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アプリ(3)
彼女の名前を僕は知らない。
だから彼女の自称に倣い、ここでは仮に絶対者Xとしておこう。
絶対者Xがインストールしたらしい催眠アプリ――X-BOOK。
「――X-BOOK? 何その某Death Noteのパクリくさい名前は? スマホアプリなのにブックって、また」
「おま、私のアプリ名にケチつけるのかい? 人間の分際で」
「ていうかあなたも人間ですよね? 見るからに」
「違うよ? 絶対者だし。そもそも見た目で相手を判断するな、三下」
言いたい放題だ。言われたい放題だ。
開いたアプリを眺める。
なんだかとにかくヤバそうなので、あんまり弄るのはやめておく。
「デスノートはあれだろ? 誰かの名前を書いたらそいつが死ぬってやつ。あれはノートだからそれでいいんだよ」
「でもこれアプリだし本――ブックじゃないよね」
「お前、うるさいなぁ。そんなこと言ったらアプリの名前つけられんだろ。『メモ帳』アプリだってスマホのアプリなんだから物理的にはメモ帳の形してないだろ――って、そんなことはどうでもいいんだよ、少年」
言われてみればそりゃそうだ、ってことで腑に落ちた。
「SNSでFacebookってあるだろ? 会社名は今はもうMetaだけど。あのFacebook って、そもそもアメリカの一部の大学が学生間の交流を促すために入学した年に提供している学生の写真集みたいなもんなんだよ。日本で言えば卒業アルバムの在学中版、みたいな? しらんけど」
「……それで?」
「X-BOOKはノートに書くんじゃなくて、写真を並べる系アプリだから、Facebook的な意味でのブックってことで、X-BOOKなんだよ。わかったか三下!」
説明はわかりやすかった。
なんか説明されながら罵倒されている気もするが。
「――で、これ、何ができるの? ――催眠アプリって言っていたけれど?」
「仕方ないなぁ。それじゃぁ、説明してやるか――」
そこから行われた絶対者Xの説明。
説明によればこれは特定の誰かに強い催眠作用を与えるアプリらしい。
使い方は簡単だ。
催眠をかけたい相手の「写真」と「名前(フルネーム)」を得る。
写真をアプリに登録して。名前とともに命令を入力すると、それが現実の相手に作用するというのだ。
「――本当かよ。にわかには信じられないぜ」
「まあ、お前が信じたくないなら、信じなくてもいいさ。折角得た力を、お前がただ無駄にするだけだからな。……ただ、試さずに終えるのかえ? このくだらない世界を変えるチャンスだというのに」
そう言って、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
美女、という言葉が間違いなく当てはまる相貌が視界いっぱいに広がる。
大きく開いた胸元が、夜の中でとても白く、谷間に視線は惹きつけられた。
「なあ少年。もしこの催眠アプリの力が本物なら、おぬしは何をするのかえ?」
その問いに、僕は迷うことなく答えた。
「綾瀬みはるを僕のものにする。僕は彼女と恋人同士になる」
中途半端な気持ちじゃない。
彼女への片想いは僕の高校生活前半期を貫く一本の串だ。
僕は彼女に恋している。彼女と付き合いたい。でもそれはゴールでもない。
僕は彼女といつか家庭を築きたいとさえ思っている。
今はまだ、それはとても遠い目標だけれど。
この催眠アプリが本物なら、その夢を叶える大きな助けになるだろう。
だから僕はこのアプリの性能を試す必要がある。
ただ催眠がかかるのかどうか、ではない。
恋愛から告白、恋人関係から結婚にいたるまで、さまざまなフェーズがあるだろう。
催眠アプリでできる範囲を僕は見定めないといけない。
この恋の成就を確実なものにするために。
「ああ。好きに試すといいさ! もうそのアプリは君のものなのだから! 少年!」
*
絶対者を名乗る怪しい女性が消えてから、僕は公園を出た。
大通りに沿って歩道を歩く。
コンビニの前ではジャージ姿の大人たちがいまだにたむろしていた。
こいつらに催眠をかけて、コンビニ前から立ち退かせてやろうか?
