十二英雄伝

ぷるっと企画

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零章 第二部『バーン来襲、アピュラトリス外周制圧戦』

三十六話 「RD事変 其の三十五 『釣り場』」

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「俺を犠牲にしてでもブラックワンを倒せ」
 メイクピークは死ぬ覚悟を決める。仮にここで自分の人生が終わったとしても勝たねば未来はないのだ。それ以上に、自分がなぜ戦うかを改めて思い知ったからだ。

 ダマスカスは刀を失って久しい。その代わりに手にした武器が経済力である。鋼鉄の武器を捨てた代わりに、金融という違う武器を手に入れたのだ。では、それで平和が訪れたかといえば、むしろ【逆】なのである。

 今までのダマスカスは自衛を目的としていた。エルダー・パワーという存在も守るための組織。武力は使えど守るために戦うのである。しかし、金融を手にしたダマスカスは他者を攻撃するようになってしまった。

 金融による搾取である。

 経済力を利用して他国から資源や食料、人材を奪い、使役することで私腹を肥やす存在となってしまった。権力を得た人間が突如堕落するように、傲慢で怠慢な生活を始めてしまったのだ。刀を捨てた、あの日から。

 だからこそメイクピークは刀にこだわる。

「刀とは、自己の鏡であり鑑である。我々自身が自立し、自己を律するためには刀の清らかさと強靭さが必要なのだ。この国が真の信頼と尊敬を得るために!」

 失われた信頼を取り戻すのは難しい。一度堕落した人間を更生させるためには相当な時間と根気が必要となるだろう。それでもやらねばならない。そうしなければダマスカスはもっと危険な状態に陥るのだ。

 刀を持つことこそ最大の自衛。
 それは相手を倒す力ではなく、相手を心服させるための【象徴】である。

「理想はまだ遠い。我々の目的が達成されるまでには、今回のようなことも起こるだろう。犠牲を覚悟で相手に挑まねばならないこともある。だが、これは有意義な犠牲なのだ」

 犠牲なくして達成はない。社会が進化していくためには必ず犠牲が必要となる。また、そうでなければ人の進化もない。いつの時代も、何人もの献身的な犠牲があって発展していったのだから。

「大佐、我々も同じ覚悟です。私が死んだときも遠慮しないでください」
 ドミニクもメイクピークの言葉に頷く。もとよりその覚悟。ゼルスセイバーズの大半が彼の思想に賛同して集まったのである。

「私も…」
「ステヤ、君はなるべく生き残ることを考えてくれ。子供もいるだろう。守るべきものがある人間が生き残ることは恥ではない」
「しかし大佐、私とて戦士です。覚悟はできています」

 ステヤにも覚悟はある。メイクピークに誘われた時から、死ぬことも覚悟して軍隊に復帰したのだ。だが同時に、メイクピークが自分のことを考えてくれていることも知っていた。

 ゼルスフォーに搭載されたハブリムの盾である。シールドの試作品が出来た時、メイクピークは迷わずステヤの機体に搭載することに決めた。当然ゼルスフォーが余計な武器を携帯しない格闘タイプだったことも重要な決め手だが、もっとも生き残るべき人間が装備すべきだと考えたからでもある。

 仮に死ぬとて、陶酔で死ぬわけではない。結果としてそうなるにすぎず、そうならねばより多くが死ぬからそうするのだ。ならば、死ぬ順番があるのも事実。まず死ぬのは、必要以上に失うものがない人間である。

 メイクピークもドミニクも、あえて結婚せずに独身を貫いている。それはいつ死んでもかまわないようにである。特にメイクピークは家持ちであるため、本来ならば子を成すことも仕事であるが、それをしないことで覚悟を示してもいるのだ。

 そして、その観点でいえば、この男こそもっとも先に死ぬべき存在であろう。

「はっ、しみったれやがって。勝つために戦うんだろうが。やるなら殺す。それが俺の流儀だぜ! そんで、弱いほうが死ぬ。それだけだ」
「…なら、クウヤを犠牲にして勝つ。…それでいいんじゃない」
「てめぇ、カゲユキ! 調子に乗ってんじゃねえぞ、このガキが!」
「…犠牲になるなら、まずはクウヤか僕。…そのためにいるから」

 クウヤは戦い、戦い抜いて死ぬために用意された駒。カゲユキもまたメイクピーク家に仕える忍者の家系。どちらも最初に犠牲になるために存在している。

「隊長よ! あんた、勝つって言っただろう! だったら勝つんだよ! 戦いは勝たないと面白くねえんだ! 負けて死んだら悔しいだろうが! そうじゃねえのかよ!?」

 クウヤは、ホウサンオーを相手にしても気圧されず、ただただ戦うことに集中していた。当たらなければ悔しがり、感情を隠そうともしない。だからこそ、もっともメイクピークたちの心境を代弁していた。

 負ければ悔しいのだ。
 こんなところで終わりたくないのだ。

「…たしかにお前の言う通りだ。負ければ悔しいな」
 そして、メイクピークは改めて刀を握る。

「死は結果にすぎない。だから、その瞬間まであらがい抜け! そして、倒すぞ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!! やるぜ! あいつを殺す!!!」
「任務、了解!」

 メイクピークの言葉にゼルスセイバーズが一つになっていく。この瞬間、今初めて、この組織は一つの刀になったのだ。五人合わせて一つの刀に。

「いい気迫じゃ。わしも油断はできんな」
 敵の姿は見えずとも、ホウサンオーは戦場全体から大きな力のうねりを感じていた。敵が一つの目的を共有し、意思が一つになった時に起こる現象である。まるで陽炎のようにビル群が揺らぐほどの熱気が満ちる。

 そして、再開。

「行くぞ!! 円の陣で叩く!」

 メイクピークの号令で五機が別々の動きを開始する。このビル群という地形は彼らにとって地の利があった。それを最大限に生かすのが円の陣である。

 各機はビルを盾にしながら円状にナイト・オブ・ザ・バーンとの間合いを狭めていく。ホウサンオーからすれば、姿は見えずとも少しずつ圧力が増していく感覚である。

 戦いにおいて地形を理解することは非常に重要である。ちょっとした角度一つで砲弾もまったく違う場所に飛んでいくのだ。戦局の優劣を決するのは、地形をいかに理解するかにかかっていると言っても過言ではない。

 ゼルスセイバーズはこの一帯のデータをすべて持っている。どこに何が配置され、どんな施設があるか、どこの地盤がもろいかも知っている。当然である。ここは彼らのホームタウンだからだ。

 まずホウサンオーの視界に飛び出したのは、ゼルスフォーのステヤであった。前面にハブリムの盾を展開させて突っ込んでくる。シールドは最大出力。このまま体当たりで激突しても、十分強力な武器になるレベルである。道路幅四十五メートルに合わせて展開しており、相手の逃げ場はない。

 逃げるとすれば再び宙か、他の三方に広がる道路。ステヤはそのどちらに逃げても対応するつもりで突っ込んでいるが、ナイト・オブ・ザ・バーンはそのまま直立。避けるつもりはないらしい。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは肩に担いだ長い刀を掲げ、ゼルスフォーを見据えると同時に剣衝を放つ。一撃で数百という敵を排除してきた、あの悪魔の一撃だ。

 直撃。

 相手に逃げ場がないほどシールドを展開しているということは、ゼルスフォーも逃げ場がないことを意味する。空気を切り裂く強烈な一撃がゼルスフォーを蹂躙。受けた衝撃だけで周囲のビルのガラスが割れ、一部は外壁すら剥がれ落ちていく恐るべき一撃である。

 が、剣衝は機体を切断するには至らず、ゼルスフォーは圧力に耐えきる。

「ほっ、耐えたか。なかなか強固じゃな」
 普通のMGならば一刀両断であったはず。ホウサンオーも、その頑強さに感心する。ただし、肝心のステヤは冷や汗を流していた。

(冗談じゃない、一撃でレッドーゾーンだ! 次は死ぬよ!)
 部隊全員をバイパーネッドの自爆から守ったハブリムの盾であるが、ナイト・オブ・ザ・バーンの一撃で損傷率が九十パーセントを超えた。自機に全エネルギーを結集して、かろうじて一撃に耐えることができたのだ。もしこの防御フィールドがなかったら、間違いなく真っ二つである。

 しかし、耐えた。この事実が重要なのだ。
 相手の初手を受けきったならば勝機も出てくる。

「ステヤ、よく耐えてくれた!」
 その瞬間を狙ってメイクピークのゼルスワンが隣のビルの陰から飛び出した。絶妙のタイミングである。仮にナイト・オブ・ザ・バーンとゼルスフォーが激突していた場合、ゼルスワンはその衝突の瞬間に合わせて飛び出しただろう。

 唯一、あの剣衝に耐えられるのか一抹の不安はあったが、見事耐えてくれた。ナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃力を知りながら、相手の初撃を受けるために飛び出すなど実に恐ろしいことである。

 部隊の中で一番犠牲にしたくないのは彼女であるが、彼女が一番防御力に長けているのも事実。もし彼女に受けきれないのであれば、他の誰であっても受けることはできない。すなわち、囮になる人間は必ず死ぬことを意味している。

 だが、踏ん張った。耐えてくれた。そのがんばりを無駄にはできない。ゼルスワンは一気に間合いを詰め刀を振るう。ナイト・オブ・ザ・バーンもまた瞬時に刀を戻して受け止めた。それもすでに想定済み。ナイト・オブ・ザ・バーンの振りの速さはすでに見ている。これくらいは軽く対応できるだろう。

(さすがの腕前だ。だが、この間合いなら足技は使えまい!)
 ゼルスワンは密着するように刀を振るい、ナイト・オブ・ザ・バーンから離れずに連続攻撃を繰り出していく。

 細かく正確な攻撃の連撃は実に見事で、MGの弱点、つまりは人間の急所に向かって鋭い攻撃が繰り出される。それを防ぐことはホウサンオーには難しくないものの、メイクピークの狙いは動きを封じることであった。

 ナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテは長すぎる。

 相手との距離が離れていれば恐るべき得物であるが、こうして密着すればむしろ長さは邪魔になるはずだ。それは先の戦いで実証している。むしろ接近することが一番の安全でもあるのだ。

 そして一番の問題は止水。あの技を使わせないためには距離を詰めるしかない。しかもその距離は、極力ゼロ距離でなくてはならない。ほんの少し間合いがずれるだけで、ナイト・オブ・ザ・バーンの姿がぼやけて見える。これは戦気術を使って、常時こちらを幻惑しているからである。

 剣技のレベル差は歴然。メイクピークの技も鋭いのだが、ホウサンオーの流麗な動きに比べれば児戯に等しい。ならば、こうするしかない。

(食らいつくのだ! プライドを捨てろ! あがけ!)
 メイクピークは、もはや剣技とも呼べない動きで、必死になって幻惑されないようにと食らいついていく。メイクピークは下段に攻撃を集中させ、ホウサンオーが防御で手一杯になるように仕向ける。

「お前さんたちも、ワシを老人扱いかの。それほど足腰は弱っておらんぞ!」
 フェイントすらないゼルスワンの攻撃は、ひたすら膝に集中していた。その攻撃の執拗さにホウサンオーも少しばかり顔をしかめる。やはり足元への攻撃は対処しにくいものなのだ。

(これでいい。これでいいのだ!)
 メイクピークはひたすら攻撃を繰り返す。こうなるとホウサンオーは止水が使えず、鋭いステップでかわすしかない。それによって、じわじわとナイト・オブ・ザ・バーンの動きが制約されていく。

 言ってみれば、キックボクシングでひたすらローキックを出し続けるようなものだ。地味である。ただただ地味である。メイクピークほどの技量がある人間がローキックに徹する理由は一つ。

 これしか方法がないのだ。

 相手は自分よりも遙かに強い。もとより剣技では勝ち目のない相手である。だからこそ将自らが捨て駒になるしかない。メイクピークはすでにナイト・オブ・ザ・バーンの首を獲ることは不可能だと察していた。

 最初からそんなつもりで戦うことは不謹慎だろうか?

