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2章 幼少期編 II
4.お帰りなさいの気持ち
しおりを挟むお帰りなさいと、お疲れさまの心を込めた旨々を用意しておきましたよ。
お父さまには、リクエストをいただいていたワインのお供『プロセスチーズ』です。
モッツアレラをトロトロになるまで熱した後に固めるだけだけど、熱殺菌されるからとっても日持ちする優れた食材になるのです。
スモークチーズはこれを燻製するだけね。
ホールケーキ大のカチカチ熟成チーズは年単位で寝かせるとしか知りません。種類もよく知らないので、研究院に丸投げして観察してもらっています。けどブルーチーズはなくてもいいです。出来ちゃっても破棄してくださいね。
ルベール兄さまには、お馴染みのドライフルーツを使ったスイーツです。
夏に向けての新しいパフェ作りに、チギラ料理人が燃えていたので便乗しちゃいました。
ヨーグルトが欲しかったのです。
『夏のパフェならヨーグルトでさっぱりいきましょう!』…うまく乗せられてくれました。
ヨーグルトは〈乳+乳酸菌〉を40度の保温箱で発酵させて完成です。
おっと、乳酸菌はお米の研ぎ汁で作れます。塩を少々混ぜて2日。砂糖を加え5日という感じ。雑菌が繁殖したら腐るので用具の煮沸消毒をしておきましょう。
で、そのヨーグルトでルベール兄さまに食べていただくのが『ドライフルーツのヨーグルト漬け』です。
ヨーグルトの水分で少し戻ったドライフルーツがとても美味しいのですよ。
蜂蜜をかけて召し上がれ。
☆…☆…☆…☆…☆
橋を落として食料を燃やし尽くし、陸の孤島と化したオマー領の民を飢えさせ、そこに手持ちの食料を法外の値を付けて売りつける───そんな荒稼ぎを狙った悪漢による計画だったのだと、お父さまから聞かされた。戦争じゃなかったのは不幸中の幸いだ。
リボンくんが立派に領主として活躍したとの、身の引き締まるお話も聞いた。
私が知らされたのはここまでだ。
他は報告会議内で行われる情報になる。
会議には年少のベール兄さまも度々出席していた。
そこは年齢によるものなのかはわからないけれど、私だけのけ者だと盛大にへそが曲がった。
アルベール兄さまには「お前が成人していたとしても、この手の会議に呼ばれる事はない」と言われてしまった。
「わたくしは、会ったことがない方の酷いお話では、傷つきませんよ?」
ニュース放送を聞くようなものだと思っているから。
目の前に大怪我の人とか、死にそうな人がいたりしたら揺れるだろうけど。
「前世での魂傷が残っているのだから、今世での傷は要らないのだ……というのが父上のお気持ちだ。しかし、騙されて火着け役にされた子供たちの多くが、焼け死んでしまったことは話しておく。まぁ、口止めをされているわけでもないのだがな」
ルベール兄さまに元気がなかったのは、その子供たちの遺体を目の当たりにしてしまったからだ。
目を逸らす事もできたはずなのに、遺体を神殿に運ぶ際も、人に委ねようとはしなかったそうだ。
立場とか、責任とか、そういうものではなく……きっと寄り添いたかったのだと思う。
私には想像することしかできないけれど、優しいルベール兄さまだもの………悲しかったね。心が痛かったね。
「知らないふりをして、笑って過ごしてやりなさい」
アルベール兄さまの言葉に、私もベール兄さまも、神妙に頷いた。
「そうなんだよ~、とっても辛かったんだ~、笑顔で慰めて~」
ヘロヘロな様子で、ルベール兄さまが現れた。
なんだか、心痛に浸っている余裕もなさそうな腑抜けた声だ……もしかしたら態と忙しくされているのかもしれないね。
ここは離宮の軒下テラスだ。
私とベール兄さまは梁に吊るされたカウチブランコにユラユラされ、アルベール兄さまはテラス用のミニテーブルで新アイスコーヒーを試飲しつつ休憩中だった。
新アイスコーヒー(何が新しいのか私は知らない)にはストローが刺さっている。ふふん、葦のような植物があったのだ。無臭にするために研究院へ発注をかけたのは言うまでもない。シブメンの伝だ。
「報告書の作成は終わったのか?」
「三日四日では終わらない量ですよ、兄上。癒しが必要だと思いませんか~?」
「……そうか」
アルベール兄さまはスイッと立って、パフンとルベール兄さまを抱きしめた。
『ひょぇ』と硬直したルベール兄さまの背をベシベシ叩く。そしてポイと解放する。
「癒されたか?」
ニヤリと笑うアルベール兄さまに『悪化しましたよっ』と、バツが悪そうに唇を尖らせた。
「ルベール兄上。モヤモヤする時は剣を振って汗を流すといいぞ。俺と手合わせしよう」
「それは報告書を片付けてから付き合って。たくさん時間をもらうと思うよ」
