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第一章 黒翼の凶鳥王編

第一話 魔導剣士ロイ、冒険者になる

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 ここは、剣と魔法の世界サーズベルラー。

 この世界のイロハは、おいおい順を追って語っていくとしよう。

 俺はロイ・ホーネット。師匠のもとで厳しい修行を終え冒険者を志す、成人である十五歳になったばかりの、魔導剣士ソード・ウィザードだ。魔導剣士ソード・ウィザードというのも少々レアだが、俺にはそれ以上に変わった力がある。

 幼少の頃、高所から転落して、生死の境を彷徨さまよってからというもの、時折異界の知識が頭に流れ込んでくるのだ。それでついたあだ名が「異界脳」。どうにもしまらん。

 そんなわけで、つい異界の知識が言葉の端々に出たり、数値を異界換算してしまったりするという癖がある。

 ともかくも、まずはパーティーを結成しよう。渋いおっさんシーフに髭の似合う神官、ハゲマッチョの格闘家……そんな漢臭さが炸裂したパーティーがいいな、うむ。この王都ルンドンベアなら、冒険者も多いだろう。

 ルンドンベアは、四方に街道が伸びる商業の要所だ。人口も四万を超え、豊かな土壌に大きな川を西に持つ恵まれた立地。中央市場では多数の行商人が各地の特産品をひさいでおり、とても活気に溢れている。

 師匠が書いてくださった証文で、さくっと正門を抜け、市場に向かって往来の石畳を歩いていると、なにやら仰々しい光景が目に入った。

 ガラの悪そうなチンピラ連中が、歳のほど十二、三歳か? の少年を取り囲み、抜剣している。

「ガキぃ! この、バッド・バット様の財布をスるたぁ、いい度胸だなァ!」

 なるほど。こそ泥が、相手を間違えたってか。だが。

「おらぁ!」

 背後から、一人投げ飛ばす! 下は石畳。キョーレツに効いたはずだ! 実際、絶賛悶絶中だな!

「何だぁ、テメェ!!」

「通りすがりの、おせっかい焼きだ」

 輪に入り込み、少年と背中合わせになる。

「オレ、助けてくれなんて言ってねーぞ」

「言っただろ、通りすがりのおせっかい焼きだって。とりあえず、盗んだものは返しておけ。それと、その、腰のダガーは抜くな。衛兵が来たら、不利になるからな。相手を混乱させるように動け。俺が仕留めてやる」

「なんだよ……!」

「ほら、来るぞ!」

 少年が、すばしっこく動き回ってチンピラを翻弄し、そこをすかさず、俺が投げ飛ばす。即席にしては、いいコンビネーションだ! 格闘技は専門じゃないが、伊達に『兄貴』と修行してきてないぜ!

 連中、威勢の割には、素人に毛が生えた動き。瞬く間に、残り一人にしてしまう。

「ちくしょお、なんなんだよ、お前ぇ……!」

「だから、通りすがりのおせっかい焼きだって。ほら、返してやれ」

「……ほらよ」

 少年が小袋を投げて渡すと、チンピラたちは、「覚えてろよー!」と、月並みな捨てゼリフを吐いて、ほうほうの体で逃げていった。

「あーあ、今日の稼ぎがパァじゃんか」

 腹を擦る少年。

「飯ぐらい奢ってやるよ、こってり絞られた後に」

 今更駆けつけた衛兵に、事情を説明。少々面倒な思いをしたが、相手が札付きで、金も返したということで、お説教だけで済んだ。


 ◆ ◆ ◆


「親父、串焼き二本」

 屋台で、でかい串焼きを注文すると、それを少年と分け合う。

 うむ。食欲をそそる、スパイスの香ばしい匂い。噛むとアツアツな肉汁が溢れ出てきて、これが実に美味い。間に挟まった野菜がまた、肉のしつこさを中和する役目を果たしていて、文字通り良い味を出している。

 肉! 玉ねぎ! 肉! ピーマン! 肉! 交互に叩き込まれる、味覚へのファイブヒット・コンボだ! 少年は、それはもう勢いよくがつがつと頬張っている。元気でよろしい!

「いつまでも、互いの名前がわからんのも話しにくいな。俺はロイ・ホーネット。お前は?」

「オレは、サン」

「名字は?」

「そんなもん、ねえよ」

 ふうむ、名字がないと来たか。まあいい。

「なあ、ロイの兄貴。その出で立ち、冒険者だろ?」

 俺の出で立ちは、長剣に胸甲。そして、鞘の反対側に、魔導書を留めているバインダー。魔法を使うと、スタミナをかなり消耗するので、このぐらいに装備を抑えている。

「まあ、そうなるつもりだが」

「じゃあさ、オレを仲間にしてくれよ! 絶対役に立つぜ!」

「お前を? うーん……」

 身なりや、スリを働いたところを見るに、盗賊シーフか。渋いおっさんではないが、これも何かの縁かもしれない。なに、一人ぐらい少年が混ざってるのも、オツなものだろう。

「よし、OKだ。今この時より俺たちは兄弟だ! お前もホーネットの姓を名乗るといい!」

「兄貴、かっけえ!」

 はっはっはっ。腹がいっぱいになったら、現金なやつだな。おだてても何も出ないぞ。兄貴というのも悪くない立場だな。

 さて、最初の仲間も加わったところで、根城とすべき宿を決めるとしよう。

 しばらく物色していると、三日月の看板を下げた宿屋兼酒場から、シチューのいい匂いが漂ってくる。屋号は『青い三日月亭』か。こうした店の客寄せ手段の一つが、食事の匂いだ。よし、ここにするか。

「いらっしゃいませー」

 店に入ると、カウンターに座っていたピンクの長髪の、二十代と思しき女性が笑顔で応対してくれる。この世界の女性は全体的に胸が小さいのだが、彼女もその例に漏れず慎ましやかだ。いやいかん、硬派の感想ではないな。うむ。

「宿を二人ぶん。あとシチューとパンを」

「相部屋しか空いてないですが、構いませんか?」

「構わんよな?」

 サンもこくこくと頷くので、相部屋を取ってテーブルに通される。

 何ぶん、シチューをよそってパンを切り分けるだけなので、料理はすぐに出てきた。

 まずシチュー。コクが深く、牛のスネ肉から実に良い出汁が出ている。この奥深い旨味は、骨髄も出汁取りに使っているかも知れない。具の根菜も、ほろりとくずれてほのかな甘味を醸し出している。パンもふっくらとしていて、それでいてもちもちとした食感。うむ、この店は当たり・・・だ! サンも、美味そうにかき込んでいる。

 今日は、サンとの出会いで一休みの成り行きになってしまったが、明日は中央の告知所に行こう。そこで、依頼も仲間もゲットできるはずだ。


 ◆ ◆ ◆


 食後、やることも特にないので、荷物を降ろしてベッドに腰掛ける。流石に「このベッドふかふか~」というほどではないが、宿代の割には、良いベッドなのではないだろうか。

「湯浴みをどうぞ」

 あの若い女将さんが、二つのたらいに湯を入れて持ってきてくれた。う~ん、サービスもいい。

「オレ、湯浴みとかすげー久々っす!」

 ぽいぽいと、衣服を脱ぎ散らかすサン。で、パンツ一丁まで脱いだわけだが……え?

 サ ン に は ア レ が つ い て ま せ ん で し た。

「お前、女だったのかよォォッ!?」

 慌てて後ろを向き、思わず突っ込む。

「あれ? 言ってなかったっけ。兄貴、オレは気にしないから、こっち向いていいっスよ」

「いや、ダメだろダメだろダメだろ! お前が気にしなくても、俺が気にするわ!」

 気を紛らわすために、壁を見ながら濡れタオルで体をこする。

 なんてこった。俺の漢パーティーは、早くも頓挫しかけてしまった。次の仲間こそは、渋い男にしようと心に誓うのであった。

 その夜、俺はパンツが脳裏に焼き付いてしまい、悶々としてろくに眠れませんでしたとさ。とほほ。
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