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最終章 人族編
今いる場所
しおりを挟むクロム君がいる。あれ?戻ってきてしまったの?
夢かな、夢なら、レスターとリヒト様にも会いたいなぁ。
「クロム君……夢でも、また会えて嬉しい……」
「ははゔぇ……ゔぇっ……はは、うぇっ……」
クロム君が額を擦り付けてくる。最後まで渋って泣いたこの子を初めて叱り、私を置いて行かせる辛い思いをさせてしまった。
夢でも、泣いているのが申し訳ない。
「つむぎちゃん?点滴やら何やらいれてるの、あまり動けないけれど我慢して?専属医の私が来たからにはもう大丈夫よ!」
ルルリエさんが見える。私の体の至る所に付けられた管と、布団の上からビタっとくっついたクロム君の小さな重さが現実だと教えてくる。本物?
そっと手を動かしてクロム君のふわふわの頭を撫でると泣き腫らした目でそれでもにっこり笑ってくれた。
「クロム君、たまごちゃん達を守ってくれたんだね。お兄さんだね、偉いね」
「母上!!!」
レスターの可愛い声がする。
「レスター?頑張ってくれてありがとう、男の子だね、かっこよかった」
「ははゔえ~~~」
レスターも私の手のひらに額を擦り付けて泣いている。
「りひと、さま」
「ああ」
「りひとさま……夢?」
「現実だよ。辛かったな、双子はちゃんと受け取った。そこにいるよ」
ゆっくりとしか動かない首をやっと動かすと小さな座布団に寄り添うように置かれたニつの卵。
白い陶器みたいで時折りシャボン玉の様に煌めく。
何がどうなったんだろう。帰ってきては駄目と言い聞かせた子供達と、リヒト様がいる。ルルリエさんまで。天国かと思って周りを見渡す。
「ここは……まだ、偽物の離れだね」
「お前がもう少し回復するまでは動かせないからな。早く元気になれ」
そう言って抱き起こしてくれたので背中をリヒト様に預けると、後ろから口移しで甘い液体を流し込まれ、余りの美味しさにもっともっととねだるしぐさをしてしまう。
「甘くて、おいしぃ……」
リヒト様は困った顔で笑い、「ただの水だよ……」とだけ言って私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「テト達もいる…………リヒト様がいると、偽物の離れが本物に変わるね……」
庭では天馬のテト達がのんびりと花をむしって食べていた。
うちの庭ではそんな事しないのに、ここでは容赦なくて笑ってしまう。
「一人で出産させてしまった。心細かったな。俺の子を二人もいっぺんに…………お前は俺の女神だな」
「一人じゃなかったよ。お兄ちゃん二人がついていてくれて頼もしかったよ」
「チビ達に感謝だな」
「元気になったら、うんと甘やかしてあげなきゃ」
私の台詞に二人の息子がまたグリグリと額を擦り付けてきて可愛い。
何がどうなったのか分からないけれど、今この時が嬉しい。
◇◆◇
昼間に寝過ぎているからか、夜中に目が覚めた。
一緒に寝ていたはずのリヒト様がいない。
子供達は隣の部屋に襖を隔てて寝ているはず。
本当に?何もかもが夢で、子供たちは竜国へお返しして、リヒト様は来ていなくて……?
いつもあった白い結界がない。
今襲撃があったら私は蹂躙され弄ばれるのだろう。
————毎日あった襲撃は何時ごろだっけ?
————どこから入ってくる?縁側?扉?
————どこか隠れる場所は?
