トップランカーだったゲームに転生した俺、クソみたいな国を滅ぼす悪役集団の団長になる。

黒野マル

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42話  交渉

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リエルの人生を凝縮したら、悲劇という2文字が生まれる。

それほど、彼女は不幸なキャラクターだった。母親は自分が見る前で火あぶりにされ、父親はその衝撃でショックを受け、何年も昏睡状態に陥ってしまう。

10代の少女が背負うにはあまりにも、あまりにも残酷すぎる現実だった。

それでも、彼女は母親の復讐―――教皇を殺すために歯を食いしばって商会を発展させ、その才能を開花させた。

しかし、一瞬で彼女はまた奈落の底まで沈むことになる。その時になってようやく彼女の正体を察した教皇が、彼女を徹底的に牽制し始めたのだ。

そのせいで彼女の商会は早いうちに破産し、行き場を失った彼女はそのまま教皇の慰み者になって、自ら暗殺しようと試みたあげく―――母親と同じく火刑に処される、というのがクエストのあらすじだった。


「か、影……!?あ、うぅ……」
「ああ~~えっ、と……」


なんで俺がこの内容を知っているのかというと、もちろん彼女の物語に俺も――当時操作していたキャラであるカルツとして、すべてを見届けたからだ。

ゲームのシナリオ通りだと、カルツは彼女の没落に拍車をかけることになる。

リエルの過去は彼女が死んでから語られる内容だから、俺も当時は可哀そうだなくらいの印象しか持たなかったのだ。

だけど、すべてを知った後の俺は酷くショックを受けて、当時のギルド員たちと一緒に制作側に数百件も苦情メールを飛ばしていた。

その強烈な事件のおかげで、俺の脳裏にはちゃんとリエルが残っているのだ。


「ど、どうしてここに……!?影は、確かにスラムにいたはず……!!」
「ああ、俺たちも今日来たばっかだからさ。というか、護衛は首にした方がいいよ、リエル。俺たちを見たとたんに逃げていくし、忠誠心ってのがまるでないじゃん」
「それはあなたとニアのせいだと思うけど」
「私は、悪くない。悪いのはいつだってカイ」
「なんでそうなるんだよ!俺なにかやった!?」
「立ちはだかって喧嘩売ってくる警備の尻を蹴飛ばしたんでしょ?シュ~~ト!とか言って」


クロエが呆れたように俺を見てくる。確かになにかやったなと思いつつ、俺はリエルに視線を戻した。

芯はあってもけっこう臆病である彼女は、短刀を手に持ったままぶるぶる震えていた。目つきからは恐怖しか感じられない。

うん、第一印象は最悪か。


「仕方なかったんだよ。ああでもしないと入れてくれそうになかったじゃん」
「カイ、言い訳の達人」
「なんで俺の味方は一人もいないの……?とにかく、リエル」
「あ、え……?ど、どうして私の名前を……!?」
「ああ~~説明は後でゆっくりするとして、先ずは話し合いをしましょうか」


それから、俺は手を差し伸べてニヤッと笑って見せる。


「俺たち、いい仲間になれそうだけど」


後ろから飛んでくるニアとクロエの視線には、殺気が滲んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



パニック状態に陥っているリエルをどうにか落ち着かせた後、俺たちは屋敷の応接間に案内されて円卓を囲みながら座った。

警備兵たちを含んで使用人たちもみんな逃げたのか、屋敷の内部はずいぶんとわびしい空気が漂っている。

本当に、忠誠心の欠片もないんだ……この屋敷の人たち。


「は、話って……なに?あ、あなたたちは影なんでしょ?」
「……あのさ、俺たちってそんなに有名なの?」
「え?」
「妙に影、影って言われるからさ。正直に言うと、俺たちは影だと公言したこと一度もないのに」
「……ほ、本当に知らないの?そ、それとも私を試すために?」
「ここまで来てそんな煩わしいことしないって!本当にただ気になっただけだから!」
「ううっ、うぅ……」


言うか言わないか迷いつつも、リエルは結局口を開いた。


「こ、この国には昔からある予言があったの。悪魔がこの世を飲みつくし、世界を片っ端から塗り替えていく、という予言。だからこそ、教会は昔から悪魔を探すのに血眼になってて、帝国の人たちはみんな悪魔の存在を恐れていたの」
「……あれ?そんな予言ゲームにあったっけ?」
「あるよ!!ゲームかなんかは知らないけど!とにかく、最近に……!最近、スラムにモンスターたちの暴動を起こしたのも影で、彼らは地下で実験室を作って黒魔法の実験をしていて、紛れもない悪だと言われて―――あ」
「ああ、いやいや。殺さないから。本~~当に何もやらないから、続けて続けて」
「あ……うぅ……」
「リエルさん。話、続けてもいいよ。こいつ浮気性だけど、自分の言った言葉はちゃんと守る男だから」
「だからなんでこれが浮気になるんだよ!」
「………っ」


クロエの声に励まされながらも、リエルはどうにか言葉を続ける。


「とにかく、そういった噂が首都まで流れ込んできて、悪魔に対する認識がどんどん悪くなって行ってるの。私は……真実を知っているけど」
「え?真実?」
「実験室を作ったのって、帝国の黒魔法使いのゲベルスなんでしょ?」


俺は、思わず目を丸くしてしまった。

今聞いた限りだと、首都では情報が捏造されて皇族たちの都合のいいように流されているっぽいけど。でも、リエルが真実を知っているなんて。


「わ、私はこう見えてもラウディ商会のボスだから、ちゃんとした情報網があるんだよ?り、リーダーなんだよ!?そんな風に見えないかもしれないけど!」
「ああ……そうだね。本当に今まで頑張ったよね、リエル……」
「ふぇ?」
「あっ、なんでもない。こほん、とにかく……俺はここへ交渉をしに来たんだ」


