しもべに与えられた幸福~絶対君主に摘まれた花~

早桃 氷魚(さもも ひお)

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外の世界

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 幼いころ、与えられた部屋は、小さな座敷だった。
 小窓は高い位置にあり、鉄の格子がはめられている。背が伸びても、きっと届かない。外へは出られないのだと、いつのまにか分かっていた。
 扉は外から鍵をかけられる。
 部屋を出るときは、いつも大人と一緒だった。
 扉の上には、四角い窓がある。
 こちらから見ると、ただの黒い板のようだ。けれど向こう側からは、この部屋の中がよく見えるのだと教えられた。だから、いつも誰かが見ている。
 あのころは、それが当たり前だった。
 疑問に思うことも、許されなかった。
「……さむい」
 畳の上で、小さな身体を丸める。
 腰まで伸びた栗色の髪が、素肌にふわりとかかる。
 服を着ることは許されていない。
 もう少し大きくなったら、お姉さんたちみたいに、土色の服を一枚もらえる。
 もっと大きくなると、もっとたくさんもらえる。
 でも、覚えることもたくさんになる。そう言っていた。
 くるしい、と呟いていたお姉さんは、いつの間にかいなくなっていた。
『あなたは、本当に可愛らしいわね』
 やさしく頭をなでてくれるから、好きだったのに。 
 大人は、屋敷の外へ出るときだけ着物を着せてくれる。それが、ひそかな楽しみだった。
 花を散らした子ども用の振袖は、鮮やかな色で、袖が長くて、歩くたびに揺れる。
 「お客様」はそれを喜び、大人たちはよく褒めてくれた。
 自分は男の子だから、そのことは知られてはいけない。
 そう教えられた。
 だから、教えられた通りに笑い、教えられた通りに振る舞う。
 ときには、男の子だと知っていて、それがいいと言う人もいる。
 そのときも、やっぱり教えられた通りにする。
 ピィ……ピィッ。
 小窓の向こうで、鳥が鳴いている。
 青い羽が、きらりと光った。
「……いいな」
 小さくつぶやく。
 あの鳥は、外を知っている。
 自由に、どこへでも飛んでいける。
 うらやましい、とは言わない。
 大人たちに聞かれたら、悪い子になる。
 悪い子は、痛い思いをする。
「ん……さむい」
 部屋の隅に置かれた上等な綿入りの掛け布を引き寄せ、その中に潜り込む。
 室内は暖かいはずなのに、指先と足先だけが冷たい。
 はぁ、と息を吹きかける。
 風邪をひいてはいけない。
 使えない子は、いらない子だから。
 まぶたが、重くなる。
 柔らかな布が、素肌にやさしい。
「……いい子に、してる」
 


+ + +



 あの頃から、ずいぶんと年月が過ぎていった。
 成長した体を感じながら、姿見の前で一糸まとわぬ姿になる。
 肩まで落ちる柔らかな栗色の髪が、白い肌をやさしく覆う。
 女性と見間違うほどの麗しい面差しと、穏やかな微笑み。見る者の心を奪うような、あでやかな容貌。
 光を帯びた肌は、まるで薄い磁器のように滑らかだ。
 くびれた腰と華奢な肢体は、中性的な美しさを見せる。
 この体を愛でるのは、ただ一人。
「旦那様……」
 その名を呼ぶとき、唇がほころんだ。
 あの屋敷から、連れ出してくれた。
 外の世界を、初めて見せてくれた。
 他に生き方を知らなかった自分に、道を与えてくれた。
 ……決めたのは、わたくし。
 新しい名を賜ったあの日。
 すべてを捧げると、己で決めた。
 用意された衣装を手に取り、袖を通す。
 かつては許されなかった布が、今は自由に肌を包む。
 それだけで、十分だった。
 幸せだった。
 ……けれど。
 細い首に嵌められた、黒いチョーカー。継ぎ目の見えぬそれは、喉元にぴたりと沿う。
 鎖骨のくぼみで鈍く光る、金のプレート。
 そこには、スミレの花が刻まれている。
『菫は可憐だが、雑草だ。踏みつけられるが宿命だろう』
 戯れのように告げられた言葉が、菫の耳に蘇った。



(終)


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