ハァハァと息があがる。
苦しくて、怖くて、喉からヒューヒューと音がする。
押し入れもないこの部屋のどこに隠れるというのか。
トイレにもお風呂にも、鍵はないというのに。
毎日の子供たちが作る魔球壁がどれだけ私に安心をくれていたのか分かる。
私の役目は終わったと、ちゃんと決意したはずなのに、いざこの時がくると恐ろしくて冷や汗で全身が冷たい。
シーツを被って重い体を引きずって部屋の隅で丸くなり、扉の方や縁側に続く襖を凝視したまま動けない。
「ふっ……ゔっ…………」
涙が流れて止まらない。
————怖い。
リヒト様以外に抱かれるなんて想像もできない。
怖くて怖くてたまらない。
カチッと扉が開く音がする。
全身が水をかぶった様に冷や汗が出て、目の前がどんどん暗くなる。
「い……いやっ!こないでっ!嫌!!!」
自分では大声で叫んでいるつもりなのに、吸い込んでばかりの喉はうまく音を発さない。夢の中で叫んでいるかの様にもどかしい。
「つむぎ!?どうした!!?」
貧血をおこした時の様に目の前が暗く、既に視界はない。頭だけは冴えていて、恐怖ばかりが支配する。
「はっ……はっ………こないで!いや、嫌ぁ!!リヒト様!リヒト様!!!」
「紬!!大丈夫だ!!俺はここだ!!!もう大丈夫だから!!」
ガバッと抱きしめられて、恐怖で身がすくむ。
「嫌!嫌っ!リヒト様!リヒト様助けて!」
「紬、目が……?」
リヒト様の声が聞こえる気がする。
ダラダラと冷や汗ばかりが流れ、目の前は真っ暗のまま。
「ははうえ!ははうえ!!大丈夫、僕、いる、また、魔球壁、作った。もう人間、いない」
「く、クロムくん……?そこに、いるの?」
「ん、僕、いる。レスタも、帰ってきた、だから、大丈夫」
「母上、俺もおります。兄上と二重で結界をはりましょう。安心して下さい」
ヒューヒューと漏れる自分の息の音だけが耳に響く。
「つむぎ………………………」
「あるじ、毎日、夜、人間来てた。沢山。でも、一人も入れてない。ははうえに、触らせてない」
私を抱き込む腕に力が入る。
リヒト様のにおいがする。
「っ————恩にきる、二人とも良くやった」
「リヒト、様?」
「ああ、ここにいるよ」
「目が、見えないの」
「少し、外に出ようか。俺が抱いていくから」
リヒト様はそう言って私を横抱きに抱き、庭に出た様だった。
涼しい風が頬を掠める。
「悪かった、寝ている間に会議に出ていた。もうしない」
返事をする元気がなく、グッタリとリヒト様にもたれかかる。空を飛んでいるのか翼の音が聞こえる。
しばらく飛んで、降り立った先で夜着の上着を脱がされて襦袢姿にさせられた。意味の分からない私を抱き込んだまま、リヒト様はお湯にゆっくり浸かった。
「おん、せん?いつもと、違う匂い……」
「天空領はいろんな温泉がわいてる。今リツに連絡したから、後からミリーナが着替えを持ってくるよ」
「あったかい……」
「まだ、目、見えないか?」
「うん、どうしちゃったのかな……」
「極度のストレスがかかって、貧血と、血圧が下がったのが原因だ。初めて戦争に出た兵士がよくなる。大丈夫だよ、じきに良くなる。それよりこれ飲め」
口移しで甘い液体が送られる。
スポーツドリンクみたいな。
「ルルリエ特製だとよ」
「おい、しい……」
「そうか?味うっすいし、しょっぱいのか甘いのか……意味わからん味するだろ」
経口補水液みたいなものかな。ありがたい。
真っ暗だった視界がじわじわと月明かりを感知し始める。
「リヒト、様」
「ん、ここにいる」
「リヒト様」
「辛い思いをさせた。竜族は未来永劫、お前に謝罪をしていく」
そんなのいいのに。もう、忘れたいのに。
「リヒト、さま」
「ぷは!いつかのクロムみたいだな!」
ぼんやりと戻ってきた視界に、愛しい彼の姿が見える。
私を抱き込んで、体をゆるゆるとさすってくれる。
「いなく、ならないで、そばに、いて」
「ああ、約束する」
「リヒト様、私、穢されてないよ。ほんとだよ」
「っ————ああ、においでわかるよ。クロムとレスターに頭が上がらんな。クロムは特に、以前出していたお前に他の男を近づけるなという命をまだそのまま守っていた。二人とも、毎夜来る意味はわかっていなかったが」
そうか、匂いでわかってもらえて良かった。信じてもらえなかったら悲しいもの。
クロム君とレスターがいなかったら今私はここにはいないだろう。
「紬、愛してるよ」
「うん……もう、離れたくないの」
「俺もだよ」
経口補水液を飲まされ、そのまま甘い甘いキスに変わる。
「早く本物の離れに帰りたい」
「あと少しだよ。この間に増築もさせてる」
「増……築?」
「ガキが四人になるんだぞ。ガキらの寝る場所がいるだろうが」
そうか。卵ちゃんたちが孵ったら一気に子供が四人になるのか。嬉しいなぁ。
「弟と妹って、ほんと?クロム君が言ってたの」
「本当だよ」
金色の瞳が優しく私を見る。
「また口の悪い不良予備軍が出てくるかな?」
「ぼんやりかもな」
そう言って笑う彼が愛しい。
冷えた肩に何度もお湯をかけてくれる。
「全部がね、夢だったんじゃないかって思ったの。竜国に子供達をお返しして、私は一人になって、リヒト様はいなくて……」
「ごめんな、もう一人にしない。約束する」
お湯の温かさと、リヒト様の腕の中で安心して、私はまたうとうとと眠りについた。
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