274 / 339
第5章
269.手の傷
しおりを挟む
「まったくどういうつもりなんですか! もう少しご自身を大事にすることを考えて頂けませんと、こちらの仕事が増えるんですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
私の右手をしっかりと掴み、テキパキと包帯を巻きながら目くじらを立てているのは私専属の使用人ミリアさんだ。
ミリアは使用人であるためいつも別の玄関から帰宅する。そしてそのまま紅茶を用意するのがいつものルーティーンだ。そのため彼女が騒動を聞きつけ駆け付けたのは、シルビアと話を終えた後だった。
私の怪我に気づいた彼女の顔は一気に血の気を引いていたが、それも束の間俊敏に魔法で治療を始めた。
そして彼女の治療を受けている間、コンコンと説教を受け続けていたというわけである。
今回の件に関して言えばあれ以外、私が出来ることは無かった。とはいえ、それが正解かといえばそうではない。私に仕えているということは、私が害を及ぼされた場合彼女にまで責任が科せられてしまう。使用人とはそういうものだ。
だから彼女の怒りも理解できる。
言い返す言葉もなくただ彼女のお叱りを受け止めている。
「そ、それにしてもお医者様遅いわね~」
ともあれ流石に言われ続けているとばつが悪くなってくる。
話を逸らす目的で言ったことだったのだが、瞬間ピクリと彼女の手が止まった。
眉間に皺を寄せる彼女の表情が目に留まる。
どうしたんだろう。
「ミリア? 何かあった?」
「……」
どこか躊躇っているようだったが、すっと顔を上げるとミリアは口を開いた。
「お医者様は、来ません。連絡をしようとしたのですが、止められまして……」
「止められた、って」
「その、ベルフェリト夫人が大ごとにはしたくないとおっしゃって」
「……。そう」
お母さまがそんなことを。
今までは全く干渉して来なかったくせに、ここにきて首を突っ込んでくるなんてね。
昔私の前世を知ったときに酷く怯えていた人とは思えない対応だわ。
「家令も説得はしていたようなのですが……」
「別に良いのよ。この屋敷でお父様の次に権力があるのはあの人だもの。変な確執を生む必要なんてないのよ」
家令ほどになれば多少の事であれば父に意見することができる。
ただ事私に関しての対応を言えば、意見なんてもっての外。
下手すれば家令であっても格下げされる可能性がある。
意味もなくそんなことをしてしまってはいけない。
家令もメイド長も、私を気遣ってくれる人だから。
あまり関わりがないから忘れてしまいそうになるけど。
優しい人たち。
本当に、どうしてそこまでできるのかわからないぐらい。
「でも、治療してもらえないのなら私の手ってちゃんと治るのかしら」
「それでしたら私の治療で何とかなります。しかし、そのあとの傷に関しては……」
途端ミリアは口ごもった。
あれほど血が出ていたぐらいだ。
いますぐ医者の元で治療すれば傷が残ることはないだろう。
だが治療しないのであれば。
「傷は残ったままになるかもしれないってことね」
ミリアは下を向いて俯いてしまった。
でも、手がちゃんと動くのであれば問題ない。
私にとってはね。
「まぁどうせ誰かと一緒になることはないのだろうし、問題ないわよ。だからあまり気にしないで」
傷物の令嬢に貰い手はない。
でも、私はもうすぐ令嬢ではなくなる。
結婚することもない。
「……お嬢様」
なおも心配そうに見つめる彼女に私は口を開く。
「私の願い事は知っているでしょう? 今後は人となんて関わらない人生を送るのだから問題ないのよ」
そう、問題ないの。
たとえそれが、前世からの本当の願い事だったとしても。
叶えられないと諦めた瞬間から私は本心を背負うのをやめた。もう、彼とは違う人間になってしまった。だから私は彼を愛してこれたのかもしれない。
その代わり代償はちゃんと貰っている。
彼の願いはもう、私のものにはなってくれない。
どんなに寂しくても。
「そういえばシルビアは今どうしているの? 大丈夫なの?」
ミリアが魔法で治療してくれた後、連れ出されるまま私の部屋へと移動していた。
そのため、あの後あの子がどうしているのか知らないのだ。
話をしたとき泣いてしまっていたからすごく気になるのだけど。
「知りません」
途端ぷくーと頬を膨らませそっぽを向かれてしまった。
やっぱりそこそこ怒っているようでこれ以上彼女に聞いても無意味なのは明白だ。
最近は打ち解けてきていたとしってももともとが仲良くないから仕方ないのかもしれない。
でも困ったわ。
セイラへのいじめ発覚以来、聖女様の時の事もあってさらに父の目が厳しくなっていることだろう。しかも今回は両親が溺愛しているシルビア相手だ。父がこのまま野放しにするはずがない。
せっかくヴァリタスとの婚約破棄が見えてきたというのに父から変な介入があっては困る。父の行動は私にとっては不確定要素が非常に高いものなのだ。耳に届かせないようにするのは不可能だしこのまま父の判断に身を任せるしかない。
さて、どうしたものか。
