十二英雄伝 -魔人機大戦英雄譚、泣かない悪魔と鉄の王-

園島義船(ぷるっと企画)

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零章 第四部『加速と収束の戦場』

七十四話 「RD事変 其の七十三 『信仰の破壊⑦ 渇望たる愛の祈り』」

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「うおおおおおお! サキアぁああああ!」

「お前はここで死ぬのだ!!」

 アレクシートが必死にもがいても、ユニサンの腕は折れない。けっして揺るがない意思によって固められているからだ。

 人とは、なんと強い生き物なのだろう。

 いとも簡単に死ぬような存在であるのに、その意思が固まれば不可能などはない。不安定だからこそ、一度上昇したときの力が桁外れなのだ。

 ただ安定した人生だけを歩んでいたら、このような力は発揮できない。踏みつけられ、叩き壊され、これでもかと潰されてきたからこそ、ユニサンは強い。

 何度も何度も立ち上がってきたから、この男は偉大なのだ!!

 歯を食いしばれば、歯が欠け、首に力を入れれば、筋肉が裂け、踏ん張ろうとすれば背骨が折れる。半死半生。人とは何か、生の定義とは何か、と問いたくなるほど、今にも死にそうである。

 なのに、強い。
 強いのだ。

(なんなのだ! これはいったい、なんなのだ!!)

 アレクシートは、もう何も考えられなかった。目の前で起こっていることが何も理解できない。唯一わかることは、自分の力では絶対に束縛は解けないこと。この男が自爆しようとしていることだけである。

 自分は死ぬ。

 騎士として生きるからには、いつ死んでもよいと思っていた。そんな覚悟はとっくにできていると公言していた。今もその気持ちに嘘偽りはない。

 されど、甘かった。

 本当の命をかけた戦いとは、これほどまでに情熱的で、加速的で、排他的で、絶望的であるとは知らなかったのだ。多くの武人が、この一瞬のために生きていることを、今この瞬間まで気がつかなかった。

(ああ、未熟者め…!)

 アレクシートは、自己の愚かさを痛感する。自分は何のために戦ってきたのだろう。何を拠り所として戦っていたのだろう。

 家の名誉、騎士の栄光、カーリス教の繁栄。人々の明るく期待に満ちた視線が生み出す、絢爛豪華な世界で安穏としていた自分は、なんと愚かな存在だったのであろうか。

 目の前の男が何者で、なぜここまで強固なのか。アレクシートは、漠然ながら理解していた。ユニサンが出す赤い蒸気から、彼の【血の記憶】を読み取ったからだ。

 どれだけ泣いたのだ。
 どれだけ痛かったのだ。

 どれだけ耐えてきたのか。
 どれだけ想いを受け取ったのか。

 ユニサンの背後に、多くの人々の視線を感じる。それはアレクシートが知っている綺麗なものではなく、必死の形相でユニサンを支えている老若男女の姿である。

 若い男は、明らかに栄養が足りていない痩せ細った顔で、ユニサンを励まし続けている。女性は狂気を宿したような血走った目で、自分の子供の血で濡れた両手を抱きしめている。

 男性の老人は、自分の生まれ育った土地を奪われたことを嘆き、何かを喚きながら泣いている。隣にいる子供は、困惑したような、それでいて憎しみをもった目でこちらを見つめている。

 そうしたすべての怒り、哀しみ、憎しみが視えるのだ。

「くううう!! ううぉおおおおおお!!! わ、私はぁあ!!」

 アレクシートは、知らずのうちに涙を流していた。

 どんな相手にも正面から立ち向かい、どのような言葉にも揺らがなかった男が、その姿を見て泣いていた。なぜ泣いたのか、自分でも理由がわからない。

 ただ哀しく。
 ただ哀れで。

 ただただ痛かった。

「何もしてやれぬ! お前たちに何もしてやれぬ!! 私は、何も!」

 どうすれば、彼らの痛みが消えるのだろうか。どうすれば、彼らが本来持っていた優しさを引き出せるのだろうか。

 男性には、食物を与えればよいのだろうか。
 女性には、愛を与えればよいのだろうか。
 老人には、土地を与えればよいのだろうか。
 子供には、未来への希望を与えればよいのだろうか。

 どれもこれも、あれもこれも、すべてはもう遅いのだ。彼らはすべてを失ったまま、その痛みの中に取り残されてしまったのだ。自らの中に遺してしまった痛みが忘れられず、死んだあとまでも苦しみ続けている。

 怒りの記憶、怒りの連鎖が広がっていく。そのどれもが哀れで、助けてあげたくても声は届かない。もとよりアレクシートには、何もしてあげることはできなかったのだ。それが何よりも悔しい。ただただ悔しい。

