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―閑話―

41話 観測者達

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「ってことが昨日ありまして…。酷くないですか?」

「それは…災難だったね…ふふっ…」

王宮、待機室。さくらの愚痴交じりの話を竜崎は笑いを堪えながら聞いていた。結局彼は丸一日寝ていたため、『観測者達』の元へ出発する直前に事の詳細を知ることとなった。


結局堪えきれず、笑いが漏れる竜崎。なおニアロンは大爆笑している。不慮の事故?とはいえ野外で乙女が柔肌を晒した話がそんなに面白いのかとさくらは頬を膨らませる。

「そんな笑わなくてもいいじゃないですか」

むくれるさくらに竜崎は手で謝る。が、やはり顔の綻びが収まっていない。

「ごめんね。ちょっと昔を思い出しちゃって」

「昔、ですか?」

理由が違い拍子抜けするさくら。竜崎は懐かしむように語る。

「ソフィアのやつも似たミスをやらかしていたんだよ。勇者の服を吹き飛ばしてね、それを横で見ていた私はソフィアに思いっきりはたかれたんだ。何もしてないのに」

―血は争えないな、全く―

ニアロンも笑い涙を拭っている。だがまたすぐに思い出し笑いでゲラゲラ言い始めた。と、それを嗜める声が。


「ご主人、笑っちゃいけませんよ。さくらさんもマリアさんも暫く沈んでたんですから」

さくらの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしながら竜崎を叱ったのは白猫。タマである。

「珍しいですね、タマちゃんが一緒に来るなんて」

いつも色々と面倒を見てくれているが、遠出に彼がついてくるのは初のこと。竜崎も彼を撫でる。

「さくらさんの足代わりにお願いしたんだ。登るの大変だろうから」

登るとは?どういうことか聞こうとした時、賢者が入ってきた。


「すまんの、遅れたわい」

「札の解析ですよね。ありがとうございます」

遅れた理由を察し、頭を下げる竜崎。賢者はコクリと頷いた。

「そうじゃ。例の魔術士が作った札、残念じゃが魔力の痕跡を上手く消しておる。わかったことは精々術式の字体ぐらいじゃな」

お手上げ、と手を広げる賢者。どうやら相手はかなりの手練れということらしい。




メンバーが揃い、一行は別の部屋に移動する。そこの床には大きな魔法陣が一つ敷かれており、それを取り囲むようにモノリスが幾つか設置されていた。全員でその中央部に立つ。

「転移魔術式、起動します。いってらっしゃーい」

担当魔術士がスイッチを入れると魔法陣とモノリスが青白く輝き、光がさくら達の体を包む。目の前が完全に光に覆われ、パシュウウンと音が響いた。






「いらっしゃいませ、皆様」

何者かの声にさくらがハッと気づくと、別の場所にいた。専用に掘られた洞窟の中だろうか、薄暗い。声の主であるお迎えの魔術士に案内され、外に出る。

「―寒っ!」

思わず肩を抱くさくら。温暖なアリシャバージルとは全く違う極寒気候だったのだ。酸素も薄い。

「ここは山の中腹部だからね。この前あげた服着ちゃって」

魔界で竜崎に渡された上着を慌てて羽織る。効果は抜群、暖かさが身を包んだ。


どうやらここはどこかにある霊峰の山頂付近らしい。「観測者達」は頂上に住んでいるため、そこまで歩く必要があるようだ。

思わず上を見上げるさくら。雲か霧かに閉ざされ先は全く見えなかった。そのまま後ろに卒倒しそうになる彼女にタマが声をかける。

「さくらさん、私の背にどうぞ!」

ありがたく巨大化したタマの背に乗ることに。フワフワで気持ちいい。

「タマさん辛くないんですか?」

相変わらず巨大化したタマにはさん付けをしてしまうさくら。そんなことには気づかず、タマは得意げに鼻を膨らませた。

「私はただの猫じゃないんです!」

いやそれはわかっている。喋って巨大化する猫なんて普通ではない。では何かというと―。

「『霊獣』ですよ。これでも人々から祀られたりする存在なんです!私の場合、将来的には、ですが」



迎えの魔術士を先頭に、魔術を駆使しひょいひょいと登っていく竜崎達。さくらもタマの背に掴まりながらついていく。草木は無く、尖った岩転がる悪路。雪が積もり、霧によって数m先しか見渡せない。

こんな厳しい山に住んでいるのはどんな人達なのだろうか。さくらは寒さとは関係なく体をブルっと震わせた。



「到着です」

山の頂上、驚くべきことにそこは謎のドームに包まれていた。中は見えず、一周回って未来感すらある。

お迎え役の魔術士はその一部に触れる。と、どこからともなく声が聞こえた。

「はーい」

「皆様をお連れしました」

「今開けますね」

まるでマンションの入り口みたいな会話が行われ、ドームの一部に扉ができた。ごくりと喉を鳴らし、さくらは竜崎達についていく。



「うそぉ…」

中に入った彼女は目を見張った。

心地よい暖かさ、眩しいほどの日光、そこには丁寧に刈り揃えられた草木と色どり豊かな花々のお洒落な庭園が広がっていた。また異世界に飛ばされたんじゃないかと目を擦るさくらだが、竜崎達は平然としている。やはりこれが真実なのか。

そして、丁度庭園に取り囲まれるようにこれまた瀟洒な洋館が建っていた。世話係に通され中へと。大広間でさくら達を待っていたのは―

「あらあらまあまあ遠いところからありがとうね~」
「ミルスパールさんリュウザキさんお疲れ様、まあまあとりあえずお座りなさい」
「貴方がさくらちゃん?異世界から来たっていう。めんこいね~」
「タマちゃんタマちゃん、チョチョチョチョ、こっちにおいで~」

爺様婆様による手厚い歓迎だった。



「ど、どういうことなんですか…?」

困惑するさくら。竜崎が説明してくれた。

「観測者達は様々な種族の長老で構成されているんだ。全員間違いなく百歳は超えているよ。すごい人は数百年と生きているね」

確かに落ち着いて周りを見渡すと、肌が青いお爺ちゃんやエルフ耳のお婆ちゃんなど、多種多様。枯れ木のようなしわしわの人もいれば、髭で顔が見えない人もいる。

「あぁ~そこです~そこぉおお~」

小さくなったタマは、毛が全身にもっさりと生え熊みたいな見た目の獣人の長老に撫でられていた。熟達した撫で技術によって彼はまるで液体のように。



沢山のお菓子やお茶を出され、孫のように可愛がられるさくら。自らのお祖父ちゃん御祖母ちゃんを思い出しながらしばらくもてなしを堪能した。

「おぉ。リュウザキ達来たのか」

さらにどやどやと入ってくる老人達。世話役の若い人も数人見受けられたが、これではまるで老人ホームのようである。

皆に口を揃えめんこいめんこいと言われるさくら。流石に言われ過ぎて恥ずかしくなってきたところに、1人の老人が話を切り出した。

「さてさくらちゃん、だったかな?ちょっと色々とお話を聞かせてもらって良いかの?」





「ふむ…世界を超える穴、空間のひび、罠の可能性か」

持ってきた写真を前に、一様に首を捻りながら考える老人達。ただのお年寄り達ではないことはさくらにもわかっていたが、これはどういうことか。竜崎に小声で聞くと、同じく小声で教えてくれた。

