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「……おい、何でボクがお前を案内しないといけないんだ」
「仕方ないだろ。フィーリネちゃんは家に一度あの金置いてくるって言うんだからさ。俺はこの辺の地理に詳しくないんだ。案内してくれ」
隣でボソボソと愚痴をこぼすゾイトに言いながら、俺は視線を手元の紙に落とす。
ギルド加入テストの用紙には討伐するべき魔物『ドゥルドゥー』の生息地が簡易な地図で描かれていた。
場所はカルサイトの街から南に進んだ平原らしい。
地図も描かれているのだからわざわざ案内してもらわなくても問題ないんだが、念には念をということで一応同じくテスト希望者のゾイトに案内してもらっているのだ。
最初はもちろん拒まれたさ。
だけど、フィーリネに頼まれた途端に陥落したよ。全くこいつは、フィーリネにだけは弱い。
「何故フィーリネはコイツなんかと婚約したんだ……。そうならなければ、ボクがこの手で始末していたのに」
「物騒なこと言うなよ。こっちだって色々と複雑な気分なんだ……」
ゾイトに淡々と答えながらも、俺は心の中では盛大にため息を吐いていた。
そう、婚約である。
何がどうなってしまったのかは知らないが、どうやら俺とフィーリネはいろんな関係をすっ飛ばして将来を誓い合う間柄になってしまったとのことらしい。
俺は普通に彼女に冒険者の先輩として色々と教わっていければと思っていたんだが、受け取る側の彼女の解釈では俺が並べた言葉が婚約のプロポーズに聞こえたということだ。
キスされた後に彼女自身から聞かされて知ったことだけどな。
「ふんっ、誤解も解かずにそのまま彼女を放ったお前が良く言うな?」
「仕方ないだろ!? あの満面の笑顔を見て誰が『婚約のつもりで言ったわけじゃないんだけど』なんて言えるよ!?」
そう、俺だって誤解を解こうとはしたんだ。
だが彼女の俺を見る視線は恥じらいはありつつもどこか嬉し気な感じで、少なからず婚約できたことに対して歓喜の感情を覚えているのが見て取れたんだ。
つまり、彼女からすれば俺は婚約対象として十分範囲内だということ。
だからこそ、彼女は嫌々という素振りは見せなかったし、むしろ嬉しそうに笑みを見せていた。
そんな彼女に婚約するつもりはありませんなんて、面と向かって言えるはずがない。
結果、誤解も溶けないまま婚約は成立してしまったというわけさ。
「これで貴様が責任を取ろうとせずに、フィーリネを弄ぼうとしてくれれば躊躇なく殺せるんだがな」
「そんなことするわけないだろ? 誤解とはいえ、あの子のあんな笑顔を見たら断るわけにもいかないだからな。だから俺は、一人の大人として、男として責任を取ることにしたんだ。文句あるかよ?」
こういう時、おそらくはゲームや漫画の主人公なら一時の保身のためにどっちつかずな感情のまま婚約を保留にしていただろう。
もちろんヒロインの気持ちなんか考えずに。
その結果が何をもたらすのかなんて決まり切ってる。
ヒロインの心に大きな傷跡を残すことになるだろう。
だから、俺はあの婚約を無かったことになんかしない。
受け入れて、そのうえで彼女を絶対に幸せにしてみせる。それが、誤解とはいえ彼女と婚約してしまった俺の贖罪だ。
「……カッコつけるなら、もう少しマシな歩き方をしたらどうだ?」
「うるさい。この歩き方でないと辺り一面がクレーターだらけだ。お前も下手したら危ないんだからな。こうやって恥を忍んで歩いてる俺に感謝しろっての」
未だ戻せないカニ歩きを馬鹿にされながら歩くこと数分。
たどり着いた平原は障害物なんて何一つとして存在しない見事な原っぱだった。
足首くらいまで伸びた草が辺り一面に伸びていて、この場で寝っ転がると気持ちが良いんじゃないかと思えるような平原だが、肝心の魔物の姿がどこにも見つからない。
「ここに、ドゥルドゥーがいるはずなんだけど……全然見当たらないぞ?」
「奴らはすばしっこいうえに隠れ上手だ。そう簡単に見つかるわけないだろ」
「じゃあどうやって探すんだ?」
「もちろん、おびき出す」
久しぶりに見たきざったらしい笑みを浮かべると、ゾイトは片腕を天高くに向けて伸ばした。
瞬間、彼女の肘から先が発光し始め、赤く輝く粒子が手のひらに集まり収縮していった。
そうして出来たのは、簡単に言えば小さな太陽。
赤く燃え上がる光体の所々から波立つように炎が伸び、温度もそれなりにあるのが伺える。
「これ……魔法か?」
「基礎中の基礎。炎の光球さ」
得意げにそう言い放つと、彼女は手の先に生まれた光球を前にかざす。
それから銃弾のように解き放ったのだが、どういうわけかそれは何処にも着弾することなく地面スレスレを飛んで行った。
「……この辺りを焼き払うとか、そんなんじゃないんだな?」
「そんなことするわけないだろ。ボクがやったのはあくまで威嚇。こうやって目に見えた脅威を作ることで、奴らはその姿を出すんだよ」
ゾイトがそういった瞬間、原っぱの中で動きがあった。
それまで微動だにしないかった草むらの大部分が揺れたかと思えば、まるでモグラ叩きのモグラのように草むらから大量の生き物が姿を現したのだ。
丸い胴体から生えた鳥足に、鋭利さのかけらもない口ばし。
生えた翼は飛ぶには小さすぎるんじゃないかとさえ思える、全体的に残念なそれは間違いなくドゥルドゥーだった。
「あとは、奴らから羽をもぎ取るだけだが……果たしてお前にできるかな?」
憎たらしい笑みを浮かべてゾイトは俺を置いて走り出す。
標的をすでに決めていたのか、よそ見もすることなく一直線に一匹のドゥルドゥーへと詰め寄ると、サッカーボールでもキャッチするように身体を捕まえた。
そして、余裕の表情で羽をもぎ取りリリース。
この間、たった数秒だ。
「意外とすばしっこいんだな」
ゾイトも早いが、ドゥルドゥーも中々に早い。
日本のニワトリがバイク並みの速さで走ってる感じだろうか。
少なくとも、カニ歩きじゃ絶対に捕まえることは出来ないと断言できる。
「となれば、少し本気を出さないといけないよな……」
小さくこぼして俺はまず普通に歩くことから始める。
もうこの時点で普通に歩いているにしては大きすぎる足音が鳴っているがそこは気にしない。
おそらくは背後なんかはとんでもない光景になっているだろうが、いちいち確認していたら終わらない。
とにかく早く捕まえて終わらせてしまう。
ただそれだけを考えながら徐々にギアを上げていく。歩きから早歩きへ。早歩きから小走りへ。
そうして段階を踏んで加速していけば、早歩きの状態でドゥルドゥーに追いつくことが出来たよ。
「あとは、捕まえるだけ!」
一匹のドゥルドゥーに狙いを絞って地面を軽く蹴り、一瞬だけ加速。
奴との距離を詰めると同時に俺は手を伸ばしたのだが……
「――えっ!?」
俺の腕は狙ったドゥルドゥーを掴むことが出来ずに空を切る。
いや、実際には掴むことはでいたのだと思う。だが、この手がドゥルドゥーに触れた瞬間奴の姿が忽然と消えたんだ。
まるで、瞬間移動でもしたみたいに消えたドゥルドゥー。
どこに行ったのだろうかと首を左右に回して探していると、突然肩に手を添えられた。
見れば、そこには青ざめた様子のゾイトの姿。
「なぁ……。狙った一匹が消えちゃったんだけど、あいつらって瞬間移動でもできるのか?」
「――手を見ろよ」
「手?」
言われるがままに自分の手に視線を落とせば、その異常さに俺は言葉を失ってしまった。
何故なら、まるで鳥を一匹握りつぶしたかのように、ベットリと羽毛と真っ赤な血が付着していたのだから。