 否。けっして否。
 彼ほどの武人がそう感じるほど差があるのだ。

 この世に奇跡などは存在しない。どんなにドラマチックな奇跡に見えたとしても完全なる因果律の結果にすぎないのだ。メイクピークたちが犠牲なくして勝利することはありえないし、普通にやれば間違いなく全滅することは当然の結果である。

 ならば【腕一本】。

 この至高の存在から腕一本奪うことだけにすべてを費やすしかない。それだけでも、どれだけの労力と犠牲が必要かわからないほど敵は強い。ならば認めよう。それで十分であると! 立派であると!

「クウヤ!」
 メイクピークのかけ声と同時に、クウヤのゼルスツーが背後から出現。完全に防戦に徹しているナイト・オブ・ザ・バーンを捉える。

「卑怯なんて言うなよ! これが戦いだぜ!」
 ゼルスツーのザンギリが背後からナイト・オブ・ザ・バーンに襲いかかる。普通ならば、これで間違いなく仕留められる間合いである。

「そんなことは言わんよ。若いうちは何でもしてみるがよいぞ」
 が、ホウサンオーに焦った様子はまるでない。瞬間、ナイト・オブ・ザ・バーンが視界から消える。防御した刀をそのまま地面に突き刺し、跳躍したのだ。初手で使った逃げ技である。

(来た!)
 メイクピークはついに来た【唯一の勝機】に心躍る。こうして密着すればホウサンオーは間合いを欲しがる。となれば逃げ道は上しかない。

 ホウサンオーほどの技量があれば、宙からこちらを攻撃することも可能だろう。ゼルスフォーならばともかく、その他の機体の防御力で攻撃を受ければ一撃で沈む可能性が高い。

 しかし、ここにこそチャンスがある。

「…逃げ道はないから」
 そこにはカゲユキのゼルスファイブが待ちかまえていた。ゼルスファイブは探索・サポートタイプの機体であり、近接戦闘用の武器がほとんどない代わりに、さまざまな道具が搭載されている。

 ゼルスファイブは、その中の一つであるウィンチを使ってすでにビルの上に昇っており、ナイト・オブ・ザ・バーンが宙に浮く瞬間を待っていたのだ。そして、背中に装備された筒のようなものを発射する。

(ミサイル?)
 ホウサンオーには、それがミサイルに見えた。ただ、先端は尖ってはいないので、やはり【筒】といった表現が正しいだろうか。

 筒はナイト・オブ・ザ・バーンの上空まで来ると周囲のビルにワイヤーを射出して固定。筒の先端が花びらのように開いたと思うと強烈な雷が発生する。雷はワイヤーを伝って一定の空間に逆四角錐のような形で展開。直後、ナイト・オブ・ザ・バーンのコックピットでアラームが鳴り、空中で挙動が鈍る。

「ほっ、何じゃ?」
 ホウサンオーにも黒神太姫が感じた違和感が伝わる。目眩。まるで炎天下の中を歩き回って、意識がもうろうになる感じに似ているだろうか。頭が重くなってくらくらする。

「うぉお、ワシの頭が変になっちまったぞい!」
 ホウサンオーはついに何かの病気になったのかと思って、さりげなく大きなショックを受けていた。この歳になれば何が起こっても仕方がない。されど、まだまだ現役のつもりでいたのだ。やはりショックである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは制御を失い地上に落下。

「ここで倒れたら、また笑われてしまうぞい!」
 しそうになりながらも刀をビルに突き刺して、かろうじて着地に成功する。もはや執念。「おじいちゃん、無理をしないでくださいね」とお手伝いのアキコさんに言われないために必死で耐えたのだ。

「ワシは、ワシは倒れんぞ!」
 これが剣での戦いならば格好よい台詞だが、あくまでジジイ扱いされないために必死であるにすぎない。ジジイのプライドである。面子である。それがナイト・オブ・ザ・バーンを支えている。

(…なんてやつ。…本当に化け物)
 いつも冷静なカゲユキでさえ、その様子に舌を巻く。射出したのはEMP兵器の一つ【隠雷いんらい】。局地的に強力な電磁パルスを発生させる武器である。

 これは電磁ネットなどよりも遙かに強力なものであり、通常のMGや戦車なら即座に行動不能かつ、AIが破壊されてしまうほどの威力を持つ。

 まだ運用は実験段階であり、今回は試作機だからこそ搭載されているものであるが、直撃すれば当然ながら相当なダメージを負うはずである。ましてや動くなどありえない。仮に相手がOGクラスであっても数分はシステムをダウンさせられるはずである。それが軽く動きを鈍らせる程度の効果しかないことには、誰もが驚くしかないだろう。

(さすがコノちゃん製というわけかの。見事なものじゃ)
 驚いたのはホウサンオーも同じである。改めて黒神太姫を造ったルイセ・コノの腕前に感嘆する。

 実際、どんなに優れていても黒神太姫はAIである。電磁パルスによって多少ながらもダメージを受けていた。しかしながら黒神太姫には四つの頭脳(思考伝達ルート)が組み込まれており、常にどれかがバックアップに回っている。一つが一瞬でも停止すれば、同時に動いているもう一つの思考領域が即座に顕現。復帰させる。

