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転生悪役令嬢オディールは、オデットに恋してる! ―スワンレイク少女歌劇団・恋物語―
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中秋のとある日。
私は土下座していた。それはもう、エクストリームな土下座を。
なんでこんなことをしているかというと――。
私、転生者だったみたいなのです!
◆ ◆ ◆
「スワンレイク少女歌劇団・恋物語」
かの、白鳥の湖をモチーフとしつつ、少女歌劇団と融合させたノベルゲーム。
一本道なんだけれど、もう、シナリオがすごいよくてよくて! あ、キャラデザも神!
で、主人公のオデットちゃんがとてもいい子なの~。素直だし、女子力高いし、もう完璧!
理事長の娘・悪役令嬢オディールの妨害にもめげず、見事女役主人公の座を射止め、そして、男役のスター、ジークフリーデと恋仲に……。
もう、オデットちゃんLOVE!! 世界一愛してる!
オディール? 元ネタ同様、負けヒロインですよ。
◆ ◆ ◆
そしてワタクシ、よりによって、そのオディールになってしまったみたいなんです!
脳裏に浮かぶ、「スワンレイク少女歌劇団・恋物語」の物語の数々。今までの悪行と、そしてこれからの落ちぶれ街道。
よりによって、愛してやまないオデットちゃんに、そんな事をするオディールになってしまうなんて!
「あの、オディールさん。頭を上げてください」
ああ、天使オデットちゃん!
「いえ、それだけは! 今までの悪行の数々、どうやって償えば……」
「ええと、誠心誠意謝罪してくださっているのは伝わるのですけど、床に頭をこすりつけるのはいかがなものでしょう……」
はっ! そうだ、ここはある種異世界! 土下座なんて風習は、きっとない。
「どうしたら、許してもらえるでしょうか……」
土下座姿勢から、彼女を仰ぐ。ああ! まばゆい! 天使の後光が私には見える!
「謝罪をいただいたのは確かなので、わたしにわだかまりはありません。どうか、立ってください」
ああっ! 大天使っ!
「ありがとうございます、オデットさん」
スカートの埃を払いながら、一礼。
「あの、オディールさん。急にどうしてしまったんですか……?」
取り巻きーズから、どうしたものかという眼差しを頂戴する。
「私は! 愛に生きると決めたの! 誠実に! 真心を込めて!」
天を仰ぐポーズを取りながら、脳内で紙吹雪を散らす。
周り、ドン引き。オデットちゃん含む。でもいいの。私は生まれ変わるのだから!
◆ ◆ ◆
食堂でサラダとチキンを食んでいるオデットちゃん。ああん、一所懸命食べてる姿も、ハムスターみたいでキュート! 彼女、食べるの遅いからねー。
いや、それはそれとして、私には重大なミッションがあるのです!
「こんにちは、オデットさん!」
「こんにちは、オディールさん。なにかご用でしょうか?」
「ご、ごごごごごご」
「ご?」
いけない。どこかの漫画の擬音みたいになってる。
「ご……ご一緒してよろしい!?」
言えた! 偉い、私!
「構わないですよ」
やったー! 脳内で、りんごんりんごんと祝福の鐘が鳴るぅー!
「あ、ありがとう」
隣に、ちょこなと座る。
あ、いい匂い。オデットちゃんのシャンプー? 爽やか~。お日様のように輝くブロンドが、とても綺麗。
「あの、わたしの顔に、なにかついてます?」
「いえいえいえいえいえ! ただその、ごにょごにょ……」
そんな私に、微笑みを投げかける彼女。ずきゅうううん!
はあん、腰が砕けそう……。
「早く食べないと、冷めてしまいますよ?」
「そうですね!」
もっしゃもっしゃと、モンテ・クリストサンドを頬張る。これ、「私」とオディール、どっちの好物なんだろう?
「オディールさん、なんだかハムスターみたいで可愛い……って言ったら、失礼でしょうか」
いえいえそんな! という意味を込めて、首をブルブルと横に振る。
慌てて飲み込もうとすると、喉につかえてしまった。
「大丈夫ですか!?」
彼女が差し出してくれた水を流し込み、ぷはっと一息。
「ありがとう。オデットさんこそ、そのハムスターみたいで……」
もじもじ。
「ふふ。似た者同士なのかも知れませんね、わたしたち」
またしても祝福の鐘、イン脳内!
ああ~愛しのオデットちゃんに、似た者同士なんて言ってもらえるなんて~!
そんな私たちを見る、一人の視線に、私はこのときまだ、気づかなかったのでした。
◆ ◆ ◆
ダンスの訓練が終わり、更衣室で着替えていると、「ちょっといいかな」と話しかけられました。
「はい?」
声の主は……ジークフリーデ! ある意味、私にとっては恋敵。彼女も負けヒロインにした、夢小説とか書きましたもん、黒歴史ノートに!
容姿は、イケメン女子! これまた、ブロンドが美しい。うう……私もブロンドが良かったなあ……。と、自分の黒髪をなでつける。
「放課後、テラスでお茶でもいかがかな?」
ほえ? お誘い? ジークフリーデが? 私に?
このあとは自由時間だけど、お茶ならオデットちゃんとしたいなあ。でも、お誘い断るのも感じ悪いし……。
「はあ、構いませんが……」
というわけで、テラスに着いたわけですが。
「僕はエスプレッソを。君は?」
「はあ、じゃあ、その、アップルティーで」
ウェイトレスさんが、下がる。
「ええと、スターであるジークフリーデ様が、私めになんのご用でしょうか?」
「やっぱり君、変わったよね。いい方向に。なんていうのかな……僕は、君に惹かれ始めている」
はァッ!?
ちょっと待って! ジークフリーデの矢印が向くべき相手はオデットちゃんで、いや、それはそれで困るけど、少なくとも私ではないでしょう!?
いやもう、飲み物を口にしてたら、盛大に吹いていたよ……。
「知ってるよ。掃除も庭の手入れも雑用の数々も、甲斐甲斐しくやっていることを。以前は、父であるロットバルト理事長の威光を傘にきて、威張り散らしていたけど、一体どういう変化なのだろう? そう考えたらもう、興味津々でね」
いやまあ、なんというか、罪の精算を心がけていただけなのだけど……。あとは、オデットちゃんに好かれたいという下心も。
でも、ジークフリーデの方を射止めてしまうなんて……。
いや、いやいやいや。惹かれ始めてるだから、ギリセーフ! ……セーフなの?
