13 / 173
番 編
出発
しおりを挟むユリウス様の所を出てから初めての休日が来た。今日、きっと私がいない事にユリウス様が気づく。
今日までメイド達も気付いていなかったはずだ。食堂ぐらいしか顔を合わす機会は無かったし、それもずらした時間に行くようにしていたから。
そもそも一週間ぐらいは誰とも会わないなんて普通だった。
ユリウス様は何時ぐらいに侯爵邸にお戻りになっていたっけ?朝だったっけ、昼だったっけ?どうせ〝いつもの場所“に呼び出されて行ってしまうけれど、休日は律儀に帰って来ていた。
————「何をそんなにソワソワしている?」
やっぱりバレてしまう。お兄さんは私の心の機微にとても聡い。
「えっと……今日はユリウス様が来る日だなって。だから今日私がいない事、バレると思って……」
「ふーん」
あ、あれ?それだけ?もっと機嫌悪くなるかなと思ったのに。
お兄さんはやっぱりよく分からない。私を振り回して遊んでるだけのような気もする。大人の男の人は、よく分からない。
「また余計な事考えてるだろ」
抱き上げられて、肩に担がれる。
「へっ!?何!?こわい!」
「落とさねぇよ」
お兄さんは私を担いだまま外に出て湖畔に座らせると、後ろから抱き込む形で自分も座った。
靴が脱げて裸足になった足先が水に浸かって気持ちがいい。
「俺が守るって言ったろ」
「それは、そうだけど……ユリウス様は近衛騎士様で、多分、すごく強くて」
「…………俺の腕の中で他の男の名前を呼ぶな」
「えぇ……?」
「まぁでも紬が不安なら急ぐか。俺としても願ったりだ」
よく分からない返答に戸惑っているとテトが横に来て水を飲み始めた。お兄さんの腕の中で、隣にテトがいる事にひどく安心を覚える。
「テルガード、いけるな?」
ブルンッとテトがわななく。
「な、何?」
「テルガードはもう元気だよ。獣医に見せたから確実だ」
「でも、横になる事が多いよ?」
「あ゛~、それな、お前に甘えてただけだとよ。ったく心配かけさせやがって」
「テト!もう元気なの!?良かった!良かったねぇ!」
思わず立ち上がってテトの顔を抱きしめると、テトも腕の中でスリスリしてきてすごく可愛い。
「おいテルガード!俺より熱烈な愛情受けてんじゃねぇよ!こっちこい!つむぎ!」
お兄さんは長いため息を一つついて軍服の胸ポケットから笛文を出すと、上から人差し指をすっとかざして魔力を込めたようだった。
ガラス管の中の古びた紙に文字が浮かぶ。
〝迎えに来い すぐに出る”
文字はすぐに消えてまた新しい文字が浮かぶ
〝御意に”
返信の文字はすぐには消えないようだった。
~ いつもの場所で待ってる レイ ~
嫌な思い出が蘇る。
「笛文が気になるか?俺の国についたら紬にも新しいのをやるよ」
「い、いらないっ!!!」
「つむぎ?」
「いらない、それは、嫌!」
「どうした…………?」
テトが安心させようとグリグリと顔を押し付けてくる。
心臓がバクバクと煩い。
テトを抱きしめた私を、ひょいと引き剥がして横抱きに抱き上げてくる。そのまま強い力で抱き込められて、今度はお兄さんが私の首元にグリグリと額を押し付けて来た。
「何があった。教えてくれ、ちゃんと知っておきたい」
「——っ、あの筒は、嘘しか映さない。見たくないの」
涙ばかりが出て来てうまく言葉が出てこない。
◇◆◇
迎えに来たリツに小屋の後始末を任せて、泣き疲れて腕の中で眠った紬と一緒にテルガードに騎乗する。
あの後涙ながらに語った紬のトラウマに、全身の血が沸騰しそうになるのをスヤスヤと眠る紬の愛らしい寝顔を見て何とか抑える。
テルガードもわかっているのかなるべく揺れが起きないように配慮して動いているのが分かる。俺も、愛馬も、この小さな可愛い生き物に夢中になっている。
テルガードの上で何度か起きかけた紬の耳元で「大丈夫だよ」と囁いて髪をすいてやるとまたくぅくぅと深い眠りに付く。
俺の腕の中で、俺の声に安心しているつむぎを見るのはひどく気分がいい。歓喜の波が俺の心の奥底まで満ちていく。
近くの街で馬車を用意した部下達と合流する。馬車を用意させておいて良かった。騎乗になれない紬を、もう少し寝かせてやれる。
「お前ほんとにリヒトか?また怪しい惚れ薬でも飲まされたんだろ。ほら、解毒薬飲め!」
乳兄弟で俺の側近のクロードが小さな瓶を出してくる。紬を馬車に寝かせ、テルガードの側に戻った俺を全員が驚愕の眼差しで見ている。
「クロード、既に解毒薬は渡しております。まだ私もリツも信じられませんが今回は本気のようです」
ユアンがやれやれというように答える。
「お前ら何で解毒薬ばっかりもってんだ。アホか」
「そりゃ~殿下の周りのご令嬢達怖いも~ん!計略・謀略・罠に服毒までなんでもござれで殿下をねらってくるじゃ~ん、護衛の俺らみんな解毒薬常備よ?」
側近のルースの言葉に苛立ちが増す。
「紬は俺が口説いてんだよ!絶対に邪魔すんな」
「ほんとにお前誰だよ!!!」
「クロードうるせえ!紬が起きるだろうが!」
「溺愛~!マジで洗脳系の魔法を疑った方が良さそう~!古代魔術じゃね?誰も解呪出来ない~!」
「ルース、とりあえず解毒薬はお茶に混ぜて内緒で接種頂いております。古代魔術の線で調べておきます」
「わ~お、ユアンさん、やるぅ~!」
「お前ら、うるせぇ!!」
2,543
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる