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56話 アルウィンの悲惨な願い
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「ぐへっ、ぐへぇええええぁああ!!!」
ヤツの髪の毛を掴んだまま放り投げる。当たり前だが、十字軍が潰される姿を見た教皇は完全に怖気づいていた。
腰と膝に力が抜けたのか、立つことすらできないようだった。俺ははあ、とため息をつきながら、ヤツを掴んだ手を見下ろす。
……汚らわしい。この手はヤツの血で洗わないと。
「安心しな、教皇。お前を殺す相手は他にいるから」
「な、な、なにを……!」
「知らないか?リエルだよ」
その名前を聞いた瞬間、教皇の目が見開かれる。俺は失笑をこぼしながら言った。
「そう、あのリエルだ。お前が火あぶりにした人の娘。覚えてるか?おい」
「ひ、ひいいっ……!!」
「ああ、覚えてないだろうな。今までてめぇの都合で火刑に処した人たち、数百人はいるもんな」
前世のゲームでは火刑に処される姿も、あんな風に女性を弄ぶような空間も演出されていなかった。
ただサブクエストのテキストにそういった痕跡があって、ダメもとでそれを推理しただけに過ぎないのだ。
だけど、その推測は漏れなく当たってしまって、俺は本当の意味で吐きそうになる。
今、目の前にいるこいつは人間じゃない。リエルが最後の一撃を食らわせるとしても、その寸前まではボコボコにしなきゃ気が済みそうになかった。
「た、助けて……助けてくれ!!命だけは、命だけは!!」
「うるせぇ、クソが」
「くはあっ!?」
少しだけ魔力を込めて、俺はヤツの腹を蹴り飛ばした。体が宙に浮いて、ヤツはそのまま落下してまたダメージを受ける。
「ぐぁああ……!!ケホッ、ケホォッ!!ぷへぇええ……」
「さて、聞きたいことがいくつかあるんだが、それに答えられたら蹴ることだけはやめてあげるぞ」
こいつがどんな行動を取ろうが、俺はもう心の中で決めていた。こいつは死ぬべきで、今まで殺してきた人たちの倍以上の苦痛を与えるつもりでいる。
しかし、蹴られないというワードに引っかかった教皇は、痛みに震えながらも必死に声を出した。
「ケホッ、ケホッ……!な、なにを聞くつもり……い、いえ!!なんでも質問してください、な、なんでもぉ!!!」
「……一つ」
俺はヤツのお腹辺りに足を近づかせた後、静かに問う。
「他の人たちは、どこに監禁した」
「………ひぃっ!?」
「12人だけじゃないだろ?あそこにいた女の人たち。どこで閉じ込めた、おい」
「だ、第4礼拝堂の近くにある倉庫……!!その倉庫の地下にいます!!」
「何人監禁した」
「そ、それは……!!く、くはああああああっ!?」
一瞬ためらうそぶりが見えたので、即蹴り飛ばした。血にまみれた泥にかすめられて、教皇の体はもうボロボロになっていた。
構わず近づくと、ヤツは無様に涙まで流しながら口を開く。
「さ、38にぃいいん!!!」
「……………………………」
「さんじゅ、38人です!!本当に、本当にそれだけしか……くほぉおっ!?!?」
「………………………………………それだけ、しか?」
気が付いたら、俺は反射的にヤツの顔面を蹴っていた。背筋がゾッとして、つい足が先に出てしまったのだ。
それだけしか?38人が、だけ??こいつ、こいつは―――――
「それ、だけしか?」
「ち、違います!!さっきは口が滑っただけで―――く、くぁあああああああ!?!?」
「……ゲス」
ニアも嫌悪感を隠し切れないのか、黒い槍を召喚してヤツに近づいた。槍はすぐに教皇の肩に突き刺され、醜い悲鳴が上がる。
「……おい」
「あぁ、ぐぁあああ……は、はいぃ……!!」
「他に何人監禁した。他に何人、弄んだんだ」
「そ、それは………!!」
「――――――――――――――いや、もういい」
もういい。リエルには申し訳ないけど、本当に悪いけど、これはダメだ。
リエルの母親みたいに、教会に従わない人たちを火あぶりにして。
効果もない聖水をジンネマンさんみたいな人に押し売りして、家族の人生を破綻させて。
何十人以上の人を性的に弄んで、監禁して、家畜のような扱いをして。なのに、教会で礼拝する時にはまるで聖者のような演技をして。
