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第一章 黒翼の凶鳥王編

第九話 魔導剣士ロイ、異世界転移者と邂逅する

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 占いに反して何もなかったので、サンは不満げだったが、大過ないのはいいことだ。今日も元気だ、空気が美味いということで、雀の声も爽やかな早朝、例によって告知所の前にやってきた。

 お馴染み、ゴブリン退治。手間の割に、旨味がないんだよなあ……とりあえず保留。

 ドラゴン退治。まだ残ってたのか、これ。パス。

 バンパイア退治。無理。神官サマが見たら、また暴れだしそうだから、体で彼女から見えないようにガード。

 隊商キャラバン護衛。むむ、依頼人は異界からの転移者と、こないだ宿の食堂で噂話を耳にした人物ではないか。報酬も悪くない。想定される敵も、山賊風情だろう。これ、いいんじゃないか?

 何より、依頼者が異界人というのが、異界脳の持ち主としては、何だか心惹かれるものがある。

「これ、どうだろうか?」

 なんとか後ろを覗き込もうとするフランから、バンパイア退治の依頼票をさり気なく隠しつつ、皆に問う。

「兄貴が選んだものなら不服はねえっス」

「ボクもそれでいいと思います」

 他のメンバーもそれじゃあと承諾してくれた。しかし義妹いもうとよ、お前はもうちょっと自分で考えたほうがいいな。お義兄にいちゃん、少し心配だぞ。

「それじゃあ、早速依頼人に会いに行くとしようか」

 フランを回れ右させて、この場からさっさと引き離す。やれやれだな。


 ◆ ◆ ◆


 そんな訳で、またもややって来ました、高級住宅街。どうにも、ほのかなアウェー感を覚えるな。

 地図を頼りに、いつぞやのベイシック卿の住まいとは逆方向にずんずん進んで行くと、程なくして立派な構えの邸宅に辿り着いた。おお、これは金払いが良さそうじゃないの。

「何者だ」

 例によって、槍を持った門衛二人組に問われる。ほんと、個性の欠片もない連中だなあ。

「依頼を受けに来た、冒険者です」

 依頼票を見せると得心がいった様子で、得物を預け邸内に通された。入り口でドアノッカーを鳴らすと、程なくして、若くて無闇にスカート丈の短い、胸元を強調した格好のメイドが顔を出したので、用件を伝える。

かしこまりました。主人は程なく商用から戻る予定です。応接室にお通ししますので、そこでお待ち下さい」

 館内に通されると、他にも胸元を強調した、スカートがやたら短い美少女メイドが働いており、すれ違いざまに深々と頭を下げられる。なんか、猫耳とかもいるぞ。ううむ、これは依頼人の趣味なのか。なんとも目のやり場に困るな。後ろを振り返ると、所在なさ気なパティと、妙に興奮したクコの姿が目に入る。わかりやすい反応だな、君ら。

「こちらで、お待ち下さい」

 応接室に通されると、豪華な革張りのソファと、白塗りの大きなテーブルが待ち受けていた。早速座ると、これがまた実に具合がいい。いい仕事してるなあ。ややあって、先程のメイドが茶と菓子を運んできた。セットし終わると、ぺこりと一礼して退出する。

 特にやることも無いので室内を見回すと、一枚の大きな絵が目についた。女性がしな・・を作って寝そべっているポーズで、これまた際どい衣装のメイド。そして、画風がルンドンベアではあまりにも突飛な、異界でいう「萌え絵」であった。何じゃこりゃ……? ううむ、異界人のセンスはよくわからん。

 まあいい、茶と菓子を頂くとしよう。

 まずは茶を一口ふくむと、紅茶独特の豊かな香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。これにレモンの酸味と砂糖の甘さが、良い具合にアクセントとなり喉を潤す。砂糖もまた、ルンドンベアの主要な産物で、ヤマトウキビという植物から、豊富に手に入る。ヤマトウキビを育んだ豊穣の女神に感謝したくなるような、実に甘露な味だ。

 菓子は……クッキーだな、これは。渦を巻いており、中央にチェリーが埋め込まれたものと、アンズが埋め込まれたものの二種類があって、どちらも砂糖漬けにされている。良い彩りだ。では早速。