 すでにこうした妨害攻撃も想定済みというわけである。そして、重要なことは黒神太姫に自己進化プログラムが存在すること。一度くらった攻撃に対して免疫が作られ、対処プログラムが自動生成される。

 次に同じ攻撃を受けても、ホウサンオーが防御の思考を取るだけでガード機能が働き、立ちくらみすら起こらない。黒神太姫はこの攻撃をすでに【覚えた】。もう同じ攻撃は通用しないだろう。これこそが超高性能AIの力である。

 それでも一瞬ながら隙は生まれた意味は大きい。
 ここが最大の勝機である。

「仕留める!」
 ドミニクのゼルススリーが、着地したばかりのナイト・オブ・ザ・バーンに爆砕弾を発射。さすがのホウサンオーでも、このタイミングはまず避けられない。

「あまり老いぼれをいじめるもんじゃないぞ」
 ホウサンオーは致し方なく【その感覚】のスイッチを入れる。ナイト・オブ・ザ・バーンの両肩が開き、障壁が展開。爆砕弾は圧砕され空中で爆発し、ナイト・オブ・ザ・バーンには至らなかった。

「まいった、まいった。まあ、タオちゃん様様かの」
 ホウサンオーは髭を撫でながら叫んでいたタオの顔を思い出す。ホウサンオーはけっしてタオが用意したものを無用の長物だと言ったわけではない。あの程度のレベルの相手には必要ないと判断したにすぎない。

 多少重くなるが、障壁の性能自体は実に優れたもの。必要とあれば何でも使う。それがホウサンオーの流儀である。今回も必要になったから使ったにすぎない。

 ゼルススリーの射撃が防がれることは、さすがのゼルスセイバーズも予測はしていない。わずかでもダメージを与えられればとは思っていた。さすがに心が折れそうになる。

「いくぜええええぇぇぇぇぇえええ―――――――――!!!」

 だが、こんな状況で頼りになる男、クウヤにとってみれば関係ない。相手がダメージを負おうと防ごうと、相手を叩くことしか考えていなければ動きに迷いはない。クウヤのゼルスツーは、展開されている障壁にザンギリを思いきり振り下ろす。

 障壁にはいくつか種類がある。単純に壁の役割を果たすもの、受け流すもの、そしてナイト・オブ・ザ・バーンの障壁のように触れたものを率先して圧砕するタイプである。このタイプの障壁は反撃を想定した障壁でもあるので、触れたザンギリに対して圧力をかけていく。

 障壁は砲弾程度ならば簡単に破砕できる。戦艦の主砲でも防ぐことはできるだろう。しかし、一つだけ大きな弱点がある。

「やれやれ、だから使いたくなかったのじゃ」
 なぜホウサンオーが障壁を使いたがらなかったのか。その理由の一つがこれ。

「うおおおおおおおおおお!!」
 クウヤのザンギリが巨大な戦気に包まれていく。完全に防御を捨てて攻撃だけに特化した剣を叩き込もうというのだ。それもこれも、ホウサンオーが【死に体】であるから。

 障壁の最大の弱点は硬直である。

 障壁を展開している間は、その場から動けない。たとえるならば、両肩に巨大な送風機を装備しているようなもの。圧力を展開している間は、動こうにも力の流れによってひどく動きが鈍る。かといって、解除するにも隙が生まれるので力場を維持するしかない。

 ザンギリの剣が肥大化し、まるで棍棒のように太くなっていく。ただし、ただの棒ではない。ここにはクウヤの闘争本能すべてが込められているのだ。

 それを思いきり叩きつける!!!

 圧力と圧力が衝突し、その瞬間、恐ろしいほどの破壊的エネルギーが発生。まさに爆撃と呼ぶに相応しい衝撃波が生まれ、その場にいたすべてのものを吹き飛ばしていく。

 ゼルスツーは衝撃に圧されて五十メートル以上吹き飛び、後方のビルに激突。衝撃がクウヤにまでダイレクトに襲いかかり内臓を圧迫、破壊。呼吸とともに血を吐き出す。

(クウヤはあの程度では死なん。今ならやれるか!?)
 寸前に耐衝撃の構えをとっていたメイクピークのゼルスワンは無事。ゼルスツーの状態は気になったが、あくまで視線は標的、ナイト・オブ・ザ・バーンに固定されたままである。ただし、爆砕で周囲はコンクリートの破片が散乱し、視界を多い尽くす塵で相手の状態が確認できない。

「迷うな、勝負!」
 少なくとも相手は無傷ではないはず。クウヤが作ってくれたチャンスを生かすべく、ゼルスワンは必殺の一撃を叩き込むために駆ける。

「来るぞ!!」
「っ―――!」

 血を吐きながら出したクウヤの叫びと同時に、周囲に発せられたのは円の衝撃。円状に放たれた剣衝である。ゼルスワンは咄嗟に剣を構えて防御するも、受けたリンドウごと吹き飛ばされる。爆発で距離ができたナイト・オブ・ザ・バーンがマゴノテを振るったのである。その間合いの広さ、刀の重みは想像を絶するものだった。

(くうっ!! なんという一撃だ!)
 刀を放さなかったのは剣士としての意地だったのだろう。両腕に激しい痺れが襲いかかっても、メイクピークはけっして手を放さなかった。

 ゼルスシリーズには、ナイトシリーズに近いレベルのシンクロシステムが搭載されている。全部ではないものの、MGのダメージは搭乗者にも還元される仕組みである。これだけ腕が痺れるということは、機体にも相当な負荷がかかった証拠だ。

 ただし、神機と同じ感度を持つカノンシステムを採用しているナイト・オブ・ザ・バーンは、それ以上に敏感であった。

「…力任せでぶち破るとは、こりゃタオちゃんも想定外かもしれんの」

 クウヤが使った技は、剣神叩けんじんこうと呼ばれる技である。自身の戦気を剣に集め、一気に叩きつける大技。斬るというよりは打撃に近い性質を持っており、障害物や施設を強引に破壊するときに使用されることが多い。当然、戦闘でも有用で、相手を蹴散らすことができるだろう。