こいつはもうダメだ。殺さなければならない。こいつは、生かしておくには質が悪すぎる。
「ひ、ひいいいいっ!?!?や、やめろ!!やめてくれぇえ、お願いだぁあああ!!!」
「……………死ね」
「き、きやああああああああああああああっ!!!!!」
俺は血がついている剣を高く掲げる。これを首に刺し込めば終わりだ。
リエルに復讐させるつもりだったけど、もっとたくさん苦痛を味わわせるつもりだったけど、感情がバグっておかしくなった。
生理的な嫌悪が先走って、どうしても待てそうにない。手に魔力を込めたら、剣が炎を巻いた。そのまま、ヤツの首を狙おうとした時―――――――
「ダメぇええええええええええええ!!!!」
横から切実な、悲鳴のような声が上がって。
俺は思わず動きを止めた後に、その方向に振り向いた。すると、目隠しを外したアルウィンがこちらに駆け寄る姿が見えた。
目はすでに赤く腫れていて、どうみても正常には見えない。最悪の悲惨さに浸っているはずの彼女は、俺の横に来るなりすぐ跪いた。
「お、お願い…………お願いします。ケホッ、ケホッ、ぐぇえ……お、お願いします……い、一回だけ!!一回だけ、ヒムラー様にチャンスをください……!!」
「……アルウィン」
「お願い……お願いします。もう、もう死ぬのは嫌です……嫌です、嫌ぁ……えほっ、ゲホッ……ぁあ、もうダメ。ダメぇ………」
「………………………………」
完全に理性が吹っ飛んでいる。
アルウィンに残っているのは本能だけで、彼女は号泣しながら俺の足元に縋りついた。嘔吐しながらも、彼女は必死に懇願している。
「アルウィン、悪いけどこいつは死ななきゃいけない」
「ひ、ひいいぃっ!?」
「君も聞いただろ?こいつは人間じゃないんだ。聖職者である以前に、人間じゃない。ゴミもクソもゲスも何もかも、こいつの悪辣さを表現するには足りないんだ。アルウィン」
「ダメ、ダメですぅ……お願い、お願い、お願いします………ああ、あああああああああああ………!!」
「………………………………」
何とか諭そうとするものの、アルウィンはずっと同じ言葉を繰り返すだけだった。いや、俺の言葉が届いているようにすら見えなかった。
彼女だって、頭で分かっているだろう。こいつはズタズタにされて死んでも文句を言えないヤツで、今の状況も因果応報だ。誰でもない彼女が、一番理解しているはずだ。
なのに、彼女はいやいやと首を振りながら、子供みたいに駄々をこねるだけ。これはもう、話が通じないだろう。
「あ、あああああああ!!ダメ、ダメぇ……ダメぇええええっ!!!」
奥歯を噛みしめながら、俺は再び剣に魔力を注入していく。黒い炎が上がるのと同時に、アルウィンの悲鳴が大きくなる。
体が自然と震える。俺の気持ちまで泥まみれになって、どうにかなりそうだった。
そして、その瞬間。
「カイ!!!!」
クロエが一目散に駆け寄ってきて、俺を見つめながら何度も首を振る。俺は息を呑んで、再び足元にいるアルウィンを見つめた。
涙に濡れて、服も髪の毛も泥まみれになってうめいているアルウィン。普段のしおらしくて優しい雰囲気はどこにもいなかった。
「お願い、お願いします……エホッ、ゲホッ!!カイさん、お願いぃ……殺さないで、もう嫌……もう、いやぁあああ………」
「……………………」
大事な恩人が、クズだってことを知って。
恩人がクズだってことを知って、人生で信じてきたすべてが崩れ去って。
目の前で教皇のあんな姿を見て、血を見て、集団殺戮現場を見て。そして、38人という新たな数字をまた知ってしまって。
アルウィンの精神はもう、言葉では言い表せないほど崩れていた。それがよく見えた。前世のゲームの中で彼女のこういう姿を見たことはなかったし、だからこそ俺は震える。
「お願いぃ……お願い、おね……ケホッ、ゲホッ、ぅぁ……ぁあ……お、ねがい………うぐぅう………」
「………カイ」
「……………」
クロエが悲痛な声で俺の名前を呼ぶ。俺は未だに縋りついているアルウィンを見て、思った。
教皇は、彼女の大事な恩人であり師匠。
そんな存在が、また目の前で殺されたら?串刺しになって殺されて、その音すら全部聞くことになったら?
