8 / 8
暴れる媚薬
しおりを挟む
☆☆☆
「何…飲ませたの?」
口移しで得体の知らない液体を飲まされたわたしは震える声で奏くんに聞いた。しかし奏くんは何も答えない。
私を見下ろしたまま私の口元に垂れていた謎の液体の残りを人差し指でなぞるようにすくいとり彼自身の口に含む。
(大半は私が飲み干したとはいえ、こんなふうに奏くんも多少は口に入れてる。死んでしまうような劇薬ではないってことかな?)
そんなことを考えていると突然、刺激が走った。
「っ…」
奏くんがわたしの手の甲にキスをしている。柔らかい彼の唇が壊れ物でも扱うかのようにそっと私の肌に着地する。
手の甲にキス。それだけのことなのに頭の裏側が甘くジン、と痺れるような感覚。思わず目をつむると奏くんの顔が近づいてくる気配がした。奏くんが私の耳元で囁く。
「きみが僕に飲ませたのと同じものだよ」
その言葉に私はなにもかもを鮮明に思い出した。
☆☆☆
わたしは大学卒業後にひまわり診療内科で受付をしていた。通っていた大学の構内に募集広告が掲示されてあり、当時住んでいた実家から自転車で通える距離だったし給与もまあまあ高かったことが決め手だった。
わたしが診療内科の井上医師と不倫関係になるまでに時間はかからなかった。当時の私は年上でイケメンで精神科医である井上医師に言葉通り「ゾッコン」であった。そして自分の若さにうぬぼれていた。井上さんは36歳で奥さんも同い年の36歳。結婚していようが年若い私の方がずっと大切にされるに決まってる。そう思っていた。
しかしそれは大いなる間違いであった。
井上さんは好奇心旺盛で向上心の塊のような人だ。そんなところに惹かれたわけだが、
井上さんとの逢瀬を重ねるほど彼の私への熱が冷めていくのが分かった。わたしは井上さんを知れば知るほど気持ちを持って行かれたというのに。
わたしは自分が将来の夢もこれといった趣味もないからっぽの人間なんだということを思い知った。
同僚から嫌われていることも知っていたし、井上さんが全てだったのでその井上さんから相手にされなくなったわたしには何も残っていなかった。
井上さんからしてみれば仕事も結婚も順調に進み、人生に少し退屈さを感じ始めたタイミングでわたしというオモチャに出会ったに過ぎなかったのだ。
奏くんに出会ったのはそんな井上さんの気持ちを痛いほど感じていたときだった。
少し猫背気味の男の子。いつも小綺麗な白いシャツに黒いデニムパンツで通院してくる。
切れ長の目、細い鼻筋、形の良い少し薄めの口元はキュッと引き締められている。
薬の副作用で少しぽっちゃりしているが、心療内科の女性スタッフは奏くんが来ると「イケメンだよねー」とはしゃいでいた。私は井上先生にゾッコンだったので眼中になかったが。
だからあの日、奏くんが道端で嘔吐しているのを見かけて始めは単に介抱するだけのつもりだったのだ。
しかし奏くんは自分の体調が回復してくるとわたしの地雷を踏みつけるような発言をかましてきた。今思えば奏くんは「不倫なんてしなければいい」という至極全うなことを言っただけなのだが、当時のわたしにその言葉は鋭利な刃物で突き刺されるに等しかった。
わたしは井上さんしか眼中になかったのだが、同時に井上さん以外のなにかを自分の人生に取り込まなければいけないと必死でもあった。奏くんがわたしに好意を持ってることには気づいてたし(駐車場で出待ちしていたときにはドン引きしたが)これは井上さんの穴を埋める1つの出来事にできる、と思った。
そして公園のベンチで会話をしつつ奏くんに渡したペットボトル飲料に媚薬を隠し入れた。
その媚薬は井上さんとの情事の際に「これを飲むと感度が増すんだ」と使わされたことがあったものだ。
好奇心で拝借していたのだがまさかこのタイミングで使うことになるとは自分でも思っていなかった。
けれど奏くんは目の前でわたしが一糸まとわぬ姿になっても、ベッドに押し倒しても微動だにしなかった。
わたしは井上さんだけでなく高校生の男の子にも相手にされない存在だったのだ。
わたしは恥かしいというより自分の出来損ないぶりに笑えてきた。
未成年に薬を飲ませレイプしようとした自分、
就職先で不倫をした自分、
職場で嫌われている自分、
自分は世界から必要とされていない。なににも貢献できていないし何者にもなれない。
きっとこの安っぽいラブホテルという建物でさえわたし以外に使って貰った方が幸せだろう。
なんでわたしは生まれてきたんだろうか?
