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第5章
269.手の傷
「まったくどういうつもりなんですか! もう少しご自身を大事にすることを考えて頂けませんと、こちらの仕事が増えるんですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
私の右手をしっかりと掴み、テキパキと包帯を巻きながら目くじらを立てているのは私専属の使用人ミリアさんだ。
ミリアは使用人であるためいつも別の玄関から帰宅する。そしてそのまま紅茶を用意するのがいつものルーティーンだ。そのため彼女が騒動を聞きつけ駆け付けたのは、シルビアと話を終えた後だった。
私の怪我に気づいた彼女の顔は一気に血の気を引いていたが、それも束の間俊敏に魔法で治療を始めた。
そして彼女の治療を受けている間、コンコンと説教を受け続けていたというわけである。
今回の件に関して言えばあれ以外、私が出来ることは無かった。とはいえ、それが正解かといえばそうではない。私に仕えているということは、私が害を及ぼされた場合彼女にまで責任が科せられてしまう。使用人とはそういうものだ。
だから彼女の怒りも理解できる。
言い返す言葉もなくただ彼女のお叱りを受け止めている。
「そ、それにしてもお医者様遅いわね~」
ともあれ流石に言われ続けているとばつが悪くなってくる。
話を逸らす目的で言ったことだったのだが、瞬間ピクリと彼女の手が止まった。
眉間に皺を寄せる彼女の表情が目に留まる。
どうしたんだろう。
「ミリア? 何かあった?」
「……」
どこか躊躇っているようだったが、すっと顔を上げるとミリアは口を開いた。
「お医者様は、来ません。連絡をしようとしたのですが、止められまして……」
「止められた、って」
「その、ベルフェリト夫人が大ごとにはしたくないとおっしゃって」
「……。そう」
お母さまがそんなことを。
今までは全く干渉して来なかったくせに、ここにきて首を突っ込んでくるなんてね。
昔私の前世を知ったときに酷く怯えていた人とは思えない対応だわ。
「家令も説得はしていたようなのですが……」
「別に良いのよ。この屋敷でお父様の次に権力があるのはあの人だもの。変な確執を生む必要なんてないのよ」
家令ほどになれば多少の事であれば父に意見することができる。
ただ事私に関しての対応を言えば、意見なんてもっての外。
下手すれば家令であっても格下げされる可能性がある。
意味もなくそんなことをしてしまってはいけない。
家令もメイド長も、私を気遣ってくれる人だから。
あまり関わりがないから忘れてしまいそうになるけど。
優しい人たち。
本当に、どうしてそこまでできるのかわからないぐらい。
「でも、治療してもらえないのなら私の手ってちゃんと治るのかしら」
「それでしたら私の治療で何とかなります。しかし、そのあとの傷に関しては……」
途端ミリアは口ごもった。
あれほど血が出ていたぐらいだ。
いますぐ医者の元で治療すれば傷が残ることはないだろう。
だが治療しないのであれば。
「傷は残ったままになるかもしれないってことね」
ミリアは下を向いて俯いてしまった。
でも、手がちゃんと動くのであれば問題ない。
私にとってはね。
「まぁどうせ誰かと一緒になることはないのだろうし、問題ないわよ。だからあまり気にしないで」
傷物の令嬢に貰い手はない。
でも、私はもうすぐ令嬢ではなくなる。
結婚することもない。
「……お嬢様」
なおも心配そうに見つめる彼女に私は口を開く。
「私の願い事は知っているでしょう? 今後は人となんて関わらない人生を送るのだから問題ないのよ」
そう、問題ないの。
たとえそれが、前世からの本当の願い事だったとしても。
叶えられないと諦めた瞬間から私は本心を背負うのをやめた。もう、彼とは違う人間になってしまった。だから私は彼を愛してこれたのかもしれない。
その代わり代償はちゃんと貰っている。
彼の願いはもう、私のものにはなってくれない。
どんなに寂しくても。
「そういえばシルビアは今どうしているの? 大丈夫なの?」
ミリアが魔法で治療してくれた後、連れ出されるまま私の部屋へと移動していた。
そのため、あの後あの子がどうしているのか知らないのだ。
話をしたとき泣いてしまっていたからすごく気になるのだけど。
「知りません」
途端ぷくーと頬を膨らませそっぽを向かれてしまった。
やっぱりそこそこ怒っているようでこれ以上彼女に聞いても無意味なのは明白だ。
最近は打ち解けてきていたとしってももともとが仲良くないから仕方ないのかもしれない。
でも困ったわ。
セイラへのいじめ発覚以来、聖女様の時の事もあってさらに父の目が厳しくなっていることだろう。しかも今回は両親が溺愛しているシルビア相手だ。父がこのまま野放しにするはずがない。
せっかくヴァリタスとの婚約破棄が見えてきたというのに父から変な介入があっては困る。父の行動は私にとっては不確定要素が非常に高いものなのだ。耳に届かせないようにするのは不可能だしこのまま父の判断に身を任せるしかない。
さて、どうしたものか。
とはいえ、私にできるのは精々父からの制裁が軽い物だと祈ることぐらいなのだけど。
「ご、ごめんなさい……」
私の右手をしっかりと掴み、テキパキと包帯を巻きながら目くじらを立てているのは私専属の使用人ミリアさんだ。
ミリアは使用人であるためいつも別の玄関から帰宅する。そしてそのまま紅茶を用意するのがいつものルーティーンだ。そのため彼女が騒動を聞きつけ駆け付けたのは、シルビアと話を終えた後だった。
私の怪我に気づいた彼女の顔は一気に血の気を引いていたが、それも束の間俊敏に魔法で治療を始めた。
そして彼女の治療を受けている間、コンコンと説教を受け続けていたというわけである。
今回の件に関して言えばあれ以外、私が出来ることは無かった。とはいえ、それが正解かといえばそうではない。私に仕えているということは、私が害を及ぼされた場合彼女にまで責任が科せられてしまう。使用人とはそういうものだ。
だから彼女の怒りも理解できる。
言い返す言葉もなくただ彼女のお叱りを受け止めている。
「そ、それにしてもお医者様遅いわね~」
ともあれ流石に言われ続けているとばつが悪くなってくる。
話を逸らす目的で言ったことだったのだが、瞬間ピクリと彼女の手が止まった。
眉間に皺を寄せる彼女の表情が目に留まる。
どうしたんだろう。
「ミリア? 何かあった?」
「……」
どこか躊躇っているようだったが、すっと顔を上げるとミリアは口を開いた。
「お医者様は、来ません。連絡をしようとしたのですが、止められまして……」
「止められた、って」
「その、ベルフェリト夫人が大ごとにはしたくないとおっしゃって」
「……。そう」
お母さまがそんなことを。
今までは全く干渉して来なかったくせに、ここにきて首を突っ込んでくるなんてね。
昔私の前世を知ったときに酷く怯えていた人とは思えない対応だわ。
「家令も説得はしていたようなのですが……」
「別に良いのよ。この屋敷でお父様の次に権力があるのはあの人だもの。変な確執を生む必要なんてないのよ」
家令ほどになれば多少の事であれば父に意見することができる。
ただ事私に関しての対応を言えば、意見なんてもっての外。
下手すれば家令であっても格下げされる可能性がある。
意味もなくそんなことをしてしまってはいけない。
家令もメイド長も、私を気遣ってくれる人だから。
あまり関わりがないから忘れてしまいそうになるけど。
優しい人たち。
本当に、どうしてそこまでできるのかわからないぐらい。
「でも、治療してもらえないのなら私の手ってちゃんと治るのかしら」
「それでしたら私の治療で何とかなります。しかし、そのあとの傷に関しては……」
途端ミリアは口ごもった。
あれほど血が出ていたぐらいだ。
いますぐ医者の元で治療すれば傷が残ることはないだろう。
だが治療しないのであれば。
「傷は残ったままになるかもしれないってことね」
ミリアは下を向いて俯いてしまった。
でも、手がちゃんと動くのであれば問題ない。
私にとってはね。
「まぁどうせ誰かと一緒になることはないのだろうし、問題ないわよ。だからあまり気にしないで」
傷物の令嬢に貰い手はない。
でも、私はもうすぐ令嬢ではなくなる。
結婚することもない。
「……お嬢様」
なおも心配そうに見つめる彼女に私は口を開く。
「私の願い事は知っているでしょう? 今後は人となんて関わらない人生を送るのだから問題ないのよ」
そう、問題ないの。
たとえそれが、前世からの本当の願い事だったとしても。
叶えられないと諦めた瞬間から私は本心を背負うのをやめた。もう、彼とは違う人間になってしまった。だから私は彼を愛してこれたのかもしれない。
その代わり代償はちゃんと貰っている。
彼の願いはもう、私のものにはなってくれない。
どんなに寂しくても。
「そういえばシルビアは今どうしているの? 大丈夫なの?」
ミリアが魔法で治療してくれた後、連れ出されるまま私の部屋へと移動していた。
そのため、あの後あの子がどうしているのか知らないのだ。
話をしたとき泣いてしまっていたからすごく気になるのだけど。
「知りません」
途端ぷくーと頬を膨らませそっぽを向かれてしまった。
やっぱりそこそこ怒っているようでこれ以上彼女に聞いても無意味なのは明白だ。
最近は打ち解けてきていたとしってももともとが仲良くないから仕方ないのかもしれない。
でも困ったわ。
セイラへのいじめ発覚以来、聖女様の時の事もあってさらに父の目が厳しくなっていることだろう。しかも今回は両親が溺愛しているシルビア相手だ。父がこのまま野放しにするはずがない。
せっかくヴァリタスとの婚約破棄が見えてきたというのに父から変な介入があっては困る。父の行動は私にとっては不確定要素が非常に高いものなのだ。耳に届かせないようにするのは不可能だしこのまま父の判断に身を任せるしかない。
さて、どうしたものか。
とはいえ、私にできるのは精々父からの制裁が軽い物だと祈ることぐらいなのだけど。
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