アルウィンは果たして、正常に生きて行けるだろうか。
「…………………………………三日あげる、教皇」
いや、できそうにない。
こんなに壊れてるのに、目の前で教皇まで殺したら―――もう、取り返しがつかないことになりそうだ。
「お前のすべての罪を人々の前で告解しろ。聖水も、あの地下の施設も、今まで火あぶりにしてきた人々の数も名前も全部見つけ出して、全部公開しろ」
「……………あ、ひいっ……」
「謝罪するんだ。すべてを、てめぇのすべての罪を謝罪して、人々の前で土下座しろ。そうすれば、命だけは救ってやる」
もちろん、ウソだ。こいつを生かしておく必要はないし、生かしたくもない。謝罪しようがしないが、こいつは俺とリエルに殺される運命にある。
だけど、こいつが謝罪すればアルウィンの心の負荷が、少しだけ軽くなるだろう。
「アルウィンに感謝するんだな、お前。じゃないと、ここで死んだはずだから」
その言葉がきっかけになったのか。
教皇がここで死なないと悟ったアルウィンは、そのまま意識を失ってしまった。
足を抱きしめていた力が急になくなり、俺は気絶したアルウィンをそっと抱き上げる。意識がいない状態でも、彼女は呻きながら泣き続けていた。
「三日だぞ、教皇」
それだけ言い残して、俺はクロエとニアと頷き合ってから背を向ける。
他の38人が閉じ込められていたという施設に向かっている途中、クロエが先に言ってきた。
「カイ、個人的な意見だけど、あいつは―――」
「ああ、絶対に謝罪しないだろうな」
俺は遮るように言う。大体、謝罪ができるヤツだったら女を何十人も監禁したりしない。
俺がヤツを殺さなかった理由は、ただアルウィンにこれ以上の惨状を見せたくなかったからに過ぎなかった。
「あいつは絶対に謝罪しないし、公に自分の罪を認めたりもしないだろう。たぶん、皇室に支援を要請したり散らばっている十字軍たちをかき集めたりして、また挑んでくるんじゃないかな」
「……………」
「その時に、また徹底的に潰すつもりだよ。今度こそ人々の前で教会の罪状を認めさせて、民衆の憤怒が皇室と教会に向けられるようにした後に、殺さないと」
「……でも、そうしたらアルウィンがあなたを――――」
「嫌われても仕方ないと思うんだ」
嫌われたくはないけど。
ゲームの中で、ずっと一緒に活動していたキャラだから。愛着のある子だから、嫌われたくはないけど。
「でも、やらなきゃいけないと思う。まあ……そうだね、帰って三日後の準備でもしなきゃ」
「……………」
「……うぅ……ぅ……」
俺の懐の中で、アルウィンはまだ苦しそうに呻き始めた。
……やっぱり、連れてくるべきじゃなかった。あれはゲームシナリオにもない状況だったから、現実を見せてあげるのも悪くないかと思ったのに。
でも、まさかあそこまで酷かったなんて。ここまで腐っていたなんて……俺すらも、想像できない事実だった。
「閉じ込められている人たちを助けて、一旦帰ろう」
直面した現実は、想像以上に苦しいもので。
解放された人たちの歓声を聞くまで、俺たちの空気はずっと沈んでいた。
ヤツの髪の毛を掴んだまま放り投げる。当たり前だが、十字軍が潰される姿を見た教皇は完全に怖気づいていた。
腰と膝に力が抜けたのか、立つことすらできないようだった。俺ははあ、とため息をつきながら、ヤツを掴んだ手を見下ろす。
……汚らわしい。この手はヤツの血で洗わないと。
「安心しな、教皇。お前を殺す相手は他にいるから」
「な、な、なにを……!」
「知らないか?リエルだよ」
その名前を聞いた瞬間、教皇の目が見開かれる。俺は失笑をこぼしながら言った。
「そう、あのリエルだ。お前が火あぶりにした人の娘。覚えてるか?おい」
「ひ、ひいいっ……!!」
