滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

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68. 婚前の宣言

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 一体どんな顔をしてお嬢様に会えばよいのだろうか。謝罪するのは当然だが、謝って許されることでない気がしてしまう。今回私が一番罪悪感を感じているのはお嬢様なのだから。

「失礼します」

「失礼いたします」

 リフェイン公爵とお嬢様の声が聞こえ、直ぐ様席を立った。

「……」

「ヴィー、大丈夫だよ」

 後ろから安心させようと声をかけてくれるものの、私の緊張は最高潮まで達していた。

 扉が開き、二人が入ってくる。

「……お嬢様、この度は────」

「ロゼルヴィア姫っ!」

「へ?」

 とんでもない勢いで両手を掴まれた。

「お体はもう大丈夫なのですか?」

「は、はい」

「無理はいけませんわよ、もっと1ヶ月程休むべきですわ」

「え、だ、大丈夫……」

「大公殿下が無理をいっているのならば、我がリフェイン家が総力をかけて食い止めますので、ご安心を」

「おじょ、お嬢様!」

「お嬢様だなんて……是非、フローラとお呼びくださいませ」

「ふ、フローラ様」

「はい」

 私が心配する必要など全くなく、お嬢様……フローラ様は随分としっかりと切り替えていた。

「あの、謝りたいことがたくさんあるのです。謝っても許されないとわかっていますが、どうか謝罪を……」

「何を仰るの。姫様が謝罪することなど一つもありませんわ。姫様は私たちに感謝こそされ、責められることなど一つもございませんわ」

「ですが……私はフローラ様を騙して」

「これは騙したとは言いません。致し方ない、特別な事情ですから。それを隠していたことは、騙したことにはなりません」

 淑女の作られた笑みではなく、フローラ様の心からの笑みが浮かばれて、その言葉が本心であることが感じられる。

「それに、他では絶対に経験できない貴重な体験ができましたわ。姫様にずっと近くにいていただいて。姫様が姫様でなくシュイナだとしても、共にいた時間は私にとって幸福そのものでしたから。その上私を危機から何度も守ってくれたのでしょう。具体的に何かはわかりませんが、私がこの選考会で傷一つなかったのは姫様のお陰ですわ」

「それに関しては私からも感謝を伝えさせてください。ロゼルヴィア姫、娘を助けていただき本当にありがとうございます」

「守ってくださり、本当にありがとうございます姫様」

 2人揃って頭を下げるものだから慌ててしまう。

「そ、そんな。感謝されることなど……私はフローラ様の縁談を取り潰しにしています。これに関しても謝罪を」

「だとしたら私は最大の肩の荷が降りたところでしょうか」

「え?」

「以前話したのですが……やはり本人に面と向かって伝えるのは恥ずかしい気も」

「……?」

 フローラ様の怒涛の勢いには、公爵は止めに入るのを早々に諦めた。ウィルやお父様もただ見守っている。

「私はロゼルヴィア姫をあの日からずっと尊敬しているのです。だから今回の縁談も受けたのです。尊敬する貴女の代わりをおこがましいですが、我が身で務められればと思い」

「恥じることのない姿を……」

 以前にも話された言葉を思い出しながら、フローラ様がロゼルヴィアを思ってこの縁談を受けたことがわかる。

「えぇ。ですが、本物が現れた以上私がここに居座る理由は何もありませんわ」

「……」

「幸せになっていただきたいのです、姫様には」

「それは……私も同じ想いです、フローラ様」

 ここまで努力を怠らずに日々自身と向き合ってきたフローラ様だから、今回ようやくその日々が報われると思っていた。それを私が壊すことに申し訳なさが残る。

「お心遣い感謝いたします、姫様」

「…………」

 どこか完全にスッキリとできなくて、暗い気持ちが残ってしまう。

「……失礼、少し話を挟んでもよろしいでしょうか」

「もちろんです」

 沈黙を破ったのはリフェイン公爵だった。

「姫様に伝わったいないことが1つあると思い、補足させていただけたらと」

「はい」

「我が娘フローラは、今回破談になって本当は心から喜んでいるのですよ」

「えぇ、そうですわ」

「……それは何故」

「フローラは侍女達の影響で、恋愛結婚を元々夢見ていました。最初の縁談が破談になってからその後新しく婚約を結ばなかったのは本人の意向もありまして」

 その言葉から恋話が好きだったフローラ様が思い浮かぶ。

「それは……」

「私は結婚するならば恋愛結婚か、自身を尊重してくれる方を探していたのです。ですが、運が悪いのか中々条件に合う方に巡り会えずでした」

「その中でもできるだけ前者である恋愛結婚を望んでいまして。これからはそれを叶えられるよう、王家に斡旋してもらおうと思います」

「いわゆるお見合いがこれから始まるのですが、これに関しては本当に姫様に感謝しているのですよ。自分で自由に結婚相手を見つける権利を姫様のお陰で手にしたのですから」

「このようになっておりますから、どうかご安心を」

「えぇ、安心して結ばれてくださいませ」

 両手を包み込まれて心からの感謝を伝えられると、ようやく少しだけ抱えていた不安が消えた気がした。それでもまだ感じる罪悪感を消したくて、フローラ様にある宣言をした。

「……お気持ちは伝わりました。ですが、ここで私だけがそそくさと幸せになるわけにはいきません。ですから、私は絶対にフローラ様が結婚して幸せになった姿を見届けるまでは独身でいますわ!」

「え、ヴィー?」

「そんな、それは姫様に申し訳なく……それに私も負担が」

「よいのです。何年かかっても構いません。私に是非フローラ様の幸せを見届けさせて欲しいのです。……完全なるエゴになってしまいますが、駄目でしょうか」

「……いえ。むしろそう言っていただければ、私も結婚にやる気が出ますわ。正直ほんの少しだけ結婚しなくてもいいかなと思い始めていたものですから」

「やはりかフローラ……」

「ならば、そうしましょう」

「はい、私も頑張りますわ」

 こうして私はフローラ様の結婚が終わるまでは、フィーディリアでいることが決定したのである。

「ヴィー、聞いてないよ。僕はすぐにでも結婚を……」

「殿下、私としては喜ばしいですよ。娘と共にいる時間が増えますから」

「ありがとうございますお父様」

「くっ……」
 
 ウィルが何とも言えない表情になっている。

「それに二人はもう一度、婚約して仲を深める時間があってもいいと思いますからね」

「……確かにそうですね、離れていた時間もあるから」

 思わぬ掩護射撃に安心していると、突如フローラ様が私を包む手に力が入ってきた。

「ひ、姫様……」

「どうなさいました、フローラ様?」

「こ、こちらの方は?」

「え?」

「私も初めて伺いますね」

 リフェイン公爵の言葉で誰のことかを察する。

「挨拶が遅れて失礼しました、私はライオネル。ロゼルヴィアの叔父にあたります」

「なんと、王家の方でしたか……これは無礼を」

「いえ、もう廃れた王家ですからお気になさらず」

「改めてご挨拶を……」

 公爵同士で話が始まった傍らで、フローラ様が溢した呟きを私だけは聞き逃さなかった。

「……素敵」

「………え」

 どうやらフローラ様はお父様を見て呟いたようで。表情は、今まで一度も見たことのない恋に落ちたような瞳を浮かべている。

 誰も予想しなかった、まさかの一目惚れ。ここに一つ新たな恋が芽生えることになるとは想像もしなかったのである。
 
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