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43話  信仰が足りないようですね

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勇者、カルツはスラムでの一件を経て首都に戻った後、地獄のような日々を送っていた。

カイの魔法で串刺しにされた足はアルウィンに治療してもらったものの、精神的な苦痛が酷すぎるのだ。

あの時、カルツは本能的に感じていた。今の自分では絶対に勝てないと。

悪魔に打ち勝つことなんて、できるはずがないと。


「……くそがぁあああ!!」


パン!!と宿のテーブルを大きく叩きながら、カルツは何度目かも分からない大声を出す。なにもできなかった。

一方的に殴られて、徹底的に手のひらで弄ばれた。自分は勇者なのに……そう、世界を救うべき勇者なのに!


「一体、なんなんだ……なにがどうなってるんだ」


なんであいつは自分を生かした。というより、あの実験室を作ったのは本当にゲベルスさんなのか。

芽生えた疑いは死ぬことなく、どんどん確固たる心に浸食し始める。ありえないと思いつつも、もしかしたらゲベルスさんが……という可能性が頭から消えなかった。

それに、なによりも―――クロエが自分を裏切ったことに、カルツは憤怒を隠せなかった。


「あの女……!!一刻でも早く殺すべきだった。まさか悪魔に肩入りするなんて……!」


自分が気絶している間、クロエはあの悪魔たちの後ろについて行ったという。

それは紛れもない裏切り行為で、善である自分を見捨てて悪にこびへつらうような、卑怯な真似にしかとらえなかった。

カルツは思う。どうして?どうしてこうなった?

自分は勇者なのに?国の財宝である聖剣にまで選ばれたんだから、これからの先は自分の信念を貫きながらすくすくと、成長するとばかりに思っていたのに。

どうしてこんなに試練だけが続くのか、カルツは本当に見当がつかなかった。


「俺が間違っていた?いや、そんなはずは……!そんな、はずは……」


ゲベルスの凶悪な死体が目に浮かぶ。

実験室に散らばっていたいびつな死体も、自分が剣を向けた時に見せたクロエの呆れ顔も。

自分の恥部を全部晒しながらも自分の命を助けたと言った、忌々しい悪魔の顔まで。

そのすべてが、その記憶が今までの自分をすべて否定しているようで―――カルツは、たまらなくなっていた。

自分が知っていた常識が歪みそうになるから。自分が信じてきた明るい未来と信念が、間違っているような気がするから。


「―――――いや、違う」


カルツは両手で頭を抱えたまま、狂ったように言い出す。


「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う」


そんなはずがない。

きっと、これも全部悪魔の仕業だ。自分が知らないルートであの実験室を作って、ゲベルスさんを実験体として利用したのだ!

そうと考えなければ、狂ってしまいそうになる。カルツは自分の信念と理想を捻じ曲げたくなかった。

今まで通りに考えて、生きた方が楽だから。それが正しいと周りからも教わってきたから、自分もその理想を実現したいと強く願っていたから。

悪魔を倒して、英雄になりたいから!


「俺が間違っていたら、聖剣が俺を選ぶわけがない……勇者として選ばれるわけがないのだ。ははっ、はっ……そ、そもそも、俺はなんで悪魔の言葉なんかに囚われているんだ?あいつは人類の敵で、消すべき悪なのに……ははっ、ははっ!!」


そう、クロエは元々邪魔だった。

英雄になるための資質など一つも持ち合わせていないあいつなんて、一刻も早く追放するべきだった。悪魔の言葉に耳を傾ける価値もない。

ゲベルスさんは利用された。命の恩人である教皇様と、この国の支配者になるべき皇太子様は……間違っていない。

間違っていたら、ダメだ。


「……………………ふふっ、ふぅ……狩りにでも行くか」


なにを、柄にもなく一人で考え込んでいただろう。自分は体を動かす方が得意なのに。

勇者は聖剣を持って立ち上がる。確か、今日はブリエンとアルウィン、二人とも用事があると言っていたから……ダンジョンに行くのは自分一人になるのか。


「……一人」


クロエが抜けて、パーティーは3人になった。たった3人に、なってしまった。

……どうしてだろう。勇者である自分の隣にはきっと、素敵な仲間で溢れかえるはずだと、夢見ていたのに。


「……なにを思ってるんだ、俺は。早く行くか」


カルツは聖剣を持ったまま、宿を出てダンジョンに向かう。

一人で歩く彼の隣には、誰もいなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



一方、教会の部屋ではスラムから帰還したアルウィンと教皇―――ヒムラーが顔を合わせていた。


「……という事件がありました、ヒムラー様」
「なるほど、そうですか」


スラムでの出来事、地下の実験室、それから悪魔に出会ったことまで。

アルウィンは事細かく、教皇にすべてを伝えていた。

何故か悪魔が自分たちを一度助けてくれて、機会があったにも関わらず殺さなかったことに対する疑問まで、付け加えて。

アルウィンが言い終えると、デブの教皇はただ慈悲深い顔を湛えたまま頷くだけだった。

アルウィンは重苦しい表情で、言うか言わないかを深刻に悩み始める。でも、結局は言うしかなくなって、彼女は深呼吸をしてから教皇を見つめた。

逃げてはダメだ。自分は善を実現すべき聖職者だから。


「はい。それで、ヒムラー様……一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「ほうほう、なんでしょう?アルウィン」
「―――あの実験室を作ったのは本当に、ゲベルスさんなのでしょうか」


ヒムラーが知らないはずがないと、アルウィンは強く思っていた。

帝国は昔から宗教と政治の繋がりが強い。幼い頃から、アルウィンは教皇が政治的な業務を行うために皇室を出入りするところを何度も見てきた。

そして何より、あの実験室の規模を考えると、教皇が感づかないはずがないとアルウィンは思ったのだ。

地下にあれだけの施設を作り上げ、禁書として扱われていた黒魔法の書物を並べて、人を使った実験をするなんて。

とんでもない資金や労働力がないと、決してできない真似だ。それを可能にさせるには、文字通り―――国家が動かなければならない。


「……ああ、アルウィン」


しかし、教皇は立ち上がった後にアルウィンの肩に手を置いて。



「まだまだ、信仰が足りないようですね」



その気持ち悪い声を囁くように、アルウィンに伝えた。


「…………………………………………え?」
「まさか、悪魔の言葉に惑わされるなんて。この教会でもっとも神聖力に溢れているあなたが、そんな邪な考えを抱くなんて……!私は失望しました、アルウィン」
「で、ですが……!」
「アルウィン、あなたは後々しっかりと、悔い改めた方がいいですよ」


それから、教皇は薄眼を開けてニヤッと笑って見せる。


「この国が、神に仕えるこの神聖な帝国がそんなおぞましい真似をするはずがないじゃないですか。黒魔法の実験?この帝国がそれを繰り返したところで、一体何を得られると言うのでしょう」
「………………………」
「あなたは私を継いで、未来の教皇となる人材です。どうか、そのような不敬な考えを頭から消し去ってください。あなたは神に選ばれし者、他の人々とは格が違うのですから」
「………きょ、教皇様……」
「おっと、口答えはなしにしていただけますか?ふふっ、アルウィン……今でも遅くありません。すぐに礼拝堂に降りて、十字架の前に跪いて懺悔をいたしましょう。悪魔の甘い言葉に惑わされた罪を、祈りで償うのです」


アルウィンの背筋から冷や汗が伝う。

そして、その強烈な違和感に囚われているアルウィンを見つめながら、教皇は釘を刺すように言った。


「この帝国が悪だなんて、そんなことあるはずないじゃないですか、ふふっ」
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