「どうすればいい、どうすれば!」
「お前にも視えるようだな。それは、お前の死期が近いからだ」

 ユニサンは、般若の眼があるから彼らが視えるが、常人には「なんだか気持ち悪い」「何か恐ろしいものがいる」といった雰囲気しか感じられないはずである。

 人の精神が実在するように、これらもまた実在している。紛れもなく本物であり、かつて地上で暮らしていた人々の意思なのだ。そのすべては暗く哀しくても、人が人であるがゆえに、意思は常に燃え上がる。

 それが視えるということは、アレクシートの死が近づいて、彼が持つ本来の霊的視力が覚醒したからにほかならない。

「死ぬ。私は死ぬのだ!」
「そうだ。お前は死ぬ。俺が手を下さなくても血が沸騰した以上、どのみち終わりだ。そろそろ自分でも気がついているだろう」
「そう…か。やはりあれは…警告だったか。だが、私は…求めてしまった」

 アレクシートにも、血の沸騰の選択権があった。それを選んだのは、紛れもなく自らの意思である。ただ、あらがいがたい誘惑があったのは事実だ。心の奥底にある何かが、強制的にそれを手に取らせたような感覚がある。

 本当ならば、文句を言ってもいいはずだ。
 これは自分が選んだことじゃない。
 こんなのは嫌だと、泣き叫べばいい。

 しかし、アレクシートはすべてを受け入れる。

「これは自分の弱さだ。…私は弱かった。当然の報いだ」
「…お前は強いな」
「それを貴様が言うのか」
「本心だ。お前のような若者には生きてほしかったよ」

 ユニサンは、アレクシートに尊敬の念を感じた。

 今この場にいる者たち、怒りと憎しみに囚われた思念たちは、すべてを他人のせいにしてしまった。自分の不幸を誰かのせいにして、怒りのすべてを相手にぶつけてしまった。だから囚われる。

 まだ自分に対して怒りを向ける性根があれば、ユニサンのように闘うことができたかもしれないが、彼らにはそれすらできなかった。

 それは弱さである。意思の弱さだ。
 だが、ユニサンには見捨てることはできない。

「誰かが彼らを救ってやらねばならん! 誰かがやらねばならん! ならば、俺がやる!! 俺が解放してやる!!!」

 ユニサンが力を振り絞り、意思の力が発せられるたびに、背後の数万、数十万という人々の思念が安らいでいくのがわかる。彼が痛みを引き受けているからだ。彼らの憎しみを、自らが背負っているからだ。

「これほどの怒りは…、人間一人に背負えるものではないぞ」
「背負ってきた! 俺は、俺たちは背負ってきたのだ!」
「貴様が強い理由が…わかったよ。そして、追い詰められていた理由もな」

 アレクシートは、ラーバーンの面々から感じる覚悟の正体を悟った。彼らはすべて、自分よりも大きなものを背負っているのだ。一人ひとりが、抱えきれないほどの想いを背負っている。誰かの重荷も背負っている。

 だから常に歯を食いしばったような、決死の鬼の形相でいるのだ。

 そこには、物事に本気で取り組む者たちがいた。もし彼らがカーリス教にいたのならば、あの組織は間違えることはなかったかもしれない。尊敬し、信頼できる仲間になれたことだろう。

 だが、やり方は間違っている。

 こうして相手を傷つけてしまえば、また相手に恨まれる。復讐される。聖女カーリスが述べたように、怒りと憎しみの連鎖は永遠に廻り続けることになる。

 今この瞬間、アレクシートは因果の流れを理解した。

 彼の視野が、世界を構成する因果の法に触れる。今ある苦しみのすべては、人々が自ら引き起こしたものであることを知るのだ。

「けっして、けっして…救われぬ。それでは、けっして…」
「すべては未来に紡がれる!! 悪魔を倒す者が現れる日まで!!」
「それが私でないのが…残念だ―――ぐうううおおおお!」

 ユニサンの力が強まっていく。意図的に絞めたのではなく、もう自分でも制御できないのだ。それに呼応して、ジン・ジ・ジャスパー〈連鎖する怒り〉が赤く光り輝いていく。

 この場にいる者たちの怒りと嘆きを吸収して、巨大なエネルギーを溜め込んでいく。これだけの精神エネルギーが爆発すれば、いったいどうなってしまうのか、もはや想像もできない。

(サキア、私は…もう死ぬ。お前だけでも生き残れ)

 アレクシートの身体が、燃えるように熱い。オーバーロードによって暴走した因子が過熱しているのだ。それでもまだ力を求めようと、情報を引き出し続けている。

 武人は完全とはいかないものの、自分の力量をそれなりに理解できる。自分の因子のデータを感覚で読み取るからだ。アレクシートが自分の個性を知ったのも、そうした因子の情報を理解したからである。

 しかし、今の自分の因子は、もはやどうなっているのかすらもわからない。ぐちゃぐちゃで、触れられないほど熱くなり、理解できないほどの演算が行われている。

 まさにオーバーヒート。

 それに耐えられなくなった因子は、自ら崩壊を始める。まずは武人としての力が失われ、直後に肉体の崩壊が起こる。肉体を構成するデータが、すべて破壊されるからだ。

 その影響を受けた霊体にもダメージは還元される。それによって、アレクシートは長い眠りにつくかもしれない。あるいは、目の前の哀れな彼らのように、痛みによって自我を失うのかもしれない。

 恐怖はない。どのような結果になったとて、すべては自分のせいである。それでも、サンタナキアのことだけは悔いが残る。自分が死ぬとは思っていなかったので、何も用意していなかったのだ。

(サキア、私が集めている剣は、すべてやる。お前にも触らせなかった秘蔵の剣も、すべてやろう。だが、一番遺してやりたかったのは、私のすべてだ)

 サンタナキアが家を継いでくれれば、どれだけ安心できることだろうか。自分の半身であり、自分の愛すべき兄弟が自分そのものとなってくれれば、何の悔いもなく死んでいける。

 サンタナキアには、それだけの器があると知っていた。彼が本気を出せば、ロイゼン神聖王国もカーリス教も救われる。そう思えるほどに、彼という存在に期待していた。

「サキア、サキア…! 私は!!」
「終わる、これで終わる!!」

 ユニサンが、すべての力をジャスパーに送ろうとする。名残惜しいが、もう終わりにしなくてはならない。身体も心も、魂も限界であった。

 満たされる。
 満たされないかもしれない。

 解放される。
 また苦しむかもしれない。

 そのどれもが、もはや自分で選ぶことはできない。自分でその道を選んでしまったから。怒りと破壊を選んでしまったから。

 バーン、人を焼く者。

 その炎は因果として巡り、また次の炎を生み出す。


―――そして、次なる炎は、さらに強大となる



「アレクを―――放せ」



「―――――――――――っ!!?」

 その声は、ユニサンのすぐ耳元から聴こえた気がした。息がかかりそうなほど、間近から聴こえた気配がした。実際にその感覚もある。しかし、周囲には誰もいない。まるで声だけが飛んできたかのような、実に不可思議な現象であった。

 それはきっとサンタナキアの想いの力。
 彼の意思の力。
 絶対にアレクシートを助けようとする決死の意思。

 今彼は、その意思だけで生きているのだ。


―――剣が突き刺さった


 ドラグニア・バーンの背中に巨大な―――ドラグニア・バーンにすれば、やや小ぶりな―――剣が突き刺さった。

 声の次に飛んできたのは、剣であった。アレクシートの生存を確かめる声も、敵を威圧するための言葉も、相手を説得するための言葉も惜しみ、最初にサンタナキアが行ったのは、剣を投げつけることであった。

 ドラグニア・バーンの背中が見えた瞬間、シルバーフォーシルは、全身の力をバネのように使って、躊躇なく全力で剣を投げた。それは一直線にドラグニア・バーンに向かい、背中を抉ったのだ。

 ドラグニア・バーンが踏ん張っていたおかげか、その剣は貫通はしていない。もし貫通していればアレクシートも危なかったが、サンタナキアに迷いはなかった。今の彼には、力の流れのすべてが視えている。貫通しないという完璧な計算のもとに投げたのだ。

「この剣…は…! サキアか!」

 アレクシートの赤く染まった視界が、背中の剣を捉える。それはまさにシルバーフォーシルの、サンタナキアの剣である。しかし同時に、アレクシートは、剣が血に染まっていることに気がつく。

 実際は、オイルなどのさまざまな液体で汚れているだけなのだが、霊眼が覚醒しているアレクシートには、その剣が【血塗れ】であることがわかった。

 血に染まっている。
 人間を殺した証拠。

 正当防衛などで殺したのならば、剣はけっしてこのように汚れない。また、自己が完全に正しいという認識があれば、剣が汚れることはない。だが、怒りや憎しみ、負の思念で相手を殺せば、剣は汚れてしまう。

 剣の汚れは、心の汚れとなる。
 一度堕ちると、人は堕ち続ける。

 犯した過ちを反省しないようになると、人間は悪に慣れてしまう。それが続くと、実際に自分が悪に染まっていくのだ。そうした人間を、カーリス教の仕事で何人も見て、そのたびに斬ってきた。

 アレクシートは、それは弱さだと思った。自らの心さえ制御できず、すべてを他人のせいにして自己の欲求を満たす悪人。反省せず、後悔もせず、悪びれない者たちなど、斬られて当然だと思っていた。