そう思ったけれど、男たちの名前を僕は知らなかった。
彼女の説明だと、催眠には写真と名前が必要なのだ。
それならば店員さんはどうか?
さっき唐揚げを買った時に対応してくれた店員さん。
きっと僕より年上だけど、胸が大きくてかわいかった。
彼女を操るのはどうだろう?
名前は名字だけなら名札でわかる。
しかしあいつは氏名の「フルネーム」が必要だと言っていたから、駄目か。
「お姉さんの名前、なんていうんですかー?」とかヘラリと聞ければよいのだけれど、そんなこと聞けるリア充か陽キャなら、そもそも僕は現在こんな夜道を歩いていない。
あと写真を得るのも無理だと思う。
店員さんを店内で盗撮とかワンチャン通報レベルだろう。
そう考えるとこのアプリ――X-BOOKを試すのも簡単ではないとわかってきた。
実際問題として、顔写真を撮れ、名前を知っている相手でしか試せない。
そういうことではないか?
しかしそんな近しい人間に催眠術をかけてしまうのは怖くもある。
普通の友達だと、それを機に人間関係が崩壊するとかありそうだ。
家族は家族で別の意味で大変にセンシティブだ。
それに今後のことを考えると、確認しておきたいことは増える。
特に性的な要求に関して、どのくらい実現できるのかは確認しておきたい。
そうなれば男友達は候補から消える。
――女子。
クラスメイトなら名簿でフルネームは分かるが。
気楽に写真を撮らせてくれて、二人っきりの状況になれる女子。
練習台だから、そもそも僕が恋愛対象に見るような相手は避けたい。
逆も然り。
そんな都合の良い相手がいるだろうか?
しばらく思案した僕に、一人の女子の名前が降って来た。
「七宮(ななみや)友美(ともみ)」
わが家の隣に住む幼馴染。
幼稚園の時からの友達。
高校に入ってからは若干疎遠になったけれど。
それでもいまだに一番親しい女友達と言えるだろう。
あいつならちょっとくらいアプリを試したからって大きな影響はないはずだ。
もはや変わりようのない関係。
腐れ縁の幼馴染。
今更、男と女の関係になったりすることは考えられない。
僕は明日にでも、早速、友美に手伝ってもらって、アプリを試そうと決めた。
*
一夜が明けて、いつもと何ら変わらない学校での一日が始まった。
友美とは今は別のクラスだ。僕がB組で、彼女がD組。
ちなみに綾瀬みはるは僕と同じB組だ。
廊下とかでばったり会えば声をかけようと思っていたが、今日に限ってそういうことはなかった。
流石にD組まで声をかけに行くのもやりすぎだ。
僕が友美のクラスまで呼びに行けば、またいらぬ噂を立てる奴もいるだろう。
同じ中学の奴らは僕らが幼馴染であることを知っているが、決して学年の常識になっているわけではない。高校に入ってからは、友美が社交的になる一方で、僕の方はボッチ化を進めた。
だから僕と友美が幼馴染で気のおけない腐れ縁であることは、そこまで知られていないのだ。
仕方ないから放課後にLINEを打った。
『ちょっと相談したいことがあるから、夕方にでも友美の家に行っていいか?』
幼馴染だからこその遠慮ないこのストレートなメッセージ。
裏表の無い関係。
他意なんて無いって、お互いに理解している。
しばらくして、まずは?を浮かべた熊のスタンプが返ってきた。
追いかけるようにテキストメッセージ。
『いいけど? 珍しいじゃん? どしたの?』
妥当なリアクション。
最近、友美の家、行ってなかったもんな。
『ちょっと変わったアプリを手に入れてさ。試すのを手伝って欲しいだけ』
『へー、いいけど? なんだろ? とりま、6時頃まで部活あるからさ。8時くらいに家に来てもらうのでOK? 夕食後って感じで』
『りょ』
親指立てたスタンプも返しておいた。
少し赤い光が差し込み出しら放課後の教室で、一人スマホを弄る。
そうやってっていると、突然ガラガラガラと教室前方の扉が開いた。
「……綾瀬さん」
そうやって現れた彼女は、綾瀬みはるだった。
――鼓動が高鳴る。
だから彼女の自称に倣い、ここでは仮に絶対者Xとしておこう。
絶対者Xがインストールしたらしい催眠アプリ――X-BOOK。
「――X-BOOK? 何その某Death Noteのパクリくさい名前は? スマホアプリなのにブックって、また」
「おま、私のアプリ名にケチつけるのかい? 人間の分際で」
「ていうかあなたも人間ですよね? 見るからに」
「違うよ? 絶対者だし。そもそも見た目で相手を判断するな、三下」
言いたい放題だ。言われたい放題だ。
開いたアプリを眺める。
なんだかとにかくヤバそうなので、あんまり弄るのはやめておく。
「デスノートはあれだろ? 誰かの名前を書いたらそいつが死ぬってやつ。あれはノートだからそれでいいんだよ」
「でもこれアプリだし本――ブックじゃないよね」
「お前、うるさいなぁ。そんなこと言ったらアプリの名前つけられんだろ。『メモ帳』アプリだってスマホのアプリなんだから物理的にはメモ帳の形してないだろ――って、そんなことはどうでもいいんだよ、少年」
言われてみればそりゃそうだ、ってことで腑に落ちた。
「SNSでFacebookってあるだろ? 会社名は今はもうMetaだけど。あのFacebook って、そもそもアメリカの一部の大学が学生間の交流を促すために入学した年に提供している学生の写真集みたいなもんなんだよ。日本で言えば卒業アルバムの在学中版、みたいな? しらんけど」
「……それで?」
「X-BOOKはノートに書くんじゃなくて、写真を並べる系アプリだから、Facebook的な意味でのブックってことで、X-BOOKなんだよ。わかったか三下!」
説明はわかりやすかった。
なんか説明されながら罵倒されている気もするが。
「――で、これ、何ができるの? ――催眠アプリって言っていたけれど?」
「仕方ないなぁ。それじゃぁ、説明してやるか――」
そこから行われた絶対者Xの説明。
説明によればこれは特定の誰かに強い催眠作用を与えるアプリらしい。
使い方は簡単だ。
催眠をかけたい相手の「写真」と「名前(フルネーム)」を得る。
写真をアプリに登録して。名前とともに命令を入力すると、それが現実の相手に作用するというのだ。
「――本当かよ。にわかには信じられないぜ」
「まあ、お前が信じたくないなら、信じなくてもいいさ。折角得た力を、お前がただ無駄にするだけだからな。……ただ、試さずに終えるのかえ? このくだらない世界を変えるチャンスだというのに」
そう言って、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
美女、という言葉が間違いなく当てはまる相貌が視界いっぱいに広がる。
大きく開いた胸元が、夜の中でとても白く、谷間に視線は惹きつけられた。
「なあ少年。もしこの催眠アプリの力が本物なら、おぬしは何をするのかえ?」
その問いに、僕は迷うことなく答えた。
「綾瀬みはるを僕のものにする。僕は彼女と恋人同士になる」
中途半端な気持ちじゃない。
彼女への片想いは僕の高校生活前半期を貫く一本の串だ。
僕は彼女に恋している。彼女と付き合いたい。でもそれはゴールでもない。
僕は彼女といつか家庭を築きたいとさえ思っている。
今はまだ、それはとても遠い目標だけれど。
この催眠アプリが本物なら、その夢を叶える大きな助けになるだろう。
だから僕はこのアプリの性能を試す必要がある。
ただ催眠がかかるのかどうか、ではない。
恋愛から告白、恋人関係から結婚にいたるまで、さまざまなフェーズがあるだろう。
催眠アプリでできる範囲を僕は見定めないといけない。
この恋の成就を確実なものにするために。
「ああ。好きに試すといいさ! もうそのアプリは君のものなのだから! 少年!」
*
絶対者を名乗る怪しい女性が消えてから、僕は公園を出た。
大通りに沿って歩道を歩く。
コンビニの前ではジャージ姿の大人たちがいまだにたむろしていた。
こいつらに催眠をかけて、コンビニ前から立ち退かせてやろうか?