弟の気遣いに口元を緩ませたルベール兄さまは、ベール兄さまの頭をグシャグシャに撫でまわした。
ベール兄さまの『おうっ、まかせとけ』が頭の揺れでホニャってて可愛いかった。
「プニプニ~」
「シュシュです」
「プニプニに改名しようよ」
「ルベール兄さまが、ルベベーにしたら考えてもいいです」
「も~、プニプニなんだから~(意味不明)」
抱っこされてクルクル回された。
よしよし。思う存分プニるがよい。ほっぺチュウもしてあげよう。お返しも大歓迎だ。何しろ私が気持ちいい。
「なにか飲み物を用意しましょうか?」
ルベール兄さまの声が聞こえたのか、チギラ料理人が厨房から顔を出した。
「アイス・イティゴ・オ・レをお願いしまぁす」
ルベール兄さまのための声掛けだろうけど、私は迷わず便乗した。
(ふっ、冷蔵箱にイティゴと乳が入っているのを知っているのだよ)
「俺も!」
ベール兄さまも便乗した。
イティゴ・オ・レが初耳のルベール兄さまは、アルベール兄さまにどんな飲み物なのか視線だけで尋ねた。
「黄ヤギの乳にイティゴの果汁を混ぜた甘い飲み物だ。色もきれいだし、なかなか旨いぞ」
「ルベール兄上、また黄ヤギの乳だから離宮でしか飲めないぞ」
そうそう、黄ヤギの乳不足はまだまだ解消されていないのだ。
「好きだねぇ、シュシュ」
「えへへ」
そういうことで、アイス・イティゴ・オ・レは3人分オーダーされた。
パステルピンクに似合う可愛いNewグラスがあるのだ。楽しみ~♪
「……隣、失礼するよ」
ベール兄さまがちょっとお尻をずらして、ルベール兄さまは私を抱っこしたままカウチブランコに座る。そのまま膝抱っこに自動移行だ。
ゆったりとユラユラ。
歌を所望されたので、即興で『イティゴ姫物語~その後~』を歌った。
仲良くなったイティゴ姫とサトウ王子……絵本はここで終わりだが、そこにテンサイ騎士が現れた。
イティゴ姫を取り合う王子と騎士。
『私のために争わないで~』と嘆き悲しむイティゴ姫。
しかし、いつまでもどっちつかずでいたイティゴ姫は、気が付いたら両方の甘味に逃げられてしまっていた。
「あぁあ~、馬鹿なイティゴ姫~……あなたは酸っぱいま~ま ブヨブヨに崩れて ごみ箱行きなので~すぅ~♪ はぁあ~ぁ♪」
締めは演歌っぽくなった。
原作のワーナー&作画のヌディには内緒のアンハッピー歌だ。
アルベール兄さまは喉の奥で笑った。
ベール兄さまは手拍子と一緒に爆笑。
ルベール兄さまは聞いているのか聞いていないのか、私のお腹に回した手をギュウッと締めて、私の頭をクンクンし始めた。
これ、よくされるのだ。子供の匂いがするのですって。よくわかりませんが癒されるそうですよ。
よしよし、しばしの間、ぬいぐるみに徹するでござるよ。
──カラン……
アイス・イティゴ・オ・レが運ばれてきた。
丸いグラスに短くカットされたストロー……思った通りの可愛さだ。
チギラ料理人の「お飾り」も愛でる。
今日は生クリームと、その上に削りチョコレートが散りばめられている……いい香り。
「ふぅ~、美味しい。イティゴケーキが飲み物になったみたいだね」
ルベール兄さまの顔がトロリとなった。
はぁぁ、まったり、まったり……
そうこうしているうちに、ルベール兄さまのお口からポロポロと弱音がこぼれてきた。
知らないふりは必要ないみたいです。
聞きますよ。私も、アルベール兄さまも、ベール兄さまも。
「───でもね、僕の掛け声で集まってくれたんだ。その子たちは助けることは出来たんだよ……そういうのは、何だか嬉しいね」
手をナデナデしてあげる。
「ん………途中で襲ってきた見張りの男たちに、迷わず切り込むことができたんだよ。初めて人を切ったんだ……これは自分で自分を褒めてもいいよね。思い出すとまだ首の後ろ辺りがゾワゾワするのは困ったものだけど」
私は指先を切った想像だけでもゾワゾワするよ。
「最初は仕方がない。私もそうだった。一人切ってしまえば二人三人といけるのだが、現場の兵士と違って何度もあることではないからな。慣れることはないと思うぞ」
……アルベール兄さまが? え?
「俺は短剣で刺したことがあるけど、感触はよくわからなかった。それより尻に矢を受けたほうが衝撃だった」
ベール兄さままで!?
「お尻に弓矢が刺さったのですか!? いつ!? 知りませんよ!」
「去年の夏の社交期。俺を狙ったんじゃないけど、巻き込まれたから応戦した。胴体まで届かなくて太ももだったのが残念だ」
……うわぁ。
何ともコメントのしようが……
え~と。
う~んと。
「……わたくしも、剣の練習をした方が、よろしいのでしょうか」
どうしました? お返事がありませんよ?
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