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33. 幸せの形
しおりを挟むお嬢様は大公殿下を少なからず慕っていて、だから縁談を進めるのを受け入れるのは当然。婚約者としてなれるように日々選考を頑張っていた。
というのが私の今までのお嬢様に対する認識だったのだが、どうやら違ったみたいだ。
「好意的に感じたことは無い、ですか」
「えぇ」
「一度も?」
「一度もよ」
「一ミリも?」
「一ミリもね」
「………………」
ここで嘘を付く利点はないのと、滅多に見ない真顔から真実だと判断する。
「そう言えばシュイナにはしっかりと言ってなかった気もするわ」
「はい、恋愛感情に関しては踏み込んだことはございません。その上勝手に思い込みをしていました……大変申し訳ありません」
「あら、謝ることではないのよ。それに普通ならそう見えて当然ですもの」
「…………」
とても大切なことを勘違いしてしまった事実に反省する。
「世の多くの女性が憧れるほどの存在であることは間違いないわ。とても人気があることは事実よ。だけどね、私の好みじゃないのよ」
「こ、好みですか」
「えぇ。個人的な好みの話をすると、私はもっと自由で面白い方が好みなの。少なくとも、大公殿下は当てはまらないでしょう?」
大公殿下……ウィルが面白い人かと言われればあまり首を縦にふれない。昔からおちゃらけたような人では無かったし、明るくて人の輪の中心にいるような人でも無かった。見た感じ今もそれは変わっていないだろう。
自由な人というのが定義が不明だが、王族として生まれて継承権を放棄しても大公として何か役目を果たそうとしている姿はあまり自由とは言えないかもしれない。性格面の話をすると、計画性のある人に思える。こちらも当てはまらないだろう。
「そう……なのですね」
曖昧な答え方になってしまうが、特に気にされない。それよりもようやく本音で語れるからか、お嬢様は生き生きとしている。
「それにしても嬉しいわ。女子会と言えば恋愛関係の話でしょう。昔は侍女達の恋愛話をよく聞いてたのだけど、話す人がいなくなってからはできなくて。元々こういう話が好きなのよ、私」
「何というか意外です」
「他人の事情に踏み込むのは品がない行為にも見えるから意外でしょう。当然、限られた間柄の人としかしないけれどね。それでも……いつも侍女達の自由で個性豊かな恋愛を聞いていて、とても楽しかったの。貴族のような堅苦しい恋愛話なんかよりも、よっぽどキラキラ輝いていてね」
「……そう言われると、少しわかる気がします」
「それなら嬉しいわ」
聞けばお嬢様は、公爵令嬢として蝶よ花よと大切に育てられたからこそ欲した自由がいくつもあったのだとか。
自由な人生そのものへ最も憧れていて、守るべきものがなければ世界を旅したかったと言う。この中で自由な恋愛も経験してみたかったようだ。
「高い質の教育を受けれたことを含めて、他の人よりも恵まれた暮らしをさせてもらった以上逃げ出すのは違うわ。そこは自身の欲を通して良い場面ではないもの。ここまで育ててくれた家族の為に私ができることをしなくてはいけないわ」
「それが、この縁談」
「そうね。と言ってもそこまで重要では無いけれどね。ただ、相手として私以外いなかっただけだと思うの」
「確かに」
王族に準ずる大公家へ嫁げる人間は、ある程度教養と資質を兼ね備えていなければならない。それができるお嬢様以外の高位の貴族令嬢はもう嫁ぎ先の決まった人がほとんどであった。たまたまお嬢様は一度目の縁談が上手く行かずに、ここまで来たところ良き相手として選ばれたのだろう。
「でもね、愛がない結婚だから幸せになれないという訳ではないと思うわ。どのみち貴族として生まれた以上、平民の人達ほどの自由な恋愛は望めないでしょう。いかに利点の多い結婚ができるかが重要なのだから。それならば、できるだけ良い相手と結婚をした方がいい」
「良い相手」
「えぇ。私にとっては、しっかりと相手のことを配慮してくれたり、こちらの意見を受け入れてくれる人がそれに当てはまるの。殿下は幼い頃から知ってる分、そう言う意味での相性は良いと感じてるわ。だからシュイナ、安心してね。私は嫁ぎ遅れにも関わらず、満足のいく結婚になると思えてるの」
何というか、お嬢様らしいと感じてしまった。
知り尽くした訳ではないけれど、今までのお嬢様を見てきてどんな人間かは理解できていると思う。
合理的で思慮深く、頭の回転が早いお嬢様。貴族の令嬢として完璧なのにどこかそれらしくない一面も持ち合わせている。風変わりな一面は滅多に見せることはなく、淑女の鑑として社交界に存在する。自身の意志は曲げずに貫く力がある。けど頑固という訳ではなく。
そんな素敵なお嬢様に仕えれて、凄く良い経験になっている。
「お嬢様に仕える選択肢を選んだ自分を褒めたいです」
「…………ふふふっ」
予想外の言葉だったのか、一瞬固まったかと思えば顔をくしゃりとして無邪気に笑った。
「ほんっとうに、シュイナは上手だわ」
「そんなことは」
「謙遜しないで。でも、こんな逸材が今まで埋もれていたのは本当に勿体ないと思うほどなのよ。お兄様の交流関係に初めて感謝したかもしれないわね」
「そ、そうなのですか」
「えぇ。今までは録なことが無かったから……って、今はこの話はいいのよ。そうではなくて」
何だか少し察せるようで察せないが触れないでおこう。
「シュイナに出会えて私も良かったと思っているの。こればかりはベアトリーチェ様にも感謝したいくらい」
「ありがとうございます」
無邪気な笑みはまだ残っていて、初めて垣間見る幼ささえも品を感じた。
「さぁ、仲を深めるのですから私が一方的に話していても仕方ないわね」
「そうですか?」
「えぇ、そうよ。ですから今度はシュイナの番よ」
「私の?」
「えぇ、思う存分恋愛話を聞かせてちょうだい。何なら愚痴でもいいのよ」
そう言われて固まってしまった。
どうしよう、ここ数年は結婚に興味ないことから話せるような事が無い……。そう焦りを感じる。
「幼い頃のとかでも良いのですか」
「もちろんよ、何だって構わないわ」
「では────」
私は少しでも面白い話ができるように過去を探るのであった。
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