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 赤い舌先がぷっくりとした唇の間から突き出されている。
 僕は顔を近づけてその先端を啄んだ。

「……ん」

 僕の幼馴染――七宮友美の喉奥から声が漏れる。

 ⌘七宮友美〉舌を突き出して、僕のされるがままになる。

 右手のスマホの画面にはそんなテキストが表示されている。

 初めて味わう女の子の舌はただ生々しかった。
 レモンの味なんてしないし。かといって汗の味みたいにしょっぱくもない。
 
 ――ちゅぱ、ちゅぱ

 僕は何度か吸っては、また離した。
 友美はとろんとした目を半分開いたまま舌を出す。
 焦点の合わない瞳で僕の方を見ている。
 首から下はいつもの制服。白いワイシャツに青いネクタイ。
 うちの高校の場合、女子はネクタイとリボンを選べる。
 スポーツも得意な友美はどちらかと言うと男勝りなタイプなので、そのイメージに合わせてか、ネクタイをつけることが多い。

「――今、どんな感じだい? 友美」
「――した、だひてるの、……しんどい……」

 普通の感想だった。

 こういうシチュエーションなら、何か卑猥なこととか、扇情的なこととかをいってくれるのかと思ったりもしたのだけれど。
 そういうわけでもないらしい。

 僕は手元のスマホに視線を落とす。
 画面にはX-BOOKエックスブックのアプリが開かれている。
 画面上のフレームに友美の写真が表示されている。

 それは昨夜突然手に入れた催眠アプリ。
 写真登録した相手を、意のままに操れる催眠アプリだ。

 ⌘七宮友美〉性的に気持ちよくなってくる。

 スマホのキーを右手親指でスワイプして、追加で命令を入力する。
 決定。送信。

 刹那、左手で支える彼女の背中がビクンと震えた。

「……き……気持ちいいよう。康介ェ~」
「そうだろ? キスって気持ちいいんだろ?」

 思わず頬の筋肉を緩ませてしまう。
 催眠アプリは行動だけではなく、感覚も操れるみたいだ。

 僕は手に入れた催眠アプリの機能を試すために、今、幼馴染を実験台にしている。

 特に恋愛感情を持たない彼女で、催眠アプリの性能テストをやっているのだ。

 友美ならどうなったって友達だし。
 こいつなら気を使わなくていい。
 僕らは一生、腐れ縁の幼馴染なのだから

 このアプリを使って、僕は本命の彼女と恋人になる。
 ずっと好きだった高嶺の花――綾瀬みはる。
 高校の入学式で見かけて以来、彼女に心を奪われ続けてきた。

 今度こそ僕は間違えない。彼女と恋人になるために。

 この催眠アプリ――X-BOOKエックスブックを使って、彼女を僕のものにする。
 ずっと好きだった彼女と、これからの一生を添い遂げられるように。

 *

 少し時計の針を過去にもどそう。
 とは言っても、一日だけだが。

 昨日の深夜、寝付けなかった僕は、自宅をこっそり抜け出した。
 そして近所のコンビニに足を向けた。

 煌々と光を放つ青い看板のコンビニ。
 店舗の前ではジャージ姿の大人たちがたむろしていた。
 頭の悪そうな面々がタバコを吸っている。

 秋の夜風が思ったより寒くて首を竦めながら店舗に入る。
 百円のホットコーヒーでも飲もうかと思った。
 でも、夜寝れなくてコーヒーを飲むのは、諦念そのものみたいな気がしてやめた。

 カウンター前にある保温器に入った唐揚げを注文する。
 やっぱり何か温かい飲み物が欲しくなったのでホットのほうじ茶を買う。

 レジカウンターにいたのは眼鏡を掛けたアルバイトの女の子だった。
 初めて見る顔だった。
 目が合って少しドキリとする程度には可愛かった。
 あと、胸が大きかった。
 あの地味な制服でも胸が大きいと色っぽく見えるもんなんだな、と思う。

 コンビニを出ると隣の公園へと向かった。
 まだ居座っている大人たちに背を向けて。
 コンビニの横に、小川を挟んで小さな公園がある。
 そこにあるベンチに、僕は腰を下ろした。

 小さな頃からよく来た公園には、象徴みたいなブナの木が立っている。
 それが秋風にざわざわと音を立てていた。
 入り口に立つ電灯が何度か点滅した。
 公園の正面に走る大通りを車のヘッドライトが抜けていく。

 唐揚げの袋を開けて、二切れほど口内に放り込むと、スマホを取り出した。

 画面の明かりを点ける。光が夜の中に浮かびあがる。

 Bluetoothのヘッドホンを頭に掛けると、スマホと接続した。
 スワイプしてアイコンのリストから音楽アプリを立ち上げる。
 プレイリストを選択するサブスクで聴き放題の音楽が鳴り始める。

 開かれた世界の中で、暗闇が僕の世界を閉じる。
 音楽が僕の聴覚を覆う。
 まるで自分がこの世界の主人公の様に思えてくる。

 Adoの『新世界』が流れ出した。

 目を閉じる。

 この世界なんて全部変えてしまえばいい。
 そんなメッセージが脳内へと昏く流れ込んでくる。

 この曲は本当はもっと明るい歌なのだろうけれど。
 今の僕にはなんだか、ただただ破壊的な歌に思えた。

 すべてを破壊して、自分の思い通りに、自分の周囲を変えていく。
 そんな欲望が腹の底に確かに存在しているのを感じる。
 やがて曲が終わり、次の曲が流れ出した。

 閉じていた瞳を開けた。
 その時、微かな違和感を覚えた。
 浴びていたはずの街灯の光を感じない。

 代わりに暗闇に浮かぶ光の中で、二本の影が伸びていた。
 それは女の両足だった。
 丈の短いスカートから伸びる二本の細長い足。

 ヘッドホンを両手で持ち上げて、僕は思わず顔を上げた。

 そこには腰に手を当てた女が立っていた。

「――やぁ、少年。この世に絶望していないかい?」
 
 ヘッドホンからはまだ音楽が流れていた。
 それが僕と彼女の出会い。そして僕が得る力との邂逅であった。
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