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第一章 黒翼の凶鳥王編

第五話 魔導剣士ロイ、愛を歌う

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「お待たせしました。おはようございます」

 朝六時の鐘とともに起き、支度を終えてベイシック卿と合流する。卿の他には、荷物持ちの男が二人。

「いやいや。吾輩わがはいたちもさっき来たところですぞ。さあ行きましょう」


 ◆ ◆ ◆


 健脚な卿の先導のもと、我々遺跡探検隊は往路五日ほどかけて、鬱蒼うっそうと茂る森の奥深い、蔦這う石造りの朽ちた遺跡の、入り口前に来た。入り口の向こうには、下に向かう階段が伸びている。これが恐怖への入り口というわけか……。

「はいはいはい、ここからはオレが先に行くっスよ~」

 サンが、意気揚々と一行の先頭に立つ。盗賊シーフのお手並み拝見といこうか。二人分の道幅があるので、サンのすぐ後ろを俺とパティ、その後ろにカンテラ持ちのクコとマッピング担当の卿、その後ろを荷物持ち二人、最後尾をフランが固める。

 どこから調達したのか、コツコツと三メートルほどの棒で叩きながら、階段を凝視するサン。普段の様子が嘘のように、顔が真剣だ。

 慎重に階段を降りていくと、分厚そうな高さ四メートルあろうかという、金属の扉が立ちはだかる。

「あー……これは臭いっスね。みんなちょっと離れててほしいっス」

 床を丁寧に調べるサン。しばらくして、圧力で沈む部分を発見したようだ。

「なるほど。ここ踏むと、上から崩れるっスね、多分。ここは踏まないように、気をつけてほしいっス」

 トラップ発動ポイントを、チョークの円で囲む。さらに扉を調べるが、OKサインを出してきた。どうやら、トラップはこれだけらしい。亀の歩みか、蝸牛かたつむりの走りか。時間がとにかくかかるが、死んでは元も子もない。サン大先生に任せるとしよう。


 ◆ ◆ ◆


「ストップ!」

 罠はあるがモンスターはいないという、この遺跡における自分の存在意義を見失いかけていた頃、サンが手で一同を制した。

 一同の前には、石造りの四メートル四方の部屋に加え、二つの年季が入った宝箱、そして散乱した古い人骨があった。

「ここでいきなり人骨? 何か怪しいな……」

「同感っス」

 サンが腰から外したスリングに石を詰めて振り回し、片方の宝箱に石礫いしつぶてをヒットさせる。無反応。続いて、もう片方の宝箱に当てると、宝箱が「ギャッ」と悲鳴を上げて動いた。こいつが、噂に聞くミミックか!

 このままでは、一方的にスリングで打ちのめされると理解したか、ミミックが襲いかかってきた。手足の生えた宝箱という風体の口には、不気味な赤い舌と多数の牙が見える。しかし、正体さえ判ればどうということのない敵で、あっという間に返り討ちである。

 ミミックを倒したあと、サンが部屋を探ったが、特に罠はないようだ。宝箱にも罠はなく、サンが鍵をこじ開けて、お宝御開帳!

 中には、宝石や貴金属の装飾品がぎっしりと入っていた。おお、これは大当たりだ! 詳しく鑑定してみないとわからないが、結構な値打ちと見た。鑑定は後回しにして、荷物持ちがお宝を回収する。