「彼らは高名な魔術師だったり秘術の使い手でね、その恩恵で寿命が延びているんだよ。そんな方々だから『異世界を繋ぐ術』という謎魔術に関しての興味は人一倍強いんだ」

気づくとほとんどの人が思考に耽り、賢者も含んで議論を交わし始めた。ちやほやされていたかと思いきや今度は放置されるさくら。

それを見兼ねたのか専門外の何人かが立ち上がり、竜崎とさくらにちょいちょいと手招きをする。どうやらどこかに連れて行ってくれるらしい。




建物の中心部、そこには大小様々な望遠鏡や鏡が至る所に置かれていた。天文台もびっくりな巨大望遠鏡も設置されていた。

「これらで世界を見渡しているんじゃ。リュウザキとラヴィの闘いはよかったのぉ」

「そうじゃそうじゃ。さくらちゃん、ゴスタリアの件は格好良かったぞ」

つい先日のことから国家機密級のことまで知っている老人達。さくらはまたも目を丸くする。と、竜崎は解説を挟んでくれた。

「観測者の方々はここから世界を見渡しているんだ。見ようと思えば建物の内部まで見れるんだよ」

それを聞き、さくらは顔をしかめる。プライバシーのへったくれもないではないか。表情から心情を察したのであろう。竜崎はフォローを入れる。

「安心して。彼らは私欲に走らず、道理に違うことなく、常に中立を保てる人から選ばれる。下世話なことはしないよ。この世界、各国家が大きな戦いをせず、魔界人界が一方に支配されることなく存在できているのは観測者達のおかげなんだ。種族代表者の集いともとれる存在が監視しているという意識が、各国の均衡を維持しているんだよ」

竜崎に持ち上げられニコニコと笑う老人達。彼らは注釈を加えた。

「ただし我らは王達を教え導く存在ではない、あくまで名の通り『観測者達』だ。極力介入を避けておる。かつての戦争の際も、魔王軍蜂起を人界側に通告しただけだ。先日のゴスタリアの一件も知ってはおるが誰にも喋らぬよ」

「それに我らは人の身。世界の全て、その細部まで満遍なく見ることはできぬ。望遠鏡を覗いた場所だけ、それが限界じゃ」

ふぉっふぉっと笑う老人達。自らの魔術の限界を知ってしまった彼らは、どことなく寂しそうでもあった。





帰り際、さくらはバッグに大量のお菓子を詰め込まれていた。竜崎にもその魔の手は及ぶ。彼は辞退しようとしたが、じゃあナディちゃん達にと言いくるめられ結局庭園産の花や野菜を持たされていた。

見送りに集まった老人に手を振られ、屋敷の玄関を出る。と、1人が賢者を呼び止めた。

「なあ、ミルスパールよ。お前さんそろそろ観測者入りはせんのか?」

すると賢者は振り向き、ゆっくりと首を横に振った。

「ワシはまだやりたいことがあるのでね」

「そうか、それなら仕方ないのう」

勧誘失敗。されど彼らは気にする様子はない。と、竜崎が事の次いでと観測者達に頼み事をした。

「そうだ、皆様、少しお耳に入れておきたいことが…」






竜崎達が帰った後、観測者達はいつものように世界を覗き、お茶を楽しんでいた。

そんな中、一人の観測者が望遠鏡を覗きながら何かを探している様子。

「リュウザキちゃんのお願いかい?」

他の観測者がお茶を飲みながらそう聞く。

「うん。正体不明の魔術士とは気になるからな」

竜崎の頼み事…それは先日ベルンを誑かし村1つを恐怖に陥れた顔も姿もわからない魔術士の捜索だった。勿論出来うる限りの介入を避ける彼らだが、気になった事を調べずにいられないのも観測者達の性である。



「お?」

魔界の奥深く、靄が立ち込める森に薄汚れたローブを被った謎の人物を偶然見つける観測者の老人。

「見るからに怪しいのぅ。顔がわかれば良いが…」

倍率を弄り、正体を探る。その時だった。

「――ッ!」

ローブを被った謎の人物の視線が、老人を睨んでいた。これは偶然視線が合ったというレベルではない、確実に。射貫くような視線を受け、観測者の視界はブラックアウトしてしまった。

バタン!

「おい、なんじゃ今の音」

「誰か倒れたのか?寿命か?」

「いや、それにしては様子がおかしい。蘇生を」

集まってきた人達の手当てを受け、息を吹き返した観測者。急いで先程の望遠鏡を覗き込む。が、その場にはもう誰もいなかった。

「おい、何があったんだ?」

「わからん…。わからんが、危険な奴じゃ…」






遠い、遠い魔界の深部。

観測者の目が逸れたのを確認し、姿を現す人物が一人。

「チッ…。忌々しい」

舌打ちを一つ、謎の人物は再度姿を消す。辺りは直ぐに静寂に包まれた。
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