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41話 リエルの過去
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一生を帝国の犬として扱われ、最後に自分の母を殺した人物によって生贄にされる。
それが、ラウディ商会のボスである少女、リエルの運命だった。彼女はふうとため息をつきながら、自分の母の名前を借りた商会のことで頭を抱えている。
「……また実績が落ちたんだ」
ラウディ商会は帝国でも指折りの名声を持つが、最近は徐々に落ちぶれていく状態だった。これも全部、あの教皇のせいだ。
リエルは奥歯をギシギシと鳴らしながら、机に置かれている短刀を持って立ち上がる。
壁にはデブである教皇の写真が貼られていて、リエルはふうと息を吸って、その写真に短刀を突き刺した。
何度も、何度も。
写真が破れてボロボロになるまで、紙に写っている教皇の頭と目、鼻、耳、顔のすべてを徹底的に切り裂くまで。
帝国にははっきりとした国教があり、かねてから教会は皇室と密接な繋がりを持っていた。
そして、宗教と政治の繋がりは過激な信仰と物質主義にたどり着く。すなわち、教会への献金額が商会の利益に関わってくる、ということだった。
「死ね、死ねぇ………!!」
商売に大事なのは信用とイメージ。しかし、宗教集団である教会が国の経済にまで手を付けているせいで、ラウディ商会に被害が及ぶようになったのだ。
教会の圧力を受けた他の商会は、いつの間にか彼女と交渉するのをためらうようになった。
民衆の間でも、教会と皇室に立てつくラウディ商会への評判はどんどん悪くなっていくばかりだった。
商会のトップ、リエルが教会に献金することを酷く拒んでいるから。
そして、妻を失った衝撃で倒れてしまった彼女の父親も、ボスでいた時に1ゴールドたりとも教会に差し上げなかったからだ。
だけど、それは二人にとって当たり前な行動だった。大好きな家族が、大切な妻、もしくは母親が―――
目の前で、生贄として火あぶりにされているところを見てしまったら、献金なんてできるわけないじゃないか。
「うぅ……くっ、う、うぅう………」
狂人のように何度も短刀を打ち付けてから、リエルはその場で跪く。透明な涙が彼女の頬に伝う。
母が火あぶりにされた日から、何百回も行われた儀式のような行動。しかし、現実は変わらなかった。
相変わらず教皇の一言で自分の商会は簡単に揺れてしまうし、教会へ寄付をしないせいで組織には色んな制裁が加われていた。
現に今にも、皇室の仮面をかぶった教会から警告状が何十枚も飛んできているじゃないか。
「私は、私はぁ……」
母の名前を借りたこの組織を、帝国一の商会に育て上げたかった。
その後に国の経済を左右するほどの膨大な力を手に入れ、暗殺者を雇用するなり傭兵団を雇うなりして、教皇を文字通り火あぶりにしたかったのに。
なのに、現実はいつも望み通りにはならない。
父が倒れてたった17歳で組織を引き受けることになった彼女は、周りが驚くほどの才能を見せながらすくすくと商会を成長させた。
実際、教会や皇室の支援なしにここまで組織を繁栄させた彼女の手腕に、舌を巻く人たちが何人もいたのだ。
しかし、帝国と教会は自分の組織を目の上のたん瘤扱いし、馬鹿馬鹿しい理由で揚げ足を取って、いくつもの制裁を与えてきた。
そのせいで、全盛期を謳歌していたラウディ商会は没落の道をたどり、もはや落ちぶれた時代の残滓になる寸前なのである。
リエルも、頭では分かっていた。復讐のためなら教会に媚びを売って、巨額の寄付をしなければならない。
それこそが、今の状況を打破できる唯一の策だと、自分も分かっていた。
『あぁ、がぁ……きゃ、きゃぁああああああああああああああああああ!!!』
『ら、ラウディ……あ、ぁ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
だけど、悲鳴が離れない。
あの時、目の前で火に焼かれながら叫んだ母の悲鳴が。地におしつけられた時に頬に感じた砂の感触が。父の獣のような鳴き声が。
どうしても、離れない。どうしても許せない。どうしても。
「助けて………」
気が付いたら、そんな声が漏れていた。今までこんな弱々しい言葉を吐いたことはなかったのに。
この弱さを押し殺して、復讐者として強く生きて行くと誓ったのに。
「誰か、助けてぇ……」
溢れ出した涙が止まらない。挫折と絶望が襲ってきて、このまま短刀で自分の首を刺したほうがいいんじゃないかとさえ思えてくる。
分かっている。泣いてたって誰も助けてはくれない。分かっているけど、だけど……。
「お願い……誰か、助けてぇ……」
これは、酷すぎるじゃないか。
どうして、私だけ?どうして現実はこんななの?