 そして、クウヤのものは金而きんじ・剣神叩と呼ばれる種類の技。自身が持つすべての戦気を集約し、一気に叩きつけ、衝撃で相手を破砕する技だ。この技の最大の特徴は【捨て身技】であることだ。剣にすべての戦気を集めるのだから、それ以外の防御が疎かになるし、練気が下手ならば集約にも時間がかかる。

 ここで改めて、クウヤの戦闘センスが一級品であることがわかる。彼はこの技が使えるにもかかわらず、今まで使っていなかった。当然、使っても当たらないから。それでも当たれば大打撃であるのは間違いないので、振り回してもよかったのだ。しかし、彼はそれをしない。

 あくまで勝つために戦っているから。
 その隙ができる一瞬を、ずっと待っていたから。

 そして、ナイト・オブ・ザ・バーンが障壁で硬直した一瞬を見逃さず、全力の攻撃を叩きつけたのだ。

 その結果。

 塵が薄れ、ナイト・オブ・ザ・バーンの様子が見えてくる。機体に大きな損傷はない。障壁が最後の最後まで緩衝材になって機体を守ったのだ。その点はさすが最高性能の障壁である。

 しかし、ホウサンオーの左半身に軽い痛みが走る。裂傷の痛みではなく、軽く焼けた痛み、ぴりっとくる痛みが広がっていた。クウヤの一撃が障壁を破壊し、その衝撃はナイト・オブ・ザ・バーンにまで及んでいた。それは初めてナイト・オブ・ザ・バーンが手傷を負った瞬間であった。

 その証拠にナイト・オブ・ザ・バーンの装甲にダメージ痕が刻まれている。火傷を負ったように一部が変色し、かすかに削れた痕もあった。

「散開!! 一度立て直す!!」
 それを見たメイクピークは即座に仕切り直しを選択。この距離で戦うのは明らかに不利。再び得意の連携に持ち込むほうが良いと判断する。その見事な引き際にはホウサンオーも笑みをこぼす。

「ほっほっほ。見事、見事。さすがはダマスカスの精鋭というべきかの。実戦で手傷を負うのは久々じゃよ」
 その賞賛は本物である。ホウサンオーに障壁を使わせた。それだけで誇るべきことなのだ。

 そして、すぐに飛び込まなかった。これも正解である。最初の策は実らなかったのだ。ここで無理をして突っ込んでいればナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテの餌食であった。

 相手がダメージを負ったのならば、普通は飛び込みたくなる。そこをぐっと堪えたのは、メイクピークの戦闘経験が高い証拠である。今の攻撃が有効であることがわかれば、今回のアタックは成功だったのである。

「さて、これくらいで十分かの」

 ホウサンオーは静かに周囲を見回しながら呟く。ゼルスセイバーズは強い。さすが陸軍の特殊部隊である。その名は伊達ではない。メイクピークの剣技や統率力は見事で、クウヤのセンスも一級品。ドミニクも一流のガンマンで、ステヤの防御力も高い。カゲユキの動きも忍者として相当なレベルにある。

 だからこそ際立つ。

 このナイト・オブ・ザ・バーンという存在。
 ホウサンオーという存在。
 バーンという存在が際立つのだ。


「ステヤ、まだもつか?」
 メイクピークがステヤにシールドの様子を尋ねる。もう一度隙を作るには相手の攻撃を防がねばならないからだ。

「大丈夫です。回復しました。あと一回はもちます」
 すでにシールドは、ある程度修復されており、あと一撃ならば耐えられる計算である。もともと両腕は格闘用に強化されているので、最悪両腕を犠牲にしても耐えるつもりであった。

「感覚は切ってもいい。耐えてくれ」
「大佐、気遣いは不要です。それでは戦気が乗りません。最悪は腕を犠牲にします」
「…すまんな。頼む」

 MGのシンクロシステムは意図的に切ることもできる。その場合、反応速度が劇的に落ちるが、ただ盾となるだけならば最初から切るのも手である。ただし、これをやってしまうと戦気が乗らず、防御力自体が落ちる危険性もある。

 よって、ステヤは両腕を失う覚悟を決めた。
 それは生きるため。守るためである。

(ここで勝って、お母さんはみんなを守るからね!)
 ステヤは子供を産んで初めて愛を知った。本当に守りたいものを得たのだ。

 軍に戻ることにためらいはあった。武力とは破壊の力。子供を産むという創造の極みとは正反対のものだからだ。そうしたものと関わることがつらいと思うこともある。だがそれでも、これは【守る力】なのだ。

 シールドがステヤに与えられた時、もし自分が現役当時の性格だったならば女性扱いされたことに怒ったかもしれない。だが、今は守るための力が手に入ったことが嬉しいのだ。母親として、一人の人間として、仲間を守ることができるのだから!!