わたしは五千円札をホテルのベッドに置くと部屋を後にした。
「何…飲ませたの?」
口移しで得体の知らない液体を飲まされたわたしは震える声で奏くんに聞いた。しかし奏くんは何も答えない。
私を見下ろしたまま私の口元に垂れていた謎の液体の残りを人差し指でなぞるようにすくいとり彼自身の口に含む。
(大半は私が飲み干したとはいえ、こんなふうに奏くんも多少は口に入れてる。死んでしまうような劇薬ではないってことかな?)
そんなことを考えていると突然、刺激が走った。
「っ…」
奏くんがわたしの手の甲にキスをしている。柔らかい彼の唇が壊れ物でも扱うかのようにそっと私の肌に着地する。
手の甲にキス。それだけのことなのに頭の裏側が甘くジン、と痺れるような感覚。思わず目をつむると奏くんの顔が近づいてくる気配がした。奏くんが私の耳元で囁く。
「きみが僕に飲ませたのと同じものだよ」
その言葉に私はなにもかもを鮮明に思い出した。
☆☆☆
わたしは大学卒業後にひまわり診療内科で受付をしていた。通っていた大学の構内に募集広告が掲示されてあり、当時住んでいた実家から自転車で通える距離だったし給与もまあまあ高かったことが決め手だった。
わたしが診療内科の井上医師と不倫関係になるまでに時間はかからなかった。当時の私は年上でイケメンで精神科医である井上医師に言葉通り「ゾッコン」であった。そして自分の若さにうぬぼれていた。井上さんは36歳で奥さんも同い年の36歳。結婚していようが年若い私の方がずっと大切にされるに決まってる。そう思っていた。
しかしそれは大いなる間違いであった。
井上さんは好奇心旺盛で向上心の塊のような人だ。そんなところに惹かれたわけだが、
井上さんとの逢瀬を重ねるほど彼の私への熱が冷めていくのが分かった。わたしは井上さんを知れば知るほど気持ちを持って行かれたというのに。
わたしは自分が将来の夢もこれといった趣味もないからっぽの人間なんだということを思い知った。
同僚から嫌われていることも知っていたし、井上さんが全てだったのでその井上さんから相手にされなくなったわたしには何も残っていなかった。
井上さんからしてみれば仕事も結婚も順調に進み、人生に少し退屈さを感じ始めたタイミングでわたしというオモチャに出会ったに過ぎなかったのだ。
奏くんに出会ったのはそんな井上さんの気持ちを痛いほど感じていたときだった。
少し猫背気味の男の子。いつも小綺麗な白いシャツに黒いデニムパンツで通院してくる。
切れ長の目、細い鼻筋、形の良い少し薄めの口元はキュッと引き締められている。
薬の副作用で少しぽっちゃりしているが、心療内科の女性スタッフは奏くんが来ると「イケメンだよねー」とはしゃいでいた。私は井上先生にゾッコンだったので眼中になかったが。
だからあの日、奏くんが道端で嘔吐しているのを見かけて始めは単に介抱するだけのつもりだったのだ。
しかし奏くんは自分の体調が回復してくるとわたしの地雷を踏みつけるような発言をかましてきた。今思えば奏くんは「不倫なんてしなければいい」という至極全うなことを言っただけなのだが、当時のわたしにその言葉は鋭利な刃物で突き刺されるに等しかった。
わたしは井上さんしか眼中になかったのだが、同時に井上さん以外のなにかを自分の人生に取り込まなければいけないと必死でもあった。奏くんがわたしに好意を持ってることには気づいてたし(駐車場で出待ちしていたときにはドン引きしたが)これは井上さんの穴を埋める1つの出来事にできる、と思った。
そして公園のベンチで会話をしつつ奏くんに渡したペットボトル飲料に媚薬を隠し入れた。
その媚薬は井上さんとの情事の際に「これを飲むと感度が増すんだ」と使わされたことがあったものだ。
好奇心で拝借していたのだがまさかこのタイミングで使うことになるとは自分でも思っていなかった。
けれど奏くんは目の前でわたしが一糸まとわぬ姿になっても、ベッドに押し倒しても微動だにしなかった。
わたしは井上さんだけでなく高校生の男の子にも相手にされない存在だったのだ。
わたしは恥かしいというより自分の出来損ないぶりに笑えてきた。
未成年に薬を飲ませレイプしようとした自分、
就職先で不倫をした自分、
職場で嫌われている自分、
自分は世界から必要とされていない。なににも貢献できていないし何者にもなれない。
きっとこの安っぽいラブホテルという建物でさえわたし以外に使って貰った方が幸せだろう。
なんでわたしは生まれてきたんだろうか?
わたしは五千円札をホテルのベッドに置くと部屋を後にした。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日7時•19時に更新予定です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる