滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
71 / 79

70. 迎えた再出発

しおりを挟む


 あれからというもの、私とお父様は多忙な日々を過ごしていた。

 まずは爵位の贈呈を行うために王城へと足を運び、国王陛下に挨拶をした。正式にフィーディリア公爵家が誕生した瞬間だった。今は一件の後処理に終れるため、後に成立パーティーを開くのだとか。

 実はこの機会で私は初めて国王陛下……アレクサンド様にお会いしたのである。今まではウィルの会話から少しだけ情報を得ていただけで、お目にかかるのは一度もなかった。

 贈呈式自体は簡潔に行われ、立会人はリフェイン公爵家が務めた。その後、個人的に義妹となることから少しだけ話したが、陛下曰く「どうか手綱を握っておいてくれ」だそうだ。長年誰よりも傍でウィルを見てきた兄からすれば、ウィルにとって私がどのような存在か十分に理解しているようだった。というのも、この事後処理の間に今までに見たことのないウィルを目の当たりにしたそうで恐ろしいほどの愛の力を感じたんだとか。それでも幸せになってくれて良かったと安堵する陛下の姿は、弟を案じてきた兄の姿そのものだった。

 



 一件の事後処理について。

 ラベーヌ家は解体され、関係者は問答無用で平民への降格が行われた。直系の公爵子息は、事を知った上で加担したようだ。よって鉱山送りとなった。一番の当事者であるラベーヌ元公爵は国家反逆罪だけでなくその他の罪も浮上した為に直ぐ様極刑が下された。

 そして、ベアトリーチェとして一連の計画に加担したとされたリズベット。こちらは私の証言があり被害者と見なされたものの、本人の希望もあり王家からの処罰は身分剥奪で終えた。本人は、今後はリズベットと名乗って生きていくことができると喜んでいた。

 事情があったとはいえ、数々の愚行をフローラ様にしたことを償いたいと言うリズベットの意志は変わっていなかった。フローラ様は最初渋っていた。もう自由になっていいと、貴女は悪くないのだと。それでも引かないリズベットを見て、それならばリフェイン領で何か人の役に立つのはどうかという話にまとまった。そういうわけで、リズベットはリフェイン領内にある孤児院に働き先を決めた。これからはどうか平民らしく、ただ穏やかに生きていきたいという彼女の願いも尊重された結果だった。







 そして今日、全快したリズベットは働き先へと向かうことになる。住む場所などの最低資金は、解体した際のラベーヌ家の財産で賄われた。最低な保障のみを受け、彼女も第二の人生を歩み出す。

 門前で見送るのは私とウィル。と言っても、ウィルは後ろに立っているだけだが。

「姫様、本当にありがとうございました」

 心機一転もあり、彼女は長く美しかった髪を肩まで切った。

「感謝されることはできてないから……でも、リズベットが無事で本当に良かった。どうかこれからは無理をしないで。何かあれば、フィーディリアの名前を遠慮なく出すのよ」

「ありがとうございます」

 ようやく見ることのできた彼女の笑顔。心から安堵しつつ、これからに期待を向ける穏やかな笑みはこれが本当の彼女なのだと感じさせた。

「いつでも手紙を書いて」

「はい」

「相談でも、近況報告でも……どんな手紙でも構わないから」

「姫様も送ってくださいますか」

「もちろんよ」

 リズベットが望んだのは小さなありふれた幸せ。どうかそれが叶うことを願った。

「……リズベット、手を出して」

「はい」

 彼女が二度と誰かの悪意に巻き込まれぬよう、私は最大限の加護魔法をかけた。

「……!」

「どうか……離れていても貴女を守れますように」

「姫様……」

「発動しないことを祈るけれど」

「……はい、できる限り平和な道を選んでいきます」

 リフェイン領内は治安がよく、心配するのも失礼というものだ。それでも使って損はない。

「忘れないで、貴女には私たちがいることを。決して縁を切った訳ではないのだから」

「最後の手段ですね」

「えぇ」

 働き先への挨拶もあるため、そろそろ見送らなければならない。

「では、姫様。またいつか」

「えぇ。必ず会いましょう」

 こうしてリズベットは新たな人生へと踏み出していった。馬車が見えなくなるまで、私は彼女を見送った。

「……どうか幸せになって」

 そう呟いて。

ーーーーーー


 見送った後は、多忙な日々に戻る。まだやらなくてはいけないことが残っているために、落ち着けるのは先になるだろう。

 今日はこの後、ドレスを仕立てなくてはならないのだ。

 実は数日後、フィーディリア家の設立とお披露目をするパーティーが開かれる。そこで私とウィルの婚約も正式に発表されるわけだが。

「……どちらも同じな気が」

「まぁ、ヴィーは何を着ても似合うからね」

 王家御用達のデザイナーと打ち合わせをするものの、ここ数年ドレスに触れてこなかった私からすれば流行などは未知の世界である。

 たくさんのドレスが行き来をしているからか、デューベルン家はここ数年で一番色鮮やかになっていた。

 ちなみにラベーヌ家の家がフィーディリア家となるのだが、解体の意味を含めて一度屋敷も取り壊すことになった。新たな家の誕生だというのに、まるでお古を使わせるわけにはいかないと国王陛下の判断であった。ということで、フィーディリア家として建て直されるまで私とお父様は大公邸に居候となっている。

 本日お父様はアトリスタ領へ戻り、商会の引き継ぎとパーティーの招待状をアルバートさんへ届けに向かっている。私も共に向かいたかったが、残念ながらこの後は淑女教育があるために叶わなかった。念のための教育となっているが、どうか体が覚えてくれることを願う。

 パーティー当日はウィルのエスコートが決まっている。お父様はフローラ様をパートナーとした。

 あの後、お互いに惹かれあったこともあり忙しい日々の合間をぬって何度も交流をしていた。婚約の一歩手前まできていることは明らかだった。少し前に、二人が庭園を歩く様子をチラリと見かけたがとても幸せそうだった。

「婚約発表になるから、ドレスは僕の衣装と対でもいいかもしれないね」

「なるほど、そういたしましょう」

「……お願いします」

 数年のブランクは大きく、どのドレスもよく見えてしまう私にはもはや判断は厳しいものであった。

「ヴィーの髪にあう飾りも用意しないとだね」

 そう言いながら、私の髪に手を伸ばしてゆっくりと触れた。

「銀髪だから何にも似合うとは思うけど……」

「そうだね。飾り全般の用意は僕がしてもいい?」

「いいけど、負担じゃ」

「むしろさせて」

「……わかった」

 こうして結局、流行についてわかることなくドレスは決定した。

 いよいよ私は遅すぎる社交界デビューを果たす。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...