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1章 幼少期編 I
38.てんぷ~ら
しおりを挟む今日のエスコートはルベール兄さまです。
王宮の厨房で昼食を受け取ってから離宮に向かいます。
大きな下げ籠にはパンとハムと野菜がたっぷりとみっちりと入れられている。うんうん。これだけあれば今日来るお弟子さんたちの分もばっちりね。
◇…◇…◇
離宮では、ランド職人長とお弟子さんたちが残りの木枝を紙にするべく奮闘中だった。
今回は天日に干して白くする試みと、藁との混合紙に取り掛かる予定のはずだ。
チギラ料理人は、ポコン、ポコン。
「ルベール兄さま。今ゆうせんさせるのは、ジャガりょうりと、だいずりょうりでしょうか。わたくしは、ちょうみりょうを作りたいのですが」
「ジャガ料理の案はまとめて本にしたいみたいだから急ぎだね。大豆はジャガに関係しないならほどほどで、あとはチギラにおまかせでいいと思うよ。調味料はシュシュだけじゃなくて僕も興味あるな」
「うふふ。アルベール兄さまも、たのしみだと言ってくれました」
そういうことなら今日の予定はジャガ料理とケチャップで決まりね。
課題は揚げ物の油がいたむまえに使いきる事と、豆乳の副産物である大量のおからをどうするかなのだけど……う~む。
「油はレストランに回してもいいし、いたむ前に使いきるよう自分が調整しますよ。搾りかすの方も適当に混ぜ込みますから自分にまかせてください」
油鍋とおからの山を睨んでいたらチギラ料理人が察してくれた。
ありがとう! すごく身軽になった気がするよ。
それでは、厨房にある食材を確認して今日の試食を作りましょう。
黄ジャガが大分減っているので今日は甘ジャガでいきます。
「わたくしが知っている甘ジャガりょうりは、ちょうみりょうがなくて、今は少ししか作れません。でも、甘ジャガは、そのまま食べてもおいしいし、黄ジャガと同じりょうりでも、おいしく食べられますので、チギラりょうり人が色々ためしてみてください……今日は、わたくしが食べたい甘ジャガりょうりと、ちょうみりょうを作ってもらいます。では……」
甘ジャガを皮付きのまま1cmくらいの幅にカットして、水に漬けて灰汁抜きをします。
次は、小麦粉+片栗粉+塩+水をよく混ぜた中に、甘ジャガを絡ませて油で揚げるだけ。
そう『いも天』です。
茄子、人参、玉ねぎ、畑の謎の葉っぱも具材になります。私の好きな天つゆはないけれど、塩で食べるのもありなのです。
「『天ぷら』は、なんでもおいしくできます。お魚や、きのこも、おすすめです」
仕込みが済んだところで念願のケチャップ作りに入ります。
トマトを10秒湯につけて皮を剥く。湯剥きね。
それを適当に刻んでトロリとするまで煮込み、網で濾します。すりおろした玉ねぎ&ニンニク+塩胡椒+酢+甘液+赤唐辛子+ローリエを加えて、水気が無くなるまで煮て完成です。
※離宮の生垣は全部ローリエなのだ!
味見をしたチギラ料理人は、ふむ…となって、数種類の調味料を加えること数分、納得の満足顔になった。
「ケチャップは昨日のハンバーグとコロッケにつけて食べると、おいしいです」
今度また食べさせてくださいね。
◇…◇…◇
「シュシュ~、食べに来たぞ~」
ベール兄さまがやってきた。
持参した自分のお弁当をチギラ料理人に『差し入れだ』と渡している。
チギラ料理人の目が輝いていたから差し入れは今日が初めてではないわね。そして、たぶんあれの中身はお弁当ではない。お城経由でしか手に入らない希少食材を厨房からくすねてきたのではないかしら。私も良くやるからきっとそう。
(料理長にはバレている。王子経費・王女経費で精算されていることを彼らは知らない)
「二階で、かくれんぼしましょう!」
「おう!」
「それじゃ、僕が魔人になろうかな。30かぞえるよ。それいけ!」
「「わぁ~!」」
急げ! 走れ! まずは玄関ホールに行かなくちゃ!
離宮の真ん中あたりにある玄関ホールには、二階へ続く湾曲階段がドーンとある。
上り切った階段フロアは、玄関ホールを見下ろせるバルコニーのようになっていて、ルベール兄さまが後ろを向いて数を数えている姿が確認できた。
ドキドキドキドキ……
「同じところに隠れるのはまずい。シュシュはあっち側に行け」
「りょーかいっ!」
階段フロアを挟んで左右に廊下が伸びている。
ベール兄さまは左に走った。
私は右に……商会の仮事務所がある南側だ。
大き目の部屋が4つと、小ぶりの部屋は……ちょっと数えきれないほどある。
書斎だったらしき部屋。寝室だったらしき部屋。高級ホテルのスイートのような小部屋付きの客室。家具もないガランとした空き室。鍵がかかっている謎の部屋。
覗いた部屋の向こうに見えるテラスに出たい……けど、掛けられた鍵に手が届かない。
はっ! あそこ! 衣装箱に隠れよう!
「見つけた!」
「うわ~っ」
きゃふふっ。ベール兄さまは見つかってしまったようです。
私はそう簡単に見つかりませんよ。だってこの部屋は箱だらけなのです。
「シュシュはどこかな~」
わわっ、もう来た!
「ここかなぁ?」
カムフラージュのためにバラけておいた箱を、ひとつひとつ開けている音がする。
近づいてくる。
ドキドキドキ……パッと視界が明るくなる。
「見つけた~!」
「きゃーっ! あははは」
「次は、ベールが魔人だ」
「よ~っし! い~ち、に~、さ~ん……」
「かくれろ~」
───楽しい時間は早く過ぎてしまうもの。
昼食の時間になったのでチギラ料理人に呼ばれてしまった。食事も楽しいけど。
おっと、シブメンはもうご着席済み。
(あぁ~ん、揚げ物のいいニオイがする~)
ごきげんようと挨拶を交わして、私たちは慌ただしく席に着いた。じゅるっ。
「お待たせしました」
天ぷらは大皿で、天ぷらの下には急ごしらえの網が浮かせておいてある。
油でベチャッてならない工夫ですよね。さすが料理人、わかっていらっしゃる。いずれ不織布で油吸い取り紙も作るからね。
そして、お城から持ってきたパン、ハム、野菜。調味料の豆乳バター、豆乳マヨネーズ。天ぷらの塩はお好みで。今日はケチャップの出番はないね。残念。
「万物に感謝を」
ルベール兄さまのいただきますは、非常にソフティ。
まずはメインの甘ジャガから食す。
「ほくっ、ほふっ、はふっ」
ベール兄さまの旨顔を見ているだけで美味しさが倍増しますね。
「そうかぁ、これが『アゲル』なんだね。周りはサクサク中ホックリで美味しいね~」
そういえば、ルベール兄さまは揚げ物の日はいなかったね。
「品種改良された甘ジャガは初めて食べましたが、随分と甘くなりましたな」
私も甘ジャガを食べるのは初めてです。
「甘ジャガの食べ方は『フカス』『アゲル』と、焼くのも旨そうだな」
ベール兄さま、それ石焼き芋でやりましょう。
「ジャガは、にるのも、いためるのも、おいしいですよ。いちど、ジャガづくしをやってみたですね……あ~、今は紙作りで火台がふさがってて、むりかな?」
「そうだ、シュシュが絵に描いた鉄の扉が付いた窯台。今設計図が引かれているよ。工房を出たところに焼き部屋を増築すると兄上が言っていた」
薪のクッキングストーブ調システムキッチン!(安全性の問題で魔導クッキングヒーターは保留中)
「煙出しの羽も設置しますぞ」
魔導換気扇!
「ちゅうぼうごと、はんばいするのですか?」
「そうだよ。僕は調理器具も揃いにするといいと思うんだ」
「パンも菓子もシチューも同時に作れる便利な厨房ですな」
「それが出来ると、旨いものが作れるのか?」
「じゆうじざいです!」
凄いことになりましたよ、チギラ料理人!
システムキッチンで美味しいものをたくさん作ってくださいね。
この野菜の天ぷらも美味しかったですよ。
そんな興奮も、お腹がいっぱいになったら眠くなってお昼寝タイムに突入です。
ベール兄さまは授業に戻って、ルベール兄さまは眠る私の隣で本を読む。
遠くの方で響く木皮を叩く音がとても心地よい……むにゃむにゃ。
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