76 / 173
家族編
卵
しおりを挟む目覚めてから二日かかってやっと起き上がれるようになった。
泣き腫らした目のクロム君が私にくっついて離れないのが可愛い。
テトとルルは、ユアンさんとリツさんがまだ向こうに残ってお世話をしているらしい。
ダミーで捕縛隊を動かす間テトは先に帰っても良かったんだけど、テト本人が嫌がったんだって。
「来たぞ」
リヒト様の目線の方を見ると、庭からルース君とクレアちゃんが二人でやってくるのが見えた。
寄り添って、恋人同士みたいに見える。
「つむぎちゃんんんん~~~!!!良かったぁあああ!!!」
目に涙をいっぱいためたクレアちゃんが走って飛び込んできて、縁側に座っていた私に抱きつく。
「クレアちゃん大丈夫だった?心配かけてごめんね?」
「わたしはだいじょうぶだよぉお~!!!」
クレアちゃんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「全部紬ちゃんのおかげ。本当にありがとう……今ね、ルース様と飛ぶ練習してるの……あの、あのね、お付き合い、オッケーしたの……」
「ふふふ、良かったね。そんな感じした」
クレアちゃんは真っ赤だ。すごく可愛い。
ゆっくり歩いてきたルース君が私の前で片膝をついて跪き、刀を鞘ごと地面に突き立てた。
「?」
「妃殿下、クレアを治癒して頂いた事、侯爵家を代表して感謝申し上げる。王弟殿下ならびに妃殿下に生涯の忠誠を」
「許す」
リヒト様が短く返す。
私とクレアちゃんは訳が分からず手を取り合ったまま呆然とルース君を見てる。
「妃はまだ体力がもどりきってない。今日はもう下がれルース。リハビリの時間だろ。付き添ってやれ」
ルース君は黙って、今度は刀をゆっくり前において庭にあぐらをかいた。
そのまま左右に拳をついて深く頭を垂れるこの国の最敬礼の礼をとる。
駆け寄ったクレアちゃんを眩しそうに見てから立ち上がって一礼をして二人で帰って行った。
「ルース君、かっこよかったね」
「はぁ?俺のがいいだろ。格好の問題じゃねぇよ。これでリオット侯爵家がおまえの後ろ盾に付いた」
「えぇ……別にいいのに」
「まぁ、お前には俺がいるからな。リオット侯爵家は力のある家門だからお守り代わりぐらいに思っとけ。ルース個人もお前に忠誠を誓ったしな。人たらしな妃だなお前は」
「何で責められてるの」
「みんな、ははうえ、だいしき」
「ふわぁああああ、可愛いぃぃ!!!」
「………………」
◇◆◇
竜の子はお腹の中で三ヶ月。卵の状態で五ヶ月で産まれてくるのが普通らしい。
私もシェルターに入らないといけないの?と聞いたら、世界で一番安全なのはこの邸だと言ってリヒト様は笑った。
三ヶ月なんてあっという間に過ぎて、わたしは母屋の夫婦の寝室で痛みと闘っている。
リヒト様がオロオロとベットの周りをあるき、ルルリエさんに怒られてる。
けどたぶんこれ、生理痛の酷いのぐらいの痛みだ。人間の子供より遥かに小さい卵なので、テレビで見た出産ドキュメンタリーみたいな壮絶な痛みでは無い。
「紬ちゃんは痛みに強いのね!?竜人の女性は発狂する事もあるのよ!?」
「生理痛と似てるもの。こんなの、なれっこだよ?」
「生理痛は人間のみで、竜人には無いのよ。あなた毎月こんな痛みと闘っていたの!?」
「ここまでではない月の方が多いけど……まぁ、そうだね」
リヒト様が驚愕した顔で私を見てくる。何なのか。
下半身には大きな布が被されていて、ルルリエさんが手を入れてる。
ひときわ大きな痛みの波が来て、私は卵を産んだ。
鶏の卵よりもほんの少し大きい、十センチぐらいの高さの卵。にわとりになった気分。すっごい複雑。
「つむぎ、よくやった!がんばったな!!!」
「う、うん……そうでも、無いかな……?」
産まれた卵にルルリエさんは触らずに、リヒト様がタオルで拭いて綺麗にしてくれた。全て夫がやるのが普通らしい。
「いい?つむぎちゃん。これから卵を守るためにイライラしたり、他者を近づけさせない様になるわ?自然なことだから、びっくりしないでね?私も最低限しか来ないから、何かあったら殿下に言うのよ?」
ガルガル期のことだね!人間にもあるって聞くもんね。
「つむぎ、良く休め。よくがんばったな。兄上に報告してくるから待ってろ」
そう言ってリヒト様は小さな座布団に卵を置いて出て行った。
卵は白い陶器のようで、シャボン玉のような虹色が時折りゆらめく。
「たまごちゃん、よくがんばったねぇ。えらいね」
リヒト様の子。私が竜を産むなんてピンとこない。
どんなに小さな子が出てくるんだろうか。竜の子は小さい。クロム君も小さいもんね。
「クロム君に、会いたいなぁ……」
◇◆◇
「クロムをすぐに引き離しましょう。卵胞期の女性は他の者を完全排除いたしますからクロムには酷かと。他国の動きを探らせる仕事に回せばスムーズに引き離せるでしょうし」
「俺だってまたクロムが泣く様な事は避けたいが……」
「既に悪いことになっていないといいのですが。まさか陛下に報告中に離れにお戻りになってしまうとは思わず……普通は二、三日動けないと聞いておりました故」
「ああ。クロムが紬に拒絶されてる可能性が高いな。はぁ、あいつにもやっと感情が出て来たところだったのに……なるべく俺らの側に置くか。あんまり意味なさそうだが……」
憂鬱な気分のまま離れの紬の部屋に入ると、中から華やいだ楽しそうな声が聞こえた。
「あ、おかえり~!」
紬の膝の上で手製の前掛けをし、給餌を受けているクロムがいる。
「おまえ……ガキはどうした!?」
「え?そこにいるよ?」
紬の指差す先を見ると、揺籠の中に置かれた小さな座布団の上に我が子の卵。
「あれ?軍服着てるって事はこの後まだお仕事?」
「お……おぅ……」
「はーい!じゃあクロムくんこっちでねよっか!お風呂も一緒に入ろう!お風呂に柚いれよ~?いいにおいだよ!」
「ん、いっしょ」
「…………………………ユアン………………」
「杞憂でしたね」
「人間は本能がねぇのか?」
「え……突然の悪口」
キョトンとした顔の紬と、目の前の甘味に夢中のクロム。
「ユアン、お前残って警備してみろ」
「私がいても全然平気そうですね……クロムを宥めるために来ましたが……」
「人間怖え」
2,490
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる