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第4章
166.負の激情
ここは…、どこなのだろう。
気がついたら深い森の中、ポツリと立ちつくしていた。
自身の手を見つめ、視界がはっきりしていることを確認した。
久しぶりに、自分でいられる。
いったい何十年ぶりだろう。
いや、もしかしたら何百年ぶりかもしれない。
ずっと僕は僕でいられなかった。
もしも次、またあいつに乗っ取られたら今度は本当に僕は消えてしまうかもしれない。
そもそも、まだ自分の意志が残っていたこと自体、信じられないのだから。
ああ、あの人はどこにいるのだろう。
ふと視線を上げ、四方を見渡す。
僕の一番、大切な人。
僕がこの世で一番、傷つけてしまった人。
もう一度会いたい。
本当は、会う資格なんてないのはわかっているけれど。
それでも会いたい。
どうしても……。
その願いが叶ったのだろうか。
深い深い森の中。
不釣り合いなそれが目に入り、思わずそちらへ眼を向けた。
小さな、小さなその子は。
金色の綺麗な御髪に真っ青な瞳。
それは、昔の僕そっくりで。
そしてきっとあの人と瓜二つなのだろう。
まさか僕に戻れたときに、あの人に会えるなんて。
その子を見つけられただけで、なんて奇跡なんだろうと思った。
きっと、これは神様がくれた最後のチャンスなのだろう。
嬉しくて。
嬉しくて仕方なくて。
それだけで、もう良いのだと思ってしまうほどに。
すごく、会いたかった。
貴方に、どうしても――――――。
***
予定よりも長い視察になってしまった。
本来ならば昨日帰る予定だったのに、その予定は一週間ほど長くなってしまうようで気が重くなる。
できればここには長くいたくない。
憂鬱な気分が体調まで悪くしていることに気が付き、さらに気が滅入ってしまった。
揺れる馬車の中、窓の外を見つめふと思い出す。
以前視察の際倒れてしまった街はここからそう遠くない。
だから、この視察へ赴くのは乗り気ではなかったのに……。
その時の事を思い出すと情けなくなると同時に、その時感じた恐ろしいまでの憎悪が蘇ってきそうで身震いする。
前世であるバートンの故郷であるテスペリテという街を訪れたとき、僕の心は期待感でいっぱいだった。
生まれ変わって初めて訪れる故郷を、僕はどんな風に見つめることができるだろうかと。
10歳の頃に、エスティに励まされてから、僕はバートンの事を少しずつ受け入れられるようになっていた。
記憶が思い出されていく中で、彼は家族に愛されることが全くなかったのだということを知った。
騎士の家系に生まれながら、剣術の才には恵まれず、ただ兄や父に役立たずだと貶される日々。
それでも故郷にいた頃は、下町にこっそり遊びに行ったりした思い出が故郷を懐かしく感じさせてくれていた。
だから、そんな辛い幼少期の記憶があっても、故郷の事は大好きだったのだ。
しかし、そんな思い出を打ち砕くような衝撃が僕を待っていた。
13歳になった夏の日に視察に赴いたとき、酷い頭痛に襲われるのと同時に恐ろしいまでの感情が僕の中に流れ込んできた。
許さない。許さない。許さない。
頭の中で絶えず木霊するその声は紛れもなく僕、バートンの物だった。
なぜ、あの街に訪れたときにその感情を思い出したのかはわからない。
もしかしたら、あの故郷を離れ、彼と出会ってしまったことへの後悔からきているのかもしれない。
でも、そんな事は僕にとってはどうでもよかった。
それよりも重要だったのは、恐ろしいまでの憎悪を誰かに向けていたことに、途轍もない恐怖を覚えたということ。
あの出来事があってから、バートンの事が受け入れられなくなってしまった。
せっかく彼女が励ましてくれたのというのに、まるで水の泡になってしまったことに酷く落ち込んだのを今でも覚えている。
「ヴィータ? どうした、顔色が悪いみたいだが」
目の前に座る兄上が覗き込んでくる。
心配そうなその目を見ていると、まるで年上とは思えない彼はいつだって身内には優しかった。
髪や瞳の色なんかは兄弟という事もあり、似ている部分はあるが全体的に見た印象はかなり異なる。
兄上は母に似たのか、とても童顔で時々僕が兄だと間違われるほどだった。
おそらく前世があるという事も原因なのだろうが、その見た目も相まって兄を兄として認識できないときがあった。
まるで背伸びをした少年を見ているような感覚になるのだ。
そう思うと兄上が心配してくださることも、自分には情けないことのように思えて仕方なかった。
息を吐き、自然と肩の力が抜けると少し気が楽になった。
「大丈夫ですよ、兄上。久しぶりの長旅で、少し疲れただけだと思いますから」
「む、そうか。ヴィータがそういうなら良いが……」
少し歯切れは悪かったが、表情からそこまで気にしてはいないようだ。
外を眺め、つまらなさそうにしているが、いつもの事なので気にしないでおこう。
することもないため、僕も窓の外を見つめる。
だがそこには、暇をつぶせるほどのものもなくただただ平凡な畑が一面に広がっているだけだった。
それにしても、彼女とあんなところで再会するとは思わなかった。
はじめは魔物に襲われた民間人でもいるのだと思っていた。
しかし見覚えのある姿を発見したとき、押し寄せる恐怖が胸を締め付けた。
また、奪われてしまう。
そう思ったら、居ても立っても居られなかった。
前世では、何もかも奪われてしまった私にとって、今世で出会った彼女は本当に大切な人なのだ。
それを魔物なんかに奪われてるわけにはいかなかった。
だから、助けたというのに。
その時の彼女は酷く狼狽していた。
意識が混濁しているのか、あろうことか魔物を助けてほしいと懇願したのだ。
彼女の中で何が起きているのか、僕にはさっぱりわからなかった。
それでも聞き漏らすことのなかった彼女の声。
『バートン』
彼女は確かにそう叫んだ。
僕を真っ直ぐ見つめて。
それは紛れもなく、僕を見て、僕を呼んでいた。
しかし、そこにいたのは彼女ではなかった。
僕を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳が、彼女の物ではないと直感した。
気がついたら深い森の中、ポツリと立ちつくしていた。
自身の手を見つめ、視界がはっきりしていることを確認した。
久しぶりに、自分でいられる。
いったい何十年ぶりだろう。
いや、もしかしたら何百年ぶりかもしれない。
ずっと僕は僕でいられなかった。
もしも次、またあいつに乗っ取られたら今度は本当に僕は消えてしまうかもしれない。
そもそも、まだ自分の意志が残っていたこと自体、信じられないのだから。
ああ、あの人はどこにいるのだろう。
ふと視線を上げ、四方を見渡す。
僕の一番、大切な人。
僕がこの世で一番、傷つけてしまった人。
もう一度会いたい。
本当は、会う資格なんてないのはわかっているけれど。
それでも会いたい。
どうしても……。
その願いが叶ったのだろうか。
深い深い森の中。
不釣り合いなそれが目に入り、思わずそちらへ眼を向けた。
小さな、小さなその子は。
金色の綺麗な御髪に真っ青な瞳。
それは、昔の僕そっくりで。
そしてきっとあの人と瓜二つなのだろう。
まさか僕に戻れたときに、あの人に会えるなんて。
その子を見つけられただけで、なんて奇跡なんだろうと思った。
きっと、これは神様がくれた最後のチャンスなのだろう。
嬉しくて。
嬉しくて仕方なくて。
それだけで、もう良いのだと思ってしまうほどに。
すごく、会いたかった。
貴方に、どうしても――――――。
***
予定よりも長い視察になってしまった。
本来ならば昨日帰る予定だったのに、その予定は一週間ほど長くなってしまうようで気が重くなる。
できればここには長くいたくない。
憂鬱な気分が体調まで悪くしていることに気が付き、さらに気が滅入ってしまった。
揺れる馬車の中、窓の外を見つめふと思い出す。
以前視察の際倒れてしまった街はここからそう遠くない。
だから、この視察へ赴くのは乗り気ではなかったのに……。
その時の事を思い出すと情けなくなると同時に、その時感じた恐ろしいまでの憎悪が蘇ってきそうで身震いする。
前世であるバートンの故郷であるテスペリテという街を訪れたとき、僕の心は期待感でいっぱいだった。
生まれ変わって初めて訪れる故郷を、僕はどんな風に見つめることができるだろうかと。
10歳の頃に、エスティに励まされてから、僕はバートンの事を少しずつ受け入れられるようになっていた。
記憶が思い出されていく中で、彼は家族に愛されることが全くなかったのだということを知った。
騎士の家系に生まれながら、剣術の才には恵まれず、ただ兄や父に役立たずだと貶される日々。
それでも故郷にいた頃は、下町にこっそり遊びに行ったりした思い出が故郷を懐かしく感じさせてくれていた。
だから、そんな辛い幼少期の記憶があっても、故郷の事は大好きだったのだ。
しかし、そんな思い出を打ち砕くような衝撃が僕を待っていた。
13歳になった夏の日に視察に赴いたとき、酷い頭痛に襲われるのと同時に恐ろしいまでの感情が僕の中に流れ込んできた。
許さない。許さない。許さない。
頭の中で絶えず木霊するその声は紛れもなく僕、バートンの物だった。
なぜ、あの街に訪れたときにその感情を思い出したのかはわからない。
もしかしたら、あの故郷を離れ、彼と出会ってしまったことへの後悔からきているのかもしれない。
でも、そんな事は僕にとってはどうでもよかった。
それよりも重要だったのは、恐ろしいまでの憎悪を誰かに向けていたことに、途轍もない恐怖を覚えたということ。
あの出来事があってから、バートンの事が受け入れられなくなってしまった。
せっかく彼女が励ましてくれたのというのに、まるで水の泡になってしまったことに酷く落ち込んだのを今でも覚えている。
「ヴィータ? どうした、顔色が悪いみたいだが」
目の前に座る兄上が覗き込んでくる。
心配そうなその目を見ていると、まるで年上とは思えない彼はいつだって身内には優しかった。
髪や瞳の色なんかは兄弟という事もあり、似ている部分はあるが全体的に見た印象はかなり異なる。
兄上は母に似たのか、とても童顔で時々僕が兄だと間違われるほどだった。
おそらく前世があるという事も原因なのだろうが、その見た目も相まって兄を兄として認識できないときがあった。
まるで背伸びをした少年を見ているような感覚になるのだ。
そう思うと兄上が心配してくださることも、自分には情けないことのように思えて仕方なかった。
息を吐き、自然と肩の力が抜けると少し気が楽になった。
「大丈夫ですよ、兄上。久しぶりの長旅で、少し疲れただけだと思いますから」
「む、そうか。ヴィータがそういうなら良いが……」
少し歯切れは悪かったが、表情からそこまで気にしてはいないようだ。
外を眺め、つまらなさそうにしているが、いつもの事なので気にしないでおこう。
することもないため、僕も窓の外を見つめる。
だがそこには、暇をつぶせるほどのものもなくただただ平凡な畑が一面に広がっているだけだった。
それにしても、彼女とあんなところで再会するとは思わなかった。
はじめは魔物に襲われた民間人でもいるのだと思っていた。
しかし見覚えのある姿を発見したとき、押し寄せる恐怖が胸を締め付けた。
また、奪われてしまう。
そう思ったら、居ても立っても居られなかった。
前世では、何もかも奪われてしまった私にとって、今世で出会った彼女は本当に大切な人なのだ。
それを魔物なんかに奪われてるわけにはいかなかった。
だから、助けたというのに。
その時の彼女は酷く狼狽していた。
意識が混濁しているのか、あろうことか魔物を助けてほしいと懇願したのだ。
彼女の中で何が起きているのか、僕にはさっぱりわからなかった。
それでも聞き漏らすことのなかった彼女の声。
『バートン』
彼女は確かにそう叫んだ。
僕を真っ直ぐ見つめて。
それは紛れもなく、僕を見て、僕を呼んでいた。
しかし、そこにいたのは彼女ではなかった。
僕を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳が、彼女の物ではないと直感した。
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