閃が五つに分かれた縦横の刃で襲ってくるのに対し、こちらは横一閃の広域技である。

 威力は風威斬に及ばないものだが、アズマも普通の武人ではない。戦気で威力を倍増させた特別製だ。風と風が衝突し、巨大な上昇する突風を生み出した。体勢が崩れるのを嫌ってアズマは後退する。

(威力は互角か)
 アズマはその事実に驚愕していた。今練った戦気はかなりの威力を込めたものだ。それでも相殺が精一杯だったのだ。

 この仮面の剣士も暗殺者も桁違いの実力者である。アズマも傭兵として実戦で腕を磨いていたが、そうした者たちと出会ったことなど数えるほどしかない。それだけの猛者が目の前に二人いるのだ。

 そしてユニサンである。彼もすでに追撃を開始していた。右手に攻撃用のナックルダスターを装備し、万全の態勢である。その右手に集まった戦気が炎気に変質したのが見えた。

 覇王技【炎竜拳(えんりゅうけん)】。炎龍掌(えんろんしょう)では前方に放つ炎の渦を右手に集め、直接叩きつける応用技だ。数百人単位の兵士を一瞬で焼き尽くすだけの威力が一点にこもった一撃である。当然、直撃すれば危うい。

「この殺気! この勢い! ご満悦だぞ!!」
 ユニサンの拳には迷いもためらいもない。ただ目の前の敵を屠るために全力で向かってきている。その気迫、燃えるような敵意に感動を隠せない。

 アズマは刀を振りかぶり、迫るユニサンに対して勢いよく振り下ろした!! その速度は今までの中で最速であった。だが、やはり死に体である。この体勢ではユニサンのほうが圧倒的に有利であった。

 両者の攻撃が衝突し、戦気が爆発。二人とも吹き飛ばされる。ユニサンは右手に負った傷を確認しつつ着地した。

(あの男、あの体勢であのような芸当を!)
 真っ向勝負では間違いなく負けると確信したアズマの一撃は、ユニサン本人ではなく拳にまとった炎気に向けられていた。

 そこに自身の戦気をぶつけて爆発させ、その勢いで連携攻撃から脱出する。最初からこれが目的だったのだ。その判断力と迅速な行動力、なおかつ実際にやれてしまうだけの技量に舌を巻く。

 ユニサンの拳には刃の痕が残っていた。ダメージは小さいが、死に体においても変わらぬ威力は脅威である。

 ただし、攻撃はまだ終わっていなかった。ロキN8が無防備になったアズマに向かって短剣を突き刺そうと跳んでいた。六つの残像が螺旋のようにアズマを囲み、全方位から一斉に攻撃を開始した。

「ふふ、ふはははは! あははははは!」
 アズマは笑う。そうだ。こうでなくては意味がない。強い相手と戦うことを望んだのは自分なのだ。ここでさらに彼は次の領域に入った。

「わが奥義、惜しみなく出させてもらうぞ!」
 ユニサンが次にアズマを見た時、彼の黒刀には赤い血が塗られていた。舞う血飛沫。必殺の間合いで飛び込んだにもかかわらず、斬られたのはロキN8であった。

 何が起こったのかロキN8には理解できなかった。わかったのは、アズマの刀が一直線に本体に向かってきて自身を切り裂いたこと。分身もほとんど意味を成さなかったこと。

 そして、その一撃が目視不可能な速度だったことである。あまりの速さに誰もが見えなかったのだ。それが一番恐ろしい。

 それでもロキN8は、受身を取ってすぐに後方に跳躍。ユニサンと合流する。N8は、右胸から腹にかけてばっさり斬られており、傷ついた動脈から大量の血液が流れ出ていた。

「いけるか?」
「問題ない」
 ユニサンの問いにロキN8は感情を表さないまま頷く。腰の高級救急箱からゲル状の止血剤を傷口に塗り込むとすぐに固まり、出血そのものは止まった。

