異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

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1章 ダンジョンは稼げない

5話 如月 朔は小学生。

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「わー! ふかふかだー!!」

 部屋に入るなりハルが勢い良くベッドに飛び込んだ。

(……一つか)

 宿屋の主人には二人部屋と伝えていたのだが、勘違いしているらしく通された部屋にベッドは一つしか無かった。

「……なあ、やっぱり二部屋借りた方がいいんじゃないか?」

 今更な話ではあるが、やはり野宿と宿では「同じ部屋で寝る」と言っても大きな違いがある。

 イアンパヌの天幕には、材料に魔物や野犬などの野生動物が嫌う物を使用しているらしく寝ずの番をする必要は無かったのだが、万が一のためになるべく息を潜めて夜は過ごしていた。

 だが防音では無いとは言え多少の音であれば気にしなくて良いこの宿で、年頃の男女が二人で住むのはいろいろと不味い気がする。

 無論カムイ自身ハルを襲うつもりは毛頭無いが、だからと言ってその思いが結果に影響する事は無い。性犯罪者全員が、計画的に犯罪を起こすわけでは無いのだ。

 特にこの場合美少女が一つ屋根の下どころか、ベッドを同じくするわけだ。十二歳相手に節操の無い話だが、カムイには必ず耐え切る自信があるとは思えなかった。

 それを踏まえての提案であったのだが、所詮は提案。決定権はハルにあり、カムイはその言葉に逆らう事が出来ないのだ。

「ではその二部屋分のお金を出すのは誰でしょう?」

「……すみませんでした」

 突然目が覚めたら異世界で介抱されていたカムイはお金など持っていない。服も事故の衝撃やらでぼろぼろになっており、今のカムイは本当に何も持っていなかった。

 エルサレムに入るためのお金もハルが出し、当然ながらここの宿代もハルが出しているのだ。そして二部屋借りるよりも二人部屋を借りる方が安いため、カムイにはそれ以上何も言えなかった。

(……働こう。ヒモという存在がここまで虚しいものとは思わなかった)

 女性にお金を出させて何も思わない人間は存在するだろうが、少なくともカムイはそうでは無かった。

「お兄ちゃん、おいで」

 まるでペットに対する呼びかけのようであったが、当の本人はベッドに腰掛けてその隣をぽんぽんと叩いている。

(……素でやってるのが怖いな)

 行為そのものは男を誘う女のものであったが、ハルは無邪気な笑顔を浮かべている。

「……ああ」

 返事をしてその隣に座った。スプリングが軋み、反動で肩と肩が触れる。

「お兄ちゃんはこれからどうするつもり?」

 ハルは肩が触れたまま見上げるようにカムイへ話しかける。

 内心その近さに動揺しているカムイだが、それを押し隠して答えた。

「やっぱり一番はお金稼ぎかな。ハルがいくらか持っているとはいえ当然有限だし、何よりも俺が気まずい」

「うーん、だったら職業斡旋所(ギルド)に行くのがいいかも」

「ギルド?」

「そう。ここで言えばエルサレム中の仕事が集まってて、職に就きたい人はみんなそこに行くんだ」

「魔物を狩ったりするのか!?」

「ううん。面接を受けて、合格すれば職に就くの」

「そうか……」

 それを聞きカムイは落胆する。

 ギルドと聞けば魔物を狩ってランクを上げて行き……というイメージがあるが、どうやら向こうの世界でいうところのハロワが近いようだ。

「お兄ちゃんは冒険者になりたいの?」

「冒険者?」

「うん。冒険者はダンジョンに潜ったり、そこで得たお宝や魔物の素材を売って生計を立てているんだって」

「おお!」

 ダンジョンと聞けばわくわくしてしまうのは男子の性。

 カムイは向こうの世界で役に立たない剣術を強制的にやらされていたため、それが役立つ時が来たのは素直に嬉しい。

(将来の選択権は俺にあるけど、選択肢を増やすのは保護者の義務だって散々やらされたからな……)

 樹海とも言える森の中を、獣人であるハルと共に歩けたのも修行のおかげである。苦しかった修行の日々を振り返りながらカムイは心の中でそっと涙した……のだが、その感動は早々に打ち切られる。

「でもオススメはしないよ?」

「うぇ!?」

「冒険者と言えば聞こえはいいけど、そんなに簡単に稼げるならみんな冒険者になるからね」

 ハルの言う通り冒険者とは学の無い者でも就ける職である。学とはスキルであり、何かスキルを持った人間が稼げるようにこの世界は出来ている。無論強さもスキルではあるが、どの職もカースト上位が稼ぎそのお溢れをカースト下位がいただく、という点に変わりは無い。