「このあたり、何かありそうですな」

 ベイシック卿が、出来上がった地図の不自然な空白を指し示し、疑問を呈する。

「確かに何かありそうですね」

「今回の目的は、徹底調査ですからな。行きますぞ!」

 相槌を打つと、卿もそれに応える。早速、この不審な空白を探ることにした。


 ◆ ◆ ◆


「兄貴、ここ隠し扉臭いっス。音が違う」

 空白部周辺の石壁を調べていたサンが、壁を小突く。

「この辺の、どこかにスイッチがあるはずっス……お!」

 壁を触ったり、叩いたり、押したりし続ける義妹いもうと。しかしついに、手応えを感じたようだ。

 サンが壁の一箇所を押すと、そこが凹んで石壁がスライドし、新しい道が現れた。下り坂になっており、ひやりとした冷気が流れ込んでくる。

「おおっ、凄いぞ我が義妹いもうとよ! これはお宝の匂いを、ビンビンに感じるな!」

 慎重に歩を進めていくと、ひときわ大きい円形の広間に出た。広間は幾本もの太い柱に支えられ、奥に佇む何かの箱が乗せられた高さ一メートルほどの台座の左右に、立たせれば四メートル近くあろうかという二体の巨人の像が座していた。

「何だか、妙なプレッシャーを感じるな……」

 額を伝う冷や汗を、袖口で拭う。一同が注意を払いながら広場の中央まで進むと、野太い声が突如響いた。

「ついに現れたか、侵入者よ!」

 周囲を見渡すと、先ほどまで目をつぶっていた巨人像が、目を開いてこちらを睨んでいた。いや、今まで像だと思っていたが、よく見れば土気色をした、ツギハギの筋肉ダルマではないか! すわ戦闘かと、腰のバインダーから魔導書を取り出す。

「おれはアー」

「おれはウーン」

 巨人が立ち上がりながら、自己紹介する。デカァァァイッ! 説明不要ッ!!

「きてはぁっ! 巨人のゾンビですわね! 先手必勝ッ! 死霊浄ピュリファイア……」

「ちょっと待ったぁ!」

 二つの声が、暴走しかけたフランを制止する。俺とベイシック卿だ。

「落ち着けフラン! ゾンビにしてはおかしい点がいくつかある。一、腐臭がしないこと。二、古代の遺跡なのに肉体が腐りきっていないこと。三、意志を持ち、言葉を話すこと」

吾輩わがはいの見識が正しければ、あれはフレッシュゴーレムという非常に強力な魔物ですぞ。ただ、あのように意志を持ち、言葉を話すというのは初耳ですな」

 俺の言葉を、卿が後押しする。非常に強力ときたか。勝てるだろうか……?

「話を聞け、侵入者たちよ。お屋形様の命により、一つ提案がある。我らを笑わせてみせよ。さすれば、秘蔵の宝物を与えよう」

 意気込む俺たちをアーが制し、提案を持ちかける。……って、ゴーレムを笑わすですと?

「笑わせればいいの? あんたたちを?」

 鷹揚おうよううなずくアーとウーン。どうやらマジのようだ。この二人の主は、何だってそんなトンチキな命令を与えたのか。古代人の考えることはよくわからん。ともかく、円陣を組んで相談タイム。

「どうします、ロイさん。ボクお笑いとか自信ないですよ?」

「いやー、でもやるだけやってみようの世界だろ、これ。だめならそのときゃ、覚悟決めて戦う感じで」

吾輩わがはいに任せてくだされ。人を笑わせることにかけては、自信がありますぞ」

 何だか知らないが、すごい自信だ。ベイシック卿、あなたに決めた!

「こほん。では、不肖ベイシック、行かせていきますぞ。スケルトンが透けとるん!」

 広場を冷風が駆け抜けた気がした。……は? 卿、本気っすか? いやむしろ正気っすか!?

「むむむ。これならどうですかな? スライムが悪夢を見た、辛い夢つらいむ!」

「えーと、あっはっはっ。うっふっふ! ベイシックさん、とても面白いですよ!」

 パティが頑張って笑う。君は優しいなあ。でも声が本当に笑っていないし、兜で見えないが、表情もきっとこわばった笑顔だろう。

 しかし、彼女の盛り上げも虚しく、アーさんとウーンさんブチ切れそうである。ベイシック卿の口を塞いで二度目の作戦会議!