「第二陣、いくぞ!! 今度は敵の腕を獲る!!」
「おっしゃあああああ!」
 メイクピークの号令で、再び円の陣が開始される。クウヤの叫び声にも力があった。

 こちらもダメージをもらったが、ゼルスセイバーズの攻撃が相手に通用することがわかったのだ。ならば張り合いが違う。やれば届く。それが希望となり活力となっていく。

「私は、みんなを守るから!!」
 ゼルスフォーがナイト・オブ・ザ・バーンの隙を作ろうと、もう一度全エネルギーを放出しながら前面にシールドを生み出す。ここで朽ちてもかまわない。その代わり必ず止める気迫を込めて。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが再び剣衝を放つ。ゼルスフォーはそれを受け止める。そこまでは前回とまったく同じであった。問題ない。さきほども剣衝を受け止めたのだ。データ上は、障壁崩壊ギリギリでなんとか耐えられるはずである。両腕も乗せれば、さらに強固になる。だから大丈夫。

 大丈夫。
 前と同じならば。

(あっ…)

 しかしステヤはその瞬間、何かが違うことを悟った。シールドが剣衝を受け止めた時、肌に感じる何かがあった。それは明らかに前とは違う感覚である。

 スパン

 不思議な音がした。

 それはまるで刃物で動物の皮を切ったような音。
 小気味よくもなぜか哀しい音。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの一撃は、静かに素早く、躊躇することなくそれを行った。入り込み、繊維の隙間を縫うように潜り込んだそれは、電光の速度ですべてを斬り裂いていく。

 剣衝はゼルスフォーのシールドを切り裂き、腕に到達。太く盛り上がった両腕は殴るためのものではあるが、何よりもあらゆる攻撃を防ぐためのもの。

 スパン

 同じ音。

 そのものの前には、すべてが同じ音によって表現されてしまう。
 両腕は何の抵抗もなく上下に分断され、ボトンと地面に落ちる。

 一刃の風。

 その風は、一人の母親すら簡単に消し去ってしまうほど無慈悲であまりに


 ―――強い。


 上下に分かれたゼルフフォーの上半分がビルに直撃。下半分は走った勢いそのままに地面にぶつかり数十メートル滑ったのちに停止。機体からはジュエルモーターの燃料であるアフラライトも流れ出し、その後、炎上。まるで事故。何もない場所でスリップした交通事故のように見えるほどであった。

 この瞬間、他の四人は戦慄を覚えた。ステヤに何が起こったのか理解する前に、もっと恐ろしいことに気がついてしまったのだ。

 放たれた攻撃は前回と同じ剣衝であったが、その中身はまるで別物であった。前回のものが木刀ならば、今回のものは真剣。それほどの差がある。速度にそれほど差はないが【重み】が違うのだ。その一撃にはマゴノテの重みが完全に乗っていた。

 だから、ステヤは死んだのだ。

(まさか…加減していたのか―――!!!!?)

 ホウサンオーは手加減していた。その事実を悟った時、メイクピークは背筋が凍る思いであった。無意識に動物的直感が告げるのは、ただただ一つの【感情】だけ。

「うおおおおおぉおおおおおおおお――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

 その感情に刺激されて飛び出したのはクウヤのゼルスツー。もはや策も何もない。ただ全力で目の前の敵を殺そうと襲いかかる。

「クウヤ、逃げろ! 撤退だ!」
 メイクピークが叫ぶが、クウヤはすでに感情に囚われてしまっていた。それはまるで獣。追いつめられた獣。獣は知っているのだ。この先の未来を。避けられない結末を。

 ゼルスツーはナイト・オブ・ザ・バーンの前に到達すると、振りかぶって全力の回転斬りを見舞う。これも全力の戦気を集めた金而・剣神叩。捨て身の技である。ナイト・オブ・ザ・バーンは避けない。受けもしない。行ったのは、刀を自然に振るということだけ。

 刀と長剣が衝突。
 前回は両者が激突して終わった。そこに優劣はなかった。
 だが、これもまた結末は前とは異なる。

 スパン

 クウヤの戦気は激しかった。ザンギリも振動していた。相手を破砕するために動いていた。しかしそんなものは何の意味もなかった。長剣の【筋】に入り込んだようにマゴノテの刃が食い込むと、ものの見事に二つに分かれる。

 クウヤが最後に見たのは真っ二つになったザンギリ。
 そして、迫ってくる黄金の刃のみ。

 スパン

 こんな光景をどこかで見たことがあった。人間が血抜きした鳥を包丁で簡単に二つに分けるシーン。哀れで悲しく、愚かでむなしい光景だ。なぜそんなシーンを思い出したのかはわからない。それがあまりに圧倒的だったからなのかもしれないし、相手があまりに無抵抗に見えたからかもしれない。

 まるで無抵抗な鳥である。羽ばたいて逃げればまだ生き延びる可能性はあったが、あまつさえ向かっていくなどと。人間ほど残酷な生き物はない。そんな怪物相手に、ひ弱なクチバシだけを武器にしても何の意味もなかったのだ。

 左右に分かれたゼルスツーは、そのまま大地に倒れたまま二度と動くことはなかった。断末魔の叫びもなく、一瞬でクウヤの命は絶たれたのだ。ステヤと同じく、真っ二つになって。

 その光景にメイクピークは声も出ない。
 ただ一つ、【恐怖】という感情だけが彼らを支配していた。

 あのクウヤでさえ恐怖に屈してしまったのだ。戦うことだけが生き甲斐であった狂人でさえ、ナイト・オブ・ザ・バーンという存在に怯えたのだ。どんなに粋がっていても虚勢を張っても所詮人間。弱き人間。恐慌に陥れば、もはや感情を押しとどめることはできない。

 しかしながら、彼だけは限界ギリギリの場所で踏みとどまった。

「うおおおおおお!!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンに飛び込んだのはゼルスワン。メイクピークには迷いも哀しみも感じる暇はなかった。この結果などはとうに想定していたからだ。

 そう、この結果の可能性も考えていたのだ。だからこそ最後の最後で恐怖に抵抗することができた。指揮官である自分だけは、この最悪の結末を受け止めねばならない責任がある。人は弱いが、こうして立ち向かうこともできるのだ。それを彼が示す。

「止める止める止める!!!」
 ゼルスワンのリンドウが青白い輝きを放ちながら斬撃を繰り出す。ナイト・オブ・ザ・バーンは瞬時に応戦。刀を受け止める。

(振り下ろされなければ切断はできない!)
 ナイト・オブ・ザ・バーンは強い。この部隊で一番防御力が高いゼルスフォーでさえ一撃なのだ。本気であの刀を振られれば、まず防ぐことは不可能である。ならば振る暇を与えなければいい。これはメイクピークが最初に考えた策と同じであった。

