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碧のガイア

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 川から這い出ると、地面に膝と手をつき咳き込む。助かったという安堵感から一気に疲れが襲ってきてもう動けないと思ったが、イホークが律の腕を掴んで立たせようとした。

「止まるな。すぐに追ってくるぞ」

「でも、もう無理……」

「駄目だ」

 ジェムの方を見ると、ジェムも同じように辛そうな顔をしており、大の字になって河原に横たわっていた。律もジェムも、毎日訓練をしているイホークのようにいくわけはない。

「息が整うまでは待とう」

 イホークはそう言い放つと、頭を振って水を払った。赤毛は濡れ、前髪は顔にかかって色っぽい。水も滴るなんとやらだが、見惚れている場合ではないと律も頭を振った。

「いくぞ。ジェムは後ろ足で歩いて足跡を消してくれ」

 ジェムと二人で渋々立ち上がる。木々の間を歩き始めたイホークの後を付いていくが、都会っ子でインドア派の律は、森の中を歩くと考えただけでげっそりとした。

 食べる物に執着のない律は、食べられればなんでもいいという考えであった。いや、料理が上手い龍司の作った物は大好物だったが、それ以外はなんでもよかった。共働きの両親は忙しく、惣菜や冷凍食品ばかりだったのもあったのだろう。律の中で手作り料理といえば龍司の作ってくれたご飯で、それ以外はあまり興味がなかった。

 なので、インターネットがないことが不満なくらいで、この世界の不自由さにはある程度我慢できたのだが、森の中を歩くのだけはごめんだ。それでも、歩きたくないなどという我が儘は言えずに仕方なく足を動かす。できるだけ虫や蛇に会いませんようにと心の中で祈った。

 しばらく歩いた後、大きな岩を見てイホークが休もうと言って座る。律はジェムと顔を見合わせてホッとした顔をした。

「唇が青いな。火を焚こう。木を集めてくるからジェムは石を集めて竈を作ってくれ」

「はい」

 イホークは集めてきた木を地面に置くと、器用に木の皮を細かく裂いていく。イホークとジェムだけ働かせるのは申し訳なく、せめて何か手助けをできればと頭の中にある雑学の引き出しを開けた。

「木から水分を抜くことはできますか」

 イホークは少し考えた後、うなずいた。

「あぁ、なるほど。そうすれば薪と同じ状態になるのか」

「水分を抜けばよく燃えるし、煙も少なくなるし、弾けませんから」

「精霊が抜けるというわけだ」

「精霊?」

「生木に火をつけて弾けるのは、木に宿る精霊が苦しんでいるからだと言われている。だから、緊急でない限りは切ったばかりの木に火はつけない。精霊が出て行くのをじっと待って薪にする」

「面白いですね。実際は、木の内部の水分が急激に蒸発するから弾けるんです。さっきの爆発と同じ原理ですよ。液体が急激に気体になると体積が膨張するから。圧力が増えるとも言えるかな」

 イホークは目を開いて律の顔を見ると、律の頭を撫でた。

「まったく、この小さな頭の中は一体どうなっているんだ。さっきも驚いたがな。まさか水があんな兵器になるとは、あれには敵も驚いただろう」

 呆れている声だが、顔は笑っていた。一方律は、爆弾を作ったときのことを思い出して一気に罪悪感が湧いてきた。

「俺、酷いことをしました」

「酷いこと?」

「矢にいられた女性と赤ん坊を見て、俺は確かに怒り憎しみを抱きました。あの女性は夫と子どもと幸せに暮らすはずだった。赤ん坊にだって未来があった。産婆さんだって今まで何人もの命を取り上げた立派な人だったんだと思う。死んでいいはずがない。命を一瞬で奪ったのが許せなかった」

「あぁ、そうだな」

「だから俺、あのとき、きっと彼らが死んでもいいと思ったんだと思う。だからガラスとかを袋の中に入れた。死者を増やすために爆弾に釘とかを入れるって知っていたから。凄く残酷なことなのに、俺、必死で。何より、死にたくなかった。俺、自分が生きるために誰かを殺したのかな」

 イホークは子どもをあやしている母親のように、律の頭を撫でてくれた。

「私も罪悪感がないわけではない。誰かを殺めた後は嫌な気持ちになる。だが、それでも律の気持ちをわかるとは言えないだろう。私とリツでは考え方が違う。何より生きてきた世界が違うんだ。だが、私とジェムはリツに助けられた。それを忘れるな」

 単純に「はい」とは答えられなかった。だが、どんなに綺麗事を言っても、生きるためには何度でも同じことをするだろうとはわかっている。慰めてほしいためにこんなことを言うのは一番卑怯な気がして、懺悔は心の中に閉じ込めることにした。
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