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第二章 南海の海魔王編

第三十二話 魔導剣士ロイ、懊悩する

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 クッコロさんに騎士を諦めさせる。それは依頼を受けた以上、一番優先しなければいけないことだ。

 だが、ただそれだけでいいのかという思いも、心の奥に、魚の小骨のように引っかかっている。

 昨日の舌戦で、彼女の騎士にかける想いをとっくりと聞かされた。それはまさに、夢見る乙女であった。

 こと彼女に関しては、夢見る乙女は比喩でもなんでもなく、そのままだ。

 騎士に対する、童女のような純真な憧れ。

 だが、現状彼女の夢を叶えるのは、色んな意味で危うい。

 ハイプライド卿の奥方様の、忘れ形見。かけがえのない、一人娘。

 卿がご再婚なさらぬのは、どうしたことかと疑問ではあるが、やはり亡くなられた奥方様への想いが忘れられぬというのが、一番しっくり来る。

 その忘れ形見、有事に戦場へ出すなどとんでもないというのが、卿の間違いない想いだ。

 なろうことなら、婿を取って、孫を産み、静かに暮らしてほしいところだろう。

 だが、クッコロさんの気持ちを無下にするのは、それはそれで正しいとは思えない。

 このまま、頭ごなしに騎士を諦めさせるのは、あの深い愛情で結ばれている父娘に、良くないしこりを、絶対に残す。

 彼女自ら、無才を認めてくれれば。

 あるいは、なにか一つ、輝く才があれば。

「兄貴!」

「うお! なんだサン、急に」

「どうしたも、ホットミルク、冷めちゃいます。どしたんスか、ぼーっとして」

 気づけば、朝食のサンドイッチとホットミルクが、まったく手つかずだった。

「温め直しましょうか?」

 女将さんが、気を利かせてくださるが、手間を掛けさせるのもな。

「いえ、それには及びません」

 ハムとチーズと玉ねぎのサンドイッチを食む。

 生ハムも、チーズも、シャキシャキの玉ねぎも実に美味い。

 昨晩の料理と比べるのは、さすがに酷だが、市井の大衆食堂の料理としては、この上もない一級品だ。

 やはり女将さん、どこかいいところで、修行をなさっていたのではないかと思う。

 サンドイッチを、ややぬるくなってしまったミルクで流し込む。

 ふう。ぬるいものの、寒い朝に、若干温まる。これまた美味し。

 ほかの五人に目をやれば、バーシに昨夜の完コピスープの話をしていた。

「や。それは、してやられましたね。しかも、上をいかれましたか。まだまだ、精進が必要です」

 ちょっと、悔しそうだが、コピーを怒っているというより、己を叱責している感じだ。彼女も、努力家だからな。

 努力、か。尊いとは思うが、行き過ぎれば毒となる。

 クッコロさんは、一生努力を諦めないだろう。ハイプライド卿も、最初は娘の気迫と、夢見る瞳に押されて、英才教育を施していたであろうが、今の彼女は一人寂しく、基礎訓練をしている。

 たとえば、あくまでも名誉職としての騎士叙勲はどうか?

 いや、それは真っ先にハイプライド卿が考えたはずだ。そして、クッコロさんが名誉職では嫌だと突っぱねたことも、容易に想像できる。

 クッコロさんの夢は、弱きを助け、強きをくじく、立派な騎士になること。

 なろうことなら、努力に応えさせてあげたいが、彼女を戦わせるのは、イコール死だ。

 ……あー! 頭がぐちゃぐちゃしてきた!

 改めて、テストしよう!

 本人自身は戦才がなくとも、もしかしたら指揮には才があるかもしれない。

 よし、この路線で攻めてみようではないか!

「女将さん! ホットミルクをもう一杯、お願いします!」

 これを飲んだら、さっそくハイプライド邸だ!


 ◆ ◆ ◆


「ロイ君、話が違うぞ」

「はい。しかし、すべての可能性を試さずに諦めさせるのは、お二人の間に、良くないものを残すと感じたのです」

 ハイプライド卿には、クッコロさん指揮下での模擬戦を提案している。

「それなのだが、昔試している。結果は……」

 首を横に振る、卿。

「今は、違う結果が出るかもしれません。何より、自分の目で確かめてみたいのです。お願いできないでしょうか」

 口ひげを撫で、唸り、考え込む彼。

「あいわかった。だが、一度だけだ。戦場に、二度はないからな」

「ありがとうございます。では、手配のほど、お願い致します」

 今日は、美味い茶菓子を、きちんといただき、そのまま退出。「準備してください。できたぞ!」というわけにはいかないからな。

 俺も、肚が決まった。この父娘の行く末、傲慢だが、納得いくまで、とことん介入してみたい!

「ロイくん、なんだか晴れやかな顔してるね」

「そうか? なら、そうなんだろう」

 ナンシアに指摘され、ぴしゃりと頬を叩く。よし、さらに気合が入った。やってやろうじゃないの!

「やあ、ロイ君」

 石畳の上を歩いていると、不意に声をかけられた。今日も飽くことなく打ち込みをしている、クッコロさんだ。

「これはどうも、こんにちは。精が出ますね」

「なんだ。今日は説得をしないのか? 依頼放棄かな?」

 意外そうな表情で、こちらに向き直る。

「いえ。近々、クッコロさんの指揮で、模擬戦を行っていただくよう、ご提案してきた次第です。もちろん、なさるでしょう?」

「ほう! ほうほうほうほう、ほうほう!」

 木刀を置き、こちらに歩み寄ってくる彼女。

「君も、話がわかるようになってきたではないか! はは、君に対して感じている、友情のような感情、やはり間違いではなかったな!」

 と、肩を組んでくる。彼女、なかなかの長身だ。

「誤解なさらないでください。あくまでも、クッコロさんの実力をこの目で見るためです。チャンスは一度きりですよ」

「ならば、こうしている場合ではないな! 兵法書を読み込まねば! 今日は、これで失礼する!」

 そう言って、颯爽と向こうへ行ってしまった。

 はてさて、どうなることやら。
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