 しかし今、サンタナキアの剣も血で染まっていた。

「ぐううう!! オロクカカ、しくじったのか!? 馬鹿な、バーンがしくじるなどと!」

 ユニサンにも完全に想定外のことである。なんとか踏みとどまったが、突然のことに防御が間に合わなかった。背中の半分付近にまで剣は到達し、ただでさえ崩れ落ちそうな身体が、さらに砕ける音がした。

「アレクを放せ!!」

 背中に剣が突き刺さっても耐えるドラグニア・バーンに、今度はサンタナキアそのもの、シルバーフォーシルが突っ込んできた。

 それはまるで弾丸のように襲いかかり、刺さった剣を掴んで、さらに強引に突き刺す。横に貫通しないように、上から下に突き刺していく。

「ぐおおおおおお!!」
「死ね!! 死ね、死ね、死ね!!」

 サンタナキアは、激しい憎しみの言葉を発しながら、剣を何度もドラグニア・バーンに突き立てていく。腕が塞がれ、無抵抗な相手に対し、何度も何度も抉っていく。そのたびにドラグニア・バーンからは、血のように赤い蒸気が噴き出る。

「死ね、死ね、死ね!!」
「サ、サキア…どうした…のだ!?」

 アレクシートも、サンタナキアの豹変ぶりに困惑していた。信じられない。これがあの優しいサキアなのか、と。

 サンタナキアが怒ったことなど、一度もない。それは彼が痛みを知っているからだ。孤児のつらさを知っている彼は、慈善活動でも同じ境遇の子供たちを抱きしめ、愛を伝えていた。

 誰も憎んではいけない。
 憎しみは、自分を傷つけてしまう。
 それでは誰も幸せにはならない。

 それより、誰かを愛そう。
 愛が、愛だけが、自分を救うから。
 そして、相手を救うから。

「アレクを放せ!! 死ね、死ね、死ね!!」
「サキア…サキア…、すまない!」

 アレクシートは、また涙を流す。とめどなく流す。

 サンタナキアが我を失ったのは、自分のせいだとわかったから。彼の狂気は、愛する者のために戦ったせいなのだ。自分のすべてを捨てて、自分を犠牲にして、アレクシートのために生きようとしたからだ。

 今のサンタナキアのパワーは異常で、本来ならば簡単には壊せないドラグニア・バーンの装甲すら、簡単に抉っていることから、自分と同じく血の沸騰に身を任せてしまったのかもしれない。

 その過程がどうあれ、根幹には【愛】がある。

 愛のために、サンタナキアは悪鬼と化した。

 すべては愛によって導かれた結果なのだ。
 それを想うだけで、アレクシートは涙が止まらなかった。

「サキア、もういい! もうやめてくれ! お前は生きろ!!」
「アレク! アレク!! 今助けるから!! こいつを殺して、助けるから!!」
「いいんだ。どうせ、もう死ぬ!!」
「死なせない!! アレクは絶対に!!」

 シルバーフォーシルの力が限界を突破し、自らの右腕が折れるとともに、剣がドラグニア・バーンを切り裂いた。抉った状態で切り裂いたので、まるで動物の解体のように、背中がばっさりと切り開かれた。

 MGの脊髄が露わになり、燃料がごぼごぼと流れていく。ジュエル・モーターが剥き出しになり、赤い戦気と蒸気がスチームのように噴き出す。

 それでもユニサンは、立っていた。
 いまだ腕を絞め続けていた。

「まだだ!! ここでは終わらぬ!! ジャスパーを起動させるまでは!!」
「しぶといやつめ! …あれか? あれが元凶か!」

 サンタナキアは、周囲に展開している怒りの元素を【視る】。真っ赤に染まった聖眼は、あらゆるものを見通す。その軌跡も、その力の根源さえも。

 怒りの元素は、ユニサンに吸い込まれている。それが力となって、いまだ倒れずに済んでいるのだ。想いの力、何十万という人々の嘆きの力である。

 それを感じた多くの人間は、怯えた。
 このような視線は初めてだと、震えた。

 だが、サンタナキアは正面から受け止める。

「消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 サンタナキアの怒りの波動が、その場にいた怒りの元素に叩きつけられる。

 その瞬間、世界が震えた。


―――≪ぎゃぁあああああ≫

―――≪痛い、痛い、痛い!!≫

―――≪嫌よ、また奪われる!≫

―――≪子供を返して!!≫

―――≪こんなの、もう嫌だよ!≫


「お前たちが死なないのならば、何度だって殺してやる!! 消えろ、消えろ、消えろ!! 永遠に苦しみ続けろ!!」

 怒りは、より上位の怒りによって蹂躙される。何十万といようと、所詮は弱者の怒りにすぎない。強者の怒りの前には、ただただ無抵抗に攻撃されるしかない。

 周囲から嘆きと哀しみの声が響く。過去に受けた傷が抉られ、また新しい傷が生まれていく。そこに塩を塗りたくるように、サンタナキアが踏みつけるからだ。

「馬鹿な。なんという怒り…だ。ジャスパーの力を破壊するのか!?」

 ユニサンの般若の顔が驚愕で歪む。

 この場は、ユニサンとジャスパーによって支配されていた【領域】である。そこに強引に干渉し、力の源泉を破壊しようとしている。この場にある怒りより、サンタナキアの怒りのほうが強いからだ。