「ああ、覚えてないだろうな。今までてめぇの都合で火刑に処した人たち、数百人はいるもんな」
前世のゲームでは火刑に処される姿も、あんな風に女性を弄ぶような空間も演出されていなかった。
ただサブクエストのテキストにそういった痕跡があって、ダメもとでそれを推理しただけに過ぎないのだ。
だけど、その推測は漏れなく当たってしまって、俺は本当の意味で吐きそうになる。
今、目の前にいるこいつは人間じゃない。リエルが最後の一撃を食らわせるとしても、その寸前まではボコボコにしなきゃ気が済みそうになかった。
「た、助けて……助けてくれ!!命だけは、命だけは!!」
「うるせぇ、クソが」
「くはあっ!?」
少しだけ魔力を込めて、俺はヤツの腹を蹴り飛ばした。体が宙に浮いて、ヤツはそのまま落下してまたダメージを受ける。
「ぐぁああ……!!ケホッ、ケホォッ!!ぷへぇええ……」
「さて、聞きたいことがいくつかあるんだが、それに答えられたら蹴ることだけはやめてあげるぞ」
こいつがどんな行動を取ろうが、俺はもう心の中で決めていた。こいつは死ぬべきで、今まで殺してきた人たちの倍以上の苦痛を与えるつもりでいる。
しかし、蹴られないというワードに引っかかった教皇は、痛みに震えながらも必死に声を出した。
「ケホッ、ケホッ……!な、なにを聞くつもり……い、いえ!!なんでも質問してください、な、なんでもぉ!!!」
「……一つ」
俺はヤツのお腹辺りに足を近づかせた後、静かに問う。
「他の人たちは、どこに監禁した」
「………ひぃっ!?」
「12人だけじゃないだろ?あそこにいた女の人たち。どこで閉じ込めた、おい」
「だ、第4礼拝堂の近くにある倉庫……!!その倉庫の地下にいます!!」
「何人監禁した」
「そ、それは……!!く、くはああああああっ!?」
一瞬ためらうそぶりが見えたので、即蹴り飛ばした。血にまみれた泥にかすめられて、教皇の体はもうボロボロになっていた。
構わず近づくと、ヤツは無様に涙まで流しながら口を開く。
「さ、38にぃいいん!!!」
「……………………………」
「さんじゅ、38人です!!本当に、本当にそれだけしか……くほぉおっ!?!?」
「………………………………………それだけ、しか?」
気が付いたら、俺は反射的にヤツの顔面を蹴っていた。背筋がゾッとして、つい足が先に出てしまったのだ。
それだけしか?38人が、だけ??こいつ、こいつは―――――
「それ、だけしか?」
「ち、違います!!さっきは口が滑っただけで―――く、くぁあああああああ!?!?」
「……ゲス」
ニアも嫌悪感を隠し切れないのか、黒い槍を召喚してヤツに近づいた。槍はすぐに教皇の肩に突き刺され、醜い悲鳴が上がる。
「……おい」
「あぁ、ぐぁあああ……は、はいぃ……!!」
「他に何人監禁した。他に何人、弄んだんだ」
「そ、それは………!!」
「――――――――――――――いや、もういい」
もういい。リエルには申し訳ないけど、本当に悪いけど、これはダメだ。
リエルの母親みたいに、教会に従わない人たちを火あぶりにして。
効果もない聖水をジンネマンさんみたいな人に押し売りして、家族の人生を破綻させて。
何十人以上の人を性的に弄んで、監禁して、家畜のような扱いをして。なのに、教会で礼拝する時にはまるで聖者のような演技をして。
こいつはもうダメだ。殺さなければならない。こいつは、生かしておくには質が悪すぎる。
「ひ、ひいいいいっ!?!?や、やめろ!!やめてくれぇえ、お願いだぁあああ!!!」
「……………死ね」
「き、きやああああああああああああああっ!!!!!」
俺は血がついている剣を高く掲げる。これを首に刺し込めば終わりだ。
