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閑話 悩める王太子

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全く……。なんだ?あの愛子という女は。
『ねぇねぇ王子様さまぁ~。愛子はねぇ、聖女様なんだよぉ。エヘヘッ。凄いでしょ?』
等と言っては、私に会う度その様に申しながら、腕にしがみつき、体を密着させてくる。
王子たる私の体に許可なく触れる事は不敬であると、私の護衛達が何度注意しても、『もぉ~。王子様ってば照れてるんでしょぉ?可愛ぃ~。』等と言い出すしまつだ。
全くもって話が通じない。
異世界から来られた客人であるから丁重にもてなしているだけであって、聖女としての力等は、腹違いの妹であるミランダの方が格段に上だというのに。

そもそも私には、幼少のみぎりより決められている婚約者がいる。彼女の名は、マリアナリヴェリアーナ。マイルス公爵家が長女であるマリアナリヴェリアーナ=マイルス公爵令嬢だ。
彼女の祖母であらせられるエリアーナ様は、先代陛下の妹君いもうとぎみであり、前マイルス公爵とは、貴族には珍しい大恋愛の上結ばれたお方だ。
私もエリアーナ大叔母様が未だご存命であらせられた頃お会いしたことがあるのだが、それはそれは大変お美しい方だった。
そして孫にあたる幼いマリアナリヴェリアーナ嬢を連れ、よく当城なさっておられたのだ。

私より一歳年下のマリアナリヴェリアーナ嬢と初めてあった時に私が受けた衝撃は、それはそれは計り知れないものだった。忘れもしない。それは私が6歳、マリアナリヴェリアーナ嬢が5歳の時だった。
王妃である母上が開いたお茶会に呼ばれた大叔母上に連れられて来たマリアナリヴェリアーナ嬢は、大叔母上によく似た銀に近いふわっとした金髪に空色のリボンを着け、リボンと同じ色のドレスを着ていた。
そして、母上が座る席まで大叔母上と一緒に来たマリアナリヴェリアーナ嬢は、母上と、その隣に座った私の前でカーテシーをしながら、
「お初にお目にかかります。わたくしは、マイルス公爵家が長女、マリアナリヴェリアーナ=マイルスにございます。本日は王妃様のお茶会にお招き下さり、ありがとう存じましゅ…。」
と見事な口上の最後の最後で失敗してしまい、大きな紺碧の瞳に今にも溢れそうな程の涙を浮かべていた。
そして大叔母上が着ておられたドレスのドレープ部分をギュッと握りながら、
「お祖母様…マリアは……マリアは……。ごめんなさい。」
と失敗してしまった事を大叔母上に謝る
マリアナリヴェリアーナ嬢の瞳からは、あれよあれよという間に、溜まっていた大粒の涙が流れ落ちた。
エリアーナ大叔母上がマリアナリヴェリアーナ嬢を宥めようとなさる前に、私はその場から駆け出し、彼女を抱き締めてしまった。
何故なら彼女の可愛らしい泣き顔を、他の貴族令息に見せたくなかったから。
いきなり私に抱き締められ、硬直してしまっているマリアナリヴェリアーナ嬢。
(あぁ。なんて可愛らしいのだろう。)
私はそう思いながら彼女の背中を優しく擦りながら、こう言ったんだ。
「大丈夫だよ。」
と。
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