「そうか……そうだよなー」

「んー、でもお兄ちゃんは強いし、時間をかければ結構稼げるようになるかも」

「時間ねえ。……どのくらいかかると思う?」

「それはレベル次第だし、私には分からないよ」

「……レベル? レベルってもしかして、レベル?」

「それ以外に何かあるの?」

 冒険者、ダンジョンときてレベル。食い付かないわけにはいかなかった。

「無いよ。無いともさ。ちなみにそのレベル、どうやって測るんだ?」

 あれか、ステータスとか見える世界だったりするのか? とテンションが上がるカムイ。

 オタクというほどアニメや漫画を観ているわけではないが、全く観ないわけでも無い。当然ライトノベルを読む事もあるし、最近の流行りとして異世界ものをいくつか読んでいるので自分がいる世界がどんなものなのか興味があった。

「ギルドに行けばレベルを測るアイテムがあるんだよ。ほら」

 するといきなりハルが着物の前を緩めた。少し膨らみかけの胸元が姿を現す。

「おわ……て、何これ?」

 いきなりの行動に思わず目を逸らそうとするカムイだが、ハルの胸元にある『93』の文字に目が行く。

「ギルドでレベルを測ると、証として転写してくれるんだー」

「へー」

 その転写する職に就きたい、と一瞬衝動にかられるがなんとかその言葉は飲み込んだ。

 ちなみに胸元に転写されるのは誰かの個人的な趣味とかでは無く、冒険者として魔物と戦っていると四肢を欠損する人間がいるので、そのための措置だ。

 もしも死に瀕した人間が複数いた場合は高レベルの者を優先的に助けたりと、レベル自体がある種の権限になるためそうしている。

「じゃあ今日はギルドに行ってみる?」

「そうだな。何か必要なものとかあるか?」

「うーん、強いて言うなら登録料くらいかな」

「……ぅ」

「大丈夫、私が出してあげるから!」

「……恩に着ます」

 ハルの年齢は十二。そしてカムイは十七。五つも年下である少女に、「金銭的にお世話になっている」この状況だけは早く抜け出さなくては、と早速部屋を出る。

「お出かけですか?」

「ええ。ギルドまでちょっと」

「いってらっしゃいませ」

 宿屋の主人に見送られ、ギルドへと向かう。

「人多いなー」

 人口で言えばこの世界よりもカムイがいた世界の方が遥かに多いだろう。しかしここは王都エルサレム。周辺では最も人口が多い街で、しかも城壁がある以上人が存在出来る土地は限られている。そのため人口密度はかなりのものであった。

「ハル、はぐれないように手を繋ぐぞ」

「うんっ」

 この場合はぐれるのはカムイだが、ハルは嬉しそうに手を繋ぐ。

「へー、屋台とかもあんのか。何か特別な行事でもあるのか?」

「ううん。屋台は毎日出てるし、いつも通りの光景だよ」

「これだけ人がいれば、かなりの稼ぎになるだろうしなぁ」

 見ればどこも行列が出来ており、店の主人は忙しそうだ。

(となると回転率が早くて、かつ外だから周囲に届くような匂いが出る商品がいいな)

 店長として培って来た経験が様々な料理を呼び起こす。

(焼きそば……は意外と場所を取るからな。たこ焼きは見ていて楽しいけど、やっぱり本命は焼き鳥か)

 タレの匂いはかなりの範囲を漂う。一本の串が取るスペースも僅かなものだし、あらかじめ焼いておけば火を通すだけであるため専門的な腕前も必要無い。

(売り子と表で火を通す作業を可愛い子にやらせて、俺が裏でひたすら焼くのが理想か。この人通りなら多少値段が高くても売れるはずだし、一本百円にして……)

「ーーーーちゃん、お兄ちゃん!」

「ん? ……おお! どうした?」

 もしもエルサレムで屋台を出店するなら、という条件でひたすらシミュレートしていた所為か、どうやらハルの言葉を聞こえていなかったようだ。腰に手をあて、怒っています! という表情を浮かべている。

「どうしたじゃないよ! ギルドに着いたのに、お兄ちゃんそのままどこかに行こうとするんだもん」

「ごめん、ごめん。つい考え事をな」

「……まあいいけど、迷子になっても知らないからね!」

 ハルはそのままギルドらしい建物に入って行く。

「ここもでかいな」

 体育館よりも巨大な建物に驚きつつも、カムイはハルの背を追った。

 内部に入ると外観から窺えた通りの巨大さで、いろいろな人間が何か本を読んだり受付で職を探したりと賑やかな場所であった。職業斡旋所と言われて、職が無くて悲観している人間が絶望しながら仕事を探しているような偏見的なイメージがあったが、それは良い意味で裏切られた。