現実はくそったれで、国には悪がのさばっていて、笑顔だった母親が血涙を流すところを見ても、誰も興味を表してはくれない。
「あぁ、あ、ははっ………うっ!!!」
狂ったように失笑をこぼしていると、短刀を持つ手が震える。それを高く高く持ち上げた。
もう、こんな風に苦しむならいっそのこと、自害でもして物理的な苦痛で忘れた方が――――そこまで思い至った時。
「り、リエル様!!大変です!!屋敷の前で影が―――う、うぁあああ!?」
「やぁ~~あなたがリエル?」
「……………………………………え?」
警備兵と入れ替わりで入ってきた少年と少女たちを見て、リエルは目を見開いてしまった。
何故か笑っているオッドアイの少年と、両目が赤い銀髪赤目の少女。黒髪で黄金色の瞳をしている、美人まで。
これから一生を共にする、大切な仲間たちを目の前にして―――リエルは、魂が抜けた声で言う。
「……か、影?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステンドグラスから差し込んでくる日差し。厳粛かつ雄大な様式をしている教会の中。
「やぁ、教皇様。お久しぶりです」
第2皇太子、アドルフはニヤッと笑いながら講壇に立っている教皇に近づく。
今までの悪辣さと貪欲さを示すようなデブの男は、気持ち悪く笑いながら壇上から降りてきた。
彼こそが、この国の権力者。無実な民たちのお金を吸い取って、抵抗する者たちを異教徒と罵りながら火あぶりにした悪人。
教皇ヒムラーは、黄ばんだ歯を見せながら皇太子に問いかけた。
「ようこそ、皇太子様。私になにか用でも?」
「ああ」
そして、皇太子は卑劣な笑みを浮かんでから言った。
「予言を覆すためにも、この国の繁栄のためにも―――悪魔退治に協力してもらいたいんです」
それが、ラウディ商会のボスである少女、リエルの運命だった。彼女はふうとため息をつきながら、自分の母の名前を借りた商会のことで頭を抱えている。
「……また実績が落ちたんだ」
ラウディ商会は帝国でも指折りの名声を持つが、最近は徐々に落ちぶれていく状態だった。これも全部、あの教皇のせいだ。
リエルは奥歯をギシギシと鳴らしながら、机に置かれている短刀を持って立ち上がる。
壁にはデブである教皇の写真が貼られていて、リエルはふうと息を吸って、その写真に短刀を突き刺した。
何度も、何度も。
写真が破れてボロボロになるまで、紙に写っている教皇の頭と目、鼻、耳、顔のすべてを徹底的に切り裂くまで。
帝国にははっきりとした国教があり、かねてから教会は皇室と密接な繋がりを持っていた。
そして、宗教と政治の繋がりは過激な信仰と物質主義にたどり着く。すなわち、教会への献金額が商会の利益に関わってくる、ということだった。
「死ね、死ねぇ………!!」
商売に大事なのは信用とイメージ。しかし、宗教集団である教会が国の経済にまで手を付けているせいで、ラウディ商会に被害が及ぶようになったのだ。
教会の圧力を受けた他の商会は、いつの間にか彼女と交渉するのをためらうようになった。
民衆の間でも、教会と皇室に立てつくラウディ商会への評判はどんどん悪くなっていくばかりだった。
商会のトップ、リエルが教会に献金することを酷く拒んでいるから。
そして、妻を失った衝撃で倒れてしまった彼女の父親も、ボスでいた時に1ゴールドたりとも教会に差し上げなかったからだ。
だけど、それは二人にとって当たり前な行動だった。大好きな家族が、大切な妻、もしくは母親が―――
目の前で、生贄として火あぶりにされているところを見てしまったら、献金なんてできるわけないじゃないか。
「うぅ……くっ、う、うぅう………」
狂人のように何度も短刀を打ち付けてから、リエルはその場で跪く。透明な涙が彼女の頬に伝う。
母が火あぶりにされた日から、何百回も行われた儀式のような行動。しかし、現実は変わらなかった。
相変わらず教皇の一言で自分の商会は簡単に揺れてしまうし、教会へ寄付をしないせいで組織には色んな制裁が加われていた。