「どうかな。今度の休み、ブティック巡りとランチでも」
ひょえ! いきなりデートのお誘い!? 距離感バグってるぅ~!
「えと、あの、そう! 予定が入ってまして!」
口からでまかせ!
「そうか。それは残念だな。じゃあ、その次の休みにでもどうかな」
はう~。食い下がってくる~! 私なんかのどこがいいの~!?
「考えておきます」
出た、必殺「考えておきます」! ただの回答引き伸ばし。我ながら、ずるいな~。自分が嫌になる。
「前向きな返事を期待しているよ。ちょうど、お茶が来た」
なんともビミョーな空気で、ちょぼちょぼ舞台について、茶話をするのでした。
◆ ◆ ◆
「あの、オディール様。失礼ながら、最近お付き合いしてくださらないなと……」
「そうです。なんというか、人が変わってしまったみたいで」
ぎぎくり。ある日、取り巻きーズに詰問されてしまいました。
「あー、その……。付き合いの悪さに関してはごめんなさい。私、気付いたの。すごく嫌な女の子だったって。みんなを、いじめに巻き込んでごめんね?」
ざわつく取り巻きーズ。
「本当に、どうしてしまったんですか、オディール様」
「人間、ふとしたきっかけで変わることもある。それじゃ駄目?」
みんな、「はあ」と気の抜けた返事。
「とにかく、オデットさんへのいじめは、もうやめましょう。私から、皆に彼女に謝るように言うのは違うよね。改めて、皆のぶんも謝っておく」
うち、一人が言った。
「その……私、強気で気丈なオディール様が好きだったんです。それがなんだか、丸くなりすぎて……」
「ごめんなさい。それしか言えない」
頭を下げる。
「今の私が嫌だと言うなら、離れてくれて構わない。私は、心を入れ替えたの」
一同を、真剣な眼差しで見渡す。
「いえ、オディール様への忠誠は変わりません!」
さっきのとは別の子が言う。
「忠誠だなんていい方、よくないわ。お友だちとして付き合ってほしいの。それじゃ駄目?」
彼女、しばし逡巡した後。
「オディール様が、そう仰るなら」
「様付けはナシ。同期生なんだから、呼び捨てでいいよ」
「それは畏れ多いです! ではせめて、オディールさんで……」
「急には難しいか。うん、今はそれでいいよ。改めて、よろしくね」
彼女の名を、さん付けで呼ぶと、たいそうびっくり。
ほかの三人も、最終的に対等な友人としての第一歩を踏み出してくれました。
これからは、取り巻きーズなんて呼び方も駄目だね!
◆ ◆ ◆
寮室に戻ると、考え事にふける。
オデットちゃんはいい子だから、すんなり私を許してくれた。たぶん、友達たちも許してくれることでしょう。
ただ、困ったのがジークフリーデ。まさか、私に矢印を向けてくるようになるなんて。
彼女が好きか嫌いかでいえば、人間として嫌いではない。だって、あのオデットちゃんが心惹かれるような人なんだもの。
ただ~、ただ~! 私、オデットちゃんLOVEなの! かといって、こっぴどく振るなんて酷いことしたくないし。そりゃね、こっぴどく振られる辛さは知ってますよ。天下御免の負けヒロイン、オディールですもの。
ああ~! どうしたらいいの~!?
……とりあえず、シャワー浴びて寝よう! すっきりして寝たら、きっと名案も浮かびますって!
◆ ◆ ◆
浮かびませんでした。
ジークフリーデの影に怯えるように、こそこそ入室。こんな接し方……というか避け方、良くないとわかってるんだけど、いざとなったらどうしたらいいものかと。
そしてランチタイム。
「オデットさん、今日もお隣よろしい?」
「ええ、どうぞ」
はあ、至福の時間……。いつものように、モンテ・クリストサンドを、もっしゃもっしゃと頬張ります。
「やっぱり、オディールさんの食べ方可愛い……」
頬が熱い! はぅ~ん……。
その時ふとひらめいた!
「あの、オデットさん。知り合いの話なんだけれど……」
でたー! 必殺・知り合いに例えた身の上話!
「知り合いの子が、Aちゃんっていう子を好きなのね。その、ライクじゃなくてラブな意味で。でも、Bっていう子が、知り合いの子を好きになっちゃって……。どう助言したらいいかな?」
深慮する彼女。はぁ~ん、そのくりくり考える姿もカワイイ~!
「お知り合いの方は、Bさんに対してどういう感情をお持ちなんですか?」
「それは、ええと……人間的には嫌いじゃないけど、諸般の事情で……上手く言えなくて、ごめんなさい!」
「要するに、嫌いではないのね」
再び考え込んでしまう彼女。ああ、その横顔も美しい……!
「わたしだったら……Bさんに心を込めて謝って、諦めてもらうかな」
「えっ! オデットさん、結構ドライ!?」
「そういうわけではないけれど。ただ、どっちつかずが一番不誠実だと思うの」
そっか……。それもそうだね。
「わかった! そう助言してくる!」
急いでモンテ・クリストを詰め込むとまた喉につっかえてしまい、オデットさんの差し出したお水に助けられるのでした。
……そういえば私たち、互いに少し、喋り方がフランクになったような?
◆ ◆ ◆
「えーと、あの~……」
ジークフリーデを前に、もじもじ。
「この間のお誘い、予定が空いたから、OKしようかなって……」
って、なに言ってんのバカ~! 断らなきゃでしょそこは!
すると彼女、太陽のような明るい笑顔で。
「ありがとう! 嬉しいな。思いっきり楽しもう!」
と、イケメンスマイル。おもわず、くらっときてしまう。ダメダメ! 私はオデットちゃん命!
ともかくも、デートが決定してしまいました。
◆ ◆ ◆
「お待たせして、すみません!」
失礼があってはいけないと丹念に身だしなみを整えていたら、待ち合わせに遅れてしまった。本末転倒!
「大丈夫だよ。こうやって、爽やかな秋風の中で風景を眺めるのもいいものさ。隣においでよ」
ベンチで、彼女の隣に腰掛ける。
ちらと彼女を見ると、すごくハンサム。ブロンドが、秋風になびく。ぱっと見、イケメンとデートしてる女に見えるんだろうな。
とくん。
うそ! え、今の反応なに!?
いやいやいやいや! 私はオデットちゃん一筋!
「僕の顔に、見惚れているのかな」
うっ! 見事に心中当てられた!
