おもいは、

たなか

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暴れる媚薬

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 ☆☆☆

「何…飲ませたの?」

 口移しで得体の知らない液体を飲まされたわたしは震える声で奏くんに聞いた。しかし奏くんは何も答えない。
 私を見下ろしたまま私の口元に垂れていた謎の液体の残りを人差し指でなぞるようにすくいとり彼自身の口に含む。

 (大半は私が飲み干したとはいえ、こんなふうに奏くんも多少は口に入れてる。死んでしまうような劇薬ではないってことかな?)

 そんなことを考えていると突然、刺激が走った。

「っ…」

 奏くんがわたしの手の甲にキスをしている。柔らかい彼の唇が壊れ物でも扱うかのようにそっと私の肌に着地する。
 手の甲にキス。それだけのことなのに頭の裏側が甘くジン、と痺れるような感覚。思わず目をつむると奏くんの顔が近づいてくる気配がした。奏くんが私の耳元で囁く。

「きみが僕に飲ませたのと同じものだよ」

 その言葉に私はなにもかもを鮮明に思い出した。

 ☆☆☆

 わたしは大学卒業後にひまわり診療内科で受付をしていた。通っていた大学の構内に募集広告が掲示されてあり、当時住んでいた実家から自転車で通える距離だったし給与もまあまあ高かったことが決め手だった。

 わたしが診療内科の井上医師と不倫関係になるまでに時間はかからなかった。当時の私は年上でイケメンで精神科医である井上医師に言葉通り「ゾッコン」であった。そして自分の若さにうぬぼれていた。井上さんは36歳で奥さんも同い年の36歳。結婚していようが年若い私の方がずっと大切にされるに決まってる。そう思っていた。

 しかしそれは大いなる間違いであった。

 井上さんは好奇心旺盛で向上心の塊のような人だ。そんなところに惹かれたわけだが、
 井上さんとの逢瀬を重ねるほど彼の私への熱が冷めていくのが分かった。わたしは井上さんを知れば知るほど気持ちを持って行かれたというのに。

 わたしは自分が将来の夢もこれといった趣味もないからっぽの人間なんだということを思い知った。

 同僚から嫌われていることも知っていたし、井上さんが全てだったのでその井上さんから相手にされなくなったわたしには何も残っていなかった。

 井上さんからしてみれば仕事も結婚も順調に進み、人生に少し退屈さを感じ始めたタイミングでわたしというオモチャに出会ったに過ぎなかったのだ。

 奏くんに出会ったのはそんな井上さんの気持ちを痛いほど感じていたときだった。

 少し猫背気味の男の子。いつも小綺麗な白いシャツに黒いデニムパンツで通院してくる。
 切れ長の目、細い鼻筋、形の良い少し薄めの口元はキュッと引き締められている。
 薬の副作用で少しぽっちゃりしているが、心療内科の女性スタッフは奏くんが来ると「イケメンだよねー」とはしゃいでいた。私は井上先生にゾッコンだったので眼中になかったが。


 だからあの日、奏くんが道端で嘔吐しているのを見かけて始めは単に介抱するだけのつもりだったのだ。

 しかし奏くんは自分の体調が回復してくるとわたしの地雷を踏みつけるような発言をかましてきた。今思えば奏くんは「不倫なんてしなければいい」という至極全うなことを言っただけなのだが、当時のわたしにその言葉は鋭利な刃物で突き刺されるに等しかった。

 わたしは井上さんしか眼中になかったのだが、同時に井上さん以外のなにかを自分の人生に取り込まなければいけないと必死でもあった。奏くんがわたしに好意を持ってることには気づいてたし(駐車場で出待ちしていたときにはドン引きしたが)これは井上さんの穴を埋める1つの出来事にできる、と思った。

 そして公園のベンチで会話をしつつ奏くんに渡したペットボトル飲料に媚薬を隠し入れた。

 その媚薬は井上さんとの情事の際に「これを飲むと感度が増すんだ」と使わされたことがあったものだ。
 好奇心で拝借していたのだがまさかこのタイミングで使うことになるとは自分でも思っていなかった。

 けれど奏くんは目の前でわたしが一糸まとわぬ姿になっても、ベッドに押し倒しても微動だにしなかった。
 わたしは井上さんだけでなく高校生の男の子にも相手にされない存在だったのだ。

 わたしは恥かしいというより自分の出来損ないぶりに笑えてきた。
 未成年に薬を飲ませレイプしようとした自分、
 就職先で不倫をした自分、
 職場で嫌われている自分、
 自分は世界から必要とされていない。なににも貢献できていないし何者にもなれない。

 きっとこの安っぽいラブホテルという建物でさえわたし以外に使って貰った方が幸せだろう。

 なんでわたしは生まれてきたんだろうか?

 わたしは五千円札をホテルのベッドに置くと部屋を後にした。


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