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零章 第二部『バーン来襲、アピュラトリス外周制圧戦』

三十五話 「RD事変 其の三十四 『至高の意志』」

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「敵のMG部隊が南西から突入してきます。数およそ三十弱。該当機体情報はありません」

 マレンが新たなMG部隊の出現を報じる。ラーバーン側はダマスカスの情報をかなり高いレベルで取得している。SSSトリプルエスである最高機密のアピュラトリスに関しても情報を得ていたのだ。ダマスカスの機体情報もほぼすべて取得していた。

 だが、そこに該当する機体はない。唯一わかっているのは、機体がダマスカス軍の識別を出していることであった。しかも敵MGは、まさに悪魔すら恐れない行動に出ていた。

「侵入角度計測。敵MG部隊は散会しつつ、ナイト・オブ・ザ・バーンとドラグ・オブ・ザ・バーンに向かっているようです」
「ほぉ? あれだけやったのに懲りないものじゃの」
 マレンの報告を聞きながら、ホウサンオーは顔をしかめる。こうして徹底的に陸軍を叩いたのは、無駄な抵抗を諦めさせるためである。ある意味で犠牲を少なくするための温情でもあった。

 されどダマスカス軍にしてみれば、ここまでやられたからこそ簡単に引けない理由にもなる。その最大の元凶である二機のオブザバーンを叩きたいのは道理であった。

 ゼルスワンからファイブの五機を中心戦力としてナイト・オブ・ザ・バーンに。その他の機体は散会して、ドラグ・オブ・ザ・バーンおよび無人機を近寄らせないように牽制しているようだ。

「愚かな。まさに愚者。よもや我らがバーンの象徴に歯向かうとは!!」
 オロクカカは、ゼルスセイバーズのあまりの愚かな行動に怒りすら感じていた。向かうということは、少しでも勝ち目があると思っている証拠だ。そのことがオロクカカにとっては【力】に対する侮辱に等しい。

 彼らは知らない。
 バーンという存在がいかなるものであるか。

 その中でも序列二位であるホウサンオーと序列三位であるガガーランドが、ラーバーンにとっていかなる存在であるかをまったく理解していない。

「お任せください。愚者どもは、わたくしめが今すぐに排除いたしましょう」
 ヘビ・ラテは戦気を集中させて特定の無人機の強化を図る。撃墜された戦闘データを分析し、十機程度に戦気を集約すれば、さしたる障害ではないと判断する。

 それでも足りぬならば、ヘビ・ラテ自ら処刑に赴けば事足りることである。もしオロクカカをただの【糸使い】だと侮れば、その瞬間死は確定されたものとなるだろう。

 だが、それをガガーランドが止める。

「待て、オロクカカ。案外、そのままやらせたほうが面白いかもしれんぞ」
「ですが、御身自らがお相手する者たちでもありますまい。私で十分かと存じますが」
「お前の実力に文句があるのではない。再強化した無人機でもやれなくはないだろう。しかし、せっかく小魚がかかったのだ。それを餌にして【大物】を釣ってもらうとしよう」

 オロクカカの実力ならば問題なく纖滅できるだろう。無人機も導入すれば数でも問題ない。しかし、なぜわざわざホウサンオーやガガーランドといった上位バーンが出てきたのか。そこには「ある狙い」が秘められている。ただ勝つだけでは意味がないのだ。

 そもそもゼルスセイバーズなど彼らの眼中にはない。所詮は餌。より大きな獲物をおびき出すための撒き餌にすぎない。ただし、ただ餌を置けば大物がかかるわけではない。釣りにはテクニックが必要なのだ。

「なあ、ホウサンオー。お前は【釣り】が得意だったな」
 ガガーランドの記憶によれば、ホウサンオーの趣味の一つに釣りがあったはずだ。ラーバーン加入後も、暇なときはよく釣りに行っていたはずである。いつも大量に釣ってくるので、その技術は相当なものだと思われる。

 が、ここでガガーランドが言っている釣りとは、当然ながら魚が相手のものではない。それを聞いたホウサンオーの顔が、さらに歪む。

「まさか、ワシに働けというのか? 釣りならば、お前さんだってやるじゃろう?」
「お前とて、あれは釣りではないと言っていただろう。オレだと簡単に殺してしまうから味わいもなかろうよ」
 一度だけガガーランドもホウサンオーの釣りに同行したことがあるが、その際に彼も大量の魚をゲットしている。それはもう、一つの種が絶滅したのではないかと疑うほど、本当に大量に。

 ただしそのやり方は到底釣りとは呼べないものであり、それ以後二度と彼らが一緒に釣りに行くことはなかったほど壮絶なものだったらしい。一緒に行って巻き込まれたルイセ・コノもガガーランドに散々罵詈雑言を浴びせていたので、相当なものだったと想像はできる。(結果的にラーバーンの食料事情は一気に解決されたが)

 ガガーランドが前面に出れば殲滅はたやすいが、その力に恐れおののいた獲物は、もう二度と前には出てこなくなる可能性がある。そのために【釣り】が必要なのだ。それにはテクニックが必要であり、それができるのはホウサンオーだけであった。

「マレン、どっちが本命だ?」
「敵のリーダー格と思われる集団は、ナイト・オブ・ザ・バーンに向かっているようです」
 ここでマレンからもとどめの一言が発せられる。相手の狙いは間違いなくナイト・オブ・ザ・バーンであると。

「ふっ、相手もお前がご所望らしい。諦めて働け」
「嫌じゃ。ワシは嫌じゃ! せっかくオロカちゃんが来てくれたのじゃから、ワシはだらけて過ごすんじゃ!」

 ジジイ、まさかの拒否である。面倒なことは若者が担当すればよいと駄々をこねる。

(やはり…その呼び名は変わらないのですね)
 オロクカカは正直、この「オロクカカ=オロカ」の略し方に若干の抵抗感があった。

 一応補足すれば、オロクカカは男である。本来ならばマレン同様オロカ「君」になるのだろうが、なぜかオロカはちゃん付けされている。そこは当人も気になるらしい。

 たしかに細身で黒い長髪をなびかせているので、一見すると女性に見えてしまうことはある。それもすべては糸を完璧に扱うために無駄な筋肉と脂肪を取り除いた結果であり、当人も地獄の鍛錬を経て今の実力を身につけたのだ。

(しかし、偉大なるホウサンオー様から愛称で呼ばれることは、武人として名誉なこと。なんと素晴らしい!)
 せっかくホウサンオーに名前を呼んでもらえるので、オロクカカは歓喜の心で受け止めることにした。彼にとってみれば、ホウサンオーと接するだけでも名誉なことなのだ。それだけで満たされるこの男も、相当な幸せ者であるが。

「やつらの目をこちらに引きつけるのも役目であろう。それに放っておいても、相手はそっちに行くではないか。潔く諦めるのだな」
 ガガーランドの言葉は正論。ゼルスセイバーズの目標はブラックワンだけである。たまたまホウサンオーだけが最初に転移されたことが原因なので彼に非はないが、相手は完全にナイト・オブ・ザ・バーンを標的にしている。

 また、規格外のドラグ・オブ・ザ・バーンを相手にするより組みしやすいと思っているのも間違いないだろう。ドラグ・オブ・ザ・バーンにはまだまだ不確定な要素が多く、その大きさも不気味である。それよりは通常特機タイプのナイト・オブ・ザ・バーンのほうがやりやすい。少なくとも彼らはそう思っているのだ。

「ガガよ。お前さん、妙にやる気じゃな」
「せっかく来たのだ。雑魚相手では盛り上がらぬからな。大物を釣ってもらわないと来た意味がない」
「ふぅ、仕方ないのぉ。まあ、ほどよく相手しておくわ。ゼッカー君の立場もあるし、怠けるわけにもいかんか」

 自己の役割を思えば、ホウサンオーは観念するしかない。ゼッカーの計画をやりやすくするのもバーンの仕事である。

 彼が求めているのは力。ただただ力。
 それもただの力ではないのだ。
 より【至高】に近い力である。

 ゼッカーはたしかに悪魔となったが、そこに【美学】があるのは事実。人の愚かさと醜さを知るからこそ美が理解できる。美がなくては人は生きてはいけないのだ。それがいかに悪魔であろうと同じことである。

 ゼッカーは美を求めている。この場でそれが体現できるのは、ゼッカーの左腕たるホウサンオーしかいない。

「オロクカカ、お前と無人機には引き続き制圧を任せる。無駄に損害を出すとタオがうるさいから、余計な真似はするなよ」
「心得ました」

 ラーバーンにとっては無人機にもできる限り損害を出したくないのが本音である。強化されているとはいえ、すでにガネリア動乱で使われているリビアルとバイパーネッド、ガヴァルのデータは簡単に照会できるはずだ。

 アナイスメルをこちらが封じているためすぐにはデータを割り出せないが、なにもダマスカスのすべてがアナイスメルによって動いているわけではない。

 それに加えて他国はすでに独自に解析を始めているはずである。オブザバーンシリーズやヘビ・ラテなどの新型はともかく、それ以外の情報はかなり取得されていると思われる。そうして発見された弱点を突かれれば、いかにオロクカカがいるとて苦戦は免れない。必要以上の損害はそのまま今後の計画の支障となっていくだろう。

 もちろんラーバーン側もこれらの事態は想定済みである。それゆえにこの場に投入される武人と機体は、【相手側に知られてもよいもの】に限られている。

 知られる。
 むしろ、それこそが重要な作戦の一つなのだ。

 人間は知ることで、知らないときよりも混乱することがある。知るからこそ恐れる。知るからこそ考えるものであるから。

「オロカちゃん、相手のデータをもらおうかの」
「はい。では、失礼いたします」
 ホウサンオーがそう言うと、三百メートルほど離れた場所にいたバイパーネッドからオロクカカの戦糸が伸びてきた。戦糸がナイト・オブ・ザ・バーンに取り付き、放出されているホウサンオーの戦気と交じり合う。

 戦気には数多くの情報が含まれており、こうしてお互いに共有する意思があれば情報のやり取りも可能である。人間の記憶や意識は肉体にあるのではない。霊体、つまりは周囲のオーラに格納されている。相手を見るだけで情報を得ることができる者がいるのは、そうした理由である。