 ただし、今回は違う点がある。

「サムライの魂は死なぬ!!」
 メイクピークの戦気が燃える。命が燃える。考えるのはナイト・オブ・ザ・バーンの動きを止めることだけ。そして、玉砕覚悟でナイト・オブ・ザ・バーンに飛びつき、刀を持っていない相手の左手を無我夢中で抱きしめる。

 まるで大人と喧嘩した子供が必死に腕に噛みつく姿と同じである。だが、これが精一杯。メイクピークにできることのすべてである。

「ドミニク、俺ごと撃て!」
 この状態ならば簡単には逃げられない。止水も使えない。仮にナイト・オブ・ザ・バーンがあの障壁を展開させても、そこには隙が生まれる。その瞬間ならゼルスワンの刀も通るかもしれない。

 この一瞬こそがすべて。
 みなが命をかけてつないだチャンスなのだ。

「大佐、ご武運を!」
 ドミニク・ナガノーダンにも躊躇はなかった。メイクピークがどれだけの覚悟をもって戦っていたかをよく知っているからだ。

(我々は勝つ!)
 ドミニクもまた国の堕落と軍の腐敗を嘆いていた。何かが違う。間違っている。常に警鐘が鳴り響いているのに誰もが見て見ぬふりをする。正義。少なくとも今のダマスカスには存在しない言葉である。その信念が恐怖に屈しそうになった心をギリギリで押しとどめる。

「だから我々は!!」
 ゼルススリーの両肩のレールガンが背部に動いていき縦に合体。

 ダブルロングレールガン【轟砲ごうほう】。

 一度合体させると身動きが取れなくなるのが最大の欠点であるが、通常サイズのMGに搭載できる射撃武器の中では最大級のスペックを誇る。砲身が長くなり、途中でさらに加速されるので威力は通常の三倍以上。相手が動けないのならばこれほど使える武器はない。

 ドミニクは轟砲を発射。狙いは中央、コックピット。狙い通りに直撃してもメイクピークも巻き込まれて無事では済まない威力だ。少しでもずれれば死ぬかもしれない。それでもためらいはない。そんなことを考えていては狙撃兵は務まらないからだ。相手を射殺する。ただそれだけにすべてをかける。

 ただ一つ。ドミニクには不思議なことがあった。
 なぜブラックワンはこの場所を選んだのか、ということである。

 メイクピークにもこの疑問はあっただろうが、射撃のプロであるドミニクはさらに疑問であった。確実に狙撃するには地形や風向きなど、さまざまな条件が必要になる。それゆえに地形に関しては非常に敏感である。些細な傾きすら気になるほどに。

 相手が無知だからここを選んだ。そう思えば簡単に話が終わる程度のこと。

 しかし、そんなものだろうか?

 目の前の相手は、そんなことすら軽んじるような存在なのだろうか。それはずっと感じてきた疑問。そして、それこそが彼らの命運を握っていた問題であったのだ。

 発射された弾丸はナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていく。しかし、突如目の前に巨大な壁が出現した。否。それは壁ではない。ナイト・オブ・ザ・バーンが刀で地面をくり貫いて作り出した大地の隆起。

 まるで【巨大なプリン】。

 長い長いマゴノテで大地を抉り取って作った山がそこにはあった。所詮地面なので弾丸を止めるほどの力はない。だが、【逸らす】ことはできる。ナイト・オブ・ザ・バーンが左腕を上げ、軽々とゼルスワンを持ち上げる。それでもメイクピークはしがみついて離れない。

 それはそれでいい。その必死さがあってこそ対抗できる相手なのだ。
 だが、その必死さが彼をおとしめる。

 砲弾は隆起に当たって、それを破壊しながらもわずかに角度を変える。ごくごくほんのわずかな角度の差である。されど、その差が大きな結果の違いを生み出す。

 砲弾は持ち上げられたゼルスワンに命中。

 その光景はなんだろう。エアガンで虫を撃った時、撃たれた虫はどうなるだろう。必死に枝にしがみついて生命を叫んでいる虫が無情にも撃たれた時、どうなるのかわかるだろうか。

 破裂。爆発。吹き飛ぶ何か。

 簡単に頭が吹っ飛び、体は破裂し、無惨にも体液をこぼしながら落下する。まさにそんな光景。そして、撃った当人に訪れるは罪悪感。

「な…ぁ…」

 ドミニクの心が折れた。その瞬間、戦う意思をなくしてしまったのだ。無理もない。人には心があるのだから。最後の最後に使った奥の手も、相手にとってはすべてお見通し。さして脅威にもならない攻撃であり、しかもそれを利用されたショックはいかほどのものか。

「さあ、終わろうかの」
 ナイト・オブ・ザ・バーンがマゴノテを頭上に掲げると【刀身が伸びた】。もちろん実際に刃が伸びたわけではない。放出された剣気が刃先から伸び、さらに留まった状態になったのだ。

 剣王技【剣硬気けんこうき】。刃先から剣気を放出して固定することで剣の間合いを伸ばす技である。刃に留めて使えば剛剣、そのまま放てば剣衝波になる剣気術の基本の技の一つ。

 ただし、ナイト・オブ・ザ・バーンのものは少しばかり違う。その【長さ】が桁違いなのだ。通常、生身の武人で三メートル伸ばせれば上級者として扱われる。五メートル伸ばせれば達人と呼ばれる。それがホウサンオーのものは、おそらく五百メートル。放出され生み出された刃は、天を貫こうかといわんばかりに長い。

 長ければ良いというものではない。そこに込める威力は放出された戦気の量と質に比例する。仮に本物の刃と同じ程度の威力を出したいのならば、短くても硬い剣気を生み出したほうがよいだろう。

 だがやはり、ここまで伸ばせることは異常である。いくら黒神太姫とTJM(ツインジュエルモーター)を搭載したナイト・オブ・ザ・バーンとはいえ、あまりに異常である。そう異常。だからこそ彼はバーンなのである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは長く伸びた刀を振り払う。するとどうなるか。ビルに当たれば当然ながらそこで止まってしまう。それがナマクラならば。だからナマクラではないその刃は、まるで障害物など最初からないかのようにいともたやすくビルを切り裂き、まず最初にドミニクのゼルススリーを真っ二つにする。

 抵抗する暇も術もない。何をどうしても防ぐことなどできないのだ。これは至極当然の結果にすぎない。そしていくつかのビルを切り裂いたあと、陰に隠れていたカゲユキのゼルスファイブを捉える。

「っ―――!」
 カゲユキは迫ってくる何かを瞬時に察する。忍者の彼は気配を隠すのも非常に上手い。ゼルスファイブも簡易ジャマーを搭載しており簡単には見つけられないはずである。

 しかし、関係ないのだ。ホウサンオーの刃は確実にゼルスファイブを捉え、あっさりと切断してしまった。彼もまた抵抗する術を持たない。ただただ無力な昆虫にすぎなかった。

 静寂が訪れる。
 静寂であることが驚きなのである。

 あまりに鋭い斬撃にビルは倒壊することなく、自身が斬られたことすら知らずにそのままである。切り傷すら残さないほど速く、音よりも速くそれらは行われた。

 ただこの場にいたMGとその搭乗者だけが排除された。それだけである。まるで自然そのもの。大地と一体となり、風を味方につけ、水に愛され、火を我が物とする。すべてが自然との調和の中で行われたため、それがあまりに当然に思えるのだ。

「ば…かな…ここまでとは…」
 左肩から上半身半分、それと頭部が半分吹き飛んだゼルスワンは、すべてを失った人間の絶望を表しているようであった。

 メイクピークもまた爆砕弾によって大きな怪我を負っていた。ダメージはコックピットまで届き、すでにシンクロシステムも役に立たないほど損傷しているが、彼もMGと同じく左肩から胸にかけて大きく裂けている。

 左腕は腱一本でかろうじてつながり、剥き出しになった肋骨からは潰れた肺が見える。動脈が切れたのか首からも大量の出血が見られ、半死半生。まさに生きていること自体が奇跡である。

 だが、この状況では助かったことが良かったのか悪かったのか。仲間は全滅。しかも、相手のダメージは非常に微々たるもの。ナイト・オブ・ザ・バーンの装甲は自己修復能力でほとんど回復しており、ホウサンオー自身も練気によってダメージを回復していた。

「まっ、こんなもんかの。ちと手間取ったが、立派に釣り上げたぞい」
 ホウサンオーは釣竿を片付けるようにマゴノテを鞘にしまう。そう、釣りは終わったのである。

 ホウサンオーの釣りの仕方はこうである。食いついた魚を泳がせて力を消耗させ、弱ったところを一気に仕留める。時には魚が優勢に見えることもあるだろう。しかしけっして主導権は渡さず、最後は余裕をもって釣り上げる。

 これが彼の釣りである。

(我々は…引きずり込まれたのだ)
 ここでメイクピークは、自分たちが常に泳がされていたことを知るに至る。

 地形データを持つゼルスセイバーズにとって、この場所は戦いやすい場所であった。だが、それは魚を泳がすための釣り場に誘導されたのであり、相手からすれば釣りやすいように一カ所に集めたにすぎない。追い詰めたのではなく誘導されたのである。

 この地形を選んだ理由は、ホウサンオーが戦いやすいからにほかならない。けっして相手にハンデを与えようなど考えてはいない。このビル群はオロクカカが得たデータの範囲内で考えられるもっとも効率的な場所。ナイト・オブ・ザ・バーンにとって最高の釣り場だったのだ。

 もし最初の障害物の少ない広い地形で戦い、もし最初から一機を軽々撃破していたらどうなっただろう? 今後相手はけっして自分の間合いに入ってこないだろう。遠距離からひたすら攻撃されればナイト・オブ・ザ・バーンにとっては面倒である。

 だが、ここならば相手はまとまってくれる。ビルに隠れたつもりでもホウサンオーにとっては関係ない。静かなこの場所では相手の気配を察知しやすく、こちらも大きく広げた波動円によって攻撃の前にはすでに位置を把握していたのだ。

 むしろ相手が自分の間合いに入ってくれれば、まとめて倒すことができる。すべてはそのための【撒き餌】。

 ステヤの実力とオロクカカから得たシールドデータを基にして、彼女がギリギリ耐えられる威力であえて防がせる。あまり弱すぎても警戒されるし、強すぎては逃げてしまう。ここでは絶妙な力加減が要求される。

 あくまで相手に「少しはやれる」と思わせることが重要なのだ。そうしないと相手は防戦一方になって、こちらが望まぬ消耗戦を仕掛けてくるだろう。完全に弱者の戦術を取られると、倒すことはできても無駄な力を使ってしまうものである。

 ホウサンオーはけっして慢心など抱いていない。どんな小魚であろうとネズミであろうと、牙を持つ以上は一瞬の油断もしない。所詮人間などは、指先にトゲが刺さっただけで気になって仕方ない弱い生き物である。

 彼は人というものをよく知っていた。
 弱点を知り尽くしている。
 自分自身の弱点を。

 自己が何に弱いかを知っているからこそ、そうならないようにすべてに準備をするのだ。慎重に、確実に、実行するときは大胆に。それは経験によって培われたものである。何度も何度も失敗したからこそ知り得た叡智である。

 こうして釣り場は完成し、魚は一網打尽にされたのだ。
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