 案内板を見ると最上階は六階である事が分かったが、残念な事にカムイは文字を読めなかった。

「六階建てかー。異世界の建築技術ってすげーのな」

 重機が無いのにここまで出来るのか、という感想を漏らすカムイだが、向こうの世界でも特段難しい事では無い。もう少し歴史に興味を持っていればここで違った感想が出て来たのかも知れないが、料理以外にあまり関心の無いカムイにそれを求めるのは酷だろう。

「冒険者の登録ってどこやんの?」

 文字が読めなかったためハルに聞く。

 ちなみにイアンパヌは口伝文化であるらしく文字は無かったが、その代わり人間たちの文字を覚えたらしい。

「六階だよ」

「最上階かよ……」

「基本的に冒険者の地位ってあんまり高くないからね」

 高難度ダンジョンを制覇し、強敵を屠り続けた強者であれば人は尊敬されたりもするが、基本的には見下される存在であるらしい。

「ふーん。何かイメージと違うな」

 カムイには酒を飲み飯を食らい、刹那の時を生きているようなイメージがあったのだが、この世界ではせこせこと日銭を稼ぐ貧困層の仕事であるらしい。

(あまり儲ける事が出来ないって事は、アニメで見る作品とは根本的に違う常識でもあるのか?)

 こちらの世界に来て初めての戦闘を思い出す。ゴブリンの死体は朽ちる事なく、また何か素材を落とすわけでもなかった。ゲームでの戦闘では、倒した相手がお金や素材を落とすため、それを売るなりすればお金になる。

(こっちの世界ではそれが無いって事か)

 素材は剥ぎ取るという選択肢もあるが、ゴブリンの素材を欲しがるような人物はいそうになかった。

「到着ー」

 最上階である六階に到着すると、そこは賑やかだった一階とは比べられないほど閑散としていた。

 六階の一室、ではなく一階同様にぶち抜きであるため広さは十分あるのだが、一階がショッピングセンターだとすればここは図書館だと言えるくらい静かだった。実際少なくない数の人間がカリカリと羽ペンで何か文字を書いている。

「あれって何してんの?」

「多分書き取りの勉強かな。文字が書けなかったり読めなくても困らないけど、お金がかかるからね」

「なるほどね」

 そう言えば学が無い連中が就く職業だっけ、と納得する。

「あっちの受付で登録出来るから、行くよ」

「おー」

 声を抑え気味に返事をする。何故なら冒険者たちはもっとガチムチが多いと思ったのだが、貧困層故に身体付きは細く神経質そうな顔立ちの人間が多かったからだ。勉強の邪魔だ、なんて言われる前に用件を済ませたかった。

 受付に着くと奥で作業をしている女性がこちらに気付き、寄って来る。

「ご用件は?」

「こちらの男性の登録に来ました。文字が書けないので代筆は私が行います」

「かしこまりました。こちらにご記入をお願い致します」

 差し出された紙にハルがすらすらと記入していく。

「あ、お兄ちゃんって年齢は?」

「ああ、言ってなかったな。十七だ」

「「え」」

 何故かハルと職員の声がハモる。

「……どうした?」

 内心「もしかしてもう少し上に見られたか? 店長業務とかやってると大人との応対が多くなるから、よく年の割に凄く落ち着いてる……とか言われるんだよねー」とか思っていたのだが、残念な事に二人の反応はその逆のものだった。

「……お兄ちゃんって、私と同じか一つ上かと思ってた」

「え!?」

 同じか一つ上と言えば、十二か十三である。流石に小学生と間違えるほど童顔では無いはずだ、とカムイは憤った。

「ちなみにお姉ちゃんは十六歳だよ」

「ふぁ!?」

 その事実には驚かざるを得なかった。

 何せカムイはリウの事を、下手すれば二十代後半と見ていたのだ。

(あのほんわかとした人妻オーラを出していたリウさんが年下だと!?)

 小学生に間違われた事は大変遺憾ではあるものの、リウが十六歳と言われればそれも仕方無いと思えてしまう。

「私が付いて来る事になったのもね、一番年が近いと思われてたからなんだ」

「……ああ」

 例えば女性の場合、多少童顔でも胸の大きさなど身体の成熟具合で年齢を判断出来るため、十二歳に間違われる事は無かっただろう。男性の場合は判断出来る場所が外部から確認出来ないから仕方が無い。

 一応カムイを世話していたリウのハルはその物を見たはずだが、他と比べた事が無かったため大人であるという判断は出来なかったようだ。

(……そうか、だから可愛い妹を同伴させられたわけか)

 同じ部屋なのも、妙にハルに警戒心が無いのも頷けた。カムイは男として見られていなかったのである。

(髭とか生やした方がいいのかなぁ……)

 落ち込みながらカムイは、そっと自分の顎を撫でた。
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