リエルに復讐させるつもりだったけど、もっとたくさん苦痛を味わわせるつもりだったけど、感情がバグっておかしくなった。
生理的な嫌悪が先走って、どうしても待てそうにない。手に魔力を込めたら、剣が炎を巻いた。そのまま、ヤツの首を狙おうとした時―――――――
「ダメぇええええええええええええ!!!!」
横から切実な、悲鳴のような声が上がって。
俺は思わず動きを止めた後に、その方向に振り向いた。すると、目隠しを外したアルウィンがこちらに駆け寄る姿が見えた。
目はすでに赤く腫れていて、どうみても正常には見えない。最悪の悲惨さに浸っているはずの彼女は、俺の横に来るなりすぐ跪いた。
「お、お願い…………お願いします。ケホッ、ケホッ、ぐぇえ……お、お願いします……い、一回だけ!!一回だけ、ヒムラー様にチャンスをください……!!」
「……アルウィン」
「お願い……お願いします。もう、もう死ぬのは嫌です……嫌です、嫌ぁ……えほっ、ゲホッ……ぁあ、もうダメ。ダメぇ………」
「………………………………」
完全に理性が吹っ飛んでいる。
アルウィンに残っているのは本能だけで、彼女は号泣しながら俺の足元に縋りついた。嘔吐しながらも、彼女は必死に懇願している。
「アルウィン、悪いけどこいつは死ななきゃいけない」
「ひ、ひいいぃっ!?」
「君も聞いただろ?こいつは人間じゃないんだ。聖職者である以前に、人間じゃない。ゴミもクソもゲスも何もかも、こいつの悪辣さを表現するには足りないんだ。アルウィン」
「ダメ、ダメですぅ……お願い、お願い、お願いします………ああ、あああああああああああ………!!」
「………………………………」
何とか諭そうとするものの、アルウィンはずっと同じ言葉を繰り返すだけだった。いや、俺の言葉が届いているようにすら見えなかった。
彼女だって、頭で分かっているだろう。こいつはズタズタにされて死んでも文句を言えないヤツで、今の状況も因果応報だ。誰でもない彼女が、一番理解しているはずだ。
なのに、彼女はいやいやと首を振りながら、子供みたいに駄々をこねるだけ。これはもう、話が通じないだろう。
「あ、あああああああ!!ダメ、ダメぇ……ダメぇええええっ!!!」
奥歯を噛みしめながら、俺は再び剣に魔力を注入していく。黒い炎が上がるのと同時に、アルウィンの悲鳴が大きくなる。
体が自然と震える。俺の気持ちまで泥まみれになって、どうにかなりそうだった。
そして、その瞬間。
「カイ!!!!」
クロエが一目散に駆け寄ってきて、俺を見つめながら何度も首を振る。俺は息を呑んで、再び足元にいるアルウィンを見つめた。
涙に濡れて、服も髪の毛も泥まみれになってうめいているアルウィン。普段のしおらしくて優しい雰囲気はどこにもいなかった。
「お願い、お願いします……エホッ、ゲホッ!!カイさん、お願いぃ……殺さないで、もう嫌……もう、いやぁあああ………」
「……………………」
大事な恩人が、クズだってことを知って。
恩人がクズだってことを知って、人生で信じてきたすべてが崩れ去って。
目の前で教皇のあんな姿を見て、血を見て、集団殺戮現場を見て。そして、38人という新たな数字をまた知ってしまって。
アルウィンの精神はもう、言葉では言い表せないほど崩れていた。それがよく見えた。前世のゲームの中で彼女のこういう姿を見たことはなかったし、だからこそ俺は震える。
「お願いぃ……お願い、おね……ケホッ、ゲホッ、ぅぁ……ぁあ……お、ねがい………うぐぅう………」
「………カイ」
「……………」
クロエが悲痛な声で俺の名前を呼ぶ。俺は未だに縋りついているアルウィンを見て、思った。
教皇は、彼女の大事な恩人であり師匠。
そんな存在が、また目の前で殺されたら?串刺しになって殺されて、その音すら全部聞くことになったら?