現に今にも、皇室の仮面をかぶった教会から警告状が何十枚も飛んできているじゃないか。
「私は、私はぁ……」
母の名前を借りたこの組織を、帝国一の商会に育て上げたかった。
その後に国の経済を左右するほどの膨大な力を手に入れ、暗殺者を雇用するなり傭兵団を雇うなりして、教皇を文字通り火あぶりにしたかったのに。
なのに、現実はいつも望み通りにはならない。
父が倒れてたった17歳で組織を引き受けることになった彼女は、周りが驚くほどの才能を見せながらすくすくと商会を成長させた。
実際、教会や皇室の支援なしにここまで組織を繁栄させた彼女の手腕に、舌を巻く人たちが何人もいたのだ。
しかし、帝国と教会は自分の組織を目の上のたん瘤扱いし、馬鹿馬鹿しい理由で揚げ足を取って、いくつもの制裁を与えてきた。
そのせいで、全盛期を謳歌していたラウディ商会は没落の道をたどり、もはや落ちぶれた時代の残滓になる寸前なのである。
リエルも、頭では分かっていた。復讐のためなら教会に媚びを売って、巨額の寄付をしなければならない。
それこそが、今の状況を打破できる唯一の策だと、自分も分かっていた。
『あぁ、がぁ……きゃ、きゃぁああああああああああああああああああ!!!』
『ら、ラウディ……あ、ぁ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
だけど、悲鳴が離れない。
あの時、目の前で火に焼かれながら叫んだ母の悲鳴が。地におしつけられた時に頬に感じた砂の感触が。父の獣のような鳴き声が。
どうしても、離れない。どうしても許せない。どうしても。
「助けて………」
気が付いたら、そんな声が漏れていた。今までこんな弱々しい言葉を吐いたことはなかったのに。
この弱さを押し殺して、復讐者として強く生きて行くと誓ったのに。
「誰か、助けてぇ……」
溢れ出した涙が止まらない。挫折と絶望が襲ってきて、このまま短刀で自分の首を刺したほうがいいんじゃないかとさえ思えてくる。
分かっている。泣いてたって誰も助けてはくれない。分かっているけど、だけど……。
「お願い……誰か、助けてぇ……」
これは、酷すぎるじゃないか。
どうして、私だけ?どうして現実はこんななの?
現実はくそったれで、国には悪がのさばっていて、笑顔だった母親が血涙を流すところを見ても、誰も興味を表してはくれない。
「あぁ、あ、ははっ………うっ!!!」
狂ったように失笑をこぼしていると、短刀を持つ手が震える。それを高く高く持ち上げた。
もう、こんな風に苦しむならいっそのこと、自害でもして物理的な苦痛で忘れた方が――――そこまで思い至った時。
「り、リエル様!!大変です!!屋敷の前で影が―――う、うぁあああ!?」
「やぁ~~あなたがリエル?」
「……………………………………え?」
警備兵と入れ替わりで入ってきた少年と少女たちを見て、リエルは目を見開いてしまった。
何故か笑っているオッドアイの少年と、両目が赤い銀髪赤目の少女。黒髪で黄金色の瞳をしている、美人まで。
これから一生を共にする、大切な仲間たちを目の前にして―――リエルは、魂が抜けた声で言う。
「……か、影?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ステンドグラスから差し込んでくる日差し。厳粛かつ雄大な様式をしている教会の中。
「やぁ、教皇様。お久しぶりです」
第2皇太子、アドルフはニヤッと笑いながら講壇に立っている教皇に近づく。
今までの悪辣さと貪欲さを示すようなデブの男は、気持ち悪く笑いながら壇上から降りてきた。
彼こそが、この国の権力者。無実な民たちのお金を吸い取って、抵抗する者たちを異教徒と罵りながら火あぶりにした悪人。
教皇ヒムラーは、黄ばんだ歯を見せながら皇太子に問いかけた。
「ようこそ、皇太子様。私になにか用でも?」
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