そう思ったけれど、男たちの名前を僕は知らなかった。
彼女の説明だと、催眠には写真と名前が必要なのだ。
それならば店員さんはどうか?
さっき唐揚げを買った時に対応してくれた店員さん。
きっと僕より年上だけど、胸が大きくてかわいかった。
彼女を操るのはどうだろう?
名前は名字だけなら名札でわかる。
しかしあいつは氏名の「フルネーム」が必要だと言っていたから、駄目か。
「お姉さんの名前、なんていうんですかー?」とかヘラリと聞ければよいのだけれど、そんなこと聞けるリア充か陽キャなら、そもそも僕は現在こんな夜道を歩いていない。
あと写真を得るのも無理だと思う。
店員さんを店内で盗撮とかワンチャン通報レベルだろう。
そう考えるとこのアプリ――X-BOOKを試すのも簡単ではないとわかってきた。
実際問題として、顔写真を撮れ、名前を知っている相手でしか試せない。
そういうことではないか?
しかしそんな近しい人間に催眠術をかけてしまうのは怖くもある。
普通の友達だと、それを機に人間関係が崩壊するとかありそうだ。
家族は家族で別の意味で大変にセンシティブだ。
それに今後のことを考えると、確認しておきたいことは増える。
特に性的な要求に関して、どのくらい実現できるのかは確認しておきたい。
そうなれば男友達は候補から消える。
――女子。
クラスメイトなら名簿でフルネームは分かるが。
気楽に写真を撮らせてくれて、二人っきりの状況になれる女子。
練習台だから、そもそも僕が恋愛対象に見るような相手は避けたい。
逆も然り。
そんな都合の良い相手がいるだろうか?
しばらく思案した僕に、一人の女子の名前が降って来た。
「七宮(ななみや)友美(ともみ)」
わが家の隣に住む幼馴染。
幼稚園の時からの友達。
高校に入ってからは若干疎遠になったけれど。
それでもいまだに一番親しい女友達と言えるだろう。
あいつならちょっとくらいアプリを試したからって大きな影響はないはずだ。
もはや変わりようのない関係。
腐れ縁の幼馴染。
今更、男と女の関係になったりすることは考えられない。
僕は明日にでも、早速、友美に手伝ってもらって、アプリを試そうと決めた。
*
一夜が明けて、いつもと何ら変わらない学校での一日が始まった。
友美とは今は別のクラスだ。僕がB組で、彼女がD組。
ちなみに綾瀬みはるは僕と同じB組だ。
廊下とかでばったり会えば声をかけようと思っていたが、今日に限ってそういうことはなかった。
流石にD組まで声をかけに行くのもやりすぎだ。
僕が友美のクラスまで呼びに行けば、またいらぬ噂を立てる奴もいるだろう。
同じ中学の奴らは僕らが幼馴染であることを知っているが、決して学年の常識になっているわけではない。高校に入ってからは、友美が社交的になる一方で、僕の方はボッチ化を進めた。
だから僕と友美が幼馴染で気のおけない腐れ縁であることは、そこまで知られていないのだ。
仕方ないから放課後にLINEを打った。
『ちょっと相談したいことがあるから、夕方にでも友美の家に行っていいか?』
幼馴染だからこその遠慮ないこのストレートなメッセージ。
裏表の無い関係。
他意なんて無いって、お互いに理解している。
しばらくして、まずは?を浮かべた熊のスタンプが返ってきた。
追いかけるようにテキストメッセージ。
『いいけど? 珍しいじゃん? どしたの?』
妥当なリアクション。
最近、友美の家、行ってなかったもんな。
『ちょっと変わったアプリを手に入れてさ。試すのを手伝って欲しいだけ』
『へー、いいけど? なんだろ? とりま、6時頃まで部活あるからさ。8時くらいに家に来てもらうのでOK? 夕食後って感じで』
『りょ』
親指立てたスタンプも返しておいた。
少し赤い光が差し込み出しら放課後の教室で、一人スマホを弄る。
そうやってっていると、突然ガラガラガラと教室前方の扉が開いた。
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そうやって現れた彼女は、綾瀬みはるだった。
――鼓動が高鳴る。
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