 戦気は多大な情報を格納するオーラを使っているため、実に多様な戦気術が生まれている。その中で【戦糸術】と呼ばれる彼ら一族の技は、とりわけ便利なものが多い。

 戦糸術【叉咬またかみ】。

 AIのデータだけではなく、オロクカカの戦糸から得た【感覚】まで受け取れるのがこの能力のポイントである。データのほとんどがまだ未知数のものであるが、装甲の損傷具合、距離と角度などを算出して、武器の性能と威力も把握可能である。

 そこにオロクカカが感じた感性が加えられ、まるで実際に交戦したかのような感覚をホウサンオーは味わうことになる。この感覚はとても貴重で、ただの情報とは比べものにならない重要性を持っていた。

「んっ、ありがとさん。もう十分じゃ」
 ホウサンオーがそう言うと戦糸は戻され、オロクカカも命令通りに無人機ともども下がっていく。

「マレン君、このあたり一帯の建物には人はおらんのじゃな?」
 ホウサンオーが周囲を見回しながらマレンに尋ねる。
 
「はい。半径五キロ以内の建造物は無人です」
 この会議が開催されている期間、アピュラトリスの周囲五キロ以内の立ち入りは禁止されている。よほど重要な場所でない限りは、基本的に無人となっている。厳密にいえば各国の密偵が所々に潜んでいる場合もあるので完全に無人とは言えないが、少なくとも一般人はいない。

「ふむ、あのあたりが良さそうじゃな」
 ホウサンオーは周辺の地図を確認しながら、二キロ先にあるビル群に目をつける。

 アピュラトリスが軍の介入を嫌うために軍関係の施設でもないので、特に物々しさを感じない普通のビル群、簡単に言ってしまえば都会の冷たいコンクリートジャングルである。現在は無人で人も車も存在せず、まさに無人都市といった異様な雰囲気である。ホウサンオーはそこを戦場に選ぶ。

「ほんじゃ、行ってくるわ」
 ナイト・オブ・ザ・バーンが動くと、それを察知したゼルスセイバーズも追う形となる。やはり目的はホウサンオーのようだ。

「ほっほ、お前さんもなかなか男を弄ぶタイプじゃな。若いうちはそれくらいでよいよい」
 ホウサンオーは黒神太姫に話しかけるが、完全に孫娘に話しかけるおじいちゃんである。

 当たり前であるがMGに性別はない。ナイト・オブ・ザ・バーンにしても、タオにはそういう意識がないので性別については特に考えていないようである。

 ただし一般的に乗り手の武人は、自分の愛機を擬人化することは多いようである。中には恋人のように異性として設定することもある。そのほうが盛り上がるそうだ。

 それもやはり意思が存在する神機というものに対する憧れが要因なのかもしれない。実際、そう捉えたほうが動きも良くなるから不思議である。人馬一体。すべてが共同作業なのだ。

 また、見方を変えれば世の中のすべては陰陽、男女、表裏といった二面性によって構成されている。相反するものが反発しあい、混じりあい、スパイラルを描く。それが生命であり進化の法則となっている。

 となれば、男女というペアが持つ可能性は、まさに太極への道を示しているといえる。すなわち完全なる存在への道。人がたどり着く最高の存在への道を渇望するに相応しい組み合わせである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは黒神太姫が女性という扱い(ルイセ・コノがそう設定した)であるうえに、搭載されているテラジュエルの元所有者が女性だったこともあり、ホウサンオーの中では女性として扱うことにしている。どうせ乗るなら男より女性のほうがいい、というのが彼の本音でもあるが。

「敵機、接触まで十秒。一機先行しています」
 ホウサンオーがビル群のちょうど真ん中あたりに着いた頃、マレンより敵機急速接近の警告が入る。

「ふむ、ここでいいか」
 ホウサンオーは周囲を見回してそう呟く。その場所は四方がビル群に囲まれた十字路、都会の大きな交差点のような場所である。が、普通の人間が暮らす都市とは違い、十字路の大きさは相当なものである。大型のトラクターや小型戦艦が通れるように設計されているからだ。

 その中央にナイト・オブ・ザ・バーンが陣取り、待ちかまえる。

 そして、ビル群に最初に突進してきた機体は、ゼルスツーのクウヤ・ブラウンズであった。その様子は猛スピードでカーブを曲がるバイクレーサーのようであり、曲線を描きながらビルを曲がり交差点に突入。

「いやっほぉおおお!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンを捕捉し、ゼルスツーが高速移動そのままの勢いでザンギリを横薙ぎに振るう!

 まさに野球のバットをフルスイングしたかのような豪快な一撃。乱暴ではあるが、当たれば相当な威力であることは先の戦いで実証済みだ。

 もちろん当たれば、であるが。

 クウヤの一撃は見事に空を切る。正しく述べれば、当たったように見えた。だが、当たったはずの一撃にはまったく手応えがなかった。至高技、止水。ホウサンオーは最小限の動きでザンギリをかわしたのだ。あまりに速い動きに当たったかのように錯覚しただけである。

 だが、それで終わらない。ゼルスツーはその回転エネルギーと剣の重さを活用して素早く反転。背後からナイト・オブ・ザ・バーンに再度攻撃を仕掛ける。剣は再びナイト・オブ・ザ・バーンを捉えるが、蜃気楼のように手応えがまったくない。再び止水である。

「…で? 満足したかの?」
 ホウサンオーは刀を肩に担いだまま微動だにしていない。彼はまだ交差点の中央から一歩も動いていなかった。動く必要がなかったのだ。

 止水が至高技である所以は、それが見破りにくいものである点。洗練された戦気と足運びで生まれる幻影は、誰がどう見ても本物に見えてしまう。そこに【意思】を宿しているからである。

 武人同士の戦闘は、高速なだけではなく【濃密】である。弾丸すらスローモーションに映る世界に対応するには、互いの意識を共有させる必要がある。相手の意思を即座にキャッチする【癖】が武人にはついているのだ。

 それを欺くのが止水。

 宿された意思は残像ではあっても確実に相手を捉え、無意識に相手は反応してしまう。理屈は簡単なのだが、野球の釣り球のように、わかっていても反応してしまうのが武人の性というものである。

 しかし、ここで重要なのが宿された意思の強さである。何事においても意思を宿すことは基本なれど、紙一重でかわすこの技は大きなリスクを伴うものである。強い覚悟がなければ使うことなど不可能。

 死ぬ覚悟は当然、勝ち抜く覚悟も。

「ふっ―――! ふぅううう――――――!」

 クウヤは異様に興奮していた。初手でホウサンオーの意思を感じたからだ。呼吸が自然と荒くなる。全身の毛が逆立つのを感じる。震え上がり、ゾクゾクと背筋を這う感覚。それが先ほどからまったく止まらない。

 止まらないのだ!!!

「やっべぇえええええ! こりゃ、やっべぇえええええぜえええええ――――――!!!!」

 クウヤは知っていた。
 この感覚を。

 ホウサンオーから感じた意思を言葉で表すのは難しい。
 もし言葉で表すのならば、こうだろう。
 
 【戦慄】
 【驚嘆】
 【恋慕】
 【畏怖】

 今クウヤが感じているのは紛れもなくそうしたものである。狩りに出た人間が、鹿ではなく巨大な熊と遭遇した感覚。熊どころではなく、すでに絶滅したはずの恐竜に出会った感覚。絶対に勝てないと思わせるような、恐るべき相手に出会った感覚。

 そう、絶対強者に出会った感覚である!!

「すげぇ! 俺の剣を余裕でかわしやがったよぉおお! こりゃ、たまんねぇええええええええええええええ!」
 クウヤは絶叫しながら、その圧倒的な感覚を楽しんでいた。今の一撃は全力であった。それを簡単にかわしたのだから、感覚以上の実力差があってしかるべきである。

「いいぜ、いいぜ、いいぜぇええええ!! ノッてきたぜええええ!」
 クウヤはボリュームを最大にして、全身でロックのリズムを表現する。生身の身体が踊るごとに機体も小刻みに揺れている。こうして即座に反応するところを見ると、このゼルスシリーズにもかなり高度なシンクロシステムが導入されている証拠である。

「ふむ、お前さんも大変じゃな。初めての追っかけがちょっと変なやつじゃぞ。いや、ちょっとじゃないかの。かなり変なやつじゃ」

 ホウサンオーはクウヤを観察する。

 結果、【変態】と断定した。

 美人の黒神太姫に男が群がるのは仕方ないが、最初がこれではさすがに気が滅入る。何事も段階を踏むのがホウサンオーの主義であることを考えると、かなり残念な結果であった。

「さあ、最高に楽しもうぜ!!!」
「いや、遠慮するわ。一昨日も明後日も来ないでくれんかの。うちの娘は会いたくないと言っておるぞ」
「つれないねええ!! なら、その気にさせてやるよ!!」

 クウヤのゼルスツーがナイト・オブ・ザ・バーンに飛びかかろうとザンギリを構える。

「ブラウンズ、どけ!」
 が直後、ドミニクの声と同時にビル群に突っ込んできたゼルススリーからレールガンが発射される。

「ちぃ、邪魔するんじゃねえよ!!!」
「巻き添えになるぞ! 下がれ!」
「くそが!!」

 距離はおよそ六百メートル。唸りを上げながら一五八ミリ爆砕弾がナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていく。その射撃は実に正確で、砲弾は機体の中心部を確実に捉えていた。

「ほいっと」
 ナイト・オブ・ザ・バーンがその長い刀を軽く振るうと、リィインという音と同時に剣衝が生まれ、砲弾と衝突。砲弾はナイト・オブ・ザ・バーンの前方百メートル付近で二つに分かれて爆発。残念ながらナイト・オブ・ザ・バーンには傷一つ与えることはできなかった。

 だが、目眩ましにはなった。ビル群を迂回してすでに背後に回っていたゼルスフォーのステヤが突っ込んできたのだ。

「このタイミング、もらったよ!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは刀を振るった直後。すぐにこちらに対応はできない。しかもあの長い刀である。接近してしまえば威力も半減するはずだ。このまま一気に懐に飛び込んでしまえば怖がることはない。

 ゼルスフォーが拳を振るう!!