とはいえ、私にできるのは精々父からの制裁が軽い物だと祈ることぐらいなのだけど。
「ご、ごめんなさい……」
私の右手をしっかりと掴み、テキパキと包帯を巻きながら目くじらを立てているのは私専属の使用人ミリアさんだ。
ミリアは使用人であるためいつも別の玄関から帰宅する。そしてそのまま紅茶を用意するのがいつものルーティーンだ。そのため彼女が騒動を聞きつけ駆け付けたのは、シルビアと話を終えた後だった。
私の怪我に気づいた彼女の顔は一気に血の気を引いていたが、それも束の間俊敏に魔法で治療を始めた。
そして彼女の治療を受けている間、コンコンと説教を受け続けていたというわけである。
今回の件に関して言えばあれ以外、私が出来ることは無かった。とはいえ、それが正解かといえばそうではない。私に仕えているということは、私が害を及ぼされた場合彼女にまで責任が科せられてしまう。使用人とはそういうものだ。
だから彼女の怒りも理解できる。
言い返す言葉もなくただ彼女のお叱りを受け止めている。
「そ、それにしてもお医者様遅いわね~」
ともあれ流石に言われ続けているとばつが悪くなってくる。
話を逸らす目的で言ったことだったのだが、瞬間ピクリと彼女の手が止まった。
眉間に皺を寄せる彼女の表情が目に留まる。
どうしたんだろう。
「ミリア? 何かあった?」
「……」
どこか躊躇っているようだったが、すっと顔を上げるとミリアは口を開いた。
「お医者様は、来ません。連絡をしようとしたのですが、止められまして……」
「止められた、って」
「その、ベルフェリト夫人が大ごとにはしたくないとおっしゃって」
「……。そう」
お母さまがそんなことを。
今までは全く干渉して来なかったくせに、ここにきて首を突っ込んでくるなんてね。
昔私の前世を知ったときに酷く怯えていた人とは思えない対応だわ。
「家令も説得はしていたようなのですが……」
「別に良いのよ。この屋敷でお父様の次に権力があるのはあの人だもの。変な確執を生む必要なんてないのよ」
家令ほどになれば多少の事であれば父に意見することができる。
ただ事私に関しての対応を言えば、意見なんてもっての外。
下手すれば家令であっても格下げされる可能性がある。
意味もなくそんなことをしてしまってはいけない。
家令もメイド長も、私を気遣ってくれる人だから。
あまり関わりがないから忘れてしまいそうになるけど。
優しい人たち。
本当に、どうしてそこまでできるのかわからないぐらい。
「でも、治療してもらえないのなら私の手ってちゃんと治るのかしら」
「それでしたら私の治療で何とかなります。しかし、そのあとの傷に関しては……」
途端ミリアは口ごもった。
あれほど血が出ていたぐらいだ。
いますぐ医者の元で治療すれば傷が残ることはないだろう。
だが治療しないのであれば。
「傷は残ったままになるかもしれないってことね」
ミリアは下を向いて俯いてしまった。
でも、手がちゃんと動くのであれば問題ない。
私にとってはね。
「まぁどうせ誰かと一緒になることはないのだろうし、問題ないわよ。だからあまり気にしないで」
傷物の令嬢に貰い手はない。
でも、私はもうすぐ令嬢ではなくなる。
結婚することもない。
「……お嬢様」
なおも心配そうに見つめる彼女に私は口を開く。
「私の願い事は知っているでしょう? 今後は人となんて関わらない人生を送るのだから問題ないのよ」
そう、問題ないの。
たとえそれが、前世からの本当の願い事だったとしても。
叶えられないと諦めた瞬間から私は本心を背負うのをやめた。もう、彼とは違う人間になってしまった。だから私は彼を愛してこれたのかもしれない。
その代わり代償はちゃんと貰っている。
彼の願いはもう、私のものにはなってくれない。
どんなに寂しくても。
「そういえばシルビアは今どうしているの? 大丈夫なの?」
ミリアが魔法で治療してくれた後、連れ出されるまま私の部屋へと移動していた。
そのため、あの後あの子がどうしているのか知らないのだ。
話をしたとき泣いてしまっていたからすごく気になるのだけど。
「知りません」
途端ぷくーと頬を膨らませそっぽを向かれてしまった。
やっぱりそこそこ怒っているようでこれ以上彼女に聞いても無意味なのは明白だ。
最近は打ち解けてきていたとしってももともとが仲良くないから仕方ないのかもしれない。
でも困ったわ。
セイラへのいじめ発覚以来、聖女様の時の事もあってさらに父の目が厳しくなっていることだろう。しかも今回は両親が溺愛しているシルビア相手だ。父がこのまま野放しにするはずがない。
せっかくヴァリタスとの婚約破棄が見えてきたというのに父から変な介入があっては困る。父の行動は私にとっては不確定要素が非常に高いものなのだ。耳に届かせないようにするのは不可能だしこのまま父の判断に身を任せるしかない。
さて、どうしたものか。
とはいえ、私にできるのは精々父からの制裁が軽い物だと祈ることぐらいなのだけど。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる