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最終章 人族編
ホテルのカフェ
しおりを挟むいつものリヒト様の執務室にミリーナさんと来た私を迎えてくれたのはリツさんだった。
ガランとした執務室にリツさん一人。
「天女さんすいません!殿下は急な会談が入って!あ、でももう終わる頃合いっすね。雑談でもしてるんだと思うっす!行ってみます?」
「それは……でも……お邪魔にならないでしょうか……」
「大丈夫っすよ!気になるのなら遠くから覗くだけにしますか?天女さんの安心が一番っスから!」
いないと知って、途端に狼狽しだした私をリツさんもミリーナさんも優しい目で見てくれる。子どもを見る様な。
「こっちっス!あーでも、ビックリなさるかもなぁ……」
ブツブツいいながら私を王宮の奥に案内してくれるリツさんの後について行く。
中ホールがある方だ。ホールで会談?
ホールに入るメイン扉ではなく、脇の扉を少し開け、リツさんが手招きする。
違う国の軍人さんがたくさんいる。
多分、熊。体が大きくて、茶色い丸い耳がある。
濃緑に金の装飾の軍服。
ホールの中で立式で飲み物が出されて、所々ブースの様に作られた広いソファーで竜人と熊獣人が歓談してる。
「陛下が出るはずだったんスけど、逃げたんスよ」
知らない国の人はまだちょっと怖いので、扉の隙間からリヒト様を探す。
「あ、いた。良かった、いた」
リツさんもミリーナさんもやっぱり優しい目で私を見る。
すごく大きなコの字型のソファーでリヒト様が葉巻を吸ってる。
足を開いてどかっと座ったリヒト様はソファーの背もたれに両腕をかけて超ダルそう。
隣にいるルース君までヤンキーみたい。
ユアンさんは足を組んで座って、綺麗な所作で吸ってる。
クロードさんだけは熊獣人の方二人と昼間からをお酒を飲んで楽しそう。
「不良の溜まり場みたい!!」
いつか映画で見た葉巻よりも細くて煙草みたいな形。
リヒト様の一角だけ煙がすごい。
「あ~~~、まぁ、天女さんのいない時の殿下はだいたいあんなもんです」
「ふ、不良竜………………!!」
私が小さな声を上げた時、紺色の瞳と目が合った。
途端に跳ねる様に立ち上がり、ツカツカとこちらにやって来る。
「つむぎ!もうそんな時間か!悪い!」
「あ……うん、ちゃんといるの、分かったから、もう、大丈夫」
わ~~~!みんなこっち見てる!目立つんだよリヒト様は!!
「このままバックレるか!だりぃし!」
皆の視線を遮る様に後ろ手で扉を閉めながらリヒト様が言う。
「リヒト様、不良みたい」
ひょいと抱かれた腕の中はリヒト様の匂いがする。
安心の匂い。
「合ってます。不良竜っス」
「真面目に仕事してるだろうが。逃げた兄上の分までやってんだぞ」
リヒト様は心外だとでもいう様な顔で笑う。
「陛下はどこに行っちゃったの?」
「エルシーナと天空領」
ホントに逃げたんだなぁ、陛下。
エルシーナ大好きだな。
「子どもらは何やってんだ」
「トランシーバーごっこ」
「トラン……?」
「あ、えっと、通信魔法陣で通信ごっこ」
「二人とも秒でマスターしたっス…………俺……一年かかったのに…………」
大笑いしたリヒト様が私を連れて歩き出す。
「もう今日はこのまま上がる。どこ行きたい?」
「時間があるなら……王都で人気っていうホテルのカフェに行ってみたい」
「仰せのままに、姫」
楽しそうに笑うリヒト様が眩しいものを見る様に私を見つめる。
後ろの方でリツさんがすぐさま予約を入れてる。シゴデキ。
久しぶりにテトにのせてもらって、リヒト様と王都一番の高級ホテルに入るとザッと左右に分かれて立ったホテルマン達が出迎えてくれた。
「 腹減った、何くう?」
ちゃんとした貴族の所作が出来るくせに、本当に必要な時しかしない。
二階に造られた緑の多い半個室のテラス席。ここでもどかっと座って偉そう。
「沢山フルーツが乗ったオシャレ蒸しパンがあるんだって!」
獣人の甘味は基本フルーツだ。
シンプルな蒸しパンにフルーツをたっぷり乗せただけのものでも話題にのぼる。
「紬が作ったやつの方が美味いだろ」
「こーいうのは気分なの!」
ふうんといって、メニューも見ずに支配人らしき人と話をして注文を済ませてしまう。
なんか手慣れてるな。
私の前には薄水色の炭酸の中に色とりどりの花が入った素敵ジュースが出され、リヒト様の前にはワインが出てきた。
「来たことあった?ここ」
ブーーーーーーーッッッッ!!!
盛大にワイン吹き出したな。勿体無い。
「んなっ!?は!?」
あったのか。言ってくれれば辞めたのに。やけに手慣れてるしメニューすら見ないし。
「常連だった?このホテル」
「ゲホッゲホッ!っっ~~~~~~!」
分かりやすいなぁ。
いつだったか、リヒト様は自分の邸に女性を入れたことはなかったとミリーナさんが話してくれたことがあった。ここは元カノとの逢瀬場所だな。彼女達の家か、こういうホテルか。
「私ね、十六の時、好きな人がいて」
「は!?」
「隣の家の二つ上のお兄さん。優しくて、かっこよくて」
「なんっ!?」
「告白したの。好きですって」
ガシャンッ!——あ、ワイングラス粉々事件。どういう握力してんだ。
「そしたらね、その前の日にお兄さん、他の女の子から告白されてオーケーしちゃったんだって泣かれて……私の事が好きだったのにって」
「待て待て待て待て!!何で俺番に恋バナされてんの!?え?殺して欲しいってこと!?」
「さぁどうでしょう」
にっこり笑って言うと、私の表情から真意を読み取ろうと目を見開いて見つめて来る。
支配人が新しいワインが入ったグラスをスマートに起き、割れたグラスを銀のトレイに素早く置いて行く。
「リヒト様の歴代彼女が頼んだことのないデザートに変更してもらっても?」
支配人は人の良さそうな笑顔で笑い「畏まりました、新作のデザートならば」と言った。
「ありがとう、お願いします」
どんだけ来てんだよ。新作しかないのかい。
「~~~~~~っっ!?!?」
「女性と会話をなさっている殿下を見るのは初めてでございますよ。メニューもデザートも一新致しましょう。ロイヤルスイートはわざとお使いになりませんでしたので、妃殿下も気に入って頂けると存じます。我がホテルを、嫌わないで頂けたら嬉しいのですが……」
「ふふ、ではそのお部屋をおねだりしてみますね?」
支配人はまた優しく笑って戻って行った。
「リヒト様? 私、体重戻ったの」
「!!!?!?!?」
「ロイヤルスイートに泊まらなかったのは、女の子が舞い上がっちゃうから?」
「………………………………」
「私は、舞い上がってもいい?」
「………………ゼヒ…………」
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