【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

第三章◆魔ノ香

魔ノ香～Ⅹ

　
　
　
魔石、介かいさぬ其その力は、正に...
禍津日マガツヒノ黒炎と言わしめるに厭いとわぬ趣おもむき。　


銀の指輪にあしらった魔石は砕くだけてしまったので、
身に付けていた耳飾りを携たずさえ、抵抗体バリスタとして代用することに。

細い八面体を形成する深紅しんくの振り子ペンデュラムは、
フェレンスが自身の血から精製した予備品の一つだった。

宝具のように錬精されてはいないため、用途は限られるが。
機器内蔵型導力炉どうりょくろの不具合を避さけるためには不可欠。

チェーンを爪の上に掛け、中指の先から垂たらすと。
可視化された魔力が蒼碧そうへきの光を放ち、導力源と成なり代わった。

次いで、手元に浮き上がる〈起動〉の印文いんもんを指先で弾はじくフェレンスは、
機器周辺に次々と現あらわれた魔法陣と光の窓を左手で指差し、タップとスライドを繰り返す。

制御せいぎょに支障ししょう無きよう手際よく配置されていく表示の中には、
鏡のように少年の姿を映し出すものもあった。

装置に組み込まれた硝子ガラスの眼が、少年を見つめている ... ...

そうと気付いたからには百面相ひゃくめんそうせずにはいられない幼子おさなご。
一つの窓ウィンドーを占領し披露されるは、モッチモッチ の 変ヘン顔。

だが、しかし。

フェレンスは相変わらずの真顔で、黙々もくもくと作業していた。

あまりの反応の薄さを目の当たりにして、
落ち着かない気持ちになり、ｿﾜｿﾜ ((´・ω・`)) ｼｭﾝ... とする少年。

片かたや、密かに様子を窺うかがっていたカーツェルは思う。

もう少し、愛想あいそうよくしてやったらいいのに ... ...

一眠りしようにも、気になって仕方なく。
寝返りをうってみたところ、やれ、案あんの定じょう。

フェレンスは、テーブル上に投影された義球オブジェクトから片時も目を離さない。

変則的へんそくてきに絡からみ合った魔法陣から成なる機構システムを見張り。
異常があれば直すぐ様、修正する。
そんな彼の手際の良さも、 まぁ ... 見慣れた光景ではあるのだけれど。

いつもならば片手間かたてまに本を読んだり、魔導具の手入れだって平気でするくせに。
関わり合いにならずに済むよう、意識しまくっているのが見え 々 なのだ。


　　　異端ノ魔導師などと呼ばれる立場上。
　　　彼が親しむことを許されるのは、
　　　弱点を突こうと付け狙う輩やからの圧力に屈くっしない ... 
　　　そんな、強い意志と力を持つ者に限られている。


佐官さかんを務つとめた父に、そう諭さとされ育ったカーツェルとは異ことなって。

少年は無力過ぎた。

だが、彼は純粋に惹ひかれている。
瞳に映る魔導師の、無駄のない一挙一動に。
芯しんの通った姿勢と眼差まなざしに。
心が吸い込まれていくような感覚を覚えながら。

フェレンスを見つめる少年の気持ちが、カーツェルには ... よく分かる。
かつての自分もそうであったと。

それだけに、あまり片意地かたいじを張って欲しくはないのだが。
フェレンスの思うところも、分からなくはない。
カーツェルは瞼まぶたを伏ふせ、床ゆかに映る薄影を見流す。

オーロラのように美しい青と緑のグラデーションを纏まとい、揺々ゆらゆらと波状発光する一部、装置の傍かたわら。
黄金こがね色の打ち込み枠フレームを配す箱型鞄トランクケースが積つみ置かれた部屋の片隅かたすみには、あのタペストリー。

帝都に構かまえる屋敷から、機材一式、取り寄せた模様だ。

魔力の検知、計測であれば、フェレンスの持ち歩いている懐中かいちゅう時計型複合機器でも間に合うが。
血の判定に際さいしては解析の必要があるため、それなりに大掛かり。

椅子いすに座る双方を機器の合間から眺ながめていると。

ある装置の中で虹を放つ柱状ちゅうじょう結晶から、下方向へ。
複数、備そなえられたフィルター内の細石さざれを通し、一粒 々 落ちていく光の雫が、
両者の瞳に星を宿すかのように映り込み、より神秘的な情景を醸かもす。

彼かの魔導師は言った。

「では、肘ひじ掛けに備そなえた測定管に腕を通して。そのまま、静かに待ちなさい」

少年は我われに返り、自らの手元を見る。
だが、言い付けに従したがおうとする手前、どんな装置であるのか気に掛かり内側を覗のぞき込んでみた。
外側は青銅製だが、中は蒼く光る列線を張り巡めぐらせてあるよう。

ﾏｼﾞﾏｼﾞ と見ていたところ、筒つつの向こう側に ﾋｮｲ と現あらわれるフェレンスの顔。

「観察は済んだか ... ？」

急せかすでもなく。彼はゆったりと姿勢を戻し、少年の気が済むのを待っていた。

列線は魔青鋼オリハルコン製である。
それとは即すなわち。〈第五元素エーテル〉の媒介ばいかいとして優れた性質を持つ、錬精超貴金属のことを言う。

恐る々おそるおそる ... その内側に腕を通した少年は、
脈みゃくから魔力を検知し作動する装置の眩まばゆい光源に目を細めた。

間まもなくして。血質を数値化し用紙に打刻していく器具へと、手を伸ばすフェレンス。

まず先に気付いたのは彼。

顔を上げて見やると。
ソファーの横に位置した扉が、ゆっくりと開く。

〈 ｶﾁｬﾘ ... ｷｨｨ ... ... 〉

物音を潜ひそめ、姿を見せたのはクロイツだった。

すると、フェレンスの視線を辿たどった末に目が合うや否いなや、
吐き気を催もよおしたカーツェルが ﾊﾞﾀﾊﾞﾀ と水受けを探す。

人の顔を見るなり、なんて奴だ ... ...

目元は引き攣つっているが、これでも場に配慮し堪こらえたつもり。

這はう余力も無い腑抜ふぬけが ... ...

なんて、心で思っても口にはしない。

「 ど う し た 下 僕しもべ ... 顔色 が 優すぐれん よ う だ が。 ど こ か ... 具 合 でも 悪 い の か？」

なのにどうして。

青褪あおざめたカーツェルの傍そばへ躙にじり寄るクロイツの取った行動は正反対だった。
踵かかとで ｶﾞﾂﾝ !! とソファーの肘ひじ置きを蹴けった挙句あげく。
その脚あしで片胡座かたあぐらをかき、カーツェルの背に乗り上がる。

「 ｸﾞｴ ｪ ｪ ｪ ... ... ... 」

堪たまらず呻うめきを漏もらすカーツェルと、それを見て高圧的に笑うクロイツ。

二人は一言二言、交かわした。

「それが、具合悪そうに見える人間に対してする事か ... この、碌ろくでなしが ... 」
「人で無しの言えた台詞セリフか？ 笑わせるな化物バケモノめ。
　紅玉ルベウスの魔ノ香まのかを鼻の先にして中毒も起こさぬ人間など、この世にいてたまるか」

ﾁﾘﾁﾘ と喉のどを焼くような苛立いらだち。

そういう奴だと、分かってはいたが ... ...

カーツェルは改あらためて思い知った。そして、歯を食い縛しばる。
吐き気も忘れて振り向けば、見下し顔の高慢こうまんちきと睨にらみ合いになった。

「 ｸｸｸ ... 憐あわれなものだ。主人は覚悟の上だというのに、
　契約を交わし半なかば死人しびととなった下僕げぼくが、未いまだ人間のつもりとはな」
「 ...  何だと ... ？」

ｷﾞﾗﾘ と鋭するどさを増す琥珀こはく色の瞳。強張こわばる目元。
憤いきどおりを露あらわにするカーツェルを嘲あざ笑い、クロイツは畳たたみ掛ける。

「腹立はらだたしいか？ ｸｸｸ ... そんな事だから貴様きさまは馬鹿なのだ。
　そうでもしなければ、あの男と添そい歩くなど不可能。
　そうと承知しょうちの上で選んだ道ではなかったのか？」

ところがだ。条くだりを接つぐ直前に、フェレンスが遮さえぎった。

「監視官 ... 今、彼の〈炎ひ〉を煽あおるのは控ひかえてもらいたい。
　不安定なので傍そばで休ませてはいるが。
　少年を間近にしながら万が一の対策も出来ていない現状にしろ、本意ではないので」
「 ｸｸｸ ... 親愛なる友を魔物キメラと化して支配する異端ノ魔導師でも、痛めるような良心があるのか？」
「 ... ... 良心とは思わないが。それなりには」

腹はらに据すえかねる。

ついに身体からだを起こしたカーツェルが、深々と伏ふした面差しに濃い影を落とした。

たかが戯言ざれごと。然されど許しがたい。

主人である前に、親しき友人。そう思えばこそ。
フェレンスを侮辱ぶじょくする者が、良心について触れるなど以もっての外ほかという認識だ。
両腕の枷かせに燈ともる蒼火は、沸々ふつふつとたぎるカーツェルの怒りに伴ともなって霜しもを降らせる。

クロイツは素早く退しりぞいた。けれども態度は変わらず。
目が合えば顎あごの先を ﾂﾝ と上げ、鼻で笑う素振り。
フェレンスとの遣やり取りは続いた。

「 ｸｸｸ ｸｸ ...　そう案ずるな。貴様きさまが憂うれうような言葉であればこそ。
　この、くたばりかけには良い薬になるというもの ... ... 
　実際に、どうだ？ 見るがいい。ようやく〈腑抜ふぬけ〉とは思えぬ面構つらがまえになったではないか」
「 ... ... それはそうだが」

そこで、ふと思い返す。
カーツェルは、胸を擦さすりながら視線を落とした。

言われてみると ... ... 

先程さきほどまでの吐き気は何処どこへやら。
腕うでを組み直し、壁に凭もたれ、クロイツは言う。

「人であれば悪酔いもする。酷ひどければ中毒を起こし、最悪は死ぬ。
　しかし、それはあくまでも人であればの話なのだ。
　考えてもみろ。貴様きさまが付き従したがう男は何者だ？ いい加減に自覚を持て愚おろか者。
　貴様は主人のため、心から慕したう者のため、化物バケモノでなければならぬ身であろうが」

冥府の炎ひを制し瘴気しょうきを灼やく。
それが出来れば酔いなどしない。

尤もっとも ... そんな腑抜ふぬけの人間味みを好いていて、
いつまでも甘やかしている奴の方こそ、どうかとは思うがな ... ... 

少年の傍そばであろうと、なかろうと。問題はそこではない。
だが、それについて話す気にはならなかったのだ。

彼かの下僕しもべは、ああ見えて名門貴族に婿むこ入りした男の第二子。
且かつ、次期士官候補。 ... にも拘かかわらず、弛たるんでいるにも程がある。

万全でないなら尚更なおさらに気を引き締め警戒すべきなのに。
療養所でのカーツェルはどうだった。

友人、改あらため主人の意識が戻らないからといって、役目を忘れるような男に誰がした。

本来なら、まともに瘴気しょうきを喰らわぬよう、
喰らったとしても意識が飛ばぬよう鍛きたえてやるべきであったろうに。

友に無理をさせぬよう、心配を悟さとられぬよう、努つとめていたフェレンスが ... 俯うつむく。
また、カーツェルも同様に。

どう捉とらえるかは両者次第だが。
この二人に限って目を逸そらし続けることはあるまい。

様子を見て、これ以上の指摘は不要と見做みなし、クロイツは次の話題を振った。

「それで ...  ... どうなのだ ... ... 」

ところが、何とも言えない。
藪やぶから棒ぼうな切り返し。

「「 ... ... え？ ... ... 」」

意表を突かれて面食らった主従しゅじゅうが、声を揃そろえた。

「だから！！ 少年の血の判定は済んだのかと聞いている！」

いや、そんな、急に、〈だから〉とか言われても ... ...

カーツェルは思う。ところがフェレンスは違った。

「 ... あ。... そうだった... 」
「って！ 忘れてたんかい！」

その上、つっこみ入れたのはクロイツである。

組んだ腕うでを指先で連打し、ｲﾗｲﾗ するだけならまだしも。
いつもと雰囲気が違うような。

あれ？ コイツって、こんなキャラだったっけ ... ？

呆気あっけにとられるカーツェルと、あまり気にしていないフェレンスの反応を見比くらべて。
実のところは楽しんでいたりする監視官の一面に、ちょっとだけ親近感が湧わいた。

少年の胸がときめく。

まだ座っていたほうが良いだろうか。
装置の吐はき出す細長い用紙に再び目を通すフェレンスに対し、視線で訴うったえかけると。

「もう、自由にしてかまわない」

彼は直すぐに気付いて答えた。
聞くなり椅子いすから飛び降りる少年は、 ﾍﾟﾀﾍﾟﾀ と足音を鳴ららし、クロイツの元へと馳はせ寄る。
見ていたカーツェルは、その後、二度、驚かされた。

あのクロイツが、ふわり表情を緩ゆるめたかと思えば。
ソファーに腰こし掛け迎え入れた少年を ... 何と、お膝ひざ抱っこしてやった上に言ったのだ。

「甘いものは好きか？」
「 ﾝ !  ｼｭｷ !! 」

しかも、そうと聞いてトラウザのポケットから取り出した飴玉あめだまの一つを少年に。
更にもう一つはと言うと、紙包装を ｶｻｶｻ と剥むきはじめ自身の口に放ほうったのだから。
今度ばかりは声に出る。

「 ... お、お、お ... お前って、そういうキャラだったっけ ！？」
「何も珍しい事は無かろうが！！ 先から何が言いたいのだ！ 貴様きさま！！」

意外すぎて逆に興味が沸わいた。
カーツェルは ｽﾄﾝ ... とクロイツの隣となりに腰こしを下ろし尋たずねる。

「甘いもの、好きなの？」
「 ... うむ ... 」

悪いか。

いや、別に ... ...

「いつの間まに、そんな仲良くなったの？」
「貴様きさまが居眠りしている間あいだにだ。ノーシュの手には余あまるようだったのでな」

可怪おかしいか。

いや、ちょっと驚いただけ ... ...

組み合わせが組み合わせだけに。
甘いもの＋子供＋クロイツ　＝　和み
こんな図式が成り立つとは思いがけず、目が離せない。

ところが、クロイツ。
わざわざ答えてやっているのに、ﾏｼﾞﾏｼﾞ 見られるものだから嫌気が差してきた。

けれども少年が包つつみを開けられずに、いつまでも手を拱こまねいているようなので。
渡してみろと言い開けてやりながら、気休めにフェレンスを急せかしてみる。

「おい、フェレンス！ 結果は出ているのだろう。いつまで眺ながめているつもりなのだ！！」

するとだ。何やら数値を流し見る彼の様子がおかしい。

「異常でもあったか ... ? 」

察し、尋たずねると。
唇くちびるに指の背を添そえ、考え込んでいたフェレンスは説明のしように困った。

何と言えばいい ... ...

「それが ... ああ、そう、つまり。その少年の血は確かに、
　〈紅玉ルベウス〉と認定されるだけの数値を ... ... 示しめしてはいる」

彼にしては珍しく、はっきりとしない物言い。

だからどうした ... ...  さっさと続きを言え ... ...

クロイツの目元が不服そうに萎しぼんだ。

一方でカーツェルは、クロイツが解ほどきかけた紙包装の隙間すきまを少年と一緒に注視。
チラリと見える赤い飴玉を、そっと摘つまんで取り出し、
クロイツを真似まねて口に放ほうる少年の動きに対し、可愛いもんだなぁ ... と、思っていたところ。


事は起きた。


〈 ﾐｼｯ ... ﾊﾞﾁﾊﾞﾁｯ ...！！〉


装置の数カ所から発せられる異音と共に、次々と緊急停止する装置。
管制機器の警報を即座に解除したうえ、義級オブジェクトを確認するフェレンスは咄嗟とっさに口走る。

「制御機構システムの異常ではない。保安セーフティが正常に動作しただけだ。となると ... 」

設備損傷。

そうこうしているうち熱を帯おびる装置の繋つぎ目が、赤黒い泡を吹きはじめた。
逸いち早く気付いたカーツェルは、至急フェレンスに知らせようと口を開く。

少年の頬張ほおばる飴玉が、口の中で ﾊﾟﾘｯ と砕くだけた音に次つぐ。

装置の各所から次々と上がる炸裂さくれつ音。
それらは、フェレンスを呼ぶカーツェルの声さえ掻かき消した。

直すぐ様に導力を落とすフェレンスだったが、熱暴走は収束しゅうそくせず。

少年を抱き上げたクロイツは、飛び散る火花を逃れ。
扉を開くと同時に裏側へ身を隠す。
部屋を出るまでの数秒が惜おしかった。

カーツェルもまた、同断どうだん。
素早く装置とフェレンスの間あいだに立ち入って、自身の背を盾たてにした。

最終的に吹き飛んだのは、耐圧部周辺の表示端末、一式。

軽く吹き込む辻つじ風。
全ての装置が沈黙すると共に訪おとずれるは、元の静寂。

流石さすがのフェレンスも驚きを隠しきれない。
飛散した硝子ガラス片が ｼｭﾝ...！ と耳元で空を裂き、
部屋の壁に複数、突き刺さる音を聞いていたからだ。

カーツェルの背を撫なでた後のち、顔の傍そばまで寄せて見ると。
手にした紙媒体ばいたいが、血で染まっていく。

先のクロイツの言葉が、脳裏を過よぎぎった。

〈 貴様きさまは主人のため、心から慕したう者のため、化物バケモノでなければならぬ身であろうが 〉

然さりとて。元はと言えば、ただの人。

彼の血を見るのは ... ... やはり辛い ... ...

憂うき目に遭あうも腹はらを据すえ。
フェレンスが見て辿たどるのは、手元の記録紙。


　　　X X X X X X X X X X X ... ...


そこには、未知数を示しめす記号が延々えんえんと連つらなり ... 続いていた。