「そろそろお昼時だね。混む前に、ランチにしよう」
彼女に手を引かれ、町中をお散歩。
「イタリアンは好きかな?」
「はい!」
「じゃあ、イタリアンと洒落込もう」
そして、本格的なトラットリアに着きました!
案内され、着席。
「ここはピッツァ、とくにマルゲリータが絶品なんだ。シンプルさ故に、ごまかしが効かないから、シェフの腕のよさがわかるよ」
「では、私もそれで」
ウェイターが来ると、マルゲリータと炭酸水を注文する。
「ねえ。僕とオデット、どっちが魅力的かな?」
「ほえっ!?」
変な声を出してしまう。
「君がオデットを好いているのはわかるよ。彼女、優しいものね。僕は、君にとってどう映ってる?」
ど、どうしよう! そんな真摯な瞳で見つめられたら、直視できない!
「ええと、その。それぞれに良さがあるといいますか……」
まさか、ここで揺らいでしまうなんて。
「困らせてしまったみたいだね。申し訳ない。ピッツァがきたよ。僕が切り分けよう」
ああ、ジークフリーデ……いえ、ジークフリーデ様に心惹かれ始めている。
私の浮気者……。
◆ ◆ ◆
寮室に帰ってきた。デートは至極大成功。
食事はサイコーで奢ってもらったし、服のチョイスもいいし、いちいち褒めてくれるし。まさにイケメン。オデットちゃんが惚れるのも、無理ないわ。
逆に……はたと考えた。私はオデットちゃんにとって、恋人足りうるのだろうかと。
今は、最悪の関係から軌道修正して、いい友人。
でも、そこから先に行けるの……?
友人から恋人へ。本来、ジークフリーデ様とくっつくぐらいなんだから、同性愛者なのは間違いないし、そこのハードルは低いけど。
私の、ジークフリーデ様に勝っているところって何? 勝ち負けの問題じゃないけど、何もかも見劣りする気がする。
オデットちゃんの好みのタイプがイケメンだとしたら、私もそう攻めるべき?
に、似合わない……。やっぱり、ああいうムーブはジークフリーデ様みたいな人じゃないと似合わない。
そもそも同じ土俵で戦って、勝てる気がしない。
どうすればいいのか……。
そのとき、ドアがノックされる。
「はい……って、オデットさん!?」
「こんばんは。キッチンを借りて、アップルパイを焼いてみたんだけど……お裾分けしようと思って」
じ~ん……!
「ありがたくいただきます!」
思わず拝んでしまう。ここでは伝わらない謎ゼスチャーに、きょとんとする彼女。
「ふふ。オディールさんって、ほんと変わったよね。なんていうか……すごく親しみやすくなった」
「ありがとう。でも、肝心のパイは?」
「大人数用に作ったから、キッチンに。お友達も誘って?」
「よろこんで! あの子たちも、喜ぶと思う!」
取り巻きーズ改め友達ーズと、いつの間にやら打ち解けてたようで。よかった……。
みんなを誘い、キッチンへ。
「いただきます!」
合掌。また謎ジェスチャーに、くすっとなる彼女。
ぱくっ。
美味しい……! パイはサクサク、りんごはジューシィ。シナモンが、文字通りいいスパイス。
あ……。
「どうしたの、オデットさん!」
「ごめんなさい。なんか、涙が」
お昼のイタリアン、美味しかった。でも、オデットちゃんのアップルパイとは次元が違う。
そんな言い方失礼だけれども、やっぱり私にとって、オデットちゃんの手料理に勝るものはないんだ。
好きで、好きで、大好きで。画面の向こうから恋をして。そして今、現実に彼女がここにいる。
ごめんなさい、ジークフリーデ様。やっぱり私、オデットちゃんが、どうしようもないぐらい大好きです。
問題は、彼女の気持ち。私たちはまだ友人止まり。
ここから告白に持っていくのは、突飛すぎる。
もっと、距離を縮めないと!
でも、その前にやることがあるよね。
◆ ◆ ◆
「やあ、こんな夜更けに」
寮室のドアをノックすると、ジークフリーデ様が気さくにドアを開けてくれた。
「その表情……、込み入った話。そして、察してしまったよ。ひと思いに、ズバッとやってくれるかな?」
「すみません……」
招き入れられ、ベッドに隣同士で腰掛ける。
「ジークフリーデ様は、とても素敵な女性です。気が利いて、優しくて。でも、私はそれでも……」
間。ジークフリーデ様は、私の言葉を待ってくれる。
「先程、オデットさん手製のアップルパイをいただきました。比喩抜きで、涙が出る程美味しかった。私、改めて自覚したんです。オデットさんが好きで好きで大好きで。どうしようもない程に大好きで。なぜ、私にこのような変化が訪れたのかは、説明しても夢物語のような話でしょうから、述べません。ジークフリーデ様も好きです。でも、愛とは違う。憧れなんです」
一気に言葉を紡ぐ。
「そうか。すっぱり振ってくれて、ありがとう。悔しいけれど、人の気持ちばかりはしょうがないね。まだ君たちを応援できるほど吹っ切れないけど、君のことは、潔く諦めるよ」
「すみません……」
「ちょっと、一人にしてほしいな」
「はい」
ドアを閉めると、泣き声が聞こえた気がした。ああ、あんな颯爽としたイケメンでも、悔し涙を流すのだなと、罪悪感を覚えながら立ち去る。
◆ ◆ ◆
翌日、気分転換も込みで、休み時間に花壇の手入れをしていると。
「精が出るね」
オデットちゃん!
「うん。きちん手入れをしただけ、植物は応えてくれるから」
「わたしも手伝うよ」
「そんな! これは私のやるべきことで……」
わたわたと手を振る。
「わたしもやっちゃだめ?」
うう、そのくりっとした瞳に見つめられると弱い……。
「じゃあ、一緒に」
「うん!」
無心で、手入れをしていく私たち。
「ほんと変わったね、オディールさん」
不意に、そう言われた。
「私、嫌な女の子だったから……。愛する人にふさわしくなりたいの」
あっ、口が滑った!