「俺の怒りより、憎しみより強い…。ありえぬ。普通の人間では不可能だ!」
「サキア、やめろ。やめて…くれ。優しいサキアに…戻れ」
「はぁはぁはぁ!! 力が足りない! もっと怒りを、もっともっと怒りを!!」

 サンタナキアの双眸がさらに輝き、力を引き出していく。彼の因子もアレクシートと同じく、拡張され、膨張し、ぐちゃぐちゃになっているのに、それでも戦い続ける。

 その意思の強さ。
 その怒りの大きさ。
 その愛の偉大さ。

 すべてが桁外れ。
 これがサンタナキア。彼に眠っていた力である。

「殺せ!! 早く私を殺せ!!」

 アレクシートは、サンタナキアに声が届かないことを知ると、ユニサンに声をかける。彼を止めるには、もうそれしか手がないと悟ったのだ。

「そうしたいところだが…力が出ぬ。制御で精一杯だ!」
「これだけのことをしておいて、いまさら何を言う!! さっさと自爆しろ! 付き合ってやると言っているのだ!! 早くしろ!!」
「お前の友は、とんだ化け物だ。この力、この怒りは、俺を遥かに超えている。ジャスパーの力が削られていく!」
「くそっ!! こうなれば―――うおおおおおおおおおお!」

 アレクシートが戦気を膨張させる。もう制御などできないため、でたらめに力を放出することしかできない。しかし、血の沸騰によって強化された戦気は強大で、それだけで彼の生命力をガンガン削っていく。

 そう、自害である。

 アレクシートが選んだのは、自ら死ぬこと。力を使いきって衰弱すれば、もっと早い時間で死ぬことができる。自分が死ねば、サンタナキアが戦う理由がなくなる。そう考えてのことだ。

 ただし、それはあくまでアレクシートの考え。
 サンタナキアには、こう見える。

「アレクを傷つけるな!!!」

 その姿は、束縛から逃れようと必死に抵抗しているように見える。周囲の怒りの元素は視えるのに、アレクシートの心は見えない。いつもならば簡単にわかるはずの心が、まったく見えない。

 完全にサンタナキアが狂乱している証拠である。まともな判断力が残っておらず、ただ愛する者を助けたいという動機だけが、彼を突き動かしているのだ。

 もはや、サンタナキアは燃え尽きていた。

 あの十字架で燃やされた段階で、彼の精神の限界は超えていたのだ。そこに与えられた新たなる力が、持ち主の制御を離れて暴走している状態である。

(これもすべては私の責任だ。私が力を求めたからサキアは…。だが、死なせはしない! 私より先に死なせはしない! 一秒でも長く生かしてみせる!)

 アレクシートは、いたずらに戦気を暴走させるのをやめ、すべての戦気をサンタナキアに向けて放った。ガガーランドがやった、戦気術の賦気である。

 サンタナキアの血の沸騰が少しでも収まるように、王ではない自分が使ってもあまり意味はないかもしれないが、そこに兄弟への愛を込めて、自分のすべてを託そうとする。

「うっ、うううう!! うぁあああああ!」

 その賦気を受けて、サンタナキアに変化があった。眼を押さえ、残った左手でドラグニア・バーンを叩き始めた。これは攻撃というより、あまりの痛みに悶え苦しみ、何かに八つ当たりしている様子である。

