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1章 幼少期編 I
86.アイドルの結婚
しおりを挟む離宮 午後の食堂───
養蜂箱が完成したとかで、シブメンがお礼の贈り物をくれた。
─《こども魔導書》─
手作り感満載の教科書だ。
「わぁ、うれしい!」
では、早速、ペラリ。
「シプード兄妹!」
シプーくんとプードちゃんが勉強の案内役になっているイラスト入り教科書だった。
絵はもちろんヌディが描いたもの。この文字はワーナー先生よね。絵本に続いて教科書まで夫婦共同作業とは、なかなかやりおるのう。
「ヌディ、ありがとう」
「とんでもございません。ゼルドラ魔導士長に依頼を頂いて、恥ずかしながら夫婦で手伝わさせていただきました」
「うふふ、これでお勉強も頑張れると思うの。ゼルドラ魔導士長も、ありがとうございます」
やる気のスイッチ入っちゃったぞ! むん!
まずはサラッと一通り目を通して……ん? これ…あれ? 進んでいくと算数ドリルみたいになってるんだけど……でも数字じゃない。前ページのこれを覚えてから計算するんだ。うわぁ、やりたくない。計算嫌い───でも、ワーナー先生とヌディが作った教科書だし。
(うっ)
シブメンが月に一度くらいやる『ニヤッ』をいただきました。
確信犯。
ぐぬぬ、ヌディの手前、勉強するしかない状況を作りましたね。
あぁ~、でも、勉強が進まなかったら、後ろで見ているヌディがガッカリするだろうなぁ。
ワーナー先生に「お役に立てず……」なんて謝られたら、半日は立ち直れないだろうなぁ。
うぅ~……
「王女殿下。せっかく魔力の放出が上達されたのですから、次は『練り』を習得しませんとな。砂を連結させることから始めましょう」
くぅぅ。
◇…◇…◇
本日もお姫さまは頑張っておりますよ。
シプーくんの『ここがポイント!』で、理屈はなんとなくわかったのだ。
放出した魔力を霧散させないで留めておくのよね。
きっと魔導士として仕事をするプロだったら、一瞬でボンッと魔力の塊を作れるのだろうけど、私にはそれが出来ないから、ゆっくり薄~く、ポタリ……イメージは焼いたクレープ生地を重ねていく感じ。
この『もう1枚、もう1枚』…これがシブメンの言う『演算』なのよ。
私が1+1+1+1……足し算しかできないのに対し、プロ魔導士は掛け算や累乗でやっちゃうようなものなのだ(期待されても困るわぁ)
それで作った魔力の塊を砂に対して『練り』を行い、想像力を使って『結束』させる。
イメージは小麦粉に水を加えてネリネリネリ……砂よ固まれ。砂よくっつけ。砂よ仲良くしろ。砂よ……
何回同じことを繰り返せば……
「100回です」
わかってますよっ。
「シュシューア、頑張っているな」
アルベール兄さま? おやつにはまだ時間が早い……
「リボンくん!」
やった。一緒におやつするの久しぶりね。
「………」
リボンくんは、いつもと違う笑顔で頭を下げた…… あら、妙な雰囲気。
「リボンが結婚することになった。城を辞する前に、お前に挨拶をしたいそうだ」
「結婚っ!?」
私のアイドルが、結婚!?
……結婚……そ、そうね、婚約者がいるのは知って…たのよ。
オマー子爵令嬢のサハラナ……レイラお姉さまのお友達であり、悪役令嬢と共にヒロインに対抗する令嬢なのだ。リボンくんの婚約者だと聞いて喜んでいたぐらいだ。
でも、どうして、いなくなるの?