「ジークフリーデ様?」
「その……ジークフリーデ様、振っちゃった」
するとオデットちゃん、あたり一面に聞こえたであろう声で、「えーっ!?」と絶叫。
「なんで? 彼女、みんなの憧れよ?」
「私が恋い焦がれている人は、別にいるから」
そう言って、彼女をじっと見つめるけど、不自然だったかと、頬を熱くしながら、慌てて視線を外す。
「……その恋、きっと実るよ」
そう言うと微笑んで、あとは二人で黙々と作業を続けるのでした。
◆ ◆ ◆
公演に向けて、私たちは猛特訓に励んでいた。
相変わらず、オデットちゃんと友達以上の関係になる方法はわからない。でも、今はそういうことは頭の外に追いやる。
オデットちゃんの邪魔ばかりしていたオディール。でも、私はそうじゃない。[[rb:お父様《理事長》には、余計なことをしないように、きつく言ってある。
オデットちゃんの横に並んで、恥じない演者になるために!
◆ ◆ ◆
「配役を発表する! 王子、ジークフリーデ!」
監督の言葉に、ぱちぱちと拍手が送られる。
「白鳥姫、オデット!」
今度はざわめきが上がる。皆にとって、ダークホースだったのだろう。
でも、私がまず拍手を送ると、その和が広がっていく。
「黒鳥姫、オディール」
またもざわめき。皆、私が白鳥姫だと思っていたろうから。
その後も、キャストが発表されていく。
「オディールさん、気を落とさないでください! サブヒロインだって、大したもんですよ!」
友達ーズの一人が、慰めてくれる。
「ありがとう。でも、これは純粋な実力差。監督の目に狂いはないわ。オデットさんは、スターの下に生まれたのよ」
おめでとう、オデットちゃん。
◆ ◆ ◆
配役も決まり、公演に向けて、さらなる猛特訓が始まった。忙しすぎて、恋だ何だを考える時間もない。結局彼女とは、友達止まりのまま。
そして公演初日。すべての煩悩や懊悩を振り払い、役に没入する。そうしないと、お客様にも、ほかの演者にも失礼だから。
初日のカーテンコールは拍手喝采で終了。でも、ここはまだ始まり。最高のグランドフィナーレに向けて、更に磨き上げなくてはいけない。
公演は、計七日間。走りきらなきゃ!
◆ ◆ ◆
そして、グランドフィナーレ開幕前。なんだろう。熱いのに、寒気がする。なんだか、くらくらするし。
「大丈夫ですか、オディールさん!?」
友達ーズの一人が心配して駆け寄る。
「すごい熱!」
「まずいな、代役を立てないと……!」
監督が、思案する。
「最後までやらせてください……! 黒鳥姫のセリフも歌も全部憶えているのは私だけ。どうか!」
息も荒く、頭を下げる。
「一理ある。が、無茶だ!」
「それでも!」
「監督! オディールさんに演らせてあげてください!」
意外な助け舟。それはオデットちゃん!
「わたし、彼女の練習してわかったんです。今回の公演にかける熱意を! ここで降りたら、一生後悔すると思うんです! わたしもきっと、同じ立場ならそうですから!」
「僕からもお願いします。彼女の気迫、本物です」
ジークフリーデ様も!
もちろん、友達ーズも加勢してくれる。
監督、しばし逡巡した後、「きちっと演じきれよ!」と認めてくださった!
「はい! ありがとうございます!」
深々とお辞儀。こうして、開幕を待つこととなった。
そして、開幕。頭が朦朧とする。でも、次にどう動けばいいか、喋ればいいか、歌えばいいか、体が全て憶えてる。
カーテンコールまで乗り切った! でも、拍手が鳴り止まない。拍手が続く限り、何度でも挨拶をする。スタンディング・オベーション。ただそれだけを頼りに、気を確かに持つ。
そしてすべてが終わり、幕が下りると、意識が飛んだ。
◆ ◆ ◆
(ここは……?)
見慣れた自室。まだ、頭がぼやんとしているけど、随分マシになった気がする。氷嚢を枕に、寝込んでいたらしい。
「よかった! 目を醒ました!」
心底ホッとしたような様子のオデットちゃん。
「もしかして、ずっと見守っていてくれたの……?」
「うん。心配で、心配で。救急車呼ぼうかなんて話にもなりかけたのよ」
「舞台は?」
「大成功。ほんと、がんばったね!」
ぎゅっと、手を握ってくれる。頬が、より一層熱くなる。
「ジークフリーデ様や、私の友達は……?」
「さあ? おじゃま虫はいないほうがいいとか言って、自室に帰ったよ」
みんな、気が利くなあ。
「なにか、欲しいものある?」
「冷えた炭酸水と、軽くなにか食べたい」
「わかった! ちょっと待っててね!」
そういうと、彼女も去ってしまった。
心細い。舞台が大成功に終わったというのが救いかな。ほとんど、上の空だったもんね。
うと……うと……。
!
「あ、起こしちゃった?」
「寝てた?」
「うん。オートミールと炭酸水を持ってきたらから、起こそうかどうか迷ったんだけど」
「それなら、遠慮なく起こしてくれてよかったのに。いただきます」
「まだ無理しちゃ駄目。ふー……ふー……はーい、あーん」
まさかの、あーん!
照れながら、あーん。……美味しい! ほんのり甘くて。私、物心つかないうちにお母様を亡くしているから、きっとこれが、母の味というものなんだろうな。
「すごく美味しい!」
「よかった。お水もどうぞ」
蛇腹つきストローが刺さったペットボトルを近づけてくれる。レモン風味が爽やか。
昏倒した割には、我ながら食欲旺盛で、ぺろりと平らげてしまいました。
「おかわり、いる?」
「大丈夫。それより……」
二人きりのシチュエーション。ここで言わずに、いつ言うか!
「私、オデットさんが好き。ラブ的な意味で。この世の誰よりも愛してる」
告白の言葉は、案外すんなりと口から出てきた。
両頬を手で挟み、赤面する彼女。
でも、意外なのはその反応で。
「いいよ」
あまりにも、素直な返事。
「えーっ!? えほっ! えほ!」
思わずむせた。
「嘘でしょ!? 嘘でしょ嘘でしょ!?」
つい、ほっぺたをつねるというベタなムーブをしてしまう。
「わたし、こういうことで嘘はつかないよ」
「ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないの。最初は意地悪されたけど、本当に、人が変わったようにまっすぐになって……。そんなあなたが、好きになっていたみたい。恋心を自覚したのは、こないだの花壇かな。心を入れ替えたあなたが、とても魅力的で」
頭痛がするけど、脳内でりんごんりんごんと、祝福の鐘が鳴る。
「元気になったら、デートしましょう?」
「そしたら、オデットちゃん手作りの、モンテ・クリストが食べたいな……」
「お安い御用!」
二の腕を、ぽんと叩く彼女。
こうして私オディールは、ゲーム原作者も知らない、隠しハッピーENDを迎えたのでした!