 アレクシートの想いが、サンタナキアを包む。

「サキ…ア。負ける…な。お前は……私より…強い……だろう?」
「うう、ううううう! アレク、アレクぅううう!」

「ああ、サキア…。すま……ない。私は…結局、なにも……お前に……」



「それでも…」




―――「生きろ」




 その言葉を最期に、アレクシートの気が消えた。


 すべての力が抜け、全質量がドラグニア・バーンの腕に寄りかかる。生きている人間は、案外軽い。が、死んだ人間は重い。そこに意思がもう存在しないからである。

 最期の一瞬は、まるで風船がしぼんだ瞬間であった。一気に全部の力が吐き出され、しわくちゃになった。そして、崩れたのだ。

 もうシルバーグランは、動かない。
 搭乗者がいなくなれば、それはただの機械でしかないからだ。

 目から光が消え、ただの無機物になる。
 生命が抜けたのだ。
 それはただの抜け殻である。


「あれ…く?」


 バチンッ

 視界が赤から白に変わった。

 何かが入れ替わるように、サンタナキアの中に正気が戻ってくる。

 今何が起きているのか、起こったのか、すとんと理解できた。

 狂乱していた中での、突然の理解。なまじ聡明だからこそ、すべてが視えてしまった。わかってしまった。アレクシートの想い、苦しみ、嘆きのすべてが理解できたのだ。

 その視界の中で起こったことは、まるで夢のように現実感がない。あってはならないし、あってほしくない現実とは、いつだってこのようなものなのかもしれない。

「あレく、あれく、アレク、アレく、あれク」

 狂ったように、その言葉だけを紡ぐ姿は、まるで親を失った子供の姿に似ていた。

 伸ばした手は何にも届かず。待っても何も起こらない。変化がなく、闇雲に時が流れるだけ。そんな哀しい時間。されど、それは数秒にも満たない時間。

 しかしながら、だからこそ、数万時間という地獄。
 何度も何度もリピートされる、地獄の連鎖。

「ううう、うううううう!」

 ごぼごぼ。ごぼごぼ。

 サンタナキアの眼から、血がこぼれていく。とめどなく漏れていく。手で覆っても、それを破壊するように噴出していく!!!

 人はなぜ泣くのだろう。
 なぜ涙を流すのだろう。

 それは、哀しいからだ。
 哀しいから、泣いているのだ。

「うああああ! うぁあああああああああああああ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「お前たちが、お前たちがぁあああああああああああ!」


 ズバンッ


―――腕が、飛んだ


 左手で剣を握り、その激情をドラグニア・バーンの腕に叩きつける。強靭な意志で固められた腕が、いともたやすく、飛んだ。

 あれだけアレクシートがもがいても、けっして揺るがなかった腕が、なぜこんなに簡単に飛んだのか不思議である。だが、ユニサンは一度たりとも力を緩めてはいない。全力で絞めていたのだ。

 むしろ力の制御ができなくなったからこそ、限界を超えて絞まっていた。その力をもってしても、たった一撃で斬られてしまったのだ。

 そして、ユニサンには視えた。

「今、ようやくわかったぞ!! お前は…いや、あなたこそ、あなたこそ我々が求めていた存在!!!」

「俺が生きていたのは、このためだ! このために生かされていたのだ!」

「俺は、役に立ったのだ!!」


「―――うるさい!!! アレクから離れろ!!」


 強引にドラグニア・バーンをシルバーグランから突き放し―――

 ズバンッ

 腕を失い、よろよろとふらついたドラグニア・バーンを、縦に真っ二つにする。それと同時に、サンタナキアの腕が折れた。シルバーフォーシルの左腕が砕けたからだ。

 あまりの力に機体が耐えられなかったのだ。ナイトシリーズでさえ、今の彼にとっては力不足なのである。残念ながら、フォーシルは全力の彼に完全に対応できる機体ではなかった。

 シルバーフォーシルが弱いわけではなく、今までサンタナキアは力を上手く使って流れの中で剣を振るっていた。だからこそ負荷が軽減され、機体はギリギリ損傷を免れていたのだ。

 しかし、怒りに任せて強引に振るえば、力はすべて自身に戻ってくる。それにフォーシルは耐えられなかったのだ。そもそも怒りに任せて戦うようには造られていないからだ。

 残念。とても残念である。
 できれば彼に、全力で戦える機体をあげたいものだ。

 そう、たとえば、天才タオ・ファーランが造った【黒い機体】ならば、すべての力を出しても壊れたりはしないだろうに。それは怒りを想定して造られた機体。どんなに力任せに攻撃しても、強引に叩きつけても、すべてを受け止めてくれる機体だから。

「ふははははは!!! やったぞ! 俺はやったぞ!! ああ、ゼッカー。主よ。俺はあなたの役に立った!! 世界の礎になれたのだ! 俺は、俺は…!」

 斬られたドラグニア・バーンは、ゆっくりと二つに分かれていく。完璧に真芯を捉えた一撃は、完全なる一本の線となって、ユニサンすら綺麗に真っ二つにしていく。

 それと同時に、搭載されたジン・ジ・ジャスパー〈連鎖する怒り〉に、怒りの元素たる数十万もの人間の意思が吸収されていく。

 それが極限にまで達したとき―――


「ああ、愛して…。マニーア、レアトーニャ、俺は、この世界を愛して…。人を愛して…、お前たちを愛して……」




「だから、これで―――いいのだ」




 爆発。


 ドラグニア・バーンが、大爆発を起こす。

 それは横には広がらず、一直線に天を切り裂く炎となった。すべての力が天に向かい、空を燃やしていく。雲は一瞬で蒸発し、薄暗い世界に新たな秩序を打ち立てる狼煙となっていく。