(問題ない…か)
 アズマは痛みの感情を一片も見せないロキを見つめる。自身の刃は確実に相手を捉えていた。

 赤虎(せきこ)流奥義【神刃(じんば)】。赤虎流剣技の中でも最速の技であり、アズマが得意とする奥義でもある。

 この剣においては分身は役立たない。刀そのものが勝手に動くからだ。それは放った人間の潜在意識が勝手に相手を識別する、という意味である。

 剣に生き、剣を極めようと日々鍛錬を重ねている剣士が、無意識に剣を振れるようになって初めて体得できる奥義の一つだ。毎日万を超える回数の剣を二十年振るってようやくその域に達するといわれている。

 アズマはその才によって十年で体得した。その努力が認められてエルダー・パワーの席を与えられた経歴がある。それだけ体得が難しく価値ある技であった。

 ちなみに剣王技と呼ばれているのは歴代剣王が編み出した剣技を体系化したもので、どの分野に属する剣士であっても学べるように整えられた【一般技能書】である。これらは本屋でも買えるし、国立の図書館で読むこともできる。実技を学びたければ剣術道場で実際に教えてもらうことも可能である。

 当然、それができれば、である。あくまで本に書いてあるにすぎず、体得するには日々のたゆまぬ努力が必要となるだろう。それに加えて資質がなければ不可能なことだ。

 そうした体系化された剣術とは別に、世にはさまざまな派生剣術がある。赤虎流もその一つ。エルダー・パワーに伝わる独自の剣術流派であり、偉大なる紅虎丸の弟子、赤虎(せきこ)の名を与えられた剣士が師匠の技を元に編み出した剣術である。

(神刃をかわされたのは久しぶりだな)
 神刃によって今のアズマがある。今までこの奥義をかわした者はエルダー・パワーの師範代くらいのもの。今のアズマならば師範クラスの相手にも当てることが可能だとも考えていたので、自身の慢心を戒める機会になった。まだまだ未熟であることを知る。

 それでもN8は重傷ではあるはずだ。当たった瞬間に身体をひねられたので心臓には当たらなかったが、医者が診たら即入院と緊急手術の診断をするだろう。いや、おそらくは意識があることに驚くかもしれない。

 止血剤も万能ではない。体内では出血も続いているはず。そのままでは数時間以内に死ぬはずだ。だが、N8にもユニサンたちにも動揺はまったくない。

(あの仮面の者たち、妙に【尖っているな】)
 アズマはロキに対して通常とは異なる違和感を感じていた。感覚がシャーブすぎるというのだろうか。妙に鋭いのだ。武人といえど人間である。どんなに強くなっても温もりや感情というものがある。それが希薄に感じられる。

(薬物投与、もしくは強化手術の類か)
 スポーツマンがドーピングを行うのと同じく、武人に対してもそうしたものが存在すると聞いたことがある。あの反応は異常である。アズマは彼らもその類ではないかと疑っていた。

 そもそもMG戦闘でパイロットに使われる鎮静剤の一部も本来は違法薬物であるし、昔から伝わる秘伝の強壮薬は身体に悪いものが多い。

 さまざまな非人道的な手法で力を引き出すことは戦場では珍しくはない。ただ、そうした者は同じ武人である人間にはすぐにわかってしまうのだ。「これは普通とは違うな」と。

 事実、【ロキ〈悪魔の手足〉】という存在は【強化された武人】である。文字通り彼らは自身の主に従うためにすべてを差し出した。その身も心も、因子すらも捧げたのだ。

 だから彼らはためらわない。
 ただ目的を遂行するためだけの存在となれる。

「その意気やよし!」
 アズマはそんな相手に好感を覚えた。

 強くなるのが武人の生き方ならば褒めるべきだろう。世がどう言おうがそこまでの覚悟があることそのものが、彼らの凄みとなっているのだから。

 アピュラトリスに戦いを挑む者が生半可であるはずもない。相手はこれだけのものを捧げた。ならば自分も捧げなくてはならないだろう。

「ならば、全身全霊をもって挑ませてもらおう!」
 アズマの戦気がさらに洗練されていく。荒ぶっていながらも研ぎ澄まされた戦気だ。それを見たユニサンは確信した。

(この男、やはりエルダー・パワーか)
 ダマスカスと戦ううえでの注意点。一つが最新武器を使わせないこと。そしてもう一つがエルダー・パワーと呼ばれる彼らの存在であった。

