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第五章 アルフヘイム

アルフヘイム1

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 ゴウゥゥゥ、ゴウゥゥゥゥ・・・。

 冷たい風の本流の中、エレベーターが下降するときの様な、胃がフワッと持ち上がるあの独特の感覚で、目を覚ました。とても寒くて、気持ちが悪い。

 私の胴には鳥の蹄(ひづめ)が巻き付き、眼下には満月に照らされた森が広がっていた。森の中に開けた草むらがあって、私を捕らえた鳥は、その草むらへ降りて行くところだった。

 大きな鳥は、森の中に下降して、開けた場所まで来ると私を離した。イキナリ放され勢いあまって、草むらをゴロゴロと転がってしまった。体中が痛み、悲鳴をあげる。


 ……どうしよう。夜の森の中で、たったひとり……。ここはどこなのかしら? 洞窟城からどのくらい離れた場所なのか……。


 ガサガサ、パキッ……。

 遠くから、枝を払いながら歩み、小枝を踏んで折れる音が聞こえて、森の奥を伺うとぼんやりとした灯りが見えた。蛍火のような小さな淡い光がいくつも浮かぶ中心に、大きめの灯りが浮かんでいる。

 樹木の合間から現れたのは、数人のエルフだった。全員、金髪緑眼でスラリとした細身の美男美女ばかり。彼らは馬を引いて歩いていた。そして蛍火と思ったのは、妖精達で……。

「ああ、怪我をされて。これはひどい。パックは、随分と手荒なことを」

 見たことのあるような気がするエルフの男が、倒れている私の側に跪くと抱き起こした。

「これで口をゆすいで……。母上、傷の手当てを」

 革袋に入った水を与えられ、口をゆすいだ。大鳥にさらわれ、気を失っている時に胃の中のものを吐いたようだ。

「お身体の怪我、確認させて頂きますね」

「えっ、ちょっと待ってください……」

 女のエルフが、私の服をくつろげようとするので、抵抗する。だって男の人もいるのに。

「母のベイラは優れた医術の使い手だから、安心して」

 私の手は、男のエルフに抑えられてしまった。ベイラは、必要以上に服を乱したりせず、すばやく確認した。

「打身や切傷だけのようです。手当てと着替えをしますから、殿方は離れて下さい」

 彼女は慣れた様子で傷口を水で洗い、軟膏を塗る。手当てが終わると、彼らが着ているような水色と緑の美しい布で出来た旅装に着替えさせられた。

「あの、ありがとうございます。あなた方は、いったい……?」

「わたしはベイラと申します。洞窟城で一度、ナギサ様とお会いしています」

 馬を引いた男のエルフが近づいて、ベイラの耳元でささやくと、頷いて。

「ここをすぐに発ちます。この森は夜行性の大型魔獣も生息して居るので、危険なのです。さあ、クレイと馬に乗ってください。クレイは優れた騎手なので、ご安心を」

「えっ? どこに行くんですか? 私、洞窟城に帰らないと……」

「洞窟城には、後で使いを出しましょう。さあ、急いで下さい」

 何が何だかよく分からないまま馬に乗せられ、その場を後にした。満月に照らされた森の中を進む私たちの周りには、妖精が飛び交い行く手を示してくれているようだ。それは、とても幻想的だった。

 夜通し森を進み、途中、大きな角を持つ鹿が現れたけど、エルフ達は騎乗したまま弓を射て撃ち取った。

 白々と夜が明けると、ようやく小川の側で休憩を取った。エルフ達は火を熾し、獲物の鹿肉を香草で包み焼きにする。

「お疲れと思いますが、食事を取ってから身体を休めて下さい」

 木の根元に座り、うたた寝をしていると、鹿肉をパンで挟んだものを渡された。

 その後、一行はしばらく仮眠を取り、また出発した。まるで何かに追われているかのように、あわただしく。

「この辺りはまだ人族の領土です。云わば敵地で、危険なのです。我らの森に着くまで、ご辛抱ください」


 慣れない馬上の旅が続き、太腿やお尻が痛い。エルフの旅人は最低限の休憩と仮眠を取って、あとは昼も夜も馬を走らせる強行軍だ。

 疲れてくたくたになると、回復薬ポーションを飲むようにと渡される。馬たちにも回復薬を使っているようだ。


 以前、カインとロドの町に旅した時のことを思い出す。今頃、カインは、私が居なくなったことに気づいて、探してくれているのだろうか?


 幾日かそんな旅が続き、心身ともに疲弊し切ってしまった。馬上でも、気がつくとウトウトしてしまう。二人乗りをしているクレイに、迷惑をかけてしまうのに。

 もう限界かも、と思う頃、森の中で濃霧に包まれた。視界が全くきかない中で、妖精達がエルフを導く。

 どこかピリピリと緊張していたエルフ達が、ほっと気を緩めたのを感じた。

 しばらくすると、白い霧がうそのように晴れて、これまで旅して来た森とは異質な、巨大な樹々の立ち並ぶ木立の中にいた。


「ようこそ、アルフヘルムへ。ここは世界樹ユグドラシルの森です」

 クレイが私に、そう言って教えてくれた。

「さあ、緑の城へまいりましょう。アドリアン様がお待ちです」

「アドリアン?」

「はい、このアルフヘイムの世継ぎの君です。ナギサ様も一度お会いしています」


 婚礼の宴の席で会った、アルフヘイムの三人の使者、アドリアン、ベイラ、クレイ……。ようやくぼんやりとしていた記憶が一本の糸に繋がっていく。

「では、あなた方にあの森で出会ったのは、偶然ではなかったのですか?」

「私たちは、ナギサ様をお迎えに参りました。アドリアン様は自ら来られなかったことを、とても残念にされておいででした」


 ――なんてこと! 私は故意にアルフヘイムに連れて来られてしまったのだ!

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