「リボンくんの奥さんは、お城で侍女になるから、リボンくんは、ずっとお城に、いるのよね?」
リボンくんはガーランド伯爵家の三男だ。
ティストームの貴族家では、跡継ぎ以外は16歳の成人を迎えると貴族籍から抜けるのだが、城人にはそういう次男次女以下の貴族出身者がたくさんいる。リボンくんもそのひとりで、アルベール兄さまの側近を3年務めると一代限りの男爵の位を与えられる予定だった。
今年16歳になったサハラナも貴族席を抜けるが、リボンくんと結婚していずれは男爵夫人となる。そうして再び貴族の身分を得て、友人である王太子妃を専属侍女として支える……そういう人生設計だったはずよ。
「姫さま……」
一歩、前に出るリボンくん。
違う、みたい…… 嫌だな。
「オマー子爵と長男が事故で亡くなりました」
リボンくんは静かに言う。
………死。人が、死んだ。
「現在オマー家に残るのは子爵夫人と、私の婚約者のサハラナのみとなっています。子爵位を継げる適齢の縁者もなく……この度、オマー家に婿入りし、子爵位は私が継ぐことになりました」
リボンくんは、もう一度頭を下げた。
だから、お別れなのだと。
「リボンくん……私の専属侍従になりませんか? 王女経費を無駄遣いしないで貯めてあるの。お給金はアルベール兄さまのより多くするから、ね? 子爵は他の人になってもらって、お城に残って?」
お別れは嫌です。
「王女殿下。本来は必要のない別れの挨拶をしてくれているのです。彼の親愛の情を蔑ろにしてはいけません。王女として身を正しなさい」
シブメンに窘められた。
わかってるよ。
わかってるけどさ……
「……っ…お悔み…申し上げます。そして、ご結婚、おめでとう…ございます」
「痛み入ります。ありがとうございます」
泣いちゃダメ。
きちんとお別れしないと、もう会いに来てもらえなくなる。
「姫さま、離宮の通用門からお暇させていただきます。見送りの我儘を聞いていただけるでしょうか」
「……ん」
リボンくんが手を伸ばしてきたので、手をつないで通用門まで……ゆっくりと歩いた。
アルベール兄さまの先導で。
シブメンと、遠巻きに見ていたチギラ料理人と、ランド職人長一行もついてくる。
「お手紙を書きます」
「はい、お待ちしています」
「お返事くれますか?」
「もちろんです」
「社交シーズンで王都に来たら、会いに来てくれますか?」
「もちろんです」
「奥さまも、ですよ」
「もちろんです」
「……え、と」
「……もちろんです」
じわっ。
「アルベール殿下、お世話になりました。ゼルドラ魔導士長、お世話になりました……みなは、これまでのように、姫さまを心してお守りするよう頼みます」
リボンくんが、深く、深く、頭を下げる。
「「「セーレンサス!」」」
こういう時、位下の者は無言を通すものだけど、うん、いいね。
「お元気で、シュシューア姫」
リボンくんは、もう一度私に頭を下げて、背を向けた。
初めて名前で呼んでくれた。
私の名前が特別になった。
シュシューアの名前、大切にするよ。
「きちんと見送りできたな。偉いぞ、シュシューア」
アルベール兄さまが、私の髪をくしゃりと……
「………」
「………」
──…置いてかないで……
「うわぁぁぁぁん! やっぱりだめぇぇぇ! 行っちゃいやーーっ!」
去りかけたリボンくんの足にしがみつく。
私のアイドルなのよ! 大好きなのよ! 行かせるものですか!
「姫さま!?」
「こらっ、シュシューア!」
「いやぁぁぁん!」
「やめないか、離しなさい!」
バリッと引きはがされた。
「やーーーーっ!」
「リボン、行けっ」
「しかし、殿下」
「いいから行けっ。これはしばらく収まらん、走れっ」
「はっ、では、姫さま、失礼いたします」
「リボンくーーーん! うわぁぁぁん!」
「……痛っ」
アルベール兄さまの手に噛みついて、腕の中から飛び出した。
走って追いかけた。
遠ざかっていく、リボンくんの背中。
追い付かない。
門兵に閉められる、無情な門の音。
行っちゃった! 行っちゃった! 行っちゃったよーーっ!
じたじたじた。
地べたを這いずりまわる。
やだやだ、誰も触るなーーーっ!
「お前は、まったくっ」
体が持ち上がった。
「いつまでたってもっ!」
ペン!
「!!!」
ペン、ペン、ペン!
お尻ペンペンが始まった!
「きゃーっ! やーっ!」
ちょっ、誰か!
目をそらさないで!
ペン、ペン!
あ”~、やだ~、やめて~。
ペン! ペン!
「あ~、ごべんなさい~。もうしません~。ごめんなさい~」
これは、お姫さまのセリフなの? あってる? 違うよね? うわ~ん!
その日のおやつは、チギラ料理人の優しさが染みる『ミエムとシプードのゼリー生クリームのせ』『ミエムの塩クッキー』『蜂蜜入りミエムジュース』だった。
もうひとつの好物の細切り乾燥芋は袋で持たせてくれた。
王宮の夕食も『ミエムときのこのポタージュ』『鶏肉のかりかりソテー・ミエムソースがけ』『角切りミエム増々の野菜ゴロゴロサラダ・サウザンアイランドドレッシングかけ』『ミエム練りこみパン』……テーブルの上が赤々としていた。
そしてデザートは乾燥芋のお洒落盛りミエムアイスクリーム。
私のお尻ペンペンが肴になって湧いているのが……くぅ、自業自得なんだけどねっ。
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