 人の怒りが極限にまで高まれば、天すら裂くことができるのだ。
 それをユニサンは証明した。

 彼の生き方は、けっして正しくなかった。そんなことは誰にでも言える。何もしないやつらにも言える。

 だが、人間として生きた。精一杯生きた。それらをあざ笑う者がいたら、バーンたちによって真の痛みを与えられるだろう。

 今ここに、すべてが始まる。


―――≪ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア≫


 炎が天を焼いて、すべてが赤に染まった瞬間、天から嘆きの赤い雨が降ってきた。

 何十万という人々の、過敏になった怒りと苦しみの【血の涙】が降り注いだのだ。それらは無差別に首都に降り注ぎ、すべての人間に影響を及ぼす。

「―――っ! うっ、うわああああああああああああ!」

 それはサンタナキアも例外ではなかった。

 彼の中に、彼らの恐怖や痛みが降り注ぎ、身体を焼き、心を焼き、魂を打ち砕いていく。

「イタイイタイイタイイタイイタイイタイ―――!」

 全身が痛い。焼いた槍で突かれているように痛い。この痛みは、良心に突き刺さる痛みに似ていた。困っている人を見捨てて後悔したとき、誰かを騙してむなしさを感じたとき、子供を殺して激しい嫌悪感に陥ったとき。

 そんな存在そのものを蝕む痛みが、全身に襲いかかる。あまりの痛みに、サンタナキアは転げまわる、殴る、ぶち破る。シルバーフォーシルのコックピットから、転げ落ちるように逃げ出してくる。

 そのまま受身も取らずに、頭から落下。

 それでも武人である彼にとっては、軽く机に頭をぶつけた程度の痛みでしかない。

 そして、我に返る。

「…………………………………………」

 なんと皮肉なことだろう。想像を絶する痛みでは我を忘れるのに、たかだかこの程度の痛みで我に返ってしまう。そんな人間の愚かさとむなしさを、この男は痛感したのだ。

 サンタナキアは、自分の手を見た。

 血に塗れ、黒く汚れ、すすけ、ぐしゃぐしゃになっている両手である。人を殺し、愛する友を見殺しにした手。狂気に支配され、無慈悲にユニサンを殺した手である。

「ぁぁ……ぁあ」

「殺し…た」



「怒りで……人を殺した」



 人を殺したことはある。だがそれは、相手も武人だったからだ。そうしないといけない相手だったからだ。そのときも苦しんだ。どんな理由であれ、それが武人であれ、殺すという行為に不快感を抱くからだ。

 それは愛に反する行為だから。
 魂が痛むから。

 そうであるのに、それを怒りで行えばどうなるのか。ただただ自分の欲求のために怒り狂い、すでに自分にとっては弱者であったオロクカカやロキ、そしてユニサンを殺した。

 その時、何を思っていたのか。
 何を考えていたのか。

 わからない。何もわからない。覚えているのは、あまりの痛みで自己の行動を制御できなかったことと、アレクシートへの想いだ。

―――嘘だ

 違う。ただ怒りに身を任せたのだ。間違っているとわかっていながら、怒りの力に支配され、支配されることを許し、敵を殺したのだ。そこに快感がなかったとは思えない。力に酔ったのだ。

 それは自分が弱かったからだ。
 弱いから、酔ったのだ。

「アレク…アレク…」

 一歩、一歩、サンタナキアはシルバーグランに近寄る。どれだけ時間がかかったのかは、わからない。何度も転びながらもたどり着き、血で何度も滑りながらも、ようやくにしてシルバーグランのコックピットを開ける。

 すでにシルバーグランは、何の反応もなく、何の抵抗もなく、自らの主人をサンタナキアに明け渡す。そこには、血を吐いて倒れているアレクシートがいた。

 ボロボロだ。身体の中は破損しており、内臓はいくつも潰れている。両腕も折れているし、それ以外にも重傷箇所は山ほどある。

 しかしながら、一番の問題は―――

「死んで…る」

 力なく、力なく、その言葉を紡ぐ。

 当人はすぐに発したと思っているが、発するまでには何十秒もかかっていた。それほどまでに狼狽していたのだろう。あの彼が、あの物静かで理性的な彼が。

 その後のことは覚えていない。

 気がつくと、サンタナキアは外にいた。隣には、アレクシートの姿がある。おそらく自分で引きずって降ろしたのだろう。その証拠に、アレクシートの服には、自分の両手の血が、べったりとついていたから。

「汚い…」

 アレクシートの血と比べて、自分の血はなんと汚いことか。穢れている。醜い。怒りで人を殺してしまった者に相応しい色だ。見た瞬間に、誰もが嫌悪感を抱く色。どんなにセンスがない人間でも、この色の服は選ばないだろう。