 だが、ステヤのゼルスフォーの拳が殴ったのは宙。何もない空間であった。ナイト・オブ・ザ・バーンはその長い刀を振るった直後に地面に刺し、そのまま棒高跳びのように自身を舞い上げたのだ。それがあまりに自然で無駄がなかったので、ステヤには消えたように見えた。

「ほっほっほ、ワシはここじゃぞ」
 何が起こったのかわからず困惑したステヤを尻目に、得意げなホウサンオー。ステヤは反撃をもらわないように必死に突っ切りながら、ビルの陰に退避。

 ただ、宙を舞うナイト・オブ・ザ・バーンに狙いを定める者がいた。ゼルスファイブのカゲユキである。ゼルスファイブは電磁ネットを射出。逃げ場がないナイト・オブ・ザ・バーンは避けることができない。

 ホウサンオーは地面に刺していた刀を切り上げ、電磁ネットを切り裂く。宙なので体重が乗っていない軽い一撃だが、電磁ネットくらいならば問題ない。簡単に切り裂いた。

 が、ここまではすべて想定済み。

「もらった!!」
 この最大のチャンスに、鬼神のように刀を構えたゼルスワンが突っ込んできた。ナイト・オブ・ザ・バーンは宙から地面に落ちてくるしかない。そのうえ刀は上方に振るってしまったので防御の術もない。

 完全な無防備である。ナイト・オブ・ザ・バーン相手にこのようなチャンスは滅多にないだろう。これが彼らのコンビネーションアタックであり、メイクピークがその最後の締めなのだ。

 もちろん、それまでに仲間が倒してしまう場合が大半であり、実戦において最後の詰めにまで到達したことはない。シミュレーションでこなしただけ。それだけ彼らの連携アタックが強いことを証明している。

 ブラックワンの能力を考えればここまでは想定範囲。四回の攻撃を完全に防がれたのは予想外であるが、最後の一撃が決まれば問題ない。それは必殺の一撃。剣豪メイクピークが放つ、最高の一の太刀である。

「その首もらった!」
 後ろ斜め横から突っ込んだメイクピークからは、MGの弱点である隆椎が丸見えである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは無防備のまま落下してくる。それに合わせてゼルスワンの振動刀【リンドウ】が背後から振るわれた。ザンギリが大きな帯広のブレードであるのに対し、リンドウはやや細身の刀タイプの高周波ブレードである。

 通常のブレードより扱いやすいように見えるが実は逆で、繊細なMG操作ができなければ力が伝わらないようにできている。メイクピークは優れたMG操縦技術を持つ男であり、彼だからこそ扱える特殊MGソードなのである。

 それが急所に叩き込まれれば、ナイト・オブ・ザ・バーンでもダメージは避けられない。ネズミとて猫を噛むことがあるのだ。その一撃は馬鹿にできない。

 そして、リンドウの一撃がナイト・オブ・ザ・バーンに直撃する!!
 MGの急所である首後ろに全力の一撃が叩き込まれたのだ!

(仕留めた!!)
 メイクピークには手応えがあった。刀は確実に命中したことがわかる。こうして五人がかりかつ、後ろからの攻撃は卑怯かもしれない。それでも結果を出すためならば何でもする覚悟がある。どんなに罵られようと結果が出さねば何もできないのだから。

 しかし。

 あまりにも不運。
 これは彼らにとっての不幸でしかない。
 こればかりはどうしようもできないのだ。

 なぜならば相手が悪すぎた。
 相手はバーンである。それも序列二位の黒神である。

「おぬし、なかなかの手前じゃな」
 ホウサンオーはメイクピークの腕を賞賛する。ダマスカスだからこそ評価は低いが、他国なら立派に騎士団長になっていてもおかしくはない腕前である。

 今回の一振りは、相手がナイトシリーズであっても致命傷の一撃になりえた最高の一撃であったはずだ。相手がナイト・オブ・ザ・バーンでなければ。
 
「馬鹿…な」
 メイクピークは自身の眼前に広がる光景を受け入れられないでいた。確実に相手を捉えたはずであった。そこまでは完璧である。しかし、皮肉なことにメイクピークが心底求める結果だけが伴っていない。

 メイクピークには、その手応えが実際のものであると錯覚するほどリアルな感触があった。それだけ武人の間合いからすれば完璧であったことを物語っている。間違いなく直撃の一撃のはずであった。

 が、彼が切ったのはナイト・オブ・ザ・バーンの幻影。止水で使っていた戦気術で作った幻である。そして、リンドウに当たったのは本体ではなく、地面に突き刺さった【長刀】だった。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは実際の着地前にすでに刀を地面に刺し戻して、ゼルスワンの背後に回っていたのだ。原理は簡単である。単純に再び刀を地面に刺して着地地点をずらしたにすぎない。

 問題は、その【振りの速さ】である。

 刀を振り払った状態。さらに落下している中であの長い刀を完全に操ったのだ。恐るべきは速度だけではない。MGを完全に我がものとし、すべての動きを計算の中で行っている点である。