アルウィンは果たして、正常に生きて行けるだろうか。
「…………………………………三日あげる、教皇」
いや、できそうにない。
こんなに壊れてるのに、目の前で教皇まで殺したら―――もう、取り返しがつかないことになりそうだ。
「お前のすべての罪を人々の前で告解しろ。聖水も、あの地下の施設も、今まで火あぶりにしてきた人々の数も名前も全部見つけ出して、全部公開しろ」
「……………あ、ひいっ……」
「謝罪するんだ。すべてを、てめぇのすべての罪を謝罪して、人々の前で土下座しろ。そうすれば、命だけは救ってやる」
もちろん、ウソだ。こいつを生かしておく必要はないし、生かしたくもない。謝罪しようがしないが、こいつは俺とリエルに殺される運命にある。
だけど、こいつが謝罪すればアルウィンの心の負荷が、少しだけ軽くなるだろう。
「アルウィンに感謝するんだな、お前。じゃないと、ここで死んだはずだから」
その言葉がきっかけになったのか。
教皇がここで死なないと悟ったアルウィンは、そのまま意識を失ってしまった。
足を抱きしめていた力が急になくなり、俺は気絶したアルウィンをそっと抱き上げる。意識がいない状態でも、彼女は呻きながら泣き続けていた。
「三日だぞ、教皇」
それだけ言い残して、俺はクロエとニアと頷き合ってから背を向ける。
他の38人が閉じ込められていたという施設に向かっている途中、クロエが先に言ってきた。
「カイ、個人的な意見だけど、あいつは―――」
「ああ、絶対に謝罪しないだろうな」
俺は遮るように言う。大体、謝罪ができるヤツだったら女を何十人も監禁したりしない。
俺がヤツを殺さなかった理由は、ただアルウィンにこれ以上の惨状を見せたくなかったからに過ぎなかった。
「あいつは絶対に謝罪しないし、公に自分の罪を認めたりもしないだろう。たぶん、皇室に支援を要請したり散らばっている十字軍たちをかき集めたりして、また挑んでくるんじゃないかな」
「……………」
「その時に、また徹底的に潰すつもりだよ。今度こそ人々の前で教会の罪状を認めさせて、民衆の憤怒が皇室と教会に向けられるようにした後に、殺さないと」
「……でも、そうしたらアルウィンがあなたを――――」
「嫌われても仕方ないと思うんだ」
嫌われたくはないけど。
ゲームの中で、ずっと一緒に活動していたキャラだから。愛着のある子だから、嫌われたくはないけど。
「でも、やらなきゃいけないと思う。まあ……そうだね、帰って三日後の準備でもしなきゃ」
「……………」
「……うぅ……ぅ……」
俺の懐の中で、アルウィンはまだ苦しそうに呻き始めた。
……やっぱり、連れてくるべきじゃなかった。あれはゲームシナリオにもない状況だったから、現実を見せてあげるのも悪くないかと思ったのに。
でも、まさかあそこまで酷かったなんて。ここまで腐っていたなんて……俺すらも、想像できない事実だった。
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