「どうしましょう。何か怒気を感じませんか?」

「ひしひしと感じるな! ならば……」

 耳を垂れて、ぐるぐる目になっているクコ。皆、大ピンチであることを自覚しているようだ。上手くいくかわからないが、フランとパティに急遽きゅうきょ思いついたネタを授ける。

「二番、フランシスカとパトリシア、行きますわ! 隣の家に、囲いができたんですってね!」

「へえ~かっこいー!」

「君とはやっとれんですわ!」

 鎚鉾メイスでパティを、思いっきりストライクするフラン。小気味良い金属音が鳴り響く。異界名物どつき漫才。どうよ!

「…………」

 無言で腕組みして、二の腕を指で叩くゴーレム兄貴たち。あ、だめだこれ。キレる一秒前っすわ。すんません、あんまベイシック卿のこと、どうこう言えないです。だってさ、ネタの打ち合わせの時間もろくにないのに、お笑いとかできるわけないじゃん! こうなれば、これだけはやりたくなかったが、仕方ない!

「うおおおおおお! 三番、ロイ・ホーネット! 十歳のとき、お隣のスーちゃんに捧げた歌を歌いますッ!!」

 眼前で、くっそ寒い演芸モドキをしている二人の声をかき消すように、エアギターをかき鳴らしながら、異界のロックンロールな脳内音程に乗せて、大声を張り上げる。

「イェイ! オー・ユー! ププププププ デーンデレー デデデ デンデデーン デーンデレー デデデ デデデデ!

 おーれはー きーみのー瞳ーを見ーたとーきからー きーみに誘惑さーれたぜー! イェイ!

 デーンデレー デデデ デンデデーン デーンデレー デデデ デデデデ! イェイ! オー・ユー! ププププププ!

 おーれはー きーみのー たーめに生ーまーれてきたー あーいと言う名の 楽えーんへー!」

 もう、自分でも何やってんのかわかんねえ。ポカーンとする一同。サンだけはきらきらとした瞳で見つめてくるが、その純真な視線がむしろ痛い。

 ちなみに、プププだのデンデレだのは間奏だ。楽器なんか持ってないし弾けないから、全部へったくそなボイパだよ! ちなみにこの歌を捧げられたスーちゃんは、この後二度と目を合わせてくれませんでした! 今はどこで何してんだろうなとか、どうでもいい郷愁きょうしゅうが去来します。あまりの力技に、ゴーレム兄貴たちも苦笑い。

「って今笑ったよな!? 確かに笑った! 勝った! 俺は勝ったんだーッ!!」

 面食らって、うなずく兄貴たち。何か、とても大切なものをかなぐり捨てたような気もするが、俺たちは成し遂げたんだ!!

「……まあ、思わず笑ってしまったのは確かだ。持っていくがいい」

 ウーンが、台座の上の箱を俺たちに手渡す。開けてみると、中には十巻ほどの巻物スクロールが収められていた。

「侵入者たちよ、我らずいぶん永い時を過ごしてきたが、我らの作られた時代からどのぐらい経った?」

「この遺跡は記録によれば、五百年以上前のものですな」

「五百年……そんなに経ったのか」

 卿の言葉を受け、感慨かんがい深げに目をつぶる兄貴たち。

「あんたらは、これからどうするんだ?」

「もはや守る宝も使命もないが、我らが人里に降りても混乱を起こすだけだろう。ここで再び、眠りにつこうと思う」

 何だか可哀想ではあるが、確かに人里に来られたら大騒ぎになるよな。王都の衛兵など勧めてみたいが、権限もコネもないしなあ。

 アーとウーンに別れを告げ、王都へと凱旋する。


 ◆ ◆ ◆


「兄貴ー、オレにもあの歌、歌ってくださいよー」

「アーアーキコエナーイ」

 サンはあの歌がいたく気に入ったようで、帰路からずっと、自分に歌ってくれとせがんでくる。耳を塞いで、アンコールを聞こえないふり。ほんとに勘弁してください。

 って、俺今回ろくに活躍してなくね? あの恥晒しな、黒歴史ソングを歌っただけで終わり!? そんなー、とほほ。

 ちゃんちゃん。
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