「仕方ないだろ。フィーリネちゃんは家に一度あの金置いてくるって言うんだからさ。俺はこの辺の地理に詳しくないんだ。案内してくれ」
隣でボソボソと愚痴をこぼすゾイトに言いながら、俺は視線を手元の紙に落とす。
ギルド加入テストの用紙には討伐するべき魔物『ドゥルドゥー』の生息地が簡易な地図で描かれていた。
場所はカルサイトの街から南に進んだ平原らしい。
地図も描かれているのだからわざわざ案内してもらわなくても問題ないんだが、念には念をということで一応同じくテスト希望者のゾイトに案内してもらっているのだ。
最初はもちろん拒まれたさ。
だけど、フィーリネに頼まれた途端に陥落したよ。全くこいつは、フィーリネにだけは弱い。
「何故フィーリネはコイツなんかと婚約したんだ……。そうならなければ、ボクがこの手で始末していたのに」
「物騒なこと言うなよ。こっちだって色々と複雑な気分なんだ……」
ゾイトに淡々と答えながらも、俺は心の中では盛大にため息を吐いていた。
そう、婚約である。
何がどうなってしまったのかは知らないが、どうやら俺とフィーリネはいろんな関係をすっ飛ばして将来を誓い合う間柄になってしまったとのことらしい。
俺は普通に彼女に冒険者の先輩として色々と教わっていければと思っていたんだが、受け取る側の彼女の解釈では俺が並べた言葉が婚約のプロポーズに聞こえたということだ。
キスされた後に彼女自身から聞かされて知ったことだけどな。
「ふんっ、誤解も解かずにそのまま彼女を放ったお前が良く言うな?」
「仕方ないだろ!? あの満面の笑顔を見て誰が『婚約のつもりで言ったわけじゃないんだけど』なんて言えるよ!?」
そう、俺だって誤解を解こうとはしたんだ。
だが彼女の俺を見る視線は恥じらいはありつつもどこか嬉し気な感じで、少なからず婚約できたことに対して歓喜の感情を覚えているのが見て取れたんだ。
つまり、彼女からすれば俺は婚約対象として十分範囲内だということ。
だからこそ、彼女は嫌々という素振りは見せなかったし、むしろ嬉しそうに笑みを見せていた。
そんな彼女に婚約するつもりはありませんなんて、面と向かって言えるはずがない。
結果、誤解も溶けないまま婚約は成立してしまったというわけさ。
「これで貴様が責任を取ろうとせずに、フィーリネを弄ぼうとしてくれれば躊躇なく殺せるんだがな」
「そんなことするわけないだろ? 誤解とはいえ、あの子のあんな笑顔を見たら断るわけにもいかないだからな。だから俺は、一人の大人として、男として責任を取ることにしたんだ。文句あるかよ?」
こういう時、おそらくはゲームや漫画の主人公なら一時の保身のためにどっちつかずな感情のまま婚約を保留にしていただろう。
もちろんヒロインの気持ちなんか考えずに。
その結果が何をもたらすのかなんて決まり切ってる。
ヒロインの心に大きな傷跡を残すことになるだろう。
だから、俺はあの婚約を無かったことになんかしない。
受け入れて、そのうえで彼女を絶対に幸せにしてみせる。それが、誤解とはいえ彼女と婚約してしまった俺の贖罪だ。
「……カッコつけるなら、もう少しマシな歩き方をしたらどうだ?」
「うるさい。この歩き方でないと辺り一面がクレーターだらけだ。お前も下手したら危ないんだからな。こうやって恥を忍んで歩いてる俺に感謝しろっての」
未だ戻せないカニ歩きを馬鹿にされながら歩くこと数分。
たどり着いた平原は障害物なんて何一つとして存在しない見事な原っぱだった。
足首くらいまで伸びた草が辺り一面に伸びていて、この場で寝っ転がると気持ちが良いんじゃないかと思えるような平原だが、肝心の魔物の姿がどこにも見つからない。
「ここに、ドゥルドゥーがいるはずなんだけど……全然見当たらないぞ?」