 ただただ、サンタナキアは呆けていた。

 アレクシートとの思い出に耽り、現実から逃避していた。その過去の映像は光り輝いていて、今でも自分にとって最高の宝物である。それを見るたびに心が温かくなる。

 でも、外は暗く冷たい。

 単純に日が落ちたからというだけではなく、アレクシートという光を失った世界は、サンタナキアにとって何の価値もなかったのだ。何一つ味わいがなく、何一つ面白みがない、すべてが無味乾燥の世界。

 サンタナキアは、赤い涙を流しながら、アレクシートの頬に触れる。
 徐々に冷たくなっていく彼に触れる。

「アレク…、君は光だった。私はそれにすがっていたんだ。すがって…いたんだ。守れもしない…のに、君の……光が欲しくて……」

「愛が欲しくて……」

 空虚な世界に、光が舞い降りた。それは自分と似ていながらも、まったく違う存在であった。自分と違って誇り高く、けっして弱音を吐かない。痛みにも耐え、自分の理想を追っていた。

 アレクシートは、自分のことを強いと言った。
 だが、それは違う。

「弱い。なんて…弱い。私は…こんなにも……」

 すべてアレクシートがいたから。彼が求める理想を、自分が叶えてあげたかったから。何もない自分が、彼という光のそばにいるためには、それしか方法はなかったのだ。

 醜く、浅ましい。それがサンタナキアという存在なのだ。けっして聖人君子ではない。ただ自己の欲望に塗れた存在なのだ。

「アレク、アレク…。私はもういい。いいんだ。だから、君だけには生きてほしかった。だって、そうだろう。君の両親だって、そう思うはずだ。どうして逆ではなかったんだ。どうして、どうして、どうして…」

「もし君が再び笑ってくれるのならば、私は……すべてを捨ててもいい。何でもする。だから、だから…神よ。偉大なる女神よ。どうか、どうかアレクを……」

 サンタナキアは、空を見上げて泣いた。
 聖痕が刻まれた眼からは、いまだ赤い涙が流れている。

 こんなもの、求めていなかった。欲しくなかった。
 不公平じゃないか。
 誰が欲しいなんて言ったんだ。

 自分が欲しかったのは、たった一つ。
 今、手の中で失われてしまった光だけ。

 光のない世界で、これからどうやって生きるのか。
 見てごらんよ。空が、あんなに赤い。
 もう終わりなんだ。

 これは罪で、罰なんだ。
 でも、いったい誰の罪なんだ?
 自分が悪いのか? 自分が何をしたのか?

 わからない。わからない。わからない。
 ただ無知であることが憎らしい。



 ふざけるな。



 ふざけるな。ふざけるな。


 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。


「こんなもの、認めていない!!!!」


「認めていないんだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 サンタナキアが、全身から戦気を放出させる。その量は、膨大。この身体でそれを続ければ、数分で死に至るだろう。

 それでいいのだ。

 もう生きている価値などはない。だから死のう。そう思ったゆえの短慮である。普段の彼ならば考えられないが、それだけアレクシートが大事だったのだ。

 サンタナキアがアレクシートに感じている愛は、当然ながら恋愛ではない。されど、男女の愛すら超える愛である。自分自身への愛であり、唯一無二の相手への愛情である。無私の愛であり、無償の愛である。

 ともすれば、それは狂気に近い愛かもしれない。女性が愛に狂うように、男性も愛に狂う。愛が、愛を殺してしまうのだろうか。


 否、人は本当の愛を知るまで、偽りの愛を殺し続けるのだ。


 サンタナキアは、心から愛を願った。

 愛が、愛が壊れて、愛が崩れて、愛が溶けていく。愛の中に埋もれ、愛だけを欲し、宙に手を伸ばす。ただ愛が欲しいと。ただ愛を取り戻したいと。

 そのためならば、すべてを捧げると祈った。

 それは心からの祈り。
 カーリス教での祈りでも、これほど真剣に祈ったことはない。
 真摯に、本気で、魂の奥底から搾り出す。

 祈りとは、魂からの叫びである。生命の波動であり、振動数であり、あらゆるものと同調する力である。波動は親和力の法則によって、自動的に同じ波動のものを引き寄せる。

 原子は、同じ原子を引き寄せる。
 人は、同じ人を引き寄せる。

 そして、愛は愛を引き寄せる。


「やあ、初めまして。ボクは女神様じゃないけど、君の願いを叶えてあげることができるんだ。君が望むなら、ね」


 サンタナキアの愛に応えて、愛が降臨した。

 それはまるで、天の御使いの如く。

 甘い、甘い誘惑を携えて。
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