 自己の身体のすべてを知っていれば、不測の事態にどう動けばどういう結果になるかを瞬時に予測できる。ホウサンオーは実にそれが完璧なのだ。

 当たり前に思うかもしれないが、自己を知り尽くすことは非常に難しい。人間の動きは何気なく行っていることがあまりにも多いものである。意識しなければできないことも多く、また意識しすぎれば動きがおかしくなる。

 あのような長い刀を振るえば宙でバランスを崩してしまい、それこそ頭から落下しかねない。ただ刀を地面に突き刺すことすら容易ではないのだ。それもメイクピークより速くやるなどありえないことだ。

 そして、メイクピークにはもう一つわかったことがある。
 あの【手応え】だ。

 ホウサンオーは止水の原理で使われる戦気の放出を行い、メイクピークを幻惑した。止水は足運びであるが、もっとも難しいのは戦気術のほうだ。優れた武人ほど無意識のうちに戦気を読んで動く癖がついている。敵の攻撃予測も戦気の流れで感じているからだ。

 音速すら超える戦いにおいては感覚だけが頼りとなる。そこを狂わせることで結果そのものを正反対のものにすることができる。クウヤでさえ、ホウサンオーの意思に惑わされたくらいだ。それはホウサンオーの技があまりに見事だったからとしか言いようがない。

 ただし、これはMG戦闘。生身の武人ではない。
 その意味をメイクピークは痛烈に直感する。

(見誤った)
 機体の性能は高いのだろう。それこそまさに特機中の特機なのかもしれない。だが、こちらも特機クラスであるのは間違いない。仮にナイトシリーズと戦っても対等にやれる自信はある。

 ガガーランドは言った。
「武人にとって道具は関係ない」と。

 それこそ真髄。強さの真髄。
 この瞬間、メイクピークは相手の力量をかすかに知るに至る。

 相手は自分より何十段も上にいる。

 あまりの実力差に気がつかなかったのだ。それはアミカ・カササギから見て、紅虎が強いのか弱いのかもわからないように。それだけの差があるのだ。

 MG戦闘にしても熟練度が違いすぎる。相手は間違いなく相当の年数をMG、おそらくOGクラスの機体に乗っている達人である。MGがこうして量産される前、OGに乗れた武人はまさに一握りであった。かつてMGとはトップクラスの武人だけに与えられるものだったのだ。

 圧倒的に【費やした時間】が違う。
 
 多くの人間は時間を軽んじてしまう。すべてが一つ一つの積み重ねだということを忘れて結果だけを見てしまう。結果だけを見て才能が違うのだと諦めてしまう。

 しかし、岩を砕くのは信念。

 ホウサンオーから感じるのは、ただひたすら研磨を続け、鍛え続けた者だけが持つ清浄かつ芳醇な香り。まさに年代物のワインを彷彿させる深みがあった。それこそが戦いにおいては最大の差となる。なぜならば武人の戦いとは【経験】によって勝敗が決することがあまりに多いからだ。

 ルシアのように血統主義が珍重されるのはそれなりの理由がある。血に蓄えられた戦闘情報は子にも遺伝するため、潜在的に大きな可能性を維持することができる。

 各国の皇室や王室が貴重な血を蓄えているのは紛れもない事実なのである。ルシアの血が衰退していても、ザフキエルがあれほどの王気を出せることもまた歴代の王が今まで培った力あればこそであった。

 それはホウサンオーのような者がいてこそ成り立つもの。
 ただひたすら鍛え続ける人間がいてこそ生まれた力なのだ。

 彼が持つのはそうした【至高の意志】なのである。

(見誤ったまま死ぬのか!)
 メイクピークは死期を察する。背後にはナイト・オブ・ザ・バーン。再び振り上げた刀を振り下ろせば間違いなく自分は死ぬだろう。戦場では相手の力量を見誤った瞬間、死はいともたやすく訪れる。

 ここで自分の夢が消えることに、ある種の儚さと徒労感を感じる。ゼルスセイバーズを結成するために費やした時間と努力、それらが消えてしまうのだ。

 しかし、ただ一人だけその場で動いていた者がいた。その男は相手が誰であろうが戦うことをやめない【狂人】であった。

「いただきだあああぁぁあああ!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンのさらに背後からクウヤが突撃してくる。クウヤから見れば、今は隙だらけの好機でしかない。メイクピークがやられるのならば、それはそれで攻撃のチャンスなのだ。

「やれやれ、まるでストーカーじゃな」
 仕方なくナイト・オブ・ザ・バーンは振り返り、クウヤの攻撃を長刀【マゴノテ】で受け止める。

「止めた! 止めたぞ!! とんでもない怪物だぜ!」
 ザンギリの一撃を片手で難なく止める力にクウヤは吼える! しかし、クウヤが感じた深みはもっと別の場所にあった。

 衝突した瞬間、ザンギリの破砕振動がナイト・オブ・ザ・バーンにも伝わるが、手首のしなりでその波動をすべて外側に逃がしてしまったのだ。振動は長い刃を通って刃先から放出され、空気が振動してリィインという音を発する。

 それに鼓動してマゴノテの刃文はもんが薄く青色に輝いた。

 名刀マゴノテ(命名 ホウサンオー)。

 通常のMGの武器は工場の機械で生産されるが、このマゴノテは職人の手作りである。刀鍛冶師の最高位である【名工十師】の一人が手がけた業物であり、まさに人生をかけた傑作と称されたものなのだ。

 それにホウサンオーの熟練した戦気が加われば、まさに至宝。幾多の刀愛好者を虜にしてしまう罪深き美を宿すことになる。(そんな名刀をいともあっさりドラグ・オブ・ザ・バーンに置いてきたわけだが)

「こいつはどうだぁあああ!」
 ゼルスツーの再攻撃。切り離して下段からの切り上げ。ナイト・オブ・ザ・バーンは上体を反らして難なく回避。

「まだまだ!」
 それで終わらない。続いて連撃。切り上げの途中で剣の軌道が変化。追尾するように剣が流れる。本来ならば質量が乗っていない軽い一撃であるが、剣の重みと遠心力を利用して強烈な一撃となる。

「ほほ、案外器用じゃな」
 ナイト・オブ・ザ・バーンはそれもバックステップで回避。紙一重に見えるが完全に見切っているようだ。

 クウヤはまだ食い下がる。ザンギリをそのまま地面にぶち当て、コンクリートの破片をナイト・オブ・ザ・バーンに向かって撒き散らす。これもナイト・オブ・ザ・バーンは止水で回避。

「ちっ、まるで当たんねー!!」
 当たったところでコンクリートの破片。ナイト・オブ・ザ・バーンの装甲ならば汚れるくらいなものである。それでもひたすら食い下がる。一撃でも一発でも入れたいという執念すら感じる追撃であった。

「ちくしょう、ちくしょうが!!」
「クウヤ…」
 メイクピークは、本気で悔しがるクウヤに驚きを隠せない。彼ほどの天才ならば相手の力量はすでにわかっているはずである。それがわかっていながらあがく。

 なぜ戦うのか。
 答えは明瞭であった。

「強ぇえ! マジで強ぇえ! こんなやつ見たことねえよおおおおおお!」
 クウヤの戦気が真っ赤に燃える! 戦気は機体の外にまで流出し、ターコイズブルーのゼルスツーが赤く見える。

 クウヤは戦うことを欲している。才能がありすぎるがゆえに生き方を誤ってしまった男には、それしか楽しめるものがないのだ。彼にとってホウサンオー、そして黒神太姫はまさに至高の存在。だから戦いたいのだ。狂ってはいるが、ある意味で一途。ブレない心が力となって彼から溢れている。

「ほっほ、若い若い。じゃが、悪くない」
 ホウサンオーも、クウヤからひしひしと才能を感じ取っていた。自分に刀を出させる段階で、彼の実力が飛び抜けているのは明白である。それ以上に、必死に向かってくる意欲がなんとも心地よい。

(戦う目的…か)
 メイクピークはそんなクウヤを見て改めて自己に問う。

 なぜ戦うのか。
 どうしてゼルスセイバーズを作ったのか。
 自分が本当に求めているのは何か。

 それを問う。問い続ける。
 が、答えなどすでに決まっていた。

(目的など…簡単なことだ)
 メイクピークは、ふと心が晴れた気がした。今まで背負っていたものは所詮、外面にすぎない。中身ではないのだ。手段にこだわりすぎていた自己を思い返す。

 大切なことは目的。そこに変わりはない。

「クウヤ! 独りでは勝てんぞ!!」
 メイクピークの戦気が燃え上がる。それは真っ赤でありながらも青白く燃える光!

 メイクピークのゼルスワンはナイト・オブ・ザ・バーンに斬りかかる。高速の上段斬りから下段に変化する連撃。ナイト・オブ・ザ・バーンは刀で受け止める。見た目では完全に防いだ一撃。されど、剣から発せられる気は最初の一撃とは明らかに違った。

「ほっ!」
 ホウサンオーも見違えた一撃に思わず唸る。

 刀に宿るは【真剣】。

 真に戦う意志を宿し、恐れも打算もなくなった者だけが放つ一途な一撃である。

 心がけ一つで何が変わるか?
 変わるのだ。確実に変わったのだ。
 ホウサンオーにはそれがわかる。

「ふむ、良い気迫じゃ。先ほどとは別人じゃな」
 武人の戦気の源は精神力である。つまりは物的な要素だけがそのまま反映されるわけではないのだ。ユニサンが何度も立ち上がったように、すでに何度も死んでいておかしくない状態であったのに戦えたように、精神力こそ武人にとっての最大の武器なのだ。

 思いは人を強くする。
 祈りは魂を強化する。

 それはあやふやで曖昧なエネルギーではない。そうした次元の【法則】があるのだ。それを活用できる者が武人であり術者たちである。

 本来、メイクピークは心からの武人である。刀を合わせたホウサンオーには、彼が費やしてきた努力が手に取るように伝わってくる。雨の日も風の日も、絶望に打ちのめされた日も刀を振るってきた男の姿が見えるのだ。

 戦気は嘘をつかない。メイクピークの戦気は、彼の刀にかける真摯な想いを表現していた。そこに気迫が宿れば、当然ながら実力はクウヤを上回る。強固な意思があって初めて、人は困難を乗り越え目的を達することができる。

 【サムライ】なのだ。すでにこの国から失われた剣士の魂を受け継ぐ者なのだ。その多くはもはやエルダー・パワーにしか残っていないが、ここにも本物がいる。

 これがコウタ・メイクピークの真なる姿!!

