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2章 幼少期編 II
2.王都
しおりを挟む視察団が王都に入ったとの知らせが来た。
「特別に中央塔を開放してもいいが、上るか?」
アルベール兄さまが指でつまんだ中央塔の鍵を揺らして、私とベール兄さまをお誘いあそばされた。
パァァと顔を輝かせたベール兄さまは、ジャンプしてアルベール兄さまから鍵を奪うと、いち早く廊下へ駆け出していく。私もっ! 追いかけようとしたけどアルベール兄さまに睨まれた。はい、レディは廊下を走ってはいけませんね。でも早歩きは許してくださいませね……競歩みたいに歩いたら『走るより悪い』と叱られてしまった。
これから向かう中央塔とは、王城の真ん中にある展望台である。
私たちが普段過ごしている「王宮」とはまた別で、公式の場として利用されれる内外に向けてのティストーム王国の象徴なのだ。
……その遥かなる歴史を感じさせる王城を、早く過去の遺物にしたがっているのがアルベール兄さまだ。
立派な建物なのだけどね、外観がもう蔦やら苔やら自然のアレコレやで変色しまくって大変なことになっているのです。
どうにかしてくれそうな魔導の石の再構築も、単純な足し引きだけで色までは干渉できないそうだから、もう仕方がないね。
それに王城の位置だとか、部屋の配置だとか、設備だとか、今の時代に沿っていないという事情もあるのだと、この間ワーナー先生に教えてもらったよ。
つまり、使い勝手が悪いという身もふたもない理由が潜んでいたのだ。
(アルベール兄さまの「新しくてきれいなお城が欲しいんだ!」というお坊ちゃまエピソードが気に入ったいたのに。ちゃんとして理由があるなんて面白くない)
今通っている、王宮と王城を繋げている回廊は使わなくなっちゃうのかな。
両脇ともガラス窓で、まっすぐ伸びるアーチ天井の下を歩くのって気持ちいのだけど。
「高い所から、お父さまたちをお出迎えするのですよね。手を振ったら気付いてくれるでしょうか」
喜び勇んで上り始めたものの、中央塔とは一番高い塔のことで、螺旋階段がグルグルと何処までもグルグルと……よいしょ、よいしょ、はぁはぁはぁ。
私は足が短いから1段ずつしか上がれないのです(短足という意味ではありませんよっ)
先を見上げてもベール兄さまの姿はもう見えない。跳ねるような足音だけが聞こえてくる。
自力を断念。他力を所望いたす。
「アルベール兄さま、抱っこ」
仕方なさそうに手を差し出してくれたが、先の長さを懸念してか、アルベール兄さまはしゃがみ込んで私に背中を向けた。
おんぶ? 初めて! わ~い!
ドシッ! (飛び乗った音)
ららら~♪ おんぶぅ~♪ お~ん、ぶぅ~♪
嬉しくてキャッキャしていたら、耳元で煩いと怒られた。
「おーっ! 今日は遠くまで見えるぞ!」
ベール兄さまはてっぺんに到着したようだ。
5歳になっても城外に出ないままでいた私にも、とうとうこの日がやって来た。
さぁ、王都を一望するわよ!
展望台は……うんうん、360度展開のガゼボみたいになってるのね。
一旦背中からおろしてもらって、すぐに抱き上げてもらう。
手摺壁が高くて私の背では外が見えないのだ。
「ふっ、どうだ?」
アルベール兄さまがドヤ顔です。
そりゃそうでしょう。
だって凄いのです。絶好の景色日和なのです。お日様がまぶしぃのですっ!
「ふぉぉーーーっ!」
ワーナー先生に見せてもらった王都地図の通りだ! 水の都だ!