身を前に乗り出して、俺はさっきより真面目な声で問いかける。

そして、リエルは交渉という単語が出たとたんに目を光らせて、さっきまでのポカンとしている表情を消して商会のボスとしての風格を表す。

たぶん、俺たちがすぐ自分を殺さないことに、わずかな信頼が芽生えたのだろう。それとも、窮地に追い込まれた時点で追いすがるものがないからかもしれない。


「……あ、悪魔が交渉なんて。私になにをさせるつもり?」
「簡単に言って、俺たちが望むのは君の資金力と声なんだ。今の俺たちは君の言う通り、悪魔扱いされているから効果的に国を滅ぼす手段がない」
「く、国を滅ぼすって……!!で、でも!!あなたたちの力なら、物理的な戦争をしてもおかしくないはずなのに……?」
「もちろんそうだけど、そうしない理由は主に二つかな」


俺が人差し指と中指をあげると、リエルはまだ警戒を消していない表情で語り出す。


「……そうしない理由って?」
「一つは、個人的な思い入れ」


思い入れ、という単語を予想してなかったのか、リエルは酷く慌てた顔になる。でも、俺にとっちゃ当たり前な話だった。

俺はこのゲーム―――もとい、このゲームの中にいるキャラたちが大好きだ。1万時間以上を注ぎ込んだゲームだし、当然それなりに愛着もある。

だからこそ、俺はあの時にアルウィンとブリエンを殺さなかったのだ。

今の俺にとって彼女たちは敵でしか分かっていながらも、モニター越しに何百回も見てきたキャラたちだから。そんな子たちを簡単に手にかけるなど、俺にはできない仕業だった。

それに、サブクエストで広がるモブやNPCたちの恋愛話、胸が温まる感動的な話もちょこちょこあったから。

だからこそ、それらをすべて敵に回したくなかったのだ。そもそも、そんな思いがあるからこそ、今の俺の隣にクロエがいるんだと思う。


「そして、二つ目は……まあ、できる限りの苦痛を味合わせたいからかな」
「……く、苦痛?」
「うん、単純にそれだけ」


このゲーム内には気持ち悪い輩が多すぎる。

ゲベルスもそうだけど、皇太子も、貴族たちも、教皇も同じだ。

なんなら、それらの真実をすべて知った上でも魔王討伐だけ叫んで、帝国の醜悪さを見て見ぬふりしたカルツも、その枠に入るかもしれない。

カルツは俺が操作していたキャラだし、彼に対する気持ちはちょっと複雑だから、悔い改めれば許してあげないこともないけど……まあ、可能性はかなり薄そうだな。

とにかく。


「目には目を、歯には歯を。よく使うでしょ、この言葉?」


俺は、その気持ち悪いヤツらが与えた苦痛をすべて、やり返すつもりでいる。

ゲーム内にいるカルツとしてはできなかったことを、やってみたいのだ。因果応報という熟語を実現してみたい。

実際に、ゲベルスに5000回以上殺される幻覚を見せた時、俺はちょっとしたすっきり感を抱いていた。

こんな愉悦が極端に走ったらいけないとは思うけど、楽しいのは本当のことだった。

この世界に注いだ愛情の分だけ、クソみたいなシナリオで憤ってたから。

極端に走らないように注意しながらも、できる範囲で溜飲が下がるまで……俺は奴らを徹底的に痛みつけて、最低の堕落に陥れたい。


「……それ、本当のこと?」
「本当のことだよ。まあ、俺は悪魔だから信じてもらえないと思うけど」
「…………」
「でも、これだけは言っておく。俺は君に何の害も与えるつもりはないよ、リエル。それは元勇者パーティーだったここのクロエが保証するし、むしろ、俺は君の願望を叶いに来たんだ」
「願望って?」
「君は復讐者でしょ?」
「…………!!」


その瞬間、リエルの瞳が驚愕に見開かれる。どうして知っているの、とでも言わんばかりの顔だ。

予想通りの反応に微笑みながら、俺は指を組んで顎を乗せ、低い声で言う。


「今から、君が決して断れない提案をしてあげる」
「……………あなた」
「俺が教皇を殺してやる。その代わり、俺たちのサポーターになってくれよ、リエル」


俺は知っている。

か弱くて臆病なこの少女は、商売においては目を見張るほどの才能を持っている人物だ。

それに、自分の母の復讐を成し遂げるために何年もどん底ではいつくばっていた、我慢強い復讐者でもある。

願望を叶えるためなら、悪魔とでも手を握ろうとするだろう。

正に、俺とニアみたいな悪魔でも。


「…………………ふふっ、ふふふふふっ」


そして、リエルは急に狂ったように笑いながら、俺を見てくる。


「そうだね、これは確かに断れないかも」
「……リエル」
「悪魔と手を組むなんて、命知らずだと分かってはいるけど……私の命なんて、お母さんが死んだあの日からもうないようなものだからね」


白い手が差し伸べられて、少女の狂気じみた表情が見える。

その顔にはさっきまでの怖気が消えて、強烈な執着が支配していた。


「すべて、持っていきなよ。私の命、あげるからさ」
「残念だね、リエル」


俺は、その手を握りしめて何度か振る。

その後に、俺は口の端を吊り上げてから言った。


「俺が欲しいのは、君の命じゃなくて教皇の絶叫と首なんだ」
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