「クウヤ、一度戻れ!」
 ゼルスワンはナイト・オブ・ザ・バーンと剣を合わせながらクウヤに命じる。

「ちっ、勝つためなんだろうな!」
「当然だ!」
 その言葉にメイクピークも力強く答える。

 連撃連撃連撃連撃。
 止まらない。止まる暇もないほどメイクピークの刀は動き続ける。

白辰はくしん!」
 上段から切り落とし、そのままの勢いで相手と位置を入れ替え反転し、再度刀を切り落とす二段斬り。

上毘じょうび!」
 刃を立てながら肩で押し込み、柄で相手の小手を打つ技。

風実ふうび!」
 上下で間合いを変えながら切り裂く横薙ぎの技。

聾刺ろうし!」
 斬撃から突きへと変化する高速突き。
 
 これらが途切れることなく一つの技としてつながるのが火坐巳かざみ一刀流、【具練撃ぐれんげき】である。火坐巳という剣士が立ち上げた流派であり、現在はほぼ使い手がいなくなってしまったが、元は紅虎丸の弟子である老虎ろうこから分かれた正統な剣術の一つである。

 メイクピークは幼い頃から火坐巳一刀流を学び、研鑽を積んできた。志郎やデムサンダー、アズマたち、エルダー・パワーに親近感を感じるのは、彼もまたその流れを汲む者であるがゆえである。

 そして、メイクピークが放った剣は相手を倒すものではない。高速の連撃を放ちながら間合いを生み出し、クウヤと自分の撤退の時間を作るためである。

 それらのすべてはホウサンオーに受けられてしまったが目的は果たせた。再び間合いを取り、ナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃範囲から離れていく。ホウサンオーは追撃はしない。

 相手はすでに逃げの間合い。あの二人の技量を考えれば、ここで技を放っても致命傷にはならないだろう。ホウサンオーは無駄なことはしない主義である。追撃は無駄に疲れるだけと判断し、そのまま見過ごすことにする。

 それは期待しているから。

「こりゃ、ちと面白くなってきたの」
 メイクピークの連撃を受け止めて、ホウサンオーも彼らに興味をそそられる。彼もまた武人である。本気の戦いを挑まれて心躍らないわけがないのだ。

 今までは、ただの虐殺であった。
 しかし、これからは【戦い】である。

 武人と武人が命をかけて戦う本物の戦場なのだ。それがホウサンオーの戦気をさらに引き上げる。

「さあ、いつでも来るがよい。相手をしてやろう」
 赤い戦気が研ぎ澄まされ、濁流が清流になるように不純物がなくなり透明になっていく。透明の中に黄金に光輝く粒子が見える。それらが次第に増えていき、戦気は金色の輝きをまとっていく。

 誰もがその美しさに目を奪われる。見るだけで涙が出てしまうほど清らかで侵しがたい雰囲気を放っていた。

「もうわかっているな。相手は強い。それどころか【至高】のレベルに入っている」
 メイクピークは、すでにそのことを隠すつもりはなかった。実際に剣を合わせてみればよくわかる。ホウサンオーから感じられるのは、【正当なる剣】であった。

 彼を前にするとなぜか威圧される。恐怖ではない。もっと別の感情だ。幾千年前から存在する山脈を見て偉大だと思う気持ち。自然の美しさと力強さを見て感動する気持ち。弱い者のために自己を犠牲にする聖者を見た時、才能なくとも努力を惜しまぬ若者に出会った時、人は心の底から尊敬の念を感じる。

 魂の奥底から湧き上がる心は誰にも止めることができない。ホウサンオーと対峙した時、メイクピークはそれらと同じ気持ちを味わったのだ。

 彼は【正当で正統なる者】である、と。

 相手が欲望に汚れた人間であれば、ただ単に侮蔑し排除すればよかった。しかし、相手が自己の先にいる自分自身であったとすれば話は変わる。

 メイクピークはそれでも戦えるかを隊員に問うのだ。

「俺はこの国を守りたい。今は堕落し、落ちぶれたことにすら気がつかない哀れな国だが、必ず立ち上がれると信じている」

 すでにメイクピークの顔には険はない。クウヤを見て感じたのだ。自分が本当にやりたいことは何であるのか。しなければならないことは何であるのか。

 一人の武人として国を守るということ。

 少なくとも正しい手段ではない方法で国が揺れることを防ぎたい。その強い想いである。

「俺は死ぬかもしれん。だが、その時は俺を犠牲にしてブラックワンを倒せ」

 メイクピークの想いが伝播していく。
 共鳴していく。

 この瞬間、ゼルスセイバーズは真の意味で【刀を持った集団】となった。

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