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2章 幼少期編 II
5-3.ドレミファドドン!2
しおりを挟む「こちらは共同の練習部屋でございます」
扉には『共同練習室 II-III』と彫刻されたプレートが嵌め込んである。
部屋番号が枝分かれするほど共同練習室は多いらしい。
案内板で見た通り、多いのは練習室だけじゃないけどね。
私は今後、音楽堂に長く通うことになるからして、割と最初のうちに姫権力を使って全部屋を見学しまくっておいた。
風がテーマの建築らしく、どこもかしこも広く高く流線的で、開放感あふれる天国のような場所だった。
来場した観賞客もこの空間に触れることで、一旦世俗を忘れられるはずだ。
だがしかし!
楽師たちの区画は、音響と防音だけに重点が置かれた、つまらないシンプルな四角い部屋ばかりであった。
下手に飾ると奏でる音に影響が出るのだとかなんとかで、決して手抜きではないと、その時案内してくれた音楽堂事務官は言っていた。
まぁ、姫権力で突撃した個室を見たら、手抜きじゃない説は信用できたけどね。
上級楽士の個室は泊まり込みもできるスイートルームのような大部屋で、それはそれは立派なものだったのだ。中級楽士はそれを小ぶりにしたセミスイート風ね。
でね、くすくすくす……あれは今思い出しても笑えてきちゃう。
どの部屋も楽譜と楽器に埋め尽くされていて、寝台も寝返りが打てないほど侵食されていたのです。本気で休む時は床で寝るんですって。それ用の寝具も常備してるって、うはははは。
あ、下積み時期の一般楽士(下級とは表現されない)は、共同控え室に鍵付きロッカーが与えられるだけね。彼らは通いなのです。根を詰めると部屋の端っこで夜を明かすこともあるらしいですよ。え? ロッカーの中に毛布を常備しているって? うはははは。
──はい、お話を戻します。
ロビーから長い廊下を歩いて案内された共同練習室は、お姫さまをがっかりさせるシンプルさで迎えてくれました。
現在ここを利用しているのは、マガルタル楽士と同年代の青年たちが10人ほど。
王女の来訪は知らされていたらしく、よどみなく全員が起立し、胸に右手を当て、ゆるりと頭を下げてきた。
胸に手を当てるのは、上位者に対してする敬礼みたいなものだ。初顔合わせや、正式な場でしか使われない……と習ったような気がする。
───数秒で皆が直立に戻ったところで、私の出番である。
「シュシューアです。練習を続けてください」
……いや、これだけです。
本日より音楽の学びを始めることになりましたとか、転入生の挨拶のようなものはしませんって。ここにいる楽士はいたりいなかったりする人たちだもの。ヌディが廊下でそう言ってた。
「こちらにある楽器は、誰でも使うことが出来ます」
楽士たちが素直に練習を始めたところで、マガルタル楽士が部屋の一辺に並べられている楽器を紹介してくれた。
楽器に興味は、なくはない……
マガルタル楽士はひとつひとつ丁寧に、楽器名と、短い曲を奏でて音の特徴を教えてくれる。
私も触らせてもらった。
短琴という卓上琴が簡単そうだ。愛用楽器の候補に入れておこう。
「あれ? これ、ピアノじゃ……え?」
大きな楽器の蓋を開けたら、見覚えのある鍵盤が出てきた。
ハープと合体したような縦型ピアノ、あったよね、こういうの!
……ポーン♪
うん、ピアノだ。
……ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド~♪
うん、私の知っている音階だ。
ふふっ、うふふふふふ……きたーーーっ!!
「異世界の記憶を持った音楽家がいたのですね!?」
マガルタル楽士に詰め寄る。
「はい。多くの知識と素晴らしい楽器を残してくださったそうです」
冷静に返された。
「では、では、楽譜は残っていますか? 聞きたい曲がいっぱいあるのです」
練習部屋の音がピタリと止まった。
見渡すと全員がこちらを見ている。
───ホワッツ?
熱意のこもった視線だ。マガルタル楽士の目からはビームまで出ている。うっ!
「半時以上の長い曲ばかりでしたので残しきることが出来ず……しかし、シュシューア王女殿下がお聞きになりたいとおっしゃられるという事は、曲をご存じなのでございますね!? いえ、ティストームにも多くの名曲がございますが、それでも気になるのでございます!」
……ビームが、圧がぁ。この人絶対魔導士だ! 目から魔力が出てるよっ!
「長い曲はサビの部分しか知りませぬ~!」
「”さび”とは何でございましょう?」
……ぐはっ。
「もっ、盛り上がる部分のことです。こここ、こんな感じで」
……ポロポロポロ、ポロロロ~ン、ポロロロ~ン、ポロロロ~ン♪
『エリーゼのためなら』…このくらいは弾けるのだ。長編曲ではないけれど。
「未完34番です!」
楽士の一人が木板をシュパッと掲げた。
……これが未完? あ、木板。そうか、紙も時間も足りなかったのね。
「あのっ、シュシューア王女殿下」「あのっ、よろしければ」「あのっ、異世界の曲を!」
楽士たちがワラワラと集まってくる。
うんうんうん、わかったよ。マガルタル楽士も落ち着いて、ね。
何がいいかな。ロックはお尻ペンペンがきそうだし絶対踊っちゃう(踊り禁止令発動中)ポップスも踊っちゃうな。映画音楽はどうだろう。ムーディーなやつなら踊らないで済みそう。
「楽譜の用意はよろしくて? 歌いますよ!」
♪~♪♪♪~♪~♪♪~♪~……
「王女殿下。椅子に座ってお歌いください」
ヌディが椅子を持ってきてくれた。あ、ごめん、踊ってたね。
♪~♪♪♪~♪~♪♪♪~♪♪~……
ヌディにキュッと手を握られた。あら、上半身が踊っちゃった。
♪~♪♪♪~♪~♪♪~♪~……
「……シュシューア王女殿下。短琴の練習から始めましょう。それともペイアーノのほうがよろしいですか?」
3曲のさびを歌い終わったところで、ビームが収まったマガルタル楽士が短琴を持ってきた。
他の楽士たちも各々の練習に戻っていく……ちょっと、どういうことですか?
マガルタル楽士が言い難そうに、やんわりと、回りくどく、わかりづらい言葉で、楽器の必要性を説いた。
ベヨ~ン、ビヨ~ン、ペヨ~ン、ジュゥゥン……
短琴は8本弦がドレミで、右にずらすほど音階が上がる。全音と半音の場所に色が塗られているから少しの練習で弾けるようになった。上手い下手は別として。
『コンドルは飛んでいった』…を何度か間違えながら弾いた。
ふんふん頷きながら聞いていた楽士たちは、すぐに同じメロディを奏で始めた。
そして全員のアレンジが重奏し、まとまっていく。
うぅ、この旋律……胸にグッとくる。郷愁を誘うのよ。なんだか泣けてくるよ。
……素晴らしい。
演奏も素晴らしいけど、楽師たち本人も素晴らしく輝いていた。
曲が完成された瞬間そうなった。
なんで?
どうして?
謎の美形集団になってるよ。
マガルタル楽士~、どこの王子さまですか~?
──恐るべし陶酔マジック。
「…………」
音痴は直りますよ。
バケツをかぶって歌えば直るのです。
直るったら直るのです!
………………………………………………
縦型ピアノ:ジラフ・ピアノといいます
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