 ユニサンたちは彼らに対してダマスカス軍よりも詳細なデータを得ている。彼らの何人かが派遣されていることも知っている。その中には黒刀を使う凄腕の剣士の情報も入っていた。

 記憶によれば彼はエルダー・パワー剣士第五席の剣豪である。その実力は見ての通り、ユニサンたちの連携攻撃を二度に渡ってかわし、反撃すらもしているのだ。一対三で、である。

 単体でロキを圧倒するレベルにある。さらにまだまだ余力を残しているので簡単な相手ではない。

「参る!」
 アズマは先手を取る。本来は先手こそアズマにとっては真骨頂なのだ。攻めて攻めて攻め続けるタイプの剣士であるからだ。

 アズマがX字に剣を振るうと、そこに風気が生まれ次第にうねりを上げて竜巻になっていく。剣王技【風雲刃(ふううんじん)】。剣圧を螺旋上に発生させ切り刻む技である。

 さらに風雲刃をもう一つ発生させ、二つの剣圧がぶつかり合う激しい暴風を生み出した。もし一般人がそこにいればバラバラの肉片になるか、赤い霧になってしまうであろう威力だ。

 しかし、ロキN6は恐れもなく暴風に飛び込む。彼にとってはその程度は気にするほどでもない。衣服が傷つき、身体には切り傷が生まれるが、まったく動じずに剣を突き出してきた。

「見事! だが、恐れを知らぬがゆえの弱さもある!」
 アズマはロキN6を迎撃。相手の剣を受け止めただけでなく腹を蹴って吹き飛ばす。この竜巻の中ではいくらロキでも動きが制限されてしまう。わずかな隙が明暗を分ける。

 そしてアズマはユニサンの懐に飛び込んだ。

「はっ!」
 戦気が圧縮された黒刀の刃が白く光輝き、ユニサンの足を狙う。

「ちぃっ!」
 ユニサンはかわすのが精一杯である。彼は防御型の戦士であり、耐久力では勝るものの基本的に素早さではロキに数段劣る。ロキの速度と同等以上のアズマ相手では分が悪い。

 それを見たロキN8がユニサンの加勢に入る。

「そうくると思ったよ」
 いくら痛みを感じずとも動きが鈍くなるものだ。その証拠にN8に最初の速さはなかった。アズマはユニサンに追撃するとみせかけ、回転して右から迫るロキN8と正対する。

「神刃!!」
 そして渾身の神刃を放つ。ほぼ神速となった刃はロキN8の肩に入り骨を砕き、勢いそのままに腰まで一気に切り裂いた。

 神刃の一撃は今度こそ直撃し、心臓を完全に破壊した。

(この男、これが狙いか!)
 ユニサンは舌打ちする。

 アズマにとっては最初からロキN8が狙いだったのだ。ユニサンやロキN6はたしかに強いが、アズマにとっては圧倒的脅威ではない。苦戦はするが何とかなるレベルである。

 問題は、予測できない動きをする暗殺者のN8であった。彼がいるからこその防戦になっていたのだ。戦場ではタイプの違う相手が一番怖い。今回もそうであった。

(手応えあり!)
 会心の一撃である。間違いなく即死の攻撃であった。

 しかし、アズマは直後にロキの本当の恐ろしさを知ることになった。ロキという悪魔の手足は、まさに悪魔そのものであったからだ。

 ロキN8はまだ生きていた。強化された肉体は心臓なしでもわずかな時間ならば動けたのだ。彼は自身の死期を悟ると、アズマに向かって突進してきた。距離を取るアズマにも必死に食らいつく。

(この気迫、まさに亡者よ!)
 ロキN8は初めて感情を見せた。希薄で空虚な悪魔の手足ではなく、欠けた仮面から見えるその目は【怒り】に満ちていた。

 何が彼をここまで駆り立てたのだろう。狂信か、妄信か、それとも理想なのか。これだけの気迫をもって挑む人間の数は実際には多くはない。祖国のため、守るもののために心の底から自身を犠牲にできる人間は少ないのだ。

 その数少ない一人が目の前にいる。
 これこそ脅威。これこそ本当の恐怖。
 死に物狂いの人間ほど恐ろしいものはない。

「受けて立つ!」
 アズマは振り切れないと悟り、一撃で仕留めるために足を止めた。今度こそ完全に叩きのめすつもりだ。

「主よ、慈悲を与えたまえ!」
「なっ!」

 しかし直後、ロキN8は至近距離で【自爆】した。

 ただの爆発ではない。自身の体内に埋め込まれた指向性の対人用散弾が前方、アズマに向かって注がれたのだ。まずかわせる距離ではない。

 アズマは戦気を前方に集中させ防御の態勢。戦気は物理的なエネルギーであり、武人の体表を守る最初の盾にもなる。その総量や質によって強度は変わるが、アズマのそれも一般のレベルを遙かに超えるものであった。

 わずかでも戦気で防げれば、この距離でも鍛えた肉体で弾ける。そう思っていた。
 が、アズマは驚愕する。

「ぐっ!!」
 散弾は戦気を【すり抜け】、アズマの肉体に直撃した。とっさに顔は防いだが、胴体から足にかけて散弾が命中。めり込み、貫き、いくつかは骨にまで到達した。

(しくじった。特殊弾か!?)
 世には戦気の影響を無視する【呪術】を施した弾丸が存在する。これは昔から存在するものであるが、稀少なためいかんせん値が高い。一発およそ八十万はする。金の延べ棒を撃つのと同じレベルである。それが散弾の一発一発に込められていた。

 しかも交戦最初にN8が放った散弾がこの伏線となり、アズマの警戒心を弱めることにもなっていたのだ。一度通常の散弾を防がせておいて、散弾なら大丈夫と思わせたのだ。それも計算してのことならば恐ろしい相手である。この段階でアズマは彼らに対する認識をさらに改めねばならなかった。

(この者たちは何者なのだ?)
 相手の強さにしか興味がなかったアズマであっても、これだけの力を見せられれば背後にある大きな力に気がつく。

 自爆したロキN8。それを当然だと言わんばかりに見つめるユニサンたちの目。ただの狂信や妄信ではない。その裏側には確実なる力が宿っている。

 そう、世界を相手にしても圧倒できるだけの何かがあるのだ。

「N6、お前は先に行け。ここは俺がやる」
 アズマが距離を取って身体の損傷箇所をチェックしていると、ユニサンはロキにそう命令した。そして、アズマにも提案する。

「いまさらになって一騎打ちと言うのもなんだが、受けてもらえるかな」
「……」
 アズマはその言葉に他意はないと判断した。

 ユニサンの言葉からは、ロキをこれ以上消耗したくないという【本音】と、その裏にある凄みを感じたからだ。まだ奥の手を隠している。そんな気配だ。

「よかろう。もっともお前を倒したあとに処理させてもらうがな」
 アズマにとってアピュラトリスはどうでもよい存在だ。しかし、ダマスカスという国は愛していた。古き良きダマスカスの素晴らしさはアズマにとっても守りたいものである。

 目の前の相手から感じる危険性は、ダマスカスそのものを破壊しかねない。さすがのアズマも見過ごしておくわけにはいかなくなった。

(これもマスター・パワーの慧眼か)
 自身をここに配置したのは、けっして慎重策ではなかった。むしろ今のアズマには、これでもまだまだ足りないくらいだと感じていた。

 孤高を自負する自分が、外にいるエルダー・パワーの仲間が気づいてくれることを祈るくらいである。この誇り高いジン・アズマが助けを求めるなど、他の者が聞いたら間違いなく笑うだろう。

「冗談だろう? あいつに限ってそれは絶対にない」と。
 それだけの相手と認めざるをえない。

(強いな。強い。だが、これを超えねばすべてが無駄死にとなるのだ)
 それはユニサンも同様であった。ダマスカスの恐ろしさ、世界の力の恐ろしさを痛感していた。ロキの強さに酔っていたわけではないが、これでも足りないのだと知ったのだ。

 だが、彼には戦うだけの理由がある。ここでけっして負けるわけにはいかないのだ。

「主よ、我に力を」

 ユニサンはアズマとの一騎討ちに入った。

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