「奴らはすばしっこいうえに隠れ上手だ。そう簡単に見つかるわけないだろ」
「じゃあどうやって探すんだ?」
「もちろん、おびき出す」
久しぶりに見たきざったらしい笑みを浮かべると、ゾイトは片腕を天高くに向けて伸ばした。
瞬間、彼女の肘から先が発光し始め、赤く輝く粒子が手のひらに集まり収縮していった。
そうして出来たのは、簡単に言えば小さな太陽。
赤く燃え上がる光体の所々から波立つように炎が伸び、温度もそれなりにあるのが伺える。
「これ……魔法か?」
「基礎中の基礎。炎の光球さ」
得意げにそう言い放つと、彼女は手の先に生まれた光球を前にかざす。
それから銃弾のように解き放ったのだが、どういうわけかそれは何処にも着弾することなく地面スレスレを飛んで行った。
「……この辺りを焼き払うとか、そんなんじゃないんだな?」
「そんなことするわけないだろ。ボクがやったのはあくまで威嚇。こうやって目に見えた脅威を作ることで、奴らはその姿を出すんだよ」
ゾイトがそういった瞬間、原っぱの中で動きがあった。
それまで微動だにしないかった草むらの大部分が揺れたかと思えば、まるでモグラ叩きのモグラのように草むらから大量の生き物が姿を現したのだ。
丸い胴体から生えた鳥足に、鋭利さのかけらもない口ばし。
生えた翼は飛ぶには小さすぎるんじゃないかとさえ思える、全体的に残念なそれは間違いなくドゥルドゥーだった。
「あとは、奴らから羽をもぎ取るだけだが……果たしてお前にできるかな?」
憎たらしい笑みを浮かべてゾイトは俺を置いて走り出す。
標的をすでに決めていたのか、よそ見もすることなく一直線に一匹のドゥルドゥーへと詰め寄ると、サッカーボールでもキャッチするように身体を捕まえた。
そして、余裕の表情で羽をもぎ取りリリース。
この間、たった数秒だ。
「意外とすばしっこいんだな」
ゾイトも早いが、ドゥルドゥーも中々に早い。
日本のニワトリがバイク並みの速さで走ってる感じだろうか。
少なくとも、カニ歩きじゃ絶対に捕まえることは出来ないと断言できる。
「となれば、少し本気を出さないといけないよな……」
小さくこぼして俺はまず普通に歩くことから始める。
もうこの時点で普通に歩いているにしては大きすぎる足音が鳴っているがそこは気にしない。
おそらくは背後なんかはとんでもない光景になっているだろうが、いちいち確認していたら終わらない。
とにかく早く捕まえて終わらせてしまう。
ただそれだけを考えながら徐々にギアを上げていく。歩きから早歩きへ。早歩きから小走りへ。
そうして段階を踏んで加速していけば、早歩きの状態でドゥルドゥーに追いつくことが出来たよ。
「あとは、捕まえるだけ!」
一匹のドゥルドゥーに狙いを絞って地面を軽く蹴り、一瞬だけ加速。
奴との距離を詰めると同時に俺は手を伸ばしたのだが……
「――えっ!?」
俺の腕は狙ったドゥルドゥーを掴むことが出来ずに空を切る。
いや、実際には掴むことはでいたのだと思う。だが、この手がドゥルドゥーに触れた瞬間奴の姿が忽然と消えたんだ。
まるで、瞬間移動でもしたみたいに消えたドゥルドゥー。
どこに行ったのだろうかと首を左右に回して探していると、突然肩に手を添えられた。
見れば、そこには青ざめた様子のゾイトの姿。
「なぁ……。狙った一匹が消えちゃったんだけど、あいつらって瞬間移動でもできるのか?」
「――手を見ろよ」
「手?」
言われるがままに自分の手に視線を落とせば、その異常さに俺は言葉を失ってしまった。
何故なら、まるで鳥を一匹握りつぶしたかのように、ベットリと羽毛と真っ赤な血が付着していたのだから。
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