私は土下座していた。それはもう、エクストリームな土下座を。
なんでこんなことをしているかというと――。
私、転生者だったみたいなのです!
◆ ◆ ◆
「スワンレイク少女歌劇団・恋物語」
かの、白鳥の湖をモチーフとしつつ、少女歌劇団と融合させたノベルゲーム。
一本道なんだけれど、もう、シナリオがすごいよくてよくて! あ、キャラデザも神!
で、主人公のオデットちゃんがとてもいい子なの~。素直だし、女子力高いし、もう完璧!
理事長の娘・悪役令嬢オディールの妨害にもめげず、見事女役主人公の座を射止め、そして、男役のスター、ジークフリーデと恋仲に……。
もう、オデットちゃんLOVE!! 世界一愛してる!
オディール? 元ネタ同様、負けヒロインですよ。
◆ ◆ ◆
そしてワタクシ、よりによって、そのオディールになってしまったみたいなんです!
脳裏に浮かぶ、「スワンレイク少女歌劇団・恋物語」の物語の数々。今までの悪行と、そしてこれからの落ちぶれ街道。
よりによって、愛してやまないオデットちゃんに、そんな事をするオディールになってしまうなんて!
「あの、オディールさん。頭を上げてください」
ああ、天使オデットちゃん!
「いえ、それだけは! 今までの悪行の数々、どうやって償えば……」
「ええと、誠心誠意謝罪してくださっているのは伝わるのですけど、床に頭をこすりつけるのはいかがなものでしょう……」
はっ! そうだ、ここはある種異世界! 土下座なんて風習は、きっとない。
「どうしたら、許してもらえるでしょうか……」
土下座姿勢から、彼女を仰ぐ。ああ! まばゆい! 天使の後光が私には見える!
「謝罪をいただいたのは確かなので、わたしにわだかまりはありません。どうか、立ってください」
ああっ! 大天使っ!
「ありがとうございます、オデットさん」
スカートの埃を払いながら、一礼。
「あの、オディールさん。急にどうしてしまったんですか……?」
取り巻きーズから、どうしたものかという眼差しを頂戴する。
「私は! 愛に生きると決めたの! 誠実に! 真心を込めて!」
天を仰ぐポーズを取りながら、脳内で紙吹雪を散らす。
周り、ドン引き。オデットちゃん含む。でもいいの。私は生まれ変わるのだから!
◆ ◆ ◆
食堂でサラダとチキンを食んでいるオデットちゃん。ああん、一所懸命食べてる姿も、ハムスターみたいでキュート! 彼女、食べるの遅いからねー。
いや、それはそれとして、私には重大なミッションがあるのです!
「こんにちは、オデットさん!」
「こんにちは、オディールさん。なにかご用でしょうか?」
「ご、ごごごごごご」
「ご?」
いけない。どこかの漫画の擬音みたいになってる。
「ご……ご一緒してよろしい!?」
言えた! 偉い、私!
「構わないですよ」
やったー! 脳内で、りんごんりんごんと祝福の鐘が鳴るぅー!
「あ、ありがとう」
隣に、ちょこなと座る。
あ、いい匂い。オデットちゃんのシャンプー? 爽やか~。お日様のように輝くブロンドが、とても綺麗。
「あの、わたしの顔に、なにかついてます?」
「いえいえいえいえいえ! ただその、ごにょごにょ……」
そんな私に、微笑みを投げかける彼女。ずきゅうううん!
はあん、腰が砕けそう……。
「早く食べないと、冷めてしまいますよ?」
「そうですね!」
もっしゃもっしゃと、モンテ・クリストサンドを頬張る。これ、「私」とオディール、どっちの好物なんだろう?
「オディールさん、なんだかハムスターみたいで可愛い……って言ったら、失礼でしょうか」
いえいえそんな! という意味を込めて、首をブルブルと横に振る。
慌てて飲み込もうとすると、喉につかえてしまった。
「大丈夫ですか!?」
彼女が差し出してくれた水を流し込み、ぷはっと一息。
「ありがとう。オデットさんこそ、そのハムスターみたいで……」
もじもじ。
「ふふ。似た者同士なのかも知れませんね、わたしたち」
またしても祝福の鐘、イン脳内!
ああ~愛しのオデットちゃんに、似た者同士なんて言ってもらえるなんて~!
そんな私たちを見る、一人の視線に、私はこのときまだ、気づかなかったのでした。
◆ ◆ ◆
ダンスの訓練が終わり、更衣室で着替えていると、「ちょっといいかな」と話しかけられました。
「はい?」
声の主は……ジークフリーデ! ある意味、私にとっては恋敵。彼女も負けヒロインにした、夢小説とか書きましたもん、黒歴史ノートに!
容姿は、イケメン女子! これまた、ブロンドが美しい。うう……私もブロンドが良かったなあ……。と、自分の黒髪をなでつける。
「放課後、テラスでお茶でもいかがかな?」
ほえ? お誘い? ジークフリーデが? 私に?
このあとは自由時間だけど、お茶ならオデットちゃんとしたいなあ。でも、お誘い断るのも感じ悪いし……。
「はあ、構いませんが……」
というわけで、テラスに着いたわけですが。
「僕はエスプレッソを。君は?」
「はあ、じゃあ、その、アップルティーで」
ウェイトレスさんが、下がる。
「ええと、スターであるジークフリーデ様が、私めになんのご用でしょうか?」
「やっぱり君、変わったよね。いい方向に。なんていうのかな……僕は、君に惹かれ始めている」
はァッ!?
ちょっと待って! ジークフリーデの矢印が向くべき相手はオデットちゃんで、いや、それはそれで困るけど、少なくとも私ではないでしょう!?
いやもう、飲み物を口にしてたら、盛大に吹いていたよ……。
「知ってるよ。掃除も庭の手入れも雑用の数々も、甲斐甲斐しくやっていることを。以前は、父であるロットバルト理事長の威光を傘にきて、威張り散らしていたけど、一体どういう変化なのだろう? そう考えたらもう、興味津々でね」
いやまあ、なんというか、罪の精算を心がけていただけなのだけど……。あとは、オデットちゃんに好かれたいという下心も。
でも、ジークフリーデの方を射止めてしまうなんて……。
いや、いやいやいや。惹かれ始めてるだから、ギリセーフ! ……セーフなの?
「どうかな。今度の休み、ブティック巡りとランチでも」
ひょえ! いきなりデートのお誘い!? 距離感バグってるぅ~!