 さく、さく。心地よい、軽やかな歯ごたえ。これに、ヤマトウキビの癖のない甘さが加わり、チェリーの甘みとアンズの酸味が実に良い。貴族の子女たちが、優雅にお茶会をしながら楽しんでいる光景が、目に浮かぶようだ。

 うむ、何てことだ。もう食べ終わってしまったぞ。名残惜しさに、内心しょんぼりとしてしまう。悲しいかな、クッキー。痛ましいかな、クッキー。惜しいかな、クッキー。嗚呼ああ……。


 ◆ ◆ ◆


 仲間と、今後のことなどについて話していると、ドアがノックされ、メイドが入ってきた。

「お待たせいたしました。ただ今、主人が戻りました」

 彼女の後に続いて、身なりの良い、眼鏡をかけた肥満体の男性が入ってきたので、起立して礼をする。

「お初にお目にかかります。冒険者チーム『スティング・ホーネット』のロイ・ホーネットです」

 他のメンバーも、続いて自己紹介する。

「どーもどーも。まま、席に着いて着いて。僕はタク・モロオ。絵師と、あとついでに交易商もやってるんだ。ところで、メイドって萌えると思わない?」

「はあ。何ぶんメイドとは、縁の薄い生活をしておりますもので……」

「やっぱさ、ご主人様 (ハート)って呼んでくれるのがいいよね! あと、従順なところ? それと……」

 以後、体感三十分ほど、彼のメイド愛について聞かされる羽目になってしまった。

 ついでに、自慢話も聞かされた。要約すると、この世界に飛ばされて「萌え絵」を描いたところ、斬新さがパトロンの心をつかみ、一気に売れっ子画家になったそうな。そして、今はその資金を元手に交易も始め、そちらも至極順調とのこと。

 しかし、異界人というのは、中肉中背でナスのヘタような髪型という、謎の勝手なイメージがあったのだが、彼はボサボサ髪で体重九十キロは超えてそうな体。別にそれが悪いというわけではないが、どうにも調子が狂う。

「ええと、よくわかりました。ところで、ご依頼について、詳しく伺いたいのですが」

 放っておくと、いつまでも自分語りを続けそうなので、無理やり軌道修正をする。

「おお、失敬失敬。ええとね、ここルンドンベアから、馬車で片道一週間のところにあるバーブル王国に、絵とかヤマトウキビとか、あとは宝石とか工芸品なんかを売りにいきたいんだ。今、あそこ、すごく景気いいからね。現地の滞在期間は売れ行き次第だけど、まあ三日ってところかな」

 そう言って彼は地図を取り出し、ルンドンベアから伸びる街道を東に行った、バーブルと書かれた地点を指差す。

「山賊あたりの襲撃を予想しますが、どうでしょう?」

「そうだね。ちょうど中間地点に出没するらしいね。あと、ゴブリンの巣も近くにあって、獲物の奪い合いをしているとかも聞くねー」

 盗賊、あとゴブリンか。ゴブリンはちょっと予想外だったが、言い換えると、山賊の規模はゴブリンと拮抗する程度ということだ。あまり難敵ではないだろう。

「報酬は依頼票通り。あと、この隊商キャラバンは規模が大きめだから、君たち以外にも冒険者を雇うからね」

 そういや、依頼票が複数貼られてた気もするな。遠回しに、無茶な金額要求したら代わりはいくらでもいるということか。とはいえ、額が多目なのでこれといって不服もないな。あとは食費をどっちが持つか、という程度だろう。

「食料は支給されますか?」

「ああ、旅の間はこっち持ちでいいよ。まあ、日中のは保存食だからあんまり美味しくないと思うけど。宿場町と、向こうの滞在中はそっちで買ってね」

 いやいや、食費二週間持ってくれるだけでも、十分ありがたいです。

 ふむ、交渉はこんなもんかな。メンバーを見渡すと、皆うなずいている。では、合意ということで。

「では、その条件でお願いします」

「おーけー。よろしくー」

 モロオ卿と契約書を交わし、握手する。

「明日の朝、六時の鐘で東門に来てね」

 というわけで、今日は早めに宿へ引き上げ、休むことにした。

 明日も頑張ろう。
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