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―魔界へ―

30話 とある村①

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「さくらさん、メストから離れないでね。メスト、もしもの時は―」
「はい。命に代えても守ります」
「いやそうなる前に私を置いて逃げてね?」

竜崎達は旅人を装い村に入る。村人から多少奇異の目で見られはするが、すぐに各々の作業に戻っていく。

流石魔界とあってか、ほとんどの住人は魔族。メストと同じような青肌をしている。勿論人や獣人、他魔族らしき人の姿もあった。

「とりあえず宿に泊まろうか。移動で疲れたしね」



「ようこそいらっしゃってくださいました。本日はエナリアス様へ捧げるお祭りの日です。楽しんでくださいね」

出迎えてくれた女将は笑顔で出迎えてくれる。

「お客様方は何の旅なのですか?」

よくある質問に竜崎はすっと嘘をつく。

「エナリアス様にお会いするためにここまで来ました。一日休んでから発とうと思います」

「それはそれは、私どもの村もエナリアス様を信仰しております。ですが、お会いなされるのは難しいと思いますよ」

「え、そうなんですか?」

わざとらしい竜崎。物知らぬ旅人と思われたのか女将は優しく説明してくれた。

「万水の地の境には常に滝のような大雨が降っております。もっと近い街にいらっしゃる巫女様の協力を仰げれば通れると思いますが…」

「うーん。とりあえず行けるところまで行ってみようと思います」

「それがいいですね。差し出がましいことでした、申し訳ございません。もし運が良ければ巫女様もお力を貸してくださいますよ」

村の様子を色々と聞く竜崎。飾り付け綺麗ですね、名物料理はなんですかと観光客のような質問を重ねていく。女将の心が和らいだ時を狙い、彼はあの質問を平然と聞いた。

「そういえば奥の方に薪が積まれていましたけど、かがり火でも焚くんですか?」

「えっ、は、はいそうなんです。後夜祭として…」

唐突に歯切れが悪くなる女将。何かを隠しているのはさくらにもわかった。

「へー。私達も参加しようかな」

興味を持つフリをして更に探りを入れる竜崎。と、女将の剣幕が変わった。

「いえ、駄目です! あ…。いえ、村民を労うための後夜祭なので部外者はちょっと」

自分でも語気を強めたのはわかってしまったのだろう。慌てて取り繕う女将。竜崎はそれに気づかなかったように引き下がる。

「それは残念ですね。明日もあるからお祭り楽しんだらすぐに寝よう。ね、2人とも」



そういえば道中乗り換え時に軽食をとったきりで何も食べていなかった。明るいうちから風呂にも入れ、さっぱりした3人は食事をとっていた。

「そういえばニアロンさん出てきませんね」

さくらはなんとはなしにそう話題にだしたが、竜崎は指を唇に当て静かにのマーク。

「あいつが姿を見せると一発で正体がバレちゃうからね。ここまで誰にも気づかれないのは珍しいけど」

「準備の追い込みでそれどころじゃないって感じですね」

メストの推理に竜崎は頷いた。

「それもあるけど、全員が胸になにか抱えているな」

意味深なことを呟く竜崎。そんな時だった。


「山向こうの村の元領主、アレハルオ家の嫡女、メスト・アレハルオ殿とお見受けします」

突然席横に誰かが立つ。お供を2,3人引き連れた青年だった。メストは眉1つ動かすことなく問い返した。

「貴方は?」

「これは失礼、私はこの村の領主の息子、ベルン・アルクトと申します。確か『学園』に行かれたとお聞きしておりますが、この村に何用でしょう?」

やけに高飛車な態度をとる彼。メストは淡々と答える。

「先生と共に万水の地に向かっているだけです。ここには宿泊がてら」

「ほうそれは。しかし貴方の家も近いはず、とうとう形もなく壊されましたか?」

意地悪い笑いをあげるベルンという青年。竜崎は助け船を送る。

「あまり迷惑をかけるわけにもいかないからね。こちらから遠慮させてもらったんだ」

「そうでしたか。私はてっきりそちらの村民から私刑でも受けたのかと!」

下卑たことを言うベルンをメストは表情を変えず睨む。それが効いたのか、彼はたじろぐ。だがさくらは気づいていた。彼女が机の下で拳を強く握りしめているのを。

「ところで君、ベルンくんだっけか。最近しっかり寝ている?」

竜崎は話を逸らすために、興味深そうに彼の目を見つめる。

「寝てますよ。最近は祭りの準備で寝不足気味かもしれませんね」

「そうか。ちょっと目の色がおかしくなっているからよく休んでね」



と、そこに車椅子に乗った男性が召使いに押してもらいながら店内に入ってくる。

「ベルン。祭りの準備はまだ終わってないだろう、急ぎなさい。ゴホッ」

病魔に蝕まれているのだろうか、しゃがれた声の男性は咳を抑えながら催促する。

「わかっていますよ父上。珍しい方がいらっしゃっていましたから挨拶をね」

メストは立ち上がり、ベルンの父、即ち現領主に一礼をする。

「おぉ。これはこれはメスト殿。車椅子のままで申し訳ない、御父上は息災ですか?」

「領主殿。突然の訪問で挨拶に寄れず申し訳ございません。えぇ、父は元気にやっております。今、僕は学園の生徒として来ております。どうか普通の旅人として接してください」

「それは良かった。しかし生徒としてですか」

教師役を確認しようと近寄る領主。彼は目を何度か擦り、驚いた声をあげた。

「り、リュウザキ様!貴方様がどうしてこちらに」

とうとうバレた、とバツが悪そうな顔をする竜崎。領主のその言葉を聞いたベルン達も驚きのあまり目を大きく見開き固まっている。

「エナリアス様に少し頼み事をお願いしようと来たのです。この子達は腕利きですし、良い機会ですからウルディーネと契約を結べるか試してみようと」

彼は仕方なしにまたもや適当な理由をでっちあげる。どうやら信じてくれたようだ。

「そうでしたか、メスト殿も立派になられたのですね。もし時が合えば、祖父殿を止められたのですかな…」

「戻せない過去です、領主殿。僕は全てを受け入れます」

無念の表情を浮かべる領主は、そうメストに言われハッとなる。

「要らぬなことを思い出させてしまいましたな…申し訳ございません」

深々と頭を下げる領主。頭をあげると今度は竜崎に話しかけた。

「リュウザキ様、もしよろしければ少々お知恵をお借りしたいのですが…」

その言葉の途中で、息子ベルンが遮った。

「父上、祭りの準備に向かいましょう。リュウザキ様方は宿泊なされるらしいので祭りが片付いた後でも」

有無を言わさず、息子は父親を半ば無理やり連れて行ってしまった。



「メスト、よく堪えた。辛かったね」

「いいえ、先生。祖父の罪は事実です。あのように思われるのも慣れています」

メストのただならぬ事情が垣間見え、さくらも息を詰まらせる。とても彼女の過去について聞ける雰囲気ではなく、注文したデザートが届くまで沈鬱な空気が3人を包んでいた。
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