「えと、あの、そう! 予定が入ってまして!」
口からでまかせ!
「そうか。それは残念だな。じゃあ、その次の休みにでもどうかな」
はう~。食い下がってくる~! 私なんかのどこがいいの~!?
「考えておきます」
出た、必殺「考えておきます」! ただの回答引き伸ばし。我ながら、ずるいな~。自分が嫌になる。
「前向きな返事を期待しているよ。ちょうど、お茶が来た」
なんともビミョーな空気で、ちょぼちょぼ舞台について、茶話をするのでした。
◆ ◆ ◆
「あの、オディール様。失礼ながら、最近お付き合いしてくださらないなと……」
「そうです。なんというか、人が変わってしまったみたいで」
ぎぎくり。ある日、取り巻きーズに詰問されてしまいました。
「あー、その……。付き合いの悪さに関してはごめんなさい。私、気付いたの。すごく嫌な女の子だったって。みんなを、いじめに巻き込んでごめんね?」
ざわつく取り巻きーズ。
「本当に、どうしてしまったんですか、オディール様」
「人間、ふとしたきっかけで変わることもある。それじゃ駄目?」
みんな、「はあ」と気の抜けた返事。
「とにかく、オデットさんへのいじめは、もうやめましょう。私から、皆に彼女に謝るように言うのは違うよね。改めて、皆のぶんも謝っておく」
うち、一人が言った。
「その……私、強気で気丈なオディール様が好きだったんです。それがなんだか、丸くなりすぎて……」
「ごめんなさい。それしか言えない」
頭を下げる。
「今の私が嫌だと言うなら、離れてくれて構わない。私は、心を入れ替えたの」
一同を、真剣な眼差しで見渡す。
「いえ、オディール様への忠誠は変わりません!」
さっきのとは別の子が言う。
「忠誠だなんていい方、よくないわ。お友だちとして付き合ってほしいの。それじゃ駄目?」
彼女、しばし逡巡した後。
「オディール様が、そう仰るなら」
「様付けはナシ。同期生なんだから、呼び捨てでいいよ」
「それは畏れ多いです! ではせめて、オディールさんで……」
「急には難しいか。うん、今はそれでいいよ。改めて、よろしくね」
彼女の名を、さん付けで呼ぶと、たいそうびっくり。
ほかの三人も、最終的に対等な友人としての第一歩を踏み出してくれました。
これからは、取り巻きーズなんて呼び方も駄目だね!
◆ ◆ ◆
寮室に戻ると、考え事にふける。
オデットちゃんはいい子だから、すんなり私を許してくれた。たぶん、友達たちも許してくれることでしょう。
ただ、困ったのがジークフリーデ。まさか、私に矢印を向けてくるようになるなんて。
彼女が好きか嫌いかでいえば、人間として嫌いではない。だって、あのオデットちゃんが心惹かれるような人なんだもの。
ただ~、ただ~! 私、オデットちゃんLOVEなの! かといって、こっぴどく振るなんて酷いことしたくないし。そりゃね、こっぴどく振られる辛さは知ってますよ。天下御免の負けヒロイン、オディールですもの。
ああ~! どうしたらいいの~!?
……とりあえず、シャワー浴びて寝よう! すっきりして寝たら、きっと名案も浮かびますって!
◆ ◆ ◆
浮かびませんでした。
ジークフリーデの影に怯えるように、こそこそ入室。こんな接し方……というか避け方、良くないとわかってるんだけど、いざとなったらどうしたらいいものかと。
そしてランチタイム。
「オデットさん、今日もお隣よろしい?」
「ええ、どうぞ」
はあ、至福の時間……。いつものように、モンテ・クリストサンドを、もっしゃもっしゃと頬張ります。
「やっぱり、オディールさんの食べ方可愛い……」
頬が熱い! はぅ~ん……。
その時ふとひらめいた!
「あの、オデットさん。知り合いの話なんだけれど……」
でたー! 必殺・知り合いに例えた身の上話!
「知り合いの子が、Aちゃんっていう子を好きなのね。その、ライクじゃなくてラブな意味で。でも、Bっていう子が、知り合いの子を好きになっちゃって……。どう助言したらいいかな?」
深慮する彼女。はぁ~ん、そのくりくり考える姿もカワイイ~!
「お知り合いの方は、Bさんに対してどういう感情をお持ちなんですか?」
「それは、ええと……人間的には嫌いじゃないけど、諸般の事情で……上手く言えなくて、ごめんなさい!」
「要するに、嫌いではないのね」
再び考え込んでしまう彼女。ああ、その横顔も美しい……!
「わたしだったら……Bさんに心を込めて謝って、諦めてもらうかな」
「えっ! オデットさん、結構ドライ!?」
「そういうわけではないけれど。ただ、どっちつかずが一番不誠実だと思うの」
そっか……。それもそうだね。
「わかった! そう助言してくる!」
急いでモンテ・クリストを詰め込むとまた喉につっかえてしまい、オデットさんの差し出したお水に助けられるのでした。
……そういえば私たち、互いに少し、喋り方がフランクになったような?
◆ ◆ ◆
「えーと、あの~……」
ジークフリーデを前に、もじもじ。
「この間のお誘い、予定が空いたから、OKしようかなって……」
って、なに言ってんのバカ~! 断らなきゃでしょそこは!
すると彼女、太陽のような明るい笑顔で。
「ありがとう! 嬉しいな。思いっきり楽しもう!」
と、イケメンスマイル。おもわず、くらっときてしまう。ダメダメ! 私はオデットちゃん命!
ともかくも、デートが決定してしまいました。
◆ ◆ ◆
「お待たせして、すみません!」
失礼があってはいけないと丹念に身だしなみを整えていたら、待ち合わせに遅れてしまった。本末転倒!
「大丈夫だよ。こうやって、爽やかな秋風の中で風景を眺めるのもいいものさ。隣においでよ」
ベンチで、彼女の隣に腰掛ける。
ちらと彼女を見ると、すごくハンサム。ブロンドが、秋風になびく。ぱっと見、イケメンとデートしてる女に見えるんだろうな。
とくん。
うそ! え、今の反応なに!?
いやいやいやいや! 私はオデットちゃん一筋!
「僕の顔に、見惚れているのかな」
うっ! 見事に心中当てられた!