王都の中心にある丸い浮島のようなこの場所「王政区」を、輪のように囲む人工川がある。
その先もドーナツ状に何層も何層も何層も。視界だけでは切りが見えないほど遠い。
整然と区画整理された道と家々、豊かな緑、澄んだ空気に柔らかい風。
風と共に中央塔の脇を擦り抜けた渡り鳥の群れを、首を巡らせて追いかけた。
遠く遠く青空の先に霞んでいく。別の群れは水辺に……陽光が反射して見失ってしまった。
(ふふっ、離宮の通用門の外は、まだ王宮の敷地だったのね)
遠くに投げた視線を、中央塔近くに持ってくる。
ここは王政区のほんの一角で、私が日頃過ごしている区域も極々狭い範囲であることが分かった。
広いと思っていた離宮も、いくつもある庭園のひとつに隣接しているだけのものだ。
あの横長の建物は魔導棟ね。裏側に薬草園があるから間違いない。
他にも知らない建物が沢山あるし、整地された謎の施設や、森やら池やら小川まである。
うそ! 馬が走ってる。あちこちに馬車も見えるよ。
徒歩で通っている魔導棟が『遠いなぁ』とは思ってたけど、あれは一番近い建物だから歩けたんだ。シブメンも毎日離宮に来ていたものね。
そうかぁ、建物間の移動は馬が基本かぁ。
ゴルフ場みたいにカートを……ううん、屋根付きの自転車タクシーのような乗り物が欲しいな。いちいち馬車は面倒くさい。
「アルベール兄さま、あそこは新城の建設予定地ですか?」
アルベール兄さまの肩越しに見た反対側に、土がむき出しになっている空間があった。
「そうだ、東に正面を向けて建築する。東門から1本の道で繋げるのだが、そうするとこの王城が間を隔てているだろう?……で、新城が完成したら王城の中心をくりぬいて、大行廊を造ることになっている」
新城は王城よりも3倍の大きさがあるのだと、アルベール兄さまの高い鼻がさらに高くなった。
それでもまだ土地が有り余ってるから凄いよね。
そんな広すぎる王政区の外側は、上級貴族層、中級貴族層、下級貴族層と人工川を境として分かれて続いている。
次に平民の富裕層、商人? 職人? 途中はちょっと忘れて……一番外側が雑多な下町になっているらしい。けど、下級貴族層から先が遠すぎてよく見えない。もっと先にあるはずの畑や牧場の向こうに、青っぽい影のような山脈は見えるけど。
「あの青いのは、北のガーランドからオマーに続いているゴルドロ山脈ですね!?」
ブハッとベール兄さまが笑った。そしてアルベール兄さまのドヤ顔が消えた。
「あれはただの高原だ。その向こうの白いのがゴルドロ山脈だ。ティストームはそんなに狭い国ではない」
え~、あれ入道雲じゃないの? そうえいば海も見えないけど、私の持っている半島のイメージと違うの? 半島国家というのは謙遜だった?
「ティストーム全体から見て、王都は点ほどの大きさだと言えばわかるか?」
……イメージわきません。でも、わかったふりで頷いておく。
「アルベール兄上、空中街道の駅はどの辺ですか?」
「あちらだが、都壁の外だから見えないぞ」
空中街道? なにそれ、聞いたことない。
アルベール兄さまの顔を見ると、ドヤ顔に戻っていた。
「水道橋を兼ねた『こうそくどうろ』のことだ。初段は馬車を走らせるが、いずれ魔導蒸気自動車に移行して、次は『てつどう』にする事業も進行している……あの『ぴすとん運動』の絵の解読には苦労したぞ。後でランドに試作模型を見せてもらうといい」
うそっ、シュッポーが日の目を見るの!?
「俺はもう見たぞ。外側は木製だったけど、ちゃんと蒸気で動いてた」
「鍛冶職人が集まらなくてな……取り敢えず蒸気で動くことを証明する必要があったのだ。だが木製でも衝撃は相当のものだったぞ。あの見学会のおかげで職人も投資金も……ふふふ、当然だな」
ひゃぁ、怖い顔。資金が集まったのですね、良かったですね~。
「見えてきたぞ! 先頭は黄旗手だ! 凱旋旗を揚げろ!」
ベール兄さまが嬉しそうに、後ろにいる(いたの)衛兵に手をかざして指示を出した。
衛兵は両足をタンッと音を立てて揃え、すぐさま天井にある3つある内のひとつのハンドルを回し始める。あれで屋根裏に収納してある旗が揚がるのだろう。
先頭馬の旗手の旗色の意味とか、中央塔の旗はどんななのか……まったく興味がないので謎のままでいい。
「あれ! お父さまとルベール兄さまではないですか!?」
「どれだ?」
「あれです! ほら、手を振ってます!」
「本当だ! こっちが見えるんだ! おーーーい!」
「きゃーーーっ! おかえりなさーーーい!」
「煩い。声は届かないから手を振るだけにしておきなさい。こらっ、シュシューア。暴れるな! うわぁぁ!」
この日を最後に、最初で最後というか…むぅ、私は中央塔の出入りを生涯禁止とされてしまった。
落ちそうになったわけでもないのに、アルベール兄さまは大げさなのです。
ちょっと手摺壁に靴が当たって脱げただけなのに。靴は外に飛んで行ってしまいましたけど、靴だけですよ?
おまけにお仕置きとして、お父さまたちのお出迎えに出られなかったのです。
なぜ皆、アルベール兄さまの味方をするのですか? お父さままで。ねぇ、ルーちゃん。変ですよねぇ?
家族全員でのルーちゃん詣で中に不満を聞いてもらったけど、ルーちゃんはすやすや眠っていて答えてくれませんでした。
ルーちゃん起きて。お姉さまの味方をしてちょうだい。
応援ありがとうございます!
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