「そろそろお昼時だね。混む前に、ランチにしよう」
彼女に手を引かれ、町中をお散歩。
「イタリアンは好きかな?」
「はい!」
「じゃあ、イタリアンと洒落込もう」
そして、本格的なトラットリアに着きました!
案内され、着席。
「ここはピッツァ、とくにマルゲリータが絶品なんだ。シンプルさ故に、ごまかしが効かないから、シェフの腕のよさがわかるよ」
「では、私もそれで」
ウェイターが来ると、マルゲリータと炭酸水を注文する。
「ねえ。僕とオデット、どっちが魅力的かな?」
「ほえっ!?」
変な声を出してしまう。
「君がオデットを好いているのはわかるよ。彼女、優しいものね。僕は、君にとってどう映ってる?」
ど、どうしよう! そんな真摯な瞳で見つめられたら、直視できない!
「ええと、その。それぞれに良さがあるといいますか……」
まさか、ここで揺らいでしまうなんて。
「困らせてしまったみたいだね。申し訳ない。ピッツァがきたよ。僕が切り分けよう」
ああ、ジークフリーデ……いえ、ジークフリーデ様に心惹かれ始めている。
私の浮気者……。
◆ ◆ ◆
寮室に帰ってきた。デートは至極大成功。
食事はサイコーで奢ってもらったし、服のチョイスもいいし、いちいち褒めてくれるし。まさにイケメン。オデットちゃんが惚れるのも、無理ないわ。
逆に……はたと考えた。私はオデットちゃんにとって、恋人足りうるのだろうかと。
今は、最悪の関係から軌道修正して、いい友人。
でも、そこから先に行けるの……?
友人から恋人へ。本来、ジークフリーデ様とくっつくぐらいなんだから、同性愛者なのは間違いないし、そこのハードルは低いけど。
私の、ジークフリーデ様に勝っているところって何? 勝ち負けの問題じゃないけど、何もかも見劣りする気がする。
オデットちゃんの好みのタイプがイケメンだとしたら、私もそう攻めるべき?
に、似合わない……。やっぱり、ああいうムーブはジークフリーデ様みたいな人じゃないと似合わない。
そもそも同じ土俵で戦って、勝てる気がしない。
どうすればいいのか……。
そのとき、ドアがノックされる。
「はい……って、オデットさん!?」
「こんばんは。キッチンを借りて、アップルパイを焼いてみたんだけど……お裾分けしようと思って」
じ~ん……!
「ありがたくいただきます!」
思わず拝んでしまう。ここでは伝わらない謎ゼスチャーに、きょとんとする彼女。
「ふふ。オディールさんって、ほんと変わったよね。なんていうか……すごく親しみやすくなった」
「ありがとう。でも、肝心のパイは?」
「大人数用に作ったから、キッチンに。お友達も誘って?」
「よろこんで! あの子たちも、喜ぶと思う!」
取り巻きーズ改め友達ーズと、いつの間にやら打ち解けてたようで。よかった……。
みんなを誘い、キッチンへ。
「いただきます!」
合掌。また謎ジェスチャーに、くすっとなる彼女。
ぱくっ。
美味しい……! パイはサクサク、りんごはジューシィ。シナモンが、文字通りいいスパイス。
あ……。
「どうしたの、オデットさん!」
「ごめんなさい。なんか、涙が」
お昼のイタリアン、美味しかった。でも、オデットちゃんのアップルパイとは次元が違う。
そんな言い方失礼だけれども、やっぱり私にとって、オデットちゃんの手料理に勝るものはないんだ。
好きで、好きで、大好きで。画面の向こうから恋をして。そして今、現実に彼女がここにいる。
ごめんなさい、ジークフリーデ様。やっぱり私、オデットちゃんが、どうしようもないぐらい大好きです。
問題は、彼女の気持ち。私たちはまだ友人止まり。
ここから告白に持っていくのは、突飛すぎる。
もっと、距離を縮めないと!
でも、その前にやることがあるよね。
◆ ◆ ◆
「やあ、こんな夜更けに」
寮室のドアをノックすると、ジークフリーデ様が気さくにドアを開けてくれた。
「その表情……、込み入った話。そして、察してしまったよ。ひと思いに、ズバッとやってくれるかな?」
「すみません……」
招き入れられ、ベッドに隣同士で腰掛ける。
「ジークフリーデ様は、とても素敵な女性です。気が利いて、優しくて。でも、私はそれでも……」
間。ジークフリーデ様は、私の言葉を待ってくれる。
「先程、オデットさん手製のアップルパイをいただきました。比喩抜きで、涙が出る程美味しかった。私、改めて自覚したんです。オデットさんが好きで好きで大好きで。どうしようもない程に大好きで。なぜ、私にこのような変化が訪れたのかは、説明しても夢物語のような話でしょうから、述べません。ジークフリーデ様も好きです。でも、愛とは違う。憧れなんです」
一気に言葉を紡ぐ。
「そうか。すっぱり振ってくれて、ありがとう。悔しいけれど、人の気持ちばかりはしょうがないね。まだ君たちを応援できるほど吹っ切れないけど、君のことは、潔く諦めるよ」
「すみません……」
「ちょっと、一人にしてほしいな」
「はい」
ドアを閉めると、泣き声が聞こえた気がした。ああ、あんな颯爽としたイケメンでも、悔し涙を流すのだなと、罪悪感を覚えながら立ち去る。
◆ ◆ ◆
翌日、気分転換も込みで、休み時間に花壇の手入れをしていると。
「精が出るね」
オデットちゃん!
「うん。きちん手入れをしただけ、植物は応えてくれるから」
「わたしも手伝うよ」
「そんな! これは私のやるべきことで……」
わたわたと手を振る。
「わたしもやっちゃだめ?」
うう、そのくりっとした瞳に見つめられると弱い……。
「じゃあ、一緒に」
「うん!」
無心で、手入れをしていく私たち。
「ほんと変わったね、オディールさん」
不意に、そう言われた。
「私、嫌な女の子だったから……。愛する人にふさわしくなりたいの」
あっ、口が滑った!
「ジークフリーデ様?」
「その……ジークフリーデ様、振っちゃった」
するとオデットちゃん、あたり一面に聞こえたであろう声で、「えーっ!?」と絶叫。
「なんで? 彼女、みんなの憧れよ?」
「私が恋い焦がれている人は、別にいるから」
そう言って、彼女をじっと見つめるけど、不自然だったかと、頬を熱くしながら、慌てて視線を外す。
「……その恋、きっと実るよ」
そう言うと微笑んで、あとは二人で黙々と作業を続けるのでした。
◆ ◆ ◆
公演に向けて、私たちは猛特訓に励んでいた。
相変わらず、オデットちゃんと友達以上の関係になる方法はわからない。でも、今はそういうことは頭の外に追いやる。
オデットちゃんの邪魔ばかりしていたオディール。でも、私はそうじゃない。[[rb:お父様《理事長》には、余計なことをしないように、きつく言ってある。
オデットちゃんの横に並んで、恥じない演者になるために!
◆ ◆ ◆
「配役を発表する! 王子、ジークフリーデ!」
監督の言葉に、ぱちぱちと拍手が送られる。
「白鳥姫、オデット!」
今度はざわめきが上がる。皆にとって、ダークホースだったのだろう。
でも、私がまず拍手を送ると、その和が広がっていく。
「黒鳥姫、オディール」
またもざわめき。皆、私が白鳥姫だと思っていたろうから。
その後も、キャストが発表されていく。
「オディールさん、気を落とさないでください! サブヒロインだって、大したもんですよ!」
友達ーズの一人が、慰めてくれる。
「ありがとう。でも、これは純粋な実力差。監督の目に狂いはないわ。オデットさんは、スターの下に生まれたのよ」
おめでとう、オデットちゃん。
◆ ◆ ◆
配役も決まり、公演に向けて、さらなる猛特訓が始まった。忙しすぎて、恋だ何だを考える時間もない。結局彼女とは、友達止まりのまま。
そして公演初日。すべての煩悩や懊悩を振り払い、役に没入する。そうしないと、お客様にも、ほかの演者にも失礼だから。
初日のカーテンコールは拍手喝采で終了。でも、ここはまだ始まり。最高のグランドフィナーレに向けて、更に磨き上げなくてはいけない。
公演は、計七日間。走りきらなきゃ!
◆ ◆ ◆
そして、グランドフィナーレ開幕前。なんだろう。熱いのに、寒気がする。なんだか、くらくらするし。
「大丈夫ですか、オディールさん!?」
友達ーズの一人が心配して駆け寄る。
「すごい熱!」
「まずいな、代役を立てないと……!」
監督が、思案する。
「最後までやらせてください……! 黒鳥姫のセリフも歌も全部憶えているのは私だけ。どうか!」
息も荒く、頭を下げる。
「一理ある。が、無茶だ!」
「それでも!」
「監督! オディールさんに演らせてあげてください!」
意外な助け舟。それはオデットちゃん!
「わたし、彼女の練習してわかったんです。今回の公演にかける熱意を! ここで降りたら、一生後悔すると思うんです! わたしもきっと、同じ立場ならそうですから!」
「僕からもお願いします。彼女の気迫、本物です」
ジークフリーデ様も!
もちろん、友達ーズも加勢してくれる。
監督、しばし逡巡した後、「きちっと演じきれよ!」と認めてくださった!
「はい! ありがとうございます!」
深々とお辞儀。こうして、開幕を待つこととなった。
そして、開幕。頭が朦朧とする。でも、次にどう動けばいいか、喋ればいいか、歌えばいいか、体が全て憶えてる。
カーテンコールまで乗り切った! でも、拍手が鳴り止まない。拍手が続く限り、何度でも挨拶をする。スタンディング・オベーション。ただそれだけを頼りに、気を確かに持つ。
そしてすべてが終わり、幕が下りると、意識が飛んだ。
◆ ◆ ◆
(ここは……?)
見慣れた自室。まだ、頭がぼやんとしているけど、随分マシになった気がする。氷嚢を枕に、寝込んでいたらしい。
「よかった! 目を醒ました!」
心底ホッとしたような様子のオデットちゃん。
「もしかして、ずっと見守っていてくれたの……?」
「うん。心配で、心配で。救急車呼ぼうかなんて話にもなりかけたのよ」
「舞台は?」
「大成功。ほんと、がんばったね!」
ぎゅっと、手を握ってくれる。頬が、より一層熱くなる。
「ジークフリーデ様や、私の友達は……?」
「さあ? おじゃま虫はいないほうがいいとか言って、自室に帰ったよ」
みんな、気が利くなあ。
「なにか、欲しいものある?」
「冷えた炭酸水と、軽くなにか食べたい」
「わかった! ちょっと待っててね!」
そういうと、彼女も去ってしまった。
心細い。舞台が大成功に終わったというのが救いかな。ほとんど、上の空だったもんね。
うと……うと……。
!
「あ、起こしちゃった?」
「寝てた?」
「うん。オートミールと炭酸水を持ってきたらから、起こそうかどうか迷ったんだけど」
「それなら、遠慮なく起こしてくれてよかったのに。いただきます」
「まだ無理しちゃ駄目。ふー……ふー……はーい、あーん」
まさかの、あーん!
照れながら、あーん。……美味しい! ほんのり甘くて。私、物心つかないうちにお母様を亡くしているから、きっとこれが、母の味というものなんだろうな。
「すごく美味しい!」
「よかった。お水もどうぞ」
蛇腹つきストローが刺さったペットボトルを近づけてくれる。レモン風味が爽やか。
昏倒した割には、我ながら食欲旺盛で、ぺろりと平らげてしまいました。
「おかわり、いる?」
「大丈夫。それより……」
二人きりのシチュエーション。ここで言わずに、いつ言うか!
「私、オデットさんが好き。ラブ的な意味で。この世の誰よりも愛してる」
告白の言葉は、案外すんなりと口から出てきた。
両頬を手で挟み、赤面する彼女。
でも、意外なのはその反応で。
「いいよ」
あまりにも、素直な返事。
「えーっ!? えほっ! えほ!」
思わずむせた。
「嘘でしょ!? 嘘でしょ嘘でしょ!?」
つい、ほっぺたをつねるというベタなムーブをしてしまう。
「わたし、こういうことで嘘はつかないよ」
「ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないの。最初は意地悪されたけど、本当に、人が変わったようにまっすぐになって……。そんなあなたが、好きになっていたみたい。恋心を自覚したのは、こないだの花壇かな。心を入れ替えたあなたが、とても魅力的で」
頭痛がするけど、脳内でりんごんりんごんと、祝福の鐘が鳴る。
「元気になったら、デートしましょう?」
「そしたら、オデットちゃん手作りの、モンテ・クリストが食べたいな……」
「お安い御用!」
二の腕を、ぽんと叩く彼女。
こうして私オディールは、ゲーム原作者も知らない